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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第二章「ラリカ=ヴェニシエスは立ち上がる(上)」
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第十七話「誤解と教会」

 翌朝、目を覚ました時ベッドに二人の姿はなかった。


 耳を澄ますと、隣の部屋からきゃあきゃあと騒ぐ黄色い声が聞こえてくる。

 やれやれ、二人とも私を置いて先に支度を始めたらしい。

 ――ひどい話だ。


 ベッドから、ぴょんと飛び降りて扉に向かって歩いてゆく。

 ドアの下に着くと、ドアノブに向かって飛びあがり、その勢いを利用して後ろ向きに体重をかける。

 すると、内開きの扉がゆっくりとギィと音を立てて開いていく。


「おはよう。ラリカ、リクリス。随分、騒がしいでは――」


「あ、おはようございますっ! くろみゃーさんっ!」


「ああ、くろみゃー、起きたのですね。お前も疲れていたでしょう? もう少し眠っていてもよかったのですよ?」


 私の言葉にかぶせるように、やたらとテンションの高いリクリスが挨拶をしてきた。

 ――なぜか、その髪は昨日出会った時と比べると、随分と真っ黒に染まっている。


「どうですかっ! 見てくださいっ! くろみゃーさんっ、ラリカさんからもらったティルスで染めたら、こんなに真っ黒に染まりましたっ!」


 リクリスが、真っ黒になった髪を嬉しそうに手のひらでもてあそびながら私に見せてくる。

 ……本当に心から、うれしそうだ。

 どうやら、ハイクミア教徒にとって黒髪というのはそれほど重要なものらしい。


「そうか。良かったな。リクリス。素敵な黒髪だぞ」


「リクリスにこんなに喜んでもらえるとは私もうれしいですよ」


「ありがとうございますっ! 今まで、ちゃんとしたティルスなんて使ったことがなかったんで憧れだったんですっ! ほんとに、ほんとにありがとうございますっ!」


 リクリスがラリカに飛びつくように抱き着いている。

 『ああ、もうしょうがないなあ』というようにラリカが優しい笑みを浮かべながら、リクリスの髪を撫でた。

 よくよく見てみれば、初めて会った時に比べてリクリスの髪がつやつやしている気もする。


「なにか、髪のつやも増しているような気がするのだが……」


「ああ、それは――」


「ラリカさんが、洗髪(せんぱつ)材を貸してくれたんです。『二人で一緒に使いましょう』ってっ!」


「――そういうことです」

 

 言葉をとられたラリカが、苦笑しながら肯定する。

 どうやら二人ともすでに、ひとしきり朝から楽しいひと時を過ごしたようで何よりだ。


「そうか。二人とも随分仲良くなったようでなによりだ」


「……何を、親のような眼差しをしているのですか。今日は、リクリスを教会に紹介するつもりなので、()支度(じたく)を整えさせていただのですよ」


「教会に紹介? どういうことだ?」


 ラリカが気になることを言い出した。リクリスを教会に紹介してどうするのだろうか。

 まあ、滞在しているのだから、挨拶ぐらいはしておいたほうが良いのかもしれないが……


「リクリスがしばらくこの教会に宿泊するなら、一応私の共同研究者として紹介したほうが良いでしょう。それに、うまく行けば、リクリスの仕事先も見つかるかも知れませんし」


「――お仕事先ですか?」


 先ほどまでにやけていたリクリスが、驚いた様子でラリカに顔を向ける。

 どうやら、リクリスも初耳だったようだ。


「リクリス、貴女はまだ王都での仕事が決まっていないのでしょう? なら、この教会でハイクミア教徒としての仕事がないか聞いてみましょう。そのほうが、変に冒険者ギルドに登録しておくよりよほどまともな仕事ができるはずですよ」


「え、えと……いいんですか? ラリカさんっ?」


 舌ったらずなしゃべりでリクリスが恐る恐ると聞き返す。


「もちろんです。元々王都のユルキファナミア教会は、図書館で有名ですからね。必然、筆耕(ひっこう)の人数もかなりの人数が必要なはずです。ですから、ハイクミア教徒は多数出入りしているはずですよ。能力がある人間を活用しない手はありません」


「……そんなに、本があるんですか?」


「世界中から本が集まってきますからね。しかも期限付きで。おそらく毎日大量の書籍を複写しているはずですよ」


「……がんばりますっ!」


 リクリスが、思わぬ降ってわいた幸運に、気合を入れなおすようにガッツポーズをしながら大きく声を出した。

 




***



 簡単な朝食を終え、私たちは教会の図書館へと向かっていた。


 どうやら話によると、教会の図書館は教会本体から渡り廊下を進んだ先にあるらしい。

 本来であれば、外部向けの扉から入っていくことになるそうだが、私たちはシェントやフィックが執務に使用している部屋のある側の扉から入る許可を得ていた。


「……しかし、朝食(どき)の女性の驚きようは無かったな」


 図書館への道すがら、ラリカの肩の上で尻尾を振ってバランスをとりながら、先ほどの朝食を運び込んできた修道女の様子を思い出していた。


「……ええ。リクリスが泊まる事を昨晩のうちに伝えておかなかった私のミスです……教会の皆さんを起こしてしまうのが申し訳ないと思ったのが裏目に出ました」


「……怖かったですぅ」


 リクリスが、先ほどの恐怖を思い出してしまったのか、涙声で感想を述べた。

 

 そう、私たちは、昨晩リクリスが宿泊することを教会に伝えられずにいた。

 そのせいでちょっとした悲劇が起こったのだった。


 ――今朝、教会の修道女が私たちの部屋に入ってきたとき、ちょうど私とラリカは今日の予定を話し合うため、二人で奥の寝室で話をしていた。


 そんな中、突然聞こえてきたのが、家具が吹き飛ぶ爆音とリクリスの悲鳴、そして修道女の怒声だった。

 慌ててラリカと二人寝室を飛び出して見たのは、携帯型の杖を取り出して攻撃魔法陣を展開する修道女と、涙目で両手を前に突き出して涙を浮かべるリクリスの姿だった。


 ――どうやら、リクリスのことを不審者と思った修道女がとっさに捕縛魔法を放ち、それをリクリスが反射的に空中で魔法を使って吹き飛ばした。

 その結果があの惨状らしい。


 幸い、被害といえばチェストが一つ吹き飛んだだけで誰にもけがはなかったが、一歩間違えば大惨事になるところだった。

 しかし、修道女も、リクリスも見かけによらず随分な手練れといえるのではないだろうか。


 捕縛用の鋼縛は種類にもよるが基本的には中級に分類される魔法だ。

 それに、一度発動した鋼縛から逃れるというのは中々できることではない。

 でなければ、先のミギュルスとの戦いでも、あそこまで順調にはいかなかっただろう。


 リクリスの意外な一面を知った気分だ。

 どうやらリクリスが優秀な魔法使いというのは確からしい。


 ――とても、今横で涙目になりながらガタガタ震えている小動物じみた姿からは想像できないが。


 なんにせよ、報告、連絡、相談は大切という当たり前の事実を私たちは新たに教訓として学んだのだった。


「くろみゃー、着きますよ」


 まだ今日も始まったばかりにも関わらず、本日の反省をしていると、ゆらゆら揺れていた視界が動きを止めた。ラリカが足を止めたらしい。

 

 この後は私たち以外の人物もいるため言葉を発するなということだろう。


「わかった」


 短くラリカの耳元でささやき、これ以降話さないことを伝える。


「さて、それでは行きますよ。リクリス」


「はいっ!」


 パタパタと服装の乱れがないかリクリスが再度確認しながら元気の良い返事を返した。

 リクリスの姿を見て、ラリカも一度自分の服装に一瞬目を通すと、私の頭をポンと一度軽く叩いて、教会図書館へと続く扉を開いた。


「――ああ、ラリカさんっ待ってましたよー! あ、そちらがリクリスさんっ!? アコのお話し通り、ちっちゃくってかわいい感じ!」


 扉を開くと、そこにはすでにフィックが待ち受けていた。

 すでの今朝方の騒動が伝わっているのか、リクリスのことを知っているようだった。

 どうやら、朝から無駄に高いテンションは発揮されるらしい。


「フィック=リス、お待たせしてしまってすみません。そうです。こちら、今回私と共同研究することになる、ハイクミア教徒のリクリスです。」


「り、リクリスですっ!」


「いやー今朝は大変だったらしいですねっ! 申し訳ない。うちの子がちょーっと早とちりしてしまったみたいで」


「いえいえ。親愛なる教会教徒の優秀さがわかったので、私としてはむしろ幸運でした」


「そうですか? もーそう言って貰えると助かりますっもう、ラリカさんってば心の広い人ですね。あ、リクリスさんはハイクミアの教徒って聞いてますけどっほんっとに素敵な黒髪ですねーいやーハイクミア教徒でも、なかなかそこまで見事な髪の人はいないですよーおねーさんこれでも結構見る目には自信があるんですよー」


「あ、あ、……は、はいっ! ありがとうございますっ! 実は、これラリカさんが――」


 南国の人間か、西方の人間を思わせるような勢いに押されながらも、およそ悪意というものを感じさせないフィックの雰囲気に、リクリスは少し安心したように返事をした。


 今朝方染めたばかりの自慢の髪の毛を褒められて、ちょっと照れくさそうに両手で自分の頭を撫でつけている。


 すると、見ているに撫でつける手のあいだからひょこんと一束髪の毛が飛び出てきた。


 ――ああっ! リクリス! 変に髪の毛をいじるから、せっかく整っていた髪の毛が少しはねてしまったではないか。


 髪の毛がぴこんと跳ね上がる瞬間を見てしまい、思わず声をかけたくなるが、人の目がある手前、ぐっと我慢する。


 気付け! 早く気が付くんだリクリス!

 もし、後からリクリスが髪の毛が跳ねていたと知ったら、恥ずかしがって落ち込むだろうことは明白だ。

 少々恥ずかしい思いはするかもしれないが、今ならきっと傷も浅く済むだろう。

 

「リクリス。こちらはフィック=リス。この図書館でシェント=ビストのもとで司書をしていらっしゃいます」


「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 私が、リクリスの毛はねを気にして悶々(もんもん)としている間にも、挨拶は進んでいく。

 だが、ラリカの視線は明らかにリクリスの髪の毛を気にしているようで、ちらちらとしきりに上下していた。

 

「よろしくぅ! あーもう、リクリスちゃんはちっこくってかわいいなあ!」


 フィックがそう言いながら、リクリスの頭をわっしゃわっしゃと動物でも愛でるかのように撫でた。


 しかし、一見大ざっぱな動きに見えるが、リクリスのはねていた毛束がすっともとに戻っていく。

 そのしぐさはオーバーな動きに隠されて、自然で違和感を感じさせない所作しょさだ。

 リクリスも、恥ずかしそうに頭を撫でられてはいるが、髪の跳ねを直しているとは夢にも思っていないだろう。


 どうやら、自らおねーさんというだけのことはあるらしい。

 なんというのか、確かに年長であることを感じさせる心遣いは確かにおねーさんっぽい。


「さー、行きましょう行きましょう! 楽しい楽しい図書館見学のはじまりはじまりー」


 フィックが、そっとリクリスの手を引き、声をかける。

 声をかけられたリクリスといえば、少し恥ずかしそうにその手をぎゅっと握った。


 ――ラリカの立場が奪われたっ!


 やきもちの一つでも焼いているのではないかと思って、慌ててラリカの様子をみれば、とても微笑ましいものでも見るかのように二人のことを見つめている。

 どうやら、昨日の様子を見て、リクリスに母性でも刺激されているのかと思えば、リクリスの保護者的立場にはさほどのこだわりは無いようだ。

 何とはなしに、ラリカがお姉さんらしい振る舞いをすることに快感を覚えているのではないかと思っていたから、少々意外だ。


 ラリカは、二人の後ろについてゆっくりと歩き出した。




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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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