第十九話「祭りだ! 祝いだ! ラリカちゃん!」
クロエと、ラリカの今後について話し合っていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい?」
クロエが返事をすると、音を立てて扉が開き、憔悴しきった様子のヤズルとリヴィダが顔を覗かせた。
その表情は、娘を心配する親として、堪え切れない感情があふれ出し、今にもベッドに駆け寄りたそうだ。
どうやら、ミギュルス襲来による雑務に追われ、今まで戻りたくても戻ってこられなかったようだ。
「クロエ=ヴェネラッ! ラリカの様子はっ!?」
「安心なさぁい。もうすぐ、目を覚ますわよぉ」
クロエが、ヤズルに安心させるように笑みを向ける。
その姿は、孫を心配する息子でも見ているようだ。
「んっ……」
タイミングを見計らったように、ラリカが身じろぎをした。
室内にいた 四対の視線が、ラリカに向かう。
左右に軽く身じろぎした後、ラリカはゆっくりと目を覚ました。
「……ここは? どう言う状況ですか?」
室内を見渡したラリカは、自分の事を心配そうにのぞきこむ視線に多少たじろぎながら、戸惑った声を発した。
「「「ラリカ!!」」」
じっと見つめていた室内の面々がわっと一斉に歓喜の声をあげる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 痛いです! 痛いです! 締まってます! あ、こらくろみゃー爪を立てるんじゃありません! あ、息が……」
どうやら、感情が高ぶると力いっぱい抱きしめる癖は遺伝のようだ。
あたかも、初めて私が話した時のラリカように、ラリカをヤズルとリヴィダが抱きしめている。
便乗するように、私もラリカにくっついているのは内緒だ。
だって、一応飼い主だし。心配だったし。
まあ、ミルマルですから。
***
「さて、ラリカさん。今がどういう状況下わかるかしらぁ?」
一通り、御両親 (+一匹) が醜態をさらし、落ち着いたところで、クロエが切り出す。
「いえ。正直、あまり覚えていないのですが、ミギュルスは無事に討伐できたという事ですか?」
「ええ。安心しなさぁい。ラリカさんのおかげでミギュルスは無事に討伐出来たわよォ」
「そうですか……良かったです。では、あれは夢ではなかったのですね」
「そうよぉ。その証拠に、全身痛いんじゃなぁい?」
「……ええ。うっかり動くと、サルトルさん家のイルスミア人形みたいにばらばらになりそうです」
「「「っくっぶふっ……」」」
ラリカの言葉に、クロエだけでなく、リヴィダやヤズルまで笑いをこらえきれずに噴き出した。
イルスミア人形ってなにさ?
「おほん。ラリカ。あまりそんな縁起でもない事をいうものじゃない……よ……っ」
取り繕いながら、ヤズルが窘めるが、笑いをこらえきれないのか、頬がぴくぴく震えている。
「ええ。そうですね。サルトルさんだって頑張ってますからね! きっとあと数年もすれば立派なイルスミア人形が……」
「あら? でも、たしか五年ほど前にサルトルさん、あと数年もすればきっと立派なイルスミア人形ができる! って豪語してたわね……」
「リヴィダ! 止めてくれ……ッ!」
せっかくラリカがフォローしたらしいのに、リヴィダがまぜっかえしたため、ヤズルが再び笑いの渦に飲み込まれた。
今度ラリカに聞いてみよう。イルスミア人形。
「……まあ、その様子では、今回の被害はあまりなさそうですね。アリンさんはどうなりました?」
「ああ。アリンなら、ちょっと酷い怪我だったから、全快とはいってないが、『ラリカちゃんは大丈夫なんですか!?』って大騒ぎして取り押さえられるくらいには元気だよ」
「そうですか。まあ、アリンさんらしいと言えばらしいですね。妙にあの人は正義感が強いところがありますから。今回も私をかばって大怪我された時は、本当に心配しましたよ」
うんうん。と頷きながら、ラリカは困った表情を浮かべている。
どうやら、アリンに庇われた事にだいぶお冠のようだ。
「しかし、父さん。ムシュトさんの様子を見ていて、本当に部下の教育は大丈夫なのか心配でしたが、しっかりしていたのですね。見直しました」
思い出したようにラリカはヤズルに切り出した。
「……どういうことだい?」
「いえ、今回アリンさんが、私が戦おうとすると心配して随分止めてきたのです。まあ、私はヴェニシエスだから、気を使う必要は無いと言って説得したのですが、結局かばわれてしまいました。こういってはなんですが、所詮彼はオフスです。本人も才能がありますし、あと何年もしないうちに中央に呼ばれるでしょうに、領民の為に自分を盾にするとは……正直、アリンさんは精神的にちょっと……と思っていましたが、アリンさんも見直しました」
そういって、父に尊敬の目を向けるラリカだったが、室内にいる者達の視線は冷たいものだった。
――ラリカ。純粋なことはいいことだと思う。とてもとても良い子だし、良いことだ。
でも、たぶんあの時アリンがラリカを咄嗟に庇ったのはそういう理由じゃないと思うんだ。
ヤズルが残念な人を見る目を浮かべ、しかし口元を微妙に安堵するように緩ませているのが証拠だろう。
「ま、まあラリカ。なにはともあれ、本当に無事でよかったよ。被害と言えば、ちょっと城壁が崩れた事と、森の一部が魔法で消え去ってしまったことぐらいだよ」
「森が消えたのですか? 森からミギュルスは距離があったように見えましたが……」
「……覚えていないのかい?」
ヤズルが、眉を困ったようにハの字にしてラリカに問いかける。
「覚えていない……とは? まさか……ッ?」
ヤズルの言葉に、いやな予感がしたのか、徐々にラリカの表情がこわばっていく。
「ラリカが使った魔法。あれが、ミギュルスといっしょに森の一部も巻き込んでいてね。その部分は完全に地面以外なにも残っていないよ。――いや、わが娘ながら大した威力だったね」
「ああッ……嘘だと言ってください……」
ラリカが、頭を抱えながら変な声をあげている。
しかたがなかったとはいえ、町の財産である森を吹き飛ばした事に悩んでいるのだろう。
でも、きっとあのままだとミギュルスがどんな破壊を町にもたらしていたか分からない。
帰り際に、最後にミギュルスが放った攻撃で崩れた城壁を近くから見たが、全くひどいものだった。
住民の避難は住んでいたようだったが、かなりの家が巻き込まれて潰れてしまっていた。
『魔法使い』――いや、『ラリカ』がいなかったとしたらと思うとぞっとする。
「大丈夫だよ。ラリカ。きっとすぐに木は生えてくるさ」
とってつけたようなヤズルの言葉は、フォローになっているやらなっていないやら。
「……あの森の入り口付近にしかプルプルは生えないのです……今度、レクスにお詫びに行くようにしましょう」
青ざめた表情でか細い声をラリカが漏らしている。
どうやら、なにか重要な植物の群生地でもあったらしい。
「……そうだね。その時は、お父さんもついていこう」
「結構です。……一人の方がなにかと都合がよいので。ごめんなさい」
「……そうか」
申し出を断られ、肩を落とすヤズルだったが、娘に、一緒に服を洗わないでと言われ、黄昏る思春期の子を持った父親のようだ。
「――そうだッ! ラリカはいつの間にか魔法を使えるようになったんだい?」
ヤズルは、ラリカの快挙を寿ぐように大きく両手を広げて持ち上げた。
「……えぇ!? そうなの? ラリカちゃん?」
今更その事実を知ったのか、リヴィダが驚愕する。
先ほどまで、森を消し飛ばしただのなんだの話題にしていたと思うが、この女性は何を聞いていたのだろうか。
どこかマイペースな印象を抱いていたが、やはりどこか抜けている。
「ええ。その通りです。今日、私は魔法を使えるようになりました」
「あらあらあらあら。なら今日はお祝いかしらねえ……」
リヴィダは普段同様、どこかぽやぽやした様子でありながら、その目尻には涙がたまっている。
ヤズルも、リヴィダに感化されたのか、うるんだ瞳が光を反射し始めている。
――当たり前だ。魔法を使えないことで、死を目前にしていた娘が、ついに魔法を使うようになった。
すなわちそれは、年若くその生涯を終えようとしていた娘が、無事に成長出来るようになったと言う事だからだ。
今も、瞳の力を使ってみてみれば、猛烈な勢いで魔力がラリカに流れ込んでいっているのが見えるが、確かにラリカの体内に輝いていた魔力は減少している。
そう、つまり、ラリカが死ぬ事は無くなったということだ。
「……そうだね。お祝いだ」
「……ぐずっ」
二人の様子に、ラリカも今さらながら自身の死が無くなることに気付いたのか、急速にその瞳を潤ませていく。
目に見えて、ラリカの瞳が赤みを帯びてゆく。
「……はいッ! 宜しくお願いします。お祝い、してください」
……本当に、憎まれ口の減らない御主人だ。
少し視界がぼやけて見えづらいが、ラリカの憑き物が取れたような、心が洗われる笑顔はよく見えていた。
***
ラリカに自室で休んでいるよう言った後、リヴィダは部屋を出て行った。
どうやら、本当にお祝いをするつもりらしい。
うきうきと弾むような後ろ姿に、なんとなく、私もその後ろをついていく。
……それにクロエが、ラリカに話があると言っていた。
おそらく、師弟として、今日の諸々込み入った話もあるだろう。
こういう時、気を使っていくのがマナーというものだろう。
私の後を追うように、ヤズルも部屋を退出してきた。
「――さてと。ラリカちゃんのお祝いの準備にとりかかりますか。でも……その前に――」
そういってリヴィダは、その長い髪を一つに後ろで束ねると、おもむろに出入り口の扉を勢いよく開け言い放った。
「みなさーん。ラリカちゃんは元気ですよー!!」
「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」」」」
……なんだこれ。
そこにいたのは、人人人……大勢のこの街のみなさんらしき人影だった。
リヴィダの声に応えるように、どよめきが巻き起こる。
「――あと、とてもとーっても大切なお知らせがありまーすっ!」
大きく息を吸い込んだ後、リヴィダが言葉を続けると、どよめきが収まり、固唾をのんで次の言葉を待っている。
「今日、ラリカちゃんが魔法を始めて使いました! のでぇ! 今日はお祝いをしまーす!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」
……なんだこれ?
その後は大変だった。
みんな、今日のミギュルス騒ぎの後始末もあるだろうに、仕事は全部放り出して飲めや騒げやの大騒ぎだ。
初めは、ラリカの家でお祝いをするつもりだったようだが、そんな目論見はすぐさま破綻した。
もうみんなが次から次と食料や酒を持ち込んでくるのだ。
次々とやってくる人に慌ててリヴィダが場所を作ろうとしていると、自室で休んでいたラリカも休んでいられなかったのか、クロエに支えられながら痛む体に鞭を打って顔を出した。
ラリカの顔を見た客人達が、入れ替わり立ち替わりラリカにお礼を言いに詰め寄り――
空を見上げ、雨が上がっているのを確認したラリカは限界を迎えたように言い放った。
「――イマム=アコに伝えてくださいッ! 今日は教会広場を使いますっ!」
それは丁度、そろそろ、ラリカの家が内側から人の密度に軋み声をあげだしていた頃だった。
――そうして、場所を教会広場に移して、もはやラリカが魔法を使ったお祝いなのか、街を守りきったお祝いなのか、なにやらわからない状態になったお祭り騒ぎは一晩中続いたのだった。