プロローグ[挿絵あり]
――私には、二つの夢があります。
一つは、みんなが便利に幸せに暮らせるようにすることです。
そしてもう一つは……
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ごつごつと赤茶けた岩肌が露出する山に挟まれ、私の村はあります。
周りに碌に森もなく、ただ広々とした草原だけがあります。
畑を作ろうにも、地面を耕して出てくるのはごろごろとした石ばかりで、表面に出ている石をどけても、さらに大きな硬い岩が出てくるだけです。
作物なんてまともに育ちませんでした。
みんな、細々と家畜を育てて暮らしています。
それだって冬には十分な食べ物もなくなるこの土地では、満足に育てることができません。
そうです。
この村はお金持ちではありません。
――ごめんなさい。見栄をはりました。
この村は貧乏です。
でも、この村にだって、ひそかな自慢があります。
私たちの村のほとんどは、ハイクミア教徒です。
だから、みんな空いた時間は本を書き写して過ごしています。
王都や聖国では、決まった文言ばかり書き写している人も多いと聞きますが、私の村は、少しでも家計の足しになるように、送られてきた本を書き写す内職をしている人が多いです。
そうやって送られてくる本には、いろいろな知識が詰まっています。
王都の偉い学者様、聖国のお歴々、各町の有力者が書かれた本の写本も送られてきます。
たくさんの本に触れて、みんな貧しい中でも、学のある人が多いんです。
私も、村のみんなに負けないよう、たくさんの本を読み、書き写しています。
――初めて本を渡されて、一冊書き写したときのことは今でもよく覚えています。
魔法紋章学や、魔法陣学を基にした術式学を前提とした『術式の多層化による汎用性の確保について』という、とてもとっても難しい内容でした。
でも、お手本にしたくなるような、きれいな文章で書かれていて、夢中になって書き写しました。
いまでも、その時こっそりと一冊多く書き写した本は、本棚に大事に大事にしまっています。
そうして本を読んでいると、疑問に思ったこと、思いついたことがいっぱい出てきます。
少し前に、思いついたことをまとめて、一冊にまとめてみました。
偉い学者様が書くような、立派な本ではないです。
でも、世界でたった一冊だけの、大切な大切な宝物です。
なんだか、少し賢くなった気がして、『立派な人』になった気がして、
毎晩、枕もとに置いて眠っています。
そんなある日、私は村長さんに呼び出されました。
小さな村です。村長さんのおうちだって、なんども訪れたことがあります。
いつものように村長さんのおうちの戸をノックすると、村長さんが顔を出しました。
どうやら、本を読んでいたようで、テーブルの上に置かれています。
赤い表紙の、すこし豪華な装丁の本でした。
お家に入ると、椅子をすすめられたので、机を挟んで向かいあいました。
村長さんは、目元の柔らかなしわを、いつもより少し固くしながら切り出しました。
「今日、呼び出したのは、リクリス。お前に伝えたい事があったからじゃ。――お前には魔法の才能がある。その歳にして、目を見張る知性もある。――王都の学校に通いなさい」
唐突に切り出されたのは、私の王都行きでした。
「――そんなッ!? 村長さん、私、学校に通うお金なんてありません」
村長さんの言葉に、思わず口をついて出たのは、お金のことでした。
その日食べるものにも困っている我が家には、私を学校に通わせる余裕なんてありません。
今日も、このあとは家畜のお世話に、内職のお仕事もあります。
「お金の心配なら必要ない。……お前が学校に通うための費用は、村の皆が出し合うことに決めたからの」
「えっ……」
続いた、村長さんの言葉に声を失いました。
『皆がお金を出し合う』ということは、この話は村のみんなが納得して決めたということだからです。
「どうして私なんかの為に、みんながお金を出してくれるんですかっ!?」
確かに、私は魔法使いの生まれにくいこの村では珍しく、魔力を持っています。
でも、それだけで村のみんなに応援してもらえるとは思えません。
「――この本は、お前が書いたのじゃろう?」
そういって、村長さんは手元に置いていた本をこちらに押し出しました。
装丁の痛まないよう、そっと押し出された本を受け取ります。
赤い革張りの豪華な装丁の本を開きました。
――そこにあったのは、何度も何度も見返した私の文章でした。
装丁は、私が持っているものより随分豪華でしたが、中身は確かに私の書いた本でした。
「どうして……?」
一冊しかないはずの本が、村長の手元に置かれていることに驚きを隠せませんでした。
改めて、手元の本を見返します。
「あ……」
手元の本を見返すと、そこに踊っていた文字には見覚えがありました。
何年も何年も見てきた、お父さんの文字でした。
私に読み書きを教えてくれたのはお父さんです。間違えるわけありません。
「お前の所の父親が、私のところに持ってきたのだよ。娘は天才じゃとな」
大切にしていた本とはいえ、常に持ち歩いていたわけではありません。
きっと、その間に私の本を書き写したのでしょう。
生粋のハイクミア教徒であるお父さんなら、造作も無かったはずです。
「儂も、その本を読んで思ったのじゃ。お前には才能があるとな。お前の才能を伸ばしたい。そう思ったのじゃ。だからリクリスよ。お前は王都に行き、もっと学んで来るのじゃ。学んで、いつかこの村を支えておくれ」
――村長さんのその言葉で、私の王都行きは決まりました。
――私には、二つの夢があります。
一つは、みんなが便利に幸せに暮らせるようにすることです。
そしてもう一つは、初めて書き写した本の著者。
リベスのヴェニシエス、ラリカ=ヴェニシエスと会ってお話することです。