第二十一話「ラリカの報酬」
ラリカとレクスが、仲良く少し早目の朝食を食べ終える頃、ようやく亡者どもが活動を始めた。
「み、水……」
「頭、痛ったい……」
「おなか減った……」
皆それぞれなんだかんだと口々に苦悶の声をあげながら、緩慢な動きで起き上がってくる。
どうやら、二日酔い患者多数。
「まったく……みなさん。あまり飲み過ぎてはいけませんよ」
呆れたように、レクスが皆に声をかける。
「領主様ァ!?」
「領主様だ! おいっ! お前起きろっ! 早く起きろっ!」
「起きろ! 起きろって!」
あちこちで、目を覚ましたものが、いつの間にか現れていたレクスの姿を見て、慌てて周囲で寝こけている住人を起こし始める。
「ああ。寝ている方はわざわざ起こさなくても結構ですよ」
二日酔いの頭に堪えるのか、頭を片手で押えながらも、精一杯姿勢を正してレクスの方を向いている住人たちに、柔らかくレクスは無理をしないように伝えていく。
「領主様……お見苦しいところを……」
「人間骨休めも大切です。……ですが、体を壊すほど飲み過ぎないようにしてくださいね」
「面目ないです」
大の大人が、年若い青年を前に仕事で叱責された部下のようにしょぼくれているのは、中々に見ていてつらいところがある。
「領主様。お戻りになったのですね!」
やがて人ごみをかき分けるようにヤズルが顔を出した。その後ろにはクロエの姿も見える。
「レクス、久しぶりねぇ。ラリカさんとは仲良くしてるみたいで何よりよぉ」
「ヤズルさん。クロエ=ヴェネラ。この度は我が町を守ってくださって有難うございました。皆さんの尽力のおかげで、被害を最低限に収めることができました」
「私は、ミギュルスを足止めしてただけよぉ。今回頑張ったのは、ラリカさん。あと、アリンさんも精一杯頑張ってたわぁ。どっちにしろ、若い子たちが頑張ってくれたから、おばあちゃんはやる事がなくて困ったくらいよぉ」
「ははは……」
クロエの反応に、何と返せばよいのか分からなかったのか、レクスは愛想笑いを浮かべている。
「二人にはたっぷり御褒美を出してあげてねぇ」
「ええ。そうですね。後でアリン=オフスには報奨金を。ラリカ=ヴェニシエスには……ヤズルさん。クロエ=ヴェネラちょっと三人でお話しできますか?」
「お、え、はっ!」
「あらぁ? 何かしら」
レクスはそういって、ヤズルを伴って、教会の入り口付近にいたイマム=アコと二言三言話すと、教会の中に入っていった。
「ラリカを除いて密談とは、一体、ラリカは何を貰うのだろうな」
「さあ……? 今回は杖を使っていますから、その金額の相談でもしているのかもしれませんね」
「ああ。確かにその分の補償は必要だろうからな」
「まあ、そのまま金額に直そうとすると、たぶん町が傾きますが」
「……それはまた、随分と途方もない金額なのだな」
なんでもない事のようにラリカは言うが、小市民の自分にとっては想像もつかない金額になりそうだ。
古今東西、兵器の値段が異常なのはいつの時代も同じということか。
「さて、それよりも――やっぱりちょっとこのまま放置はできないですね。町が止まってしまいます」
ラリカは、領主が居なくなった事で、再び亡者と化した領民たちを見渡した。
亡者の群れが、のどかな青空と絶妙なコントラストを生み出している。
「なんだ。治療するのか」
笑みを含ませながらからかうように問いかける。
「ええ……できる限り。ですが」
「手伝おう」
「お願いします」
手伝いを申し出ると、むにっと表情を緩ませて、ラリカが嬉しそうにする。
ラリカの指示のもと、皆の治療活動を開始した。
***
二時間ほどが経って、皆の治療がだいぶ完了した。
私も、ミルマルなりには手伝いができたと思う。
……少なくとも、猫の手よりは役だったはずだ。形状は猫の手だが。
治療を受けた領民たちはあっという間にだいぶ元気を取り戻してきたようだ。
ラリカが作る水薬というのは、ヤズルが処方してもらえないのを罰というのも分かる効き目があるようだ。
丁度、レクスもヤズルを伴って教会から出てきた。
ヤズルもレクスも晴れやかな。
しかし、何か悪だくみをしているかのような顔をしている。
なんといえばよいか、クリスマスにサンタクロースのコスプレをして、子供におもちゃを届ける前の父親のような表情と言えば分るだろうか。
「ラリカ=ヴェニシエス!」
「はい」
ことさらに改まった声音で、レクスが広場にいる皆に聞こえるようにラリカの名前を呼んだ。
レクスは、中性的でありながらも、良く通り、不思議と耳に浸みこむような声をしている。
広場にいた皆の視線が集まった。
「この度は、ミギュルス襲来に伴い、ヴェニシエスには多大な尽力をして頂いたこと、感謝いたします。戦闘においては、貴重なヴェネラ所有の神器も使用いただいた。その為、ヴェニシエスには陛下より神器一器が奉ぜられることとなりました!」
「な」
さすがに、神器が戻ってくるというのは予想外だったのだろう。
レクスが宣言していく内容に、ラリカがそのくりくりとした瞳を大きく見開きながら、驚きの声を漏らした。
「本来であれば、クロエ=ヴェネラ、ラリカ=ヴェニシエスの元にお届けに伺うべきところですが、神器輸送には危険が伴います。そのため、ラリカ=ヴェニシエスに王都にて神器の引き渡しが行われます! なお、移動などにかかる費用一切はリベス家が負担いたします!」
「王都ですか!?」
「はい。それから……恐れ多くもヴェニシエスには、リベス=レクスからお願い申し上げたいことがございます」
「……?」
改まって「お願い」などと言い出すレクスに、ラリカが不思議そうな顔を向ける。
「ここ数年、ラリカ=ヴェニシエスに御助力頂き、この街は確実な発展を遂げています。しかし、領外にあっては、懸案事項も多く、情報も少ないのが現状です。そこで、今回の王都訪問を機に、各地の情勢を調査いただけないでしょうか。調査地についてはヴェニシエスにお任せ致します。一領主にすぎない私がヴェニシエスにお願い申し上げる非礼は重々承知しておりますが、この件についてはクロエ=ヴェネラにも御相談させていただいた上でのお願いでございます……」
「な!?」
予想外の内容をぶち込んできた。
『各地の情勢を調査』それは、つまり――
「旅に、出ると、いうことです……か?」
「そうようぉ。あちこち旅して、見聞を広めてらっしゃい。かかる費用は、レクスが持ってくれるらしいわよぉ」
「そ、それは。しかし、今の町の状況で旅に出るわけには――」
焦り、左右を見回しながらラリカがおろおろしている。
ミギュルスが出たときよりも慌てている。ぶんぶん左右に首を動かして疲れそうだ。
「――状況はわかんねえが、旅に出られるってんならいいじゃねえかッ!」
周りで話に耳を傾けていた人々から、野太い声が上がった。
「ラリカちゃん! ずっと旅に出たがってたでしょ! 町は任せて行っといで!」
今度は、恰幅の良いおばちゃんが声をあげる。
「ラリカちゃん、おめでとう!」
「行っといでよ!町は任せときなっ!」
「ラリカちゃんは、今まで頑張ってくれたんだから、ちょっと長めの休み取ったってだれも文句なんて言わないさ!行っておいで!まったく。ウチの馬鹿な倅にも――」
口々に、ラリカの後押しをするように、優しい声をかけ始める。
「な、なっ……なんで、みなさん、私が旅に出たがってたの知ってるんですか!?」
町のみなからの声援に、顔を真っ赤にしながらラリカが聴衆に食ってかかる。
「いや、だって……なあ?」
近くにいた、コックのような白い服を着込んだ、五十歳ほどの男性が皆に問いかけるように振り返える。
「あれだけ、吟遊詩人の冒険譚を熱心に聞きに行ってたり」
「旅人がきたら、旅の話やコツを聞きに行ってたり」
「こっそり、情報収集のために買ってる本に英雄譚を混ぜてみたり」
「『大魔導士 ラリカの冒険』なんて、自分を主役に冒険に出かける物語を書いて、部屋の引き出しにしまいこんでたりすればなぁ……」
皆が張り合うように口々にラリカが心のそこにしまい込んでいた願望を暴いていく。
……やはり少々脇が甘いのではないか? ラリカ。
ここまで皆に知れ渡っているというのは、相当なものだぞ。
「――ちょっと待ってください! なんで私が本を書いてることまで知っているんですかぁっ!?」
ラリカは終いには瞳を潤ませながら、涙目で叫び出した。
「「「ははははは」」」
「笑ってないで教えてくださいよッ!! うぅ……死にたい」
「まあ、みんなラリカが、小さな頃から一緒なんだ。色々知っててもおかしくないよ」
恥ずかしさから、うつむいて両手で顔を隠すように覆ってしまったラリカにヤズルが近づいていく。
「お父さん……」
ヤズルはラリカの前にかがみこむと、ラリカに視線を合わるとほほ笑んで、頭をなでる。
「――ラリカ。良く頑張ったね」
そういう、ヤズルの声は暖かくて、娘の成長を祝福していた。
――聴衆の中、かすかに潤んだ瞳で見つめあう親子。
日の光をうけ、その場だけがきらきらと輝いているような幻想を抱いた。
仲良き家族の情愛を感じる、素敵な幻想だった。
「お父さん……本の事、みんなに言ったのお父さんですねッ?」
そんな幻想も、続くラリカの言葉にぶち壊された。
……幻想は、幻想ということか。
「え?あ、いや……」
「あ、お母さんの方振り返った! やっぱりそうだぁ!」
「いや、ラリカ。これはね。娘の成長を喜ぶというか、色々成長の早すぎる娘のせつなさをだね……」
「言い訳、無用っ! です!」
顔を真っ赤にしながら、『ぐー』にした両手をぽかぽかとヤズルにたたきつけていく。
「はは、ラリカ、痛い痛いっ」
「お父さんのばーかーぁ!!」
まあ、そんな拳はどう考えても照れ隠しなわけで。
威力もなく、両親に甘える子供の姿がそこにはあった。
幻想的ではないかもしれないが、やっぱり素敵な光景だった。
「はいはい。親子でじゃれあうのもそれくらいにしときなさぁい」
パンパンと両手を叩き合わせながら、クロエが二人を諌める。
「それで、ラリカさん、どうするの? レクスからの依頼、受けるの?」
どこかのミルマルのように、やれやれと首を振りながら、仕方がないなあと、言い訳するように、甘えるようにラリカが口を開く。
「……分かりました。領主様とヴェネラから、そこまで頼みこまれてしまっては仕方ありませんっ! 不肖、ラリカ=ヴェニシエスがその依頼引き受けましょうッ!」
大見得を切りながら、ラリカが高らかに声を張り上げる。
ちょっとポーズとか決めながら言っているあたり、色々と羞恥が限界値を振り切っているのではないだろうな。
「「「おおっ」」」
わあ、と皆から歓声が上がる。
「――ただしっ! 条件がありますっ!!」
続くラリカの大声に、再びしんと周囲が静まり返る。
「……なんでしょうか?」
一体全体、何を言われるのか、少々笑顔を強張らせたレクスが問い返す。
ラリカは、ぴんと人差し指を立てると、不敵な笑みを浮かべて続けた。
「――私の、旅にかかる予定の費用は、今回崩れた城壁等の復旧作業に当ててください! 自分の旅の費用は! 自分で出します!」
――あ、ラリカがヤズルに髪の毛をぐしゃぐしゃにされながら頭をこねくり回された。