第四話「リベス流」
「さあ! 張り切って支度をしますよ! くろみゃー!」
翌朝、そんな気合に満ちたラリカの掛け声で目を覚ました。
寝起きの滲んだ視界に、すでに準備を万端に整えたラリカと、きらきらと顔を輝かせているリクリスの姿が見えた。
「……何をそんなに張り切っているのだ?」
ぼうっとした頭を少しでも冷ますため、軽く振りながら身を起こした。
「もう、呆けたことを言わないでください。今日は料理をするといったでしょう!?」
「歓迎会は夜からではなかったのか……?」
部屋の外を覗いてみても、窓の外は薄明かりに包まれている。
――どう見ても、早朝。
とても準備に慌てる時間には見えなかった。
「今日の夜なのですから、仕込みを考えると今から準備しないと間に合いませんよっ!」
握りしめた両手を、今にも駆け出しそうに上下に振りながら、ラリカがうだうだとしている私を急かした。
「君は一体どんな大作料理を作るつもりなのだ……」
呆れたように私は言いながらも、内心ラリカが普段の調子を取り戻したことを嬉しく思った。
ラリカに向かって歩いて行くと、ラリカが俊敏な動作で私を担ぎ上げた。
「そんな大層なものは作りませんよ。ただ、準備はしっかり、みんな楽しくですっ!」
無邪気に語尾を弾ませながら、ラリカは歴戦の強者のような笑みを浮かべるのだった。
***
私たちは教会の入り口前で待機していた。
街は少しずつ人の気配を感じさせ始めているが、石畳で舗装された大通りを行く人影はまばらで、本格的に人々が活動を始めていないことがよくわかる。
そうした中、何かを待つように立っているのは、ラリカとリクリス。
――そして、コルス=アコを中心とした教会関係者数名。
なぜ、彼らがここで私たちと一緒に立っているのだろうか?
軽く身づくろいを済ませ、ラリカの肩で揺られながらここに来た時には、すでに彼らは待機していた。
そして、私たち――いや、ラリカの姿を見るとなり膝をつき、大仰な挨拶を述べ始めた。
現在は皆立ち上がっているが、やはりラリカとの間には微妙に距離を感じる次第である。
というか、そもそも私たちは何を待っているのだろうか?
現場に到着してからラリカに聞けば良いと高をくくっていたが、いざ到着してみたときには彼らがいたため、ラリカに話しかけることが出来なかったのだ。
「あのっ! ラリカさん! これ、なにしてるんですか?」
気まずい沈黙と距離感に耐えかねたようにリクリスが、ラリカに問いかけた。
――ナイスだリクリス。よくぞ聞いてくれた。
「――ああ、言ってなかったですね。つい先走ってしまいました。今は、お祝いの準備に必要な物資を待っているのですよ」
ラリカは少し恥ずかしそうに頬を掻くと、不敵な笑みを浮かべた。
そして、そのまま大通りの向こう側に向かって手を伸ばした。
――伸ばした指の先に、微かに蠢く一団が見える。
「――さあ、忙しくなりますよ!」
***
ラリカの示した一団は、教会の前にたどり着くと軍隊さながらに整列した。
全員、制服のように統一された衣装に身を包んでいることが、よりその印象を強くしていた。
代表者らしき人物が、ラリカとなにやら書面を見せ合い確認すると、ひとつ頷き全員に指示を出す。
すると、整列していた者たちがみな、順に収納魔法を次々と展開させていく。
そして、大量の物資を教会の端へと山と積み上げ始めた。
穀物らしきものが入っているらしい袋や、色とりどりの野菜、肉などが次々と運び込まれていく。
ラリカは、時々積み上げられた食料をいくつか抜き取ると、職人のような瞳でじっくりと細部まで確認し、納得したように頷いている。
――一体ご主人は、何をどれだけ作るつもりなのだ!?
ちょっとした炊き出しのような量が運び込まれるのを見て私は人知れず戦慄していた。
***
すべての食材が運び込まれると、そこからはあれよあれよという間に時間の流れは急加速を遂げていく。
ラリカは、いつの間にか教会の外れに設けられた即席の調理場にすべての食材を運び込ませると、真剣な表情で食材を見つめ、すべての下ごしらえを始めた。
それぞれの食材に応じて、大量に刻み、大量に剥き、大量に煮て……
下ごしらえらしき作業は、ちょうどお昼時まで続いた。
途中、気を遣ったコルス=アコや、教会の皆が手伝いを申し出たが、ラリカは笑顔でそれらを断り、一人で鬼気迫る様子で調理を進めていった。
教会の者たちは、調理するラリカ放つ迫力に、伸ばしかけた手を引っ込め、時々大丈夫かを確かめに来るのみだ。
どうやら、自分たちに手出しできる内容ではないと判断したらしい。
途中、大量に積み上げられた食材に、困惑した表情を顔に貼り付けたシェントが、うろうろとラリカの後ろでなにか手伝えることがないか彷徨っていたリクリスを連れていった。
どうやら、リクリスに今日も仕事をお願いしたいらしい。
――リクリスもうまく仕事をしているようで何よりだ。
そんな慌ただしく、若干引いている周りを放って、ラリカは昼食代わりのノルンを口に放り込むと、次々鍋を火にかけ、下ごしらえを済ませた材料を乗せた皿をもってどこかに走り去り、戻ってきたと思ったらさらに炒め物を行いと八面六臂の大活躍を見せている。
私はなんだか充実した表情を浮かべるラリカを見つめると、くわっと一つ欠伸をして、近くの木陰で丸くなった。
――私に手伝えることは何も無いようだった。
***
次に目を覚ますと、あたりが何やら騒がしかった。
何かあったかと思いながら目を開けると、あたりを大量の教会関係者らしき人物が両手に木皿をもって右往左往しているのが目に入った。
どうやら、ラリカが作った料理を、すべて会場に向けて運び出しているらしい。
よくぞまあこれだけの数の皿がまずあったものだ。
時々、やたらと豪華な皿が混じっているところをみると、教会のありとあらゆる皿が持ち出されているようだ。
その中心で仁王立ちしながら指示を出しているラリカは、少々疲労したような、でも何より達成感に満ちた様子だ。
どうやら、ひとしきり全力を尽くして満足したようだ。
行き交う人々に尻尾を踏まれないよう、細心の注意を払いながらラリカに近づくと、私に気が付いたらしいラリカが屈みこんで手を伸ばした。
「くろみゃー、よく眠れましたか?」
「ああ、お陰様でな。――しかし、随分と張り切ったものだな」
これだけの喧騒の中なら、小声であれば多少話しても問題なかろう。
そう思い、ラリカの手を伝って方へとよじ登りながら、耳元でひっそりと声をかけた。
「ええ。一人で準備するのはなかなかに骨が折れました――ですが、その分きちんとリベス流のお祝いができそうです」
「リベス流か……」
そう呟きながら、周りを見回してみる。
そういえば、ミギュルス討伐の際も、皆がみんな大量の食糧を持ち寄って、食べきれないほどだった。
なるほど。リベスの町では祝い事の時に大量の料理を用意する習慣でもあるらしい。
「リベスは色々な地方から人が集まりますからね。みんなそれぞれの家庭の味を持ち寄るのがリベスの町の流儀なのですよ」
片手を腰に当て、人差し指を立てたラリカが、自慢げに胸をそらした。
なるほど。各地方の味が集まる分、多種多様な家庭の味もあるというわけか。
しかしそうなると、この子は一人でそれらを作ったというわけで……
まったくもって多才な主人である。
「皆、喜んでくれると良いな」
「……全くです。これだけ頑張って誰も食べてくれなかったらめげますよ。――その時は、くろみゃー、頑張って二人で食べましょうッ!」
「……流石にこれだけの量は無理がある」
「では、リクリスにもお願いしましょう」
「止めてやれ……」
頭の中に、尊敬するラリカの手料理を断るにことわれず、くりくりした瞳に涙を浮かべ、うごうごと大量の食事を口に詰め込まれているリクリスの姿が思い浮かんだ。
与り知らぬところで、悲惨な目にあわされようとしている少女に、黙祷を捧げる。
ラリカは私の反応が可笑しかったのか、ころころと笑うと、再び周囲に鋭い指示を飛ばし始めた。
なんにせよ、ラリカが楽しそうなのが何よりだ。
***
「え~、え~、おほん、皆、本日は――」
ラリカの歓迎祝いは、大層困惑した様子のハルト=サファビのスピーチから始まった。
どうやら、ラリカが食事を用意するということは聞いていたらしいが、まさかこれだけの量が準備されているとは思っていなかったらしい。
何せ、広場の並べられた即席のテーブルの上が、ほとんどラリカの料理で埋まってしまったようだ。
因みに、なぜかラリカの作った大量の料理は覆いを被せられ、中身が見えないように配慮されている。
どうやら、開けてみてのお楽しみというところらしい。
それでも、ハルトから例によって仰々しい麗句に彩られたラリカの華々しい紹介が行われると、会場内は水を打ったように静まり返り、ラリカへと視線が向けられた。
――どうやら、ラリカからも何か一言ということのようだ。
視線を一身に受けながら、ラリカは首に回しかけていたファラスを軽く払い、ゆっくりと華のある動作で一礼した。
――それをみた、会場の熱気が確かに高まった。
そしてラリカが一歩前に踏み出しただけで、会場内の人々は息を飲んだ。
夕暮れ時を超え、じわじわと夜へと移り変わっていく中、ラリカの周囲が輝いているように見えた。
――いや、本当に輝いている。
始めは目の錯覚かと思ったが、確かにラリカの周囲を光輝く粒子が舞い踊り、薄暗がりのなかラリカの姿を少しずつ浮かび上がらせている。
それは、あたかも短い命を燃やして番いを探す蛍火を身にまとったような幻想的な姿だった。
そのまま、ラリカは少し顔を俯かせ、なにも言わずにじっと立っている。
――皆が、ラリカの言葉を待ち、注目していた。
先ほどまで皆に向かって話していたハルトでさえ、食い入るようにラリカを見つめている。
「――皆さん。こんにちは」
やがて、顔を上げたラリカは静かに口を開いた。
なぜか、ラリカの紅い瞳が、金色に輝いているように見えた。
ラリカの声音がいつもの子供らしいものとは違って聞こえた。
ただ、神聖な。触れることを憚られるような神の言葉の代弁者のようだ。
ゆっくり、ゆっくりと皆の頭に染み込むようにラリカが話を続ける。
内容としては、別に大したものではない。
――宴を開いてくれたことに関する礼
――皆へのねぎらいの言葉
――自分が体験した事
――神が残した言葉
しかし、それらを語る度、蠱惑的な少女の声が脳髄を痺れさせていた。
そうしてそれらが、否応なしに自分たちの頭の中へと言葉を刻んでいくのだった。
皆が、ラリカから目が離せなかった。
「そして――」
――がらりと、雰囲気を変えたラリカが微笑んだ。
はっとしたようにボケていた視界がくっきりとラリカを映した。
今度は随分と不敵な笑みを浮かべている。
「今日の料理はリベス流! 頑張って作ったので、皆さん食べてみてくださいねッ!」
いきなり年相応の無邪気さを取り戻した声で、ラリカが皆に呼びかけると、遅れて正気を取り戻したらしい人々の手で覆いが外された。
覆いの外されたテーブルの上には、多種多様な料理がぎっしりと並べられ、取り分けることが出来るようになっている。
会場内に、またどよめきが起こった。
「――それでは宴の始まりといこうかの!」
正体を取り戻したらしいハルトの宣言で、一斉に皆がラリカの手料理に向かって群がっていく。
いや、何人かはその場を動かず、茫然としたようにラリカの料理を見つめている。
だが、料理に駆け寄る人々を見て、自らも負けてられないとでもいうように人の群れへと飛び込んで行った。
どうやら、よほどラリカの手料理というのは魅力的らしく、茫然としていた人々程、必死で料理へと手を伸ばしていた。
「さ、さあ、私たちも食事にしましょうか」
それなりに地位のある人々も巻き込んだ大規模押しくらまんじゅうの様相を呈してきた会場に、若干引き攣った笑顔を浮かべたまま、ラリカは私とリクリスにむかって声をかけた。
どうやら、ラリカとしては完全に予想外だったらしい。
リクリスを振り返ってみると、エメラルド色の目を輝かせながら、ラリカの料理に今にも駆け寄りたそうにそわそわしている。
……これは……しばらく歓迎会どころではないな。
内心私は呆れたのだが、会場内でラリカの料理を口に頬張り、歓喜の声が響くにつれ、じわじわとラリカが喜色を顔に浮かべるので、これはこれで良かったのかもしれない。
――さて、私が食べる分は残っているのだろうな?







