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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第一章「ラリカ=ヴェニシエスは猫と出会った」
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第四話「こんにちは異世界」

 ――(ほほ)の冷たさで目を覚ました。

 ――雨が降っているようだ。


 大粒のしずくが、倒れ込んだ私の左頬をパチパチと音を立てて叩いている。


 にじんだ視界がだんだんと明確になり、どうやら薄暗い森の中にいるらしいことが分かった。ぬかるんだ地面から流れ出る土が、口の中へと流れ込み、なんとも言えない苦味が口内に広がっている。


 雨粒に体温が奪われていく中、土を吐き出す気力すらなく、ぼうっと呆けていた。


 ――もう、どうでもいい。


 そんな諦観ていかんが全身を覆い、のどの奥から胃にかけて、水銀のような重い液体を流し込んだような倦怠感に包まれていた。


 『いっそ、このまま何もしなければ死ねるのではないか』 

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 

 ただ――『死にたい』わけではないのだ。

 『消え去りたい』と言った方が確かだろうか。


 そう一人念じたとき。突然脳内に生じた知識があった。


 『術式(じゅつしき)

 それが、知識の正体だった。


 そういえば、魔法を極めたとかどうとか、雪華ゆきはながなにか言っていた気がする。瞳の力がどうしたとか言っていたか。先程からまわりに光輝く粒子が漂って見えているが、これが瞳の力という奴だろうか?


 ああ。あたかも酷い飛蚊症ひぶんしょうにでもかかったようで気持ち悪い。


 意識を向けて知識を掘りくり返してみる。自分の中に知らない知識があるというのは、足が一本欠けた椅子に腰かけるような、収まりの悪さを感じる。

 

 『術式』というのは、どうやらこの世界で『魔法』を使うためのものらしかった。


 これに魔力を注ぎ込むことで、魔法を発動するようだ。

 どうやら、この瞳に映る、光り輝く粒子達は、俗に言う魔力らしかった。


 なるほど、偉そうに言うだけはあるのだろう。私の頭の中には、確かに大層な数の術式が存在した。どうやら、追い求めていた『魔法』がすぐそこにあるようだった。


 しかし、高揚は、ない。

 ……当然だ。


 私にとって『魔法』というのは、あくまで雪華ゆきはなに会うための手段にすぎなかったのだ。その求める先から拒絶された今となっては、魔法の知識なんて何の足しにもなりはしない。


 ガラクタを見る気分で。術式に関する知識を漁ってみると、一つ気になる知識にいきあたった。


 一つの術式


 それは、全てを消滅させるような。すべてを終わらせてくれるような。そんな予感を感じさせる。絶大な力を秘めた術式だった。これが知識にある中では、最も威力が高いものであるらしい。

 

 ――ひょっとすると、これを使えば、消え去ることだって出来るかもしれない。


 幸い、瞳のお陰か魔法の使い方はたやすく分かった。


 意識して発動させようとしてみると、それらしい魔法陣が展開された。

 展開された魔法陣にありったけの魔力を注ぎ込む。


 だが、魔力を注ぎ込もうとしても、意図した量に対して微々たるものしか術式に注ぐことができなかった。


 自分には、十分な魔力があるように見受けられるにも関わらずだ。


 なにか、やり方が悪いのか、それとも、そもそもの魔法が使えないのか。

 『本当の魔法』になじみ(、、、)()ない(、、)私には判断がつかない。


 なにはともあれ、魔法は失敗したということだろう。

 ……構築した術式も溶けて消えた。


 『失敗か……』

 そう、口にしようとした。


「にゅ、あ?」


 口から出たのはそんな言葉だ。


「にゃ?にゃあ?(え?なんで? )」


 次いで出た言葉も、やはりそんな言葉だった。

 嫌な予感がして、恐る恐る体に、目をやった。


 ――そこにあったのは、ビロードのようなつややかな光を放つ、真っ黒な毛並みだった。


 雨が、毛並みに落ちて弾かれ、しずくがいくつも浮かんでいる。

 ――どうやら、事態は思ったより大変なことになっているらしかった。


 さっきまで、『どうでもいい』とか悲劇の主人公を気取っていたが、そんなもの吹き飛ばすくらい衝撃的な事実だった。

 慌てて体を起そうとする。

 だが、焦って体を動かそうとすると、手足というか、前足と後ろ足がもつれて起き上がれない。

 焦らないように、ゆっくりゆっくり体を動かそうとしてみると、少しずつ体の動きがなじむのが分かった。

 体をひねって、足を地面につける。

 意識しながら四肢に力を入れると、なんとか立ち上がる事が出来た。

 歩こうとはしてみるが、よぼよぼと今にも死にそうな動きになってしまう。

 数歩歩いてみるが、違和感がひどく、なかなか前に進む事が出来ない。

 どの足をどう言う風に動かせばよいのか、皆目見当がつかないのだ。


 どうやら私は、猫のような四足の体になってしまったらしい。


 想定外の中の想定外に、パニックに陥っていると、周囲の景色に違和感を覚えた。

 よくよく観察してみれば、さっきまでまわりをふよふよと浮いていた光の粒が、非常にゆっくりとではあるが、ある一定の方向に動き出しているらしかった。

 どうしたのかと、動く先を見てみると、木々の間から、大きな光の塊がこちらに動いているのが見えた。


 何かがこちらに向かってくる。


 恐怖を覚えた私は、どこかに隠れようと走ろうとするが、焦ったために四肢がもつれ、その場にべちゃりと倒れ込んだ。

 そうするうちに、木々の間から見えていた光の塊が姿を現した。


 現れたのは、人だった。

 厚手の生地で出来た外套がいとうのフードをかぶっているため、風貌ふうぼうは分からない。

 だが、身長や体つきを見る限り、小柄な女性のようだ。

 手にはやぶを払うためだろうか、赤い石が先頭につけられた、身の丈より少し長い瀟洒しょうしゃな作りの杖を持っていた。

 一体何が現れるのかと、戦々恐々としていた私は、人の姿だったことに安堵した。


「クイデ、マルジンゾインヴォルコストアウスペタクス、レピズーストオウテ……」


 フードの人物の声が聞こえた。

 小柄な女性だと思ったが、想像していたよりおさなげな声だ。

 聞きおぼえのない言語を発している。

 何を言っているのか分からないがその仕草は何かを探している様子だ。


 そういえば先ほどの術式に言葉の通じない者へ意思を疎通そつうするためのものがあった。

 こっそりと発動してみる。


 一瞬、魔法陣が浮かびあがり、強い光を発すると消えた。

 術式は変わらず漂っている。今回は無事に発動できたようだ。

 やはり先程発動しなかったのは、単純に魔力不足だったようだ。

魔法陣の光が思ったより強かったのでドキッとしたが、ちょうど木の陰に隠れて相手からは視認できなかったようだ。


「おや、ミルマルではないですか」


 その人物はすぐに私に気がついたようだ。


「こんなところで見かけるとは珍しいですね。随分弱っているようですが」


 だんだん、こちらに近づいてくる。

 いざという時は攻撃出来るように魔法を発動する準備を整える。

 使い慣れていない魔法というものに頼ってしまうことに不安はあるが、満足に身動きがとれないこの状態では、他に方法がない。


 ひっそりと覚悟を決めた。


「お前、こんなのところで倒れていると死んでしまいますよ。お腹が減ったのですか?ほら、ここにマルスの実がありますよ」


 そういって、私の近くにかがみこむと、腰のあたりに吊っていたらしい袋から、どんぐりに似た木の実を取り出して、皮を殻をきながら差し出して来た。

 どうやら、私の事を空腹で倒れている『ミルマル』という生物だと思ってくれているようだ。


 悪い人物ではなさそうだ。

 だが、どう見ても肉食獣の生物に木の実を差し出すのは常識的に考えておかしいだろうと思う。


 かがみこんで角度が変わったことでようやくフードの中をのぞき見る事が出来た。

 中学生くらいだろうか。声を聞いたときに抱いた印象通り、おさなげな少女だった。

 可愛らしい少女なのだが、どこか人形めいた印象を抱いた。


 ――現実離れした整った顔立ちのせいだろうか?

 困ったようにこちらを見つめる赤っぽい瞳が、どうしようもなく目を引いた。

 見た目は全く違うのに、なぜか雪華ゆきはなのことを思い出した。


 ――まったく、袖にされたショックの余り、他の女性に面影を見てしまうとは、情けないし格好悪いにもほどがある。女々しい話だ。


「ミルマルは何でも食べると聞きますが……ひょっとして食べる事もできませんか?困りましたね。……私はユーニラミア教徒ではありませんが、お前はちょっと見過ごせないです」


 そういって、差し出していた木の実を袋に戻すと、おもむろに着ていた外套を脱ぎ出した。

 今まで、フードで隠れて見えなかった黒髪が露わになる。肩口ほどまである髪の一部を後ろとサイドでまとめた独特の髪型だ。

 ゆったりとした動きやすい服を腰のあたりで縛つけ、上から茶色っぽい上着を羽織はおっているのが見て取れた。


 少女は白い外套を広げると、汚れるのもかまわず、地面に転がった私を包み込んだ。

 その動作はあまりに自然で、抵抗一つできなかった。

 これがもし、彼女に私に対する敵意があれば、容易に私を傷つける事が出来ただろう。

 いや、そんなことを考えるのは、さっきまで死のうとしていたというのに現金すぎるだろうか。


「私の家まで帰りますよ。濡れたコートで申し訳ないですが、我慢してくださいね」


 私を抱きかかえながら、そう話しかける少女はどこか申し訳なさそうだ。


「おや、指輪が落ちていますね。誰かが落としたのでしょうか……?」


 彼女は、もう一度軽くかがむと、地面に落ちていた指輪を拾い上げてしまいこんだ。

 どうやら、私がここにくるときに、指輪まで一緒に持って来てしまったらしい。

 私は、運んでくれるらしき事、指輪を拾ってくれたことの両方にお礼を言うために口を開いた。


「にゃあ」


 きちんと意図が伝わったのか分からないが、少女は満足そうな笑みを浮かべると、森の中を歩きだした。


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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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