第十九話「図書館見学案内」
初めに案内された場所は、受付らしき場所だった。
おそらく教会の人間なのだろう。
一組の真面目そうな男女が幅広な机に向かって書き物をしている。
その姿は、聖職者というよりもどこかの役所の受付職員のようにも見えた。
「みっなさーん。おっつかれさまでーす」
「あ、フィーさんっ! おっつかれさまでーす!」
「おっつかれさまでーす」
大きく右手を振ったフィックが元気に声をかけると、職員達も歓迎するように両手を振り上げると、ことさら明るく返事をした。
「フィーさんちょうどいいところに! 実はちょうど相談したいことがあったんです!」
「どうしたのっ!?」
『相談』という言葉に、フィックが俄かにまじめな表情に切り替える。
――なにか緊急事態でも発生したのだろうか?
緊張感を漂わせる私たちの前で、職員は手元に書き込んでいた用紙をがっしりとつかんで持ち上げると、フィックに向かって突き付けた。
「――今ちょうど、次の愚痴会の回覧作ってたんですけど、こないだコル坊が美味い店見つけてきたんすよ! 次はそこでやりましょう!」
「フィーさん絶対ここ良いですって! なんでも、海の幸、山の幸がてんこ盛り、酒美味し料理美味しの絶品尽くし。しかも、全室個室になってるらしいんですよ!」
男女がそれぞれ突きつけた用紙をバシバシたたきながら力説する。
まじめな顔で何を書いているのかと思えば、どうやら飲み会の回覧を作っていたらしい。
「これで、周りに知り合いがいないかこそこそしながら上司の愚痴を言わなくて済みますよ!」
「なんとぉっ! そいつは放っておけない情報だね! いやー意外や意外、コル君うまいことお店見つけてくるね! ――して、肝心のお値段のほうはいかがだねっ!?」
フィックがノリノリで質問を返している。
……どうやらあれは、私たちがいる事を忘れてしまっているらしい。
「そうなんすよっ! それがあるんで、フィーさんに相談しようって言ってたんす!」
「ほら、コル坊が見つけてくる位のお店だから、やっぱりちょっといいお値段がするんですよね」
「あー、コル君確かにあんまり安いお店には行きそうにないもんねー」
「そーなんすよ。コル坊の奴ちょーと実家が金持ちだからって」
「こーらーあんまり実家のことは言っちゃダメだよーコル君気にしてるんだから」
「フィーさん、甘いですよ! そういう処から友人関係が崩れることだってあるんですよ!」
「そうそう、でも、一番笑えるのが――」
そういって、職員たちは顔を見合わせると、示し合わせてように噴出した。
「なになに!? どうしたの!?」
二人だけで面白そうにしているのが気に食わないのか、ついにカウンター状の机にのしかかるようにフィックが身を乗り出した。
「いや、それがですね。どうも、コル坊、そのお店の店員が気になってるみたいなんです」
「マジすかっ!? どんな、どんな子っ?」
「マジっす! マジっす! それがコル坊、詳細をしゃべりやがらねえんっすよ。黒髪ってことくらいしか。酔った勢いで話さねえかと、せっかく俺が自腹を切って一瓶開けたってのに甲斐のねえ話っす」
「……なるほどねえ――だったら、突撃あるのみ!」
どうやら、昨日案内してくれたコルス=アコの恋愛沙汰がよっぽど気になるらしい。びしっと指を突き付けながらフィックが言い切った。
「マジすかっ!?」
「でも、費用のことはどうするんです?」
「そっちは、おねーさんに任せといてよ! だいじょーぶ。ちょーっとアテがあるからっ!」
「さっすがフィーさん! マジおねーさん! 頼りになるっす!」
「フィーさん、また変なことしたら――あ、」
「ん? どした? ――げっ」
ワイワイ三人で盛り上がっているが、女性職員が何かに気が付いたように言葉を途切れさせる。
――それはそうだろう。
先ほどから、顔を情けなさと怒りから真っ赤にに染めたシェントがゆらりゆらりとフィックの後ろに歩いていたからな。
「おほんっ! あ、な、た、達っ! 何をしているのですかっ!」
「ああ! シェントさんっ! お、怒ったらやですよっ! あ、ほ、ほら! 今日はラリカ=ヴェニシエスもいますし!」
怒鳴りつけるシェントから隠れるように、両手で頭を押さえて小さくなりながら、フィックが思い出したようにラリカを引き合いに出す。
「今のっ! 今までっ! そのお客様の案内を忘れて話し合っていたのはっ! どこの誰ですか!」
「はいぃ! 私です! フィック=リスです」
シェントの、ずり落ちる眼鏡を直しながらの正論に、フィックがすごすごと引き下がる。
「貴方達も! 今は業務時間中ですよ! そういうのは仕事が終わってからにしなさいっ!」
「は、はいっ!」
流れ弾を避けるように、いそいそと仕事の書類らしい帳面をつけながら、知らないふりをしていた二人組も、シェントからの言葉を受けて背筋を正した。
いわゆる鬼上司と部下のようだ。
「それからっ!」
「はいっ!」
般若のように表情を変え怒るシェントに、三人がまだ何かあるのかと涙目で声をそろえて返事をする。
「その飲み会の話、私は聞いていません。 コルス君の相手が気になります。お金は出してあげますから、私も一枚噛ませなさい」
「――はいっ! ビストっ!」
――こいつもかッ!
……大丈夫なのか? ユルキファナミア教会。
ラリカのほうをチラリとみてみると、ふいっと視線を逸らされた。
ラリカを見上げる純粋なリクリスの視線とも合わせないようにしている。
――どうやら、同じユルキファナミア教会の人間が醜態をさらしているのが恥ずかしいらしい。
リクリスと目が合った。
その眼は、『どうしたらいいんでしょう?』と途方に暮れていいるようにも感じられる。
声を出すことが出来ない私は、ふっと笑って肩の力を抜くようにジェスチャーをして見せた。
――なにかが伝わったのだろうか?
リクリスは、なにかを納得したように頷くと、ふぅとため息をついて肩の力を抜いた。
その姿は、おそらく私の真似をしようとしたのだろう。
しかし、慣れない動作をしてみせたリクリスの姿は、どうみても呆れ果て、馬鹿な奴らだと嘲笑っているようにしか見えない。
その姿を横目に見たのだろう、ラリカがガタンッと慌てたように揺れ動いた。
「しぇ、シェント=ビスト、フィック=リス、あ、案内をッ! 早く続きの案内をお願いしますっ!」
***
次に案内されたのはいくつもの扉が立ち並んだ空間だった。
木製の扉が廊下の端まで等間隔で並んでいる。
「ここが、閲覧室になりまーす。いやーさっきはお恥ずかしいとこをみせちゃいましたねーでも、ここは大丈夫ですよー! なんせ自動、人っ子一人いませんから!」
「フィー! 貴女はさっきから案内の邪魔をしたいのですか!?」
「ええっ!? 何でですか!? 自動って大事なことじゃないですか!」
「それにしたって言い方というものがあるでしょうっ!」
余計な一言がおおいフィックに、すぐさまシェントが突っ込む。
確かに、自動というのはすごいことなのかもしれないが、『人っ子一人』などという言い方は少々よろしくない。
「すべて自動とはすごいですね。どういう風に本を貸し出すのですか?」
「はい。先ほどフィーが言った通り、ここ――正確には、そこに並んでいる扉のつながっている小部屋がすべて閲覧室になっています」
「そーなんです。ちょうど、この部屋が空室のようですから、みんなで入りましょう! ちょっと狭いですけど、頑張って入ってくださいねー」
そういって、フィックが並んでいる扉の一つを開くと、確かに部屋があった。
定員としては四人ほどだと思われる小ささだ。
中央に机が置かれており、そこで本を読めるらしい。
奥には金属質のプレートが埋め込まれており、横には受け取りに使うためだろうか、小さな扉がついた棚がある。
ぞろぞろと部屋の中に入っていく。
フィックが扉を閉めると、やはり少々部屋の中が手狭に感じた。
窓の一つもない部屋だったが、天井に埋め込まれた鉱石が光を放っており、書物を読むのに十分な明るさを確保している。
「これが、この図書館自慢の管理システムの利用者向けの端末です。なるべくみなさんが使いやすいように、わかりやすいように心がけて作ってあるんですよ! ぜひぜひラリカ=ヴェニシエスも触ってみてください!」
「これが噂の……」
奥に埋め込まれたプレートを指さし、大層自慢げな様子でフィックが誘う。
「あ、ヴェニシエス! 忘れてました! こいつをどーぞ」
そういって、紫色の宝石を手渡した。
金色の鎖がつけられ、首から下げられるようになっている。
「本来なら、これは受付で受け取るんですけど、いやーうっかりしてまして。これで認証してシステムのアクセスできるようになるんです」
「なるほど。これが鍵がわりということですね。なるほど。これなら借りた人間と本の紐づけも簡単にできますね」
「そーいうことです」
ラリカは受け取った宝石をプレートに近づける。
すると、昨日夕食を食べたルルム=モンティオの入り口のように、プレートが光を放った。
しかし、昨日見たものとは違い、よくわからない記号のような文字といくつかの絵が描き出されている。
「なるほど。ここで検索方式が選択できるのですね。ジャンル別と文言での検索ですか」
「はい。その辺りの表記やデザインはフィーが担当してくれています。こう見えて、フィーはその辺りを考えるのが得意のようでして、フィーが来てからシステムがより使いやすくなったと評判です」
「いやーお恥ずかしい。そんなにシェントさんに褒められると変な感じですねー……って、あれえ? ちょっと待ってください。こう見えてってどういうことですかー? それじゃあ、まるで私がバカみたいじゃないですかっ!」
「いえ、フィーの場合はバカではなく、どちらかというと、そんな細かいことを考えられそうにないと――」
「ちょっと! シェントさん! それはあんまりにもあんまりな言いようですよ!」
「――とにかく、ヴェニシエス。どうぞ続きを」
フィーに恨み言を言われながらも、シェントは操作を続けるようにラリカを促した。
ラリカはちらりと会話に入ってこれていないリクリスのほうを見ると、なにやらプレートを操作し始めた。
まるでタブレット端末でも操作しているように、プレートにラリカが文字を打ち込んでいく。
「……あ」
ラリカが打ち込んでいく文字を見て、リクリスが小さなつぶやき声をあげた。
プレート上に、左三分の一ほどと、右側三分の二ほどに分かれて、規則正しくずらっと文字列が表示される。
「なるほど。こういう風に、本のタイトルと著者名、それに検索した文字の前後が表示されるのですね」
「はい。どれか表示されているものを選んでみてください」
「こう、かるーく指で弾く感じにしてもらったらいい感じですよ」
フィックが空中でタップするように指先をはねさせる。ますますタブレットのようだ。
「こうですか?」
ラリカがプレートをタップすると表記が切り替わった。
「ですです。そこで、表示されているのがより細かな前後の文面とページ数ですね。簡単な内容なら、この画面で確認してしまうことができますよ。ちょっと右下にある『貸出』ってところをさっきみたいに弾いてください」
「わかりました」
ラリカが指示通り、画面の端の文字列をタップすると、タップされた部分の文字列が書き換わった。
「これで貸し出しの手続きは完了です。ちょーっとだけ待ってもらえますか?」
「ええ。分かりました」
「いやーでも、『リクリス』ですかー。焼けますねぇ。おアツいですなあ」
「混ぜっ返さないでください。ただ、昨日リクリスの花の話をしたので、調べてみただけです」
「……ラリカさんっ……ありがとうございますっ!」
「リクリスっ! 貴女もそんな真剣に感動しないでください! ……反応に困ります」
どうやら、ラリカは『リクリス』と検索したようだ。
ふむ。確かに仲良きことは素晴らしきかな。
……だが、そこは、『くろみゃー』とか、『ミルマル』とか『ミルマル 話す』とかでもよいのではないだろうか。
裏切ったなラリカッ!
――声を発することができないため、一人寂しく馬鹿なことを考えていると、扉のついた棚の向こうでガタンという音がした。
「あ、来ましたね。ちょっとそこの棚の扉を開けてみてもらえますか?」
フィックに促され、ラリカが戸棚を開ける。
そこにはトレーが入っており、トレーの上には黒い表紙の一冊の本が置かれていた。
「さっきのように貸し出しの手続きを取った本は自動でその棚の中に運び込まれます。表示されているページ数を開いてみてください」
「ええ……おおっ!」
シェントの言葉に従って、プレートに表示されているらしきページを開いたラリカが驚嘆の声を上げる。
ラリカが開いたページは左側に小ぶりなユリに似た花の絵が描かれており、右側にはそれを解説するように文字が並んでいる。
この花がリクリスなのだろうか? なるほど。リクリスのイメージにも似たどこか上品な花だ。
「このように、この図書館では、利用される方が確認されたい内容をすぐに見てもらうことができます」
「確かに……これは、ほかの図書館ではなく、ここの図書館を皆が利用するはずです」
感心したように、ラリカが本とプレートをなんども見比べている。
いや、しかし話を聞いている限り本当に便利な技術だ。むしろ、日本の図書館でも導入してほしいくらいだ。
仮にこんなシステムを作ろうと思うと、書籍をすべてスキャニングして、OCRを行わなくてはならないだろう。
もし非破壊で行うとすれば、相当な手間暇がかかることは間違いない。
いったいどういう仕組みで作っているのだろうか。
「どういう仕組みになっているのですか?」
ラリカが、シェントに問いかけた。リクリスも後ろから精一杯背伸びをし、跳ね上がる勢いでラリカの手元とプレートをのぞき込んでいる。
どうやら、興味津々だが、ラリカの前に出てなにかする勇気が出ずに後ろからじっくり眺めているらしい。
誰もリクリスが前に出てきて怒る人間などいないというのに、ずいぶん引っ込み思案なことだ。
「ええ。それでは次はいよいよこの図書館の心臓部。一般の人間……いえ。教会の人間でも一部の人間にしか入室できない管理室にご案内いたします」
シェントとフィックは、目線を交わすとにやりとした不敵な笑みを浮かべた。