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過去問題.

作者: BLACKぱーま@

学生たちが話し合いする描写を描いてみました。

僕なりの青春のイメージをなるべく引き出した作品

なので、読んで頂ければ幸いです!

 八月初頭の猛暑の候。身体全体を包み込むような灼熱は午前九時ごろから緩むことはなく、寝苦しい熱帯夜も観測されている。今年の最高気温は三十五度を上回ると予想されており、既に熱中症で倒れて病院に搬送された――というニュースを聞くことも現代では珍しくない日常といえる。

 ビルが立ち並ぶ都会より熱源を発しない山脈に囲まれたとある田舎町の高校、緑ヶ丘高校の生徒は七月二十五日から約一ヶ月に及ぶ夏休みを迎えていた。部活に励む者、娯楽に興ずる者、自宅でのんびりと過ごす者もいるだろう。そんな中、夏休み前の期末試験で赤点を取ってしまった一年生、三芳和磨は学生鞄を背に装備させ気だるそうな足取りで校舎の下足場で上履に履き替えると、まっすぐ教室へと向かっていった。

 真っ直ぐに伸びた髪で細渕の眼鏡をかけた容姿はまさしく理数系男子のそれといえるが、実際の成績はいつもクラス平均点のプラスマイナス五点をキープしている。したがって唯一赤点をとってしまった数学は彼の苦手科目というわけだ。

 教室内は二十六度の設定でエアコンの冷気が吹いているので快適だった。和磨はロッカーに鞄を入れると自分の席へと座り、とりあえず筆箱のみを机に置いた。

「…………」

 シャープペンを握る手をあごにあてがいながら、和磨は後ろの席から他三人の補習生の背中を片繭をひそめて眺めている。

(おかしい…)

 左前で問題集をこなしているのは寺谷修吾。スポーツ刈りの髪型が特徴的でこのクラスの学級委員を務めている。熱血漢で真面目な性格。勉強もできるので成績は常に上位だ。

「ねえねえ三芳くん。藤ヶ谷さんのことどう思う?」

 和磨の前の席にいた百田嘉穂がにやついた笑みで声をひそめながら絡んできた。

「なんだよ急に…?」

 教室の一番右前で頬づいている藤ヶ谷みさきに悟られないように和磨も声をひそめる。

「あの人さ、雑誌の読者モデルやってるの知ってた?」

「え…そうなのか」

「でも美人は美人だけどなんかさ…ほら、ぱっとしない感じじゃん?」

「そうか?」

「噂じゃあね、お金ほしさに雑誌の編集の人に色目つかってモデルにのし上がれたらしいいよ。やばくない?」

 声を抑えているとはいえ本人が近くにいるのによくそんな影口を言えるのかと、和磨は内心そう思った。彼は無表情のままとりあえず「すごいなそれ」とだけ答えた。

 百田嘉穂。前髪をヘアピンでとめて、短めな後ろ髪を色違いのゴムでふたつに束ねている。噂好き、しゃべりすぎで有名な女子だ。そしてちゃっかりスカートを短くして化粧もしている。人のことをいえないほど男子に色目を使っているのは間違いないだろう。

(こいつも成績は中間より上だったな。でも気になるのは…)

 クラスで一際異彩を放っている藤ヶ谷みさき。腰元まで伸びきった艶やかな黒髪が特徴的。容姿端麗で学校外で雑誌の読者モデルをやっていることは百田に限らず噂の的になっている。他人と決別しているので友達はいない。男子にとっては注目の的で女子からは嫌煙されている。秀才なので成績はいつも一位を独占。東京の一流大学へ進学できるほどであると聞く。

 なぜ成績のいい者ばかりがこの補習に参加しているのか――?

 和磨が思考をめぐらせていると、数学教師の速水京香がプリントが入っていると思われる薄いファイルを片手に教室に入ってきて教壇に立った。

「おはようございます」

 速水京香が無表情のまま挨拶すると、優等生の寺谷のみが「おはようございます!」と覇気のこもった挨拶をした。普通の教師であれば全員が挨拶するようにと注意するところではあるが、彼女の場合生徒を指導する気はないようだ。馴れ合いも好まない。この真夏だというのに真っ黒なブレザーを羽織っている。髪は茶髪のショート。生気を失っているような瞳は、かけている眼鏡ごしでもくぐもってみえる。化粧も薄くて生徒の間では地味な先生で通っているのだ。

「全員そろってますね…」

 速水は監視カメラのようにゆっくりと首をひねって補習にきた四人を見回す。そして無表情のまま教卓に手をついた。

「今日は第一日目の補習です。皆さんにはこの夏休み中に週三回の補習を受けてもらいます。欠席すると内申に影響があるので注意して下さい」

 彼女はロボットのように感情のない口調で説明をする。寺谷のみ「はい」と答えた。

 すると和磨の前の席に座っていた百田が軽く右手をあげてみせた。

「先生、どうして成績優秀の藤ヶ谷さんまで補習に参加しているんですか?」

 百田が嫌味をこめて速水に質問すると、頬づいていた藤ヶ谷みさきが横目でにらみつけ気づいた彼女は嘲笑うようににやつく。

「やめなよ嘉穂。そういうこと聞くの」

 百田のわざとらしい態度に痺れを切らしたのか、寺谷が席を立って彼女を注意した。

「冗談じゃん。怒らないでよ修ちゃん」

 百田は軽い調子で弁解する。寺谷は「はあ…」とため息をつくとすぐに着席した。このやりとりは特に珍しくはない。百田はウケを狙って授業中にクラスメイトや教師をからかってはこうして学級委員の寺谷修吾に注意されているのだ。

「ではまずこのプリントを渡します」

 速水は百田の冗談など完全に無視して一枚の用紙を和磨の席にだけ置いた。

「は?」

 教卓へ戻っていく彼女を圧巻して見送る和磨。自分の机にだけプリントを置いていくという行動の意図が理解できなかったのだ。他三人もその出来事に不安を抱いている。

「え…なんだこれ…?」

 和磨は渡されたプリントを改めて確認してみると、なにやら長文の文章が書かれている。斜め読みして内容を確認。そして最後の行に書かれている質問から察するに、あきらかに数学とは全く関係ない問題のようだ。

「先生、これ数学のプリントじゃないですよね?」

 和磨は思わず尋ねた。彼の反応に寺谷と百田が動揺する。

 すると速水は教卓に手を突いて、

「明日の午後四時までにその問題の答えを導き出してください。正解した場合、夏休みの補習を免除します。四人全員です」

 その突発的な発言に四人は驚愕する。明日は補習が行われる曜日ではない。しかしこのプリント一枚に書かれている問題を解くことできれば夏休みにわざわざ学校に通う必要がなくなるというのだ。

「やった!先生も意外と機転がきくんですね」

 百田は両腕を広げて歓喜する。さりげなく嫌味がこもっているようだが、速水は全く表情を変えない。

「待ってください先生。三芳くん一人がその問題を解くんですか?」

 寺谷は席を立ち、焦った様子で質問する。和磨は少し馬鹿にされたような気分になった。

(頭の悪い俺には任せられないか、学級委員)

 百田が小声で「それは困るかも…」とつぶやいているのが聞こえ、和磨はむくれた。しかし右前方の席にいる藤ヶ谷は自分には関係ないといわんばかりに頬づいたままである。

「それはあなたたちの自由です。一人で考えるもよし、四人全員で相談するもよし……より効率的と思える方法を自主的に考えて行動してください。私は職員室にいるので、答えが分かったときは声をかけてください」

 すると教室から出て行こうとする速水を寺谷が呼び止める。

「先生、ちょっと…」

「質問は一切受け付けません。ちなみにこのことは担任の林先生と教頭から許可を得ていますので心配ありません」

 速水は動揺する寺谷を冷たく突き放すように教室から去っていった。廊下に響くヒールの音が徐々に遠ざかっていくのを確認すると、寺谷は頭をかかえてとりあえず和磨の席に寄ってきた。そして手近にあった椅子を和磨の机の横面につけて座る。

「三芳、ちょっと見せてくれ」

 和磨は無言で寺谷にプリントを差し出した。寺谷は気難しい表情でプリントに書かれている問題文を黙読する。前の席の百田も椅子の向きを変えて覗いてきた。

「うっわ、なんか長いし!」

 彼女はそうぼやいたが寺谷に無視されたので、少しむくれて座り込んだ。百田嘉穂は寺谷修吾のことが好きなのではないかとクラス内で噂されている。

「ありがとう」

「ん、ああ」

 寺谷は和磨にプリント返却し、頭をかかえている。

 和磨は渡されたプリントに書かれた問題文を改めて読む。


 8月9日。午後8時ごろ、とある町で地区の花火大会が開催され、大人から子供まで多くの人間が参列していた。その花火大会終了後に事件は起きた。花火大会に訪れていたとある小学校の職員である眼鏡をかけた教師が、道端で迷子になっている少年を発見。気になった教師は少年に尋ねると、一緒に花火をみていた友達とはぐれてしまったらしい。教師は少年と一緒に彼の友達を探すことにした。花火大会が終了してから3時間もの間探し続けていたため、周囲は静まり返っており、人の気配がなかった。すると教師は高架下の土手で一人の男が背を向けてしゃがんでいるのを見つけ、男に少年の友達を見なかったかとたずねた。すると振り返った男の服には多量の血痕が付着していて、なんと小学生ほどの子供の身体を鉈でばらばらに切断していた。しかもその子供は、少年が探していた友達だったのだ。殺害を目撃された男は狂気になり、手にしていた鉈を振りかざして少年の片腕を切断した。教師はその様子をみてパニックになるも、片腕を切断されてうずくまっている少年を抱えて男から逃げようとする。逃げ去っていく二人を男は追走。取り壊し予定の廃墟ビル内のトイレまで追い詰めた。このトイレには窓がなく、出入り口を阻まれれば密室となる。

 

その後、近所に住んでいる住人から不振な人影をみたと通報があり、駆けつけた警官によって男はビルのトイレで取り押さえられ、連行されていった。教師は軽い怪我を負ってはいたが命に別状はない。しかし少年は向かいの部屋のソファに横たわっており、死亡が確認された。胸部には針で刺したような痕跡がいくつも残っていた。その後の警察による取調べにより、教師の所持品からは凶器となるようなものは発見されず、また少年を殺害する動機もないと判断され教師は釈放。対する男はこれまでに幾人もの子供の身体をばらばらに切り刻んできた連続殺人犯であることが判明。男もその事実に関しては容疑を認めている。しかし少年の殺害に関しては容疑を否認している。所持品から凶器に使っていた思われる針がみつかっているものの、検視の結果少年の血液のルミノール反応は検出されなかった。


さて、少年を殺害した犯人は誰でしょう?正確な理由も添えて答えなさい。


「どうやら殺人事件を題材にした問題みたいだ」

 黙読している和磨に寺谷が言った。

 確かに数学とは全く無縁の問題である。

「ふーん?私にもみせてよ」

 興味を抱いたのか百田は和磨からプリントを受け取って音読していく。

「…胸部には針で刺したような痕跡が………所持品からは凶器となるようなものは発見されず、また少年を殺害する動機もないと判断……対する男はこれまでに幾人もの子供の身体をばらばらに切り刻んできた連続殺人犯……少年の殺害に関しては容疑を否認…検視の結果ルミノール反応は検出されなかった……」

 百田は読み終えると苦い表情でプリントを和磨に返す。

「リアルすぎてひくんだけど。あの先生普段からこういうこと考えてるの?」

 鼻につく言い方だが彼女の意見はもっともである。まるで新聞記事を切り抜いたような内容だ。

「まあ…問題の内容はともかく、これを解くかどうかは個人の判断だ。僕はやってみようと思う。速水先生がどうしてこんな謎解きをさせるのか気になるし」

 寺谷がそう言うと百田が真っ先に手を上げる。

「私もやる。補習が免除になるんだからやるしかないじゃん」

 百田は寺谷と一緒にいたいだけではないかと和磨は内心思った。もし寺谷が『やらない』と言えば彼女も便乗していたのではないかと。

(まるでヒッツキ虫だなこいつ…)

「三芳はどうするんだ?」

 悩むまでもない。

「俺もやってみるよ」

 和磨も軽く手をあげて便乗した。百田と同じ理由で――とは言わなかった。思考が似通っているなどと思われるのがシャクだったからだ。

 すると三人は無言で隅に座って頬づいたままの藤ヶ谷に目線を向けた。彼女はそれに気がついてようやく口を動かす。

「私はパス。別にどうでもいいし」

 藤ヶ谷はカッターシャツの胸ポケットからイヤホンを取り出すとスマートフォンに繋いで音楽を聞き始めた。

「はあっ?」

 藤ヶ谷のその冷めた態度に激怒寸前の百田の肩を寺谷がつかんで止める。

「まあまあまあ!解くか解かないかは個人の自由なんだし」

「でもあの態度ありえなくない?」

 お前も人のこと言えないけどな――と和磨は内心思った。

 寺谷は興奮する百田を笑顔で宥める。

「明日までにこの問題を解くことができれば夏休みの補習免除なんだ。こんなことで時間を無駄にしてたら勿体ないだろ?」

「……まあ、確かにそうだけど…」

 百田はそこで落ち着くと椅子に座りなおして、一瞬だけ藤ヶ谷を睨んでいた。

 寺谷修吾は責任感が強く人の扱いに長けているのでクラスメイトの大半から慕われる存在だ。和磨としては苦手で近寄りがたい存在ではあるが、今回ばかりは彼がいてくれて助けられたような気がしていた。衝突寸前だった今の状況を抑止できる自信がないからだ。寺谷がいなければ面倒な事態になっていたかもしれない。

「よし、とにかくこの文章を分析するところからはじめよう!」

 寺谷の進行で話し合いが始まる。彼は自分の机に入れいていたルーズリーフを数枚取り出して書き込んでいく。

「まずは事件が起こった日時…”いつ?”だ」

 寺谷は【5W1H】――つまり【いつ、だれが、なぜ、どこで、なにを、どのように】という項目に分けて整理していこうと考えたらしく、最初の項目『いつ?』に”8月9日”とだけ書いた。

「花火大会は午後8時ごろからあったんだよね」

 百田はシャープペンで文章中の”午後八時ごろ”を丸で囲った。

「そう。そして花火大会が終了してから三時間後に”男”と出くわした」

「ねえ”男”じゃなくて”殺人犯”にしとかない?」

 語弊があると思ったのか呼び方の訂正を求める百田。寺谷は「まあいいけど」とだけ言って書き直しに応じた。

「地区の花火大会なら一、二時間程度なんじゃない?」

(その土地によって違うと思うけど)

 和磨は心にそう唱えるだけで発言しない。寺谷による進行は続く。

「じゃあ午後九時から十時ってところか。その三時間後に”殺人犯”と出くわしたんだから……午前十二時から一時くらいになるのか」

 そこで”いつ?”の項目はひとまず終了。

「次は”だれが”になるけど…”登場人物”のほうが分かりやすいだろう」

 寺谷は項目に”登場人物”と書いた。そして三名の名を挙げる。


 教師

 少年

 殺人犯


「どう考えてもこの三人だけになる」

 そして人物それぞれの特徴や情報を書き込む。


 教師…小学校の教師、眼鏡をかけている

 少年…小学生、迷子

 殺人犯…猟奇的、連続殺人犯、子供の身体を生きたままばらばらに切断する

 

「今度はどうして事件が起こったのか…”なぜ”だ」

 機械的に話が進んでいくなか、百田が手で合図して寺谷の話を遮る。そして和磨に目線を向けてきた。

「三芳くん、話に参加する気あるなら意見出しなよ」

「え……」

 百田の急な指摘に和磨はぎょっと驚いて言葉に詰まっていた。寺谷も「三芳、気になることはないか?」と尋ねてこちらを向いてくる。和磨は動揺するより他なかった。彼は無口な性格というわけではないが、話に参加する気はほとんどなかった。寺谷と百田が相談しあって結論をだしてもらえればいい――という消極的な考えでいたからだ。なにもせずただ座って傍観するつもりだったが、その怠惰な思考を百田に見破られてしまった。

「えと、そうだな…(まずい。なにも考えていない)」

「なんでもいい。気になることがあれば発言してくれ」

「三人で考えるってことになったでしょ。どうしてなにも言わないの?」

 寺谷が穏やかに促してからおまけのように百田のきつい追及が飛んできたので和磨は混乱して咄嗟に口を開く。


「話は変わるけど、今回の補習って頭のいいひとばかりだな」


「………」

「………」

 和磨は工を焦りすぎて教室に入ったとき最初に感じた疑問をそのまま口に出した。それを聞いた他の二人はしばらく口をぽかんと開いたまま絶句しており、たまたまイヤホンをはずして聞いていたのか、右前方に座っている藤ヶ谷は腹を抱えて失笑している。和磨の突拍子もない話題の切り替えがよほどツボにはまったのだろう。

「話題の逸れかたえぐいね」

 百田の指摘は和磨にとってかなり強烈なものだった。あまりの羞恥心で眼鏡をはずして顔を覆い隠してしまう。

「ま、まあ、僕もそれは気になっていたけど、あとで話そう」

 和磨は顔を覆ったまま頷いた。それを確認した寺谷はルーズリーフの隅に【※】を書いて和磨の発言を小さく書き足していた。



 気がつくと教室の時計の針は正午ちかくになっていたので、三人はそろって校舎付近にあるコンビニで弁当と飲み物を購入し、各々好きな場所で昼食をとることにした。寺谷は中庭へ。張り付くように百田も。和磨はひとり図書室へ。夏休み中なので鍵がかかっている部屋が多いのだが、この図書室は土日以外は開館しているようだ。

「あの、ここでお昼食べても構いませんか?」

 カウンターで居眠りをしていた司書に声をかける。推定六十代くらいで頭の薄い男性だった。眠気まなこのまま「おお、かまわんよ」とだけ言うと居眠りを再開させた。

(居眠りできるんだな…これはいい)

 将来は図書館の司書を志そうと胸に誓う和磨であった。

「……ん?」

 手近な椅子に座ろうと部屋を見渡すと、一台のパソコンが目に入った。今より四世代も前の古い型だが今でもちゃんと起動できる。一瞬だけ興味が湧いた和磨だが空腹をしずめるほうを先決した。



 和磨は食べ盛りの男子高校生のわりには小食なのでおにぎりをふたつだけほおばってお茶を飲み干すと早々に図書室をあとにした。

「あ……」

 教室に帰ると藤ヶ谷みさきが手作りの弁当を広げてひとり静かに昼食をとっていた。しばらく目が合うとなぜか藤ヶ谷は口元をおさえて失笑する。

(この反応…やっぱりさっきも笑ってたんだ)

 和磨は耳元を赤くして藤ヶ谷の席から遠ざかって自分の席に戻る。

「おーい、シカトすんなよ」

 椅子の背もたれに腕をかけて藤ヶ谷は振り返った。そして嘲笑気味に声をかけてくる。和磨は迷惑そうに表情をゆがませて「なに…?」とだけ返した。すると彼女はおもむろに椅子から立ち上がって和磨が座っている席へ寄ってきたかと思うと、机上に置かれたままのプリントを手にとって斜め読みするだけにとどめ、すぐに机の上に戻した。

「こんなのよくやれるよね。めんどくさい…」

「でも夏休みの補習が免除になる」

「あのふたりは?」

「……中庭だとおもうけど」

「うざいでしょ、あいつ」

「は?なんの話?」

「どうせ寺谷も迷惑なんだろうけど」

 藤ヶ谷は口元に手を当てて大きな欠伸をすると「ねむ…」と言って自分の席へと戻って机に突っ伏してしまった。

(なんだあいつ?)

 いったいどういうつもりで話を振ってきたのか、和磨には理解不能だった。藤ヶ谷は自分のペースで言いたいことだけ言っただけだ。なので会話が絶望的に噛み合わなかった。もとより彼女が人の話に合わせる気があるかどうかは定かでないが。

「あ、藤ヶ谷が死んでる」

 百田がパックジュースひとつ手に持ったまま教室のドア前にあらわれた。

「寺谷は?」

 ふたりで行動していたはずなのに何故か寺谷修吾の姿がない。疑問に思った和磨は思わず彼女に尋ねた。

「…知らない。待ってればいいんじゃない?」

「知らないって…」

 何故か百田は不機嫌そうにして和磨と目を合わせてこない。そして自分の席へ背を向けて座ると足を組んでスマートフォンをつつきはじめた。

「………」

 しばらく気まずい沈黙のみがつづくのだった――。



 約二十分経過後に爽やかな笑顔の寺谷が走って戻ってきた。すると百田はすぐにスマートフォンを机に置いて彼にかけよる。

「もー、遅いよ修ちゃん!」

「ごめんごめん。先輩と話がもりあがっちゃってさ」

「待ちくたびれたじゃん!」

 話が盛り上がっていたにしては早く切り上げてきたほうだと和磨は内心思ったが、百田はご機嫌斜めのままである。

 ふたりは和磨の机を囲って再び座りなおした。すると寺谷が、

「あれ、もしかして話進んでない?」

 目を丸くさせながらそう言った。

(このふたりで進むと思うのか…?)

 進行役の寺谷がいなければそもそも話し合いをしようとも思わなかっただろう。補習が免除になるといえど話自体が弾まないはずだ。そこは百田と和磨の暗黙の了解。しかし寺谷は気づかないらしい。どうやら寺谷は人間関係の内情にうとい。

「で、つぎ何を整理するんだっけ?」

 寺谷がそう尋ねてきたのでとりあえず和磨が答える。

「事件が起きた原因…”なぜ”だ」

「ああ、そうか!」

 寺谷は思い出したようにルーズリーフを確認する。

(ここからなにかしら発言しないと百田がうるさい)

 和磨は気を引き締めてこの小さな会議に参加することを決意した。

 百田は文章の一節を指差して発言する。

「原因は…やっぱり殺人犯と出くわしたこと?」

「いや、違う」

「は?なにが」

 和磨の否定に百田はきつい口調で反応する。それに少々臆する和磨であったが、はっきりと自分の意見を述べることにする。

 直接的な原因は”殺人犯”と遭遇してしまったことで間違いはない。しかし問題なのは少年が殺害されてしまったことにある。誰が殺害したかは不明としても、

「原因はこの”教師”じゃないか?」

 彼の発言に百田が目を丸くする。

「なに言ってんの?」

 主観的な百田に対して寺谷は客観的思案のもと、

「どうしてそう思った?」

 そう尋ねる。和磨は堂々と指摘する。

「はじめに処理した”いつ”のことを踏まえれば、この”教師”は間違いを犯している」

「なにが?はぐれちゃった友達を一緒に探してくれるいい先生じゃん」

 百田が嘲笑して彼を指摘し、寺谷は「最後まで聞こう」と百田を説得した。

 和磨は落ち着いた様子のまま寺谷が書きとめているルーズリーフの最初の項目を指差す。

「この”教師”が迷子になっている”少年”を発見し、友達探しに協力した時間は花火大会終了後…つまり午後九時から十時ごろなんだろ。それから三時間も小学生の子供を連れまわした」

 寺谷の説得もむなしく百田は「何が言いたいの?はっきり言いなよ」と再三にわたり口を出してくる。

「なるほど…定石で考えればありえないかもね」

 寺谷は和磨の考えていることを察したのか、腕を組んで頷く。百田はそんな彼の言動に動揺して「え…え…?」と挙動するのみであった。

 和磨は話をつづける。

「若くて未熟な教師だったのかもしれない。こんな遅い時間帯だ。普通の教師…というかまっとうな大人ならまず子供を家に送り届けることを先決させるはず」

「あ……」

 百田は圧巻したままようやく納得できた。

「深夜だろうがおかまいなし。この”教師”ははぐれた友達を”少年”と一緒に探すことに専念した。”少年”を説得して家に送り届けてから探すこともできたはずだ。友達の名前や特徴を聞いておいてからな」

 皮肉が込められているが和磨の意見は百田と寺谷に正論を定義させたらしく、ふたりは彼の発言に意見することなく話はまとまった。

 寺谷はルーズリーフに和磨の意見を書きとめると話を再開させる。

「で、今度は”なにを”になるわけだけど、ここは敢えて次の”どこで”…それとさっき出た”誰が”の三つを組み合わせて分析しようと思うんだけど」

 寺谷にご執心の百田の口から「賛成」のひとことは出なかった。彼女は寡黙のままプリントを手にとって問題文をずっと凝視している。彼女がなにか気になることでもあるように片繭をひそめているので、和磨が代弁(?)するように「そうだな」と返事をする。

 寺谷はその三つを組み合わせた”だれがどこでなにをしていたのか”を考えれば効率がいいと判断したのだ。問題に登場している三人それぞれに当てはめなければならないため咄嗟にそれを思いついた。

(さすがは成績トップの学級委員だ……それにしても)

 和磨は前にいる百田が段々と気になり始めていた。彼女はあごにこぶしをあてがいながらプリントの内容をじっと見つめるばかりである。

「嘉穂、さっきからどうしたんだ?じーっとプリント眺めてるけど」

 寺谷はひきつった笑みで彼女に声をかけた。普段から頻繁に喋っている人間が突然黙り込むと不安になるのだ。

 寺谷の問いかけに対して百田はしばらく「うーん…」と首をかしげて片繭をひそめていたかと思うと、ようやく重くなっていた口を動かす。


「ねえ、これって本当にあった事件なんじゃない?」


 彼女の放った言葉は衝撃的だった。ずっと机に突っ伏していたままの藤ヶ谷まで気になったのかこちらに目線を向けている。

「どういうこと?」

「つまり?」

 和磨と寺谷は思わず同時に疑問を投げかけた。和磨は声が重なってしまったことに少し恥ずかしくなる。

 百田は突然自分の机に置いていたスマートフォンを手にとると、某検索サイトでなにやら調べ始めている。人差し指で画面をスワイプし、とあるサイトの見出しをタップした。

「ほらやっぱり!いっときだけ流行った『チルドレン・キラー』っての」

 記事が表示された画面を寺谷だけに向けているのが気になるところだが、『チルドレン・キラー』と聞いただけで和磨は事件の内容を瞬時に思い出した。それは今から二年前に起きたとある連続殺人事件。『チルドレン・キラー』と名づけられた男、遠藤直樹(当時二十八歳)は下校時や部活帰りの小中学生を襲って生きたまま五体を切断してばらばらにするという猟奇的且つ残虐非道の凶悪犯として恐れられていた。

 寺谷と和磨は改めて問題文の内容を確認する。そして寺谷がそれに気づいた。

「もし実際にあった事件の内容を抜粋した問題だとすれば、犯人は逮捕されて事件に決着がついているはず…」

 しかし和磨は納得いかない表情だった。最後の一説に書かれている内容で”少年”が謎の死をとげている。連続殺人の犯人は拘留されたが、少年を殺害した犯人が特定できないままということだ。

「ちょっと…!」

 すると藤ヶ谷が突然寄ってきて百田が手に持っていたプリントを強引に奪うと、改めて問題文を一行ずつ目で追って内容を確かめている。

「なんなのこれ…」

 藤ヶ谷は問題文を読み終えると顔をこわばらせていた。そしてなんと彼女はプリントを握り締めたまま血相を変えて足早に教室から立ち去っていく。取り残された三人は現在発生した状況にただ呆気にとられていたが、

「ちょっと見てくる」

 と寺谷が藤ヶ谷を追って廊下へ走っていき、百田も「ちょっ…!」と焦った様子で彼の背中を追っていった。

「……なんだ…?」

 呆然とする和磨も、しばらくしてから彼らのあとを追っていくことにした。



 どかどかとけたたましい靴音をならしながら廊下を走っていく四人。夏期講習中の教室を素通りすると「おい廊下を走るなっ」と教師の怒鳴り声が聞こえた。しかし寺谷を先頭に走っていた三人はお構いなしに走り続ける。藤ヶ谷からプリントを取り戻したいのか、はたまた彼女が血相を抱えて行き着く先が気になるのか。とにかく三人は廊下を暴走する藤ヶ谷みさきを追って走る。

「あ……」

 藤ヶ谷が行き着いたのは職員室。彼女は「失礼します」と挨拶できる余裕もない所為か、無言のまま入室していく。寺谷は躊躇なくそのあとを追って「失礼します!」と頭を下げて職員室内に小走りしていく。百田と和磨も彼のあとを追って職員室へ。すると、


「先生、一体これはどういうことなんですかっ!」


 和磨が入室した途端、職員室中央から藤ヶ谷の罵声が響き渡った。普段から物静かな性格なので甲高く聞こえる。肉声を聞いて新鮮味を感じる和磨だった。

 職員室からは緊張感が漂っており、夏休み中に出勤して作業に追われていた他数人の教師は手を止めて呆然としており、和磨たちも口を閉ざし、数学教師の速水京香の背中を睨みつけている藤ヶ谷を目視した。

 速水は興奮する藤ヶ谷を無視してパソコンの入力作業をつづけている。

「答えてっ!」

 藤ヶ谷は痺れをきらして速水の肩をつかんだ。すると速水はふっと息づいていつもかけている眼鏡をかけ直すと藤ヶ谷に振り返った。

「なにを聞きたいんですか?」

 彼女は機械的にそれだけ言った。すると藤ヶ谷は握り締めてしわくちゃになったプリントを広げて問題文を指差す。

「これ私の弟が巻き込まれた事件じゃないですか!」

 職員室にいた教師たちはなんのことだか分からず、ただ傍観しているのみだったが、和磨たち三人には衝撃的な台詞だった。

「ねえ、今のどういうこと…?」

 不安に掻き立てられた百田は寺谷に判断を委ねたが、

「藤ヶ谷さんの弟…?」

 寺谷はそう口にするのみでそれ以上なにも言わなかった。

 興奮する藤ヶ谷に対して速水は全く動じていない様子。

「質問は一切受け付けないと言ったはずです」

「ふざけないで!勝手に人の過去を引用しておいて…」

「………」

 速水は黙ったまま視線を机に戻した。和磨の目には彼女が一瞬だけ憂いの表情をみせたように思えた。

 藤ヶ谷は握っていたこぶしを震わせながら速水の背中を睨んでいる。しばらくその均衡状態がつづき、速水はようやく口を開く。

「教室に戻って問題を解きなさい。解答すれば詳しい事情を話します」

「私に…この茶番に参加しろと?」

 藤ヶ谷が声を震わせている。速水は間髪いれずに話を続ける。

「これだけは言っておきます。この問題は茶番ではありません」

 すると藤ヶ谷は興奮を抑止させると自分も速水に背を向けて「わかりました」とひと言だけ言うと、しわになってしまったプリントを無言で和磨に手渡すと職員室から出て行こうとする。

「藤ヶ谷さん、どこ行くんだい?」

「関係ないでしょ…」

 寺谷が藤ヶ谷の肩に手を置くと、彼女は即座に手を振り払う。「どうせ校長室とかなんじゃん?」と百田が小声で寺谷に口ぞえしている。和磨はその光景に嫌気が指したが、敢えて百田のことは無視して、

「待てよ藤ヶ谷」

 彼女と視線を合わせずに名指しで呼び止めた。藤ヶ谷は思わず立ち止まる。

「なに?」

 彼女は横目で和磨を睨んだ。しかし和磨は淡々と答える。

「お前の弟がこの問題に出てくるのか?」

「だったらなに…?」

「この”少年”と表現されているのが弟か?それとも”少年の友達”?」

 和磨はプリントを広げて問題の文章中の単語を指差しながら藤ヶ谷に尋ねる。それに対して彼女は呆れた表情で乱れた髪を手直しする。

「はいはい。その”少年”です」

 和磨はそれだけ聞くと、

「そうか。わかった、もう行っていい」

 と無感情に言った。藤ヶ谷は何故か和磨に視線を向けたまま動こうとしない。

「どうした?早く行け」

 和磨が再度促すと藤ヶ谷は床を見下ろして彼の横腹に軽く肘うちした。和磨はその突発的な行動に対処がきかずに思わず「ふわっ…!」と声をあげた。その様子をみていた百田は腹をかかえて失笑している。

 すると藤ヶ谷は寺谷に視線を向けた。

「寺谷くん、私も話に参加させてよ」

 寺谷は目を丸くした。普段は人に寄り付かない彼女が今日に限って珍しく自分から輪に入ってこようとしているからだ。

「も、もちろん、いいよ」

「ありがと」

 彼女はすこし微笑んでみせた。その可憐さに寺谷は思わず目を背けて頬を赤く染めた。そのやりとりを見た百田は下唇をかみ締めて悔しそうに藤ヶ谷を睨む。おそらくヤキモチを焼いていると察した和磨は、案外かわいい一面があるのだと内心そう思った。



 その後、教室に戻ってプリントの問題について再び話し合うことになった。今回は藤ヶ谷みさきも参加する。

 教室に戻る途中に和磨はトイレに向かおうとすると、寺谷が「僕も」と言ってついてきた。ふたりは隣同士の便器で用を足す。

「まさか藤ヶ谷さんが輪に入ってくれるとはね」

 ふと寺谷がそう呟いたが、和磨は「ああ…」と適当に返す。

 藤ヶ谷みさきという女子は基本的にマイペースで気分屋な性格。他人に命令されて動くことが嫌いなので、先ほど和磨に「行け」と言われたのが気に入らなかったのだろう。結果的に藤ヶ谷は協力を余儀なくされた。逆心理というものだ。

 ふたりはトイレから出ると教室に向かった。すると気まずい雰囲気を漂わせ、百田と藤ヶ谷が和磨の机を囲むように座っている。

「おまたせ」

「修ちゃん遅い!」

 例によって百田が愚痴をこぼす。藤ヶ谷はすかした態度で足を組んで座っていた。和磨たちも空いている席に座る。そして和磨はポケットに入れていたプリントを机上に広げる。

「えっと、藤ヶ谷さん。今こんな感じで話を進めているんだけど…」

 寺谷は今までの話をまとめて書いたルーズリーフを彼女に手渡した。

「ふーん…」

 藤ヶ谷は髪をいじりながら書かれている内容を黙読していく。そして一分も経過しないうちにルーズリーフを寺谷に返却した。

「なるほどね。いいんじゃない?」

「そ、そう」

 寺谷は愛想笑いで緊張をごまかしていた。まるで会社の上司に書類を提出する部下を彷彿とさせる光景だと和磨は内心思った。

「ねえ藤ヶ谷さん。さっきのこと…」

 百田は珍しく言葉に詰まっていた。職員室で取り乱していた藤ヶ谷をみてさすがの彼女も態度を改めようとしているらしい。

「なに?言いたいことあるんならはっきり言いなよ」

 藤ヶ谷の奇抜な態度に百田が噴気をあらわにしそうだったのですかさず寺谷が「まあまあ」と焦った様子で藤ヶ谷を宥めようとする。

「さっき藤ヶ谷は問題文に出てくる”少年”を自分の弟だと言っていた」

 そこで和磨が遮ってプリントを指差す。他三人は冷静になったのか静まる。彼は話をつづける。

「要訳すると、藤ヶ谷弟は『チルドレン・キラー事件』に巻き込まれて死亡。ここに書かれている文面はそのときのことを抜粋して出題している…そういうことだろ」

「まあね。その言い方むかつくけど」

 藤ヶ谷は両手を軽く上げてみせた。

 すると和磨は額にこぶしをあてて考え込んだ。夏休みに成績上位者ばかりを集めた補習、藤ヶ谷の弟が巻き込まれ死亡した事件を抜粋した問題プリント。そして当事者の身内である藤ヶ谷みさきを出席させている。速水に意図的な思惑があることは明白だった。

「変なこと聞くけど、みんなはどうしてこの補習に参加しているんだ?」

 和磨は三人を見回しながら補習参加の理由を問い正すことにした。彼の場合、返却された期末テストで赤点をとってしまったことで担任から個別に補習に行くよう命じられていたわけだが、他の三人も同じ理由だったのか和磨は気になっていた。するとまず寺谷が、

「正直に言うと僕は補習で来てるわけじゃないんだ」

「え、そうなの?」

 寺谷のこととなると百田がおまけのように食いついてくる。

 彼は淡々と話をつづける。

「林先生に、気が向いたときは補習に参加するよう頼まれていてさ。気を悪くしないでほしいんだけど、速水先生が多忙で出席できない場合の監督役…みたいなもの。もともと速水先生が林先生経由で頼んできたことらしいけど…」

 クラスに一人はいる”できる人”にしか与えられない役目なのだろう。夏休み中の暑中にわざわざ学校に行かなければならないので、普通の生徒なら断っても不思議ではない。しかし生真面目で融通の利く寺谷修吾はその依頼を受けた。彼の性格を見越してのことだろう。和磨は内心そう推察した。

「あんた馬鹿?そんな面倒な頼み断っちゃえばいいのに」

 藤ヶ谷が呆れ顔にそう言い放ったので百田が「はあ?」と言って彼女に突っかかろうとしていた。言葉は選ぶべきだと和磨も心底感じていた。

「まあまあ、考え方は人それぞれなんだし。ところで嘉穂はどうして補習に?」

 例によって寺谷が笑って百田の噴気をおさえる。彼女は納得いかない表情で一旦退いて寺谷の質問に答えることにした。

「私はふつうに赤点とっちゃっただけ。ていうかなんで補習?追試でいいじゃん」

 いったい誰に愚痴を言っているのか分からないところだが、百田に便乗して和磨も羞恥心をおさえて正直に、

「俺も赤点で」

 と言った瞬間、なぜか女子二人が「ぷっ」と失笑した。和磨の容姿から主観的に優等生と連想していた所為か、そのギャップに思わず笑いがこみ上げたのだろう。和磨は二人の反応を見て少し恥ずかしそうに耳を赤くしてふてくされた。

「それで、藤ヶ谷さんは?」

「ふふ…!え?」

 いったいいつまで笑っているのか。藤ヶ谷は目に涙をためて笑っている。寺谷の質問で少しずつ冷静さを取り戻し、彼女は少し深呼吸してから口を開く。

「私も赤点とっちゃったんだけど」

「……………」

 他三人は口をあけたまま絶句していた。あまりに衝撃的な発言に度肝を抜かされたのだ。寺谷はおそるおそる質問を復唱する。

「そ、それで、藤ヶ谷さんは?」

「いやだから赤点とっちゃったから!」

 途端に皆無口になった。百田はなにげに半笑いの表情ではあったが。

 気がつくと窓から差し込んでいた茜色の夕日は暮れているところで、辺りは薄暗くなっていた。なので話は明日に持ち越しということで可決し、四人はそれぞれ家路につくことにしたのだった――。



 翌朝。本来、補習は二日連続して行われないのだが、四人は教室に集まっていた。そして例のプリントの問題について話し合うことになった。

 昨日、藤ヶ谷が口にした驚愕発言に関しては一応本人から事情を聞いた三人。実は数学の期末テストがあった日に藤ヶ谷は風邪をこじらせて学校を休んでおり、和磨たちを含めたクラスメイトの誰もがそのことを知っていた。彼女はその翌日に別室で現代国語と数学のテストを受けていたのだ。現代国語に関しては九十点代そこそこ。しかし数学のテストでは見事に〇点。なんと授業でまだ習っていない問題が出題され、解答欄に何も埋めることができなかったらしい。藤ヶ谷はそのテスト中にただ机に頬づいていただけだった。監督役が速水だったらしく、彼女はテストに解答しない藤ヶ谷に対して何も指導せず、名前のみが記入されたテスト用紙を回収していった――というのだ。なぜ速水に習得していない問題を出題するのか問い正さないのかと百田に聞かれ、藤ヶ谷は「めんどくさい」とだけ言い放った。それには常に中立的主義の寺谷も肩を落として呆気にとられていた。

「じゃあ、昨日の続きから話し合っていこうか」

 寺谷の号令で話し合いが再開される。

「”だれがどこでなにをしていたのか”…これを考えてみよう」

 四人はそろってプリントの問題文を凝視した。


 8月9日。午後8時ごろ、とある町で地区の花火大会が開催され、大人から子供まで多くの人間が参列していた。その花火大会終了後に事件は起きた。花火大会に訪れていたとある小学校の職員である眼鏡をかけた教師が、道端で迷子になっている少年を発見。気になった教師は少年に尋ねると、一緒に花火をみていた友達とはぐれてしまったらしい。教師は少年と一緒に彼の友達を探すことにした。花火大会が終了してから3時間もの間探し続けていたため、周囲は静まり返っており、人の気配がなかった。すると教師は高架下の土手で一人の男が背を向けてしゃがんでいるのを見つけ、男に少年の友達を見なかったかとたずねた。すると振り返った男の服には多量の血痕が付着していて、なんと小学生ほどの子供の身体を鉈でばらばらに切断していた。しかもその子供は、少年が探していた友達だったのだ。殺害を目撃された男は狂気になり、手にしていた鉈を振りかざして少年の片腕を切断した。教師はその様子をみてパニックになるも、片腕を切断されてうずくまっている少年を抱えて男から逃げようとする。逃げ去っていく二人を男は追走。取り壊し予定の廃墟ビル内のトイレまで追い詰めた。このトイレには窓がなく、出入り口を阻まれれば密室となる。

 

 その後、近所に住んでいる住人から不振な人影をみたと通報があり、駆けつけた警官によって男はビルのトイレで取り押さえられ、連行されていった。教師は軽い怪我を負ってはいたが命に別状はない。しかし少年は向かいの部屋のソファに横たわっており、死亡が確認された。胸部には針で刺したような痕跡がいくつも残っていた。その後の警察による取調べにより、教師の所持品からは凶器となるようなものは発見されず、また少年を殺害する動機もないと判断され教師は釈放。対する男はこれまでに幾人もの子供の身体をばらばらに切り刻んできた連続殺人犯であることが判明。男もその事実に関しては容疑を認めている。しかし少年の殺害に関しては容疑を否認している。所持品から凶器に使っていた思われる針がみつかっているものの、検視の結果少年の血液のルミノール反応は検出されなかった。


さて、少年を殺害した犯人は誰でしょう?正確な理由も添えて答えなさい。


「長いね…改めて見ると」

 百田のぼやきには和磨も同意見だった。積極的に進行役をしてくれる寺谷の存在はかなり重要といえる。しかし更に重要なのは、

「………」

「藤ヶ谷さん、大丈夫?」

 問題文を読んで辛辣な表情をしている藤ヶ谷みさきを百田が見かねる。つい昨日まで嫌煙していたにも関わらず、百田は真剣に藤ヶ谷の心境を察して心配している。猟奇殺人という凶悪な事件に弟が巻き込まれていた――という事実に同情しているのかもしれない。

「別に平気…」

 藤ヶ谷は百田と視線を合わせずただそのひと言を発した。まだ打ち解けられないかと内心思った寺谷。和磨の目には彼女がなにかしら気張っているようにも感じ取れた。

「そう…」

 百田はそれ以上藤ヶ谷に構わずこの話題から退くことにした。気持ちを切り替えて問題についての意見を出すことに。

「じゃあ登場人物の三人はもう分かっているから、まずはこの三人がそれぞれ”どこでなにをしていたのか”を当てはめていけばいいよね」

 百田は寺谷と和磨に視線を交互に向けて同意を求めてきたので、寺谷は「そうだね」と微笑み、和磨も深く頷いた。

 それから約十五分後、話し合いの結果このようにまとまった。藤ヶ谷はほとんど意見を出さなかったが。


 教師…花火大会の会場で”少年”と出会い、彼とはぐれてしまった友人を探すことに協力。そして偶然、高架下の土手で”殺人犯”と遭遇。”少年”とともに廃墟ビル内のトイレまで逃走。


 少年…花火大会の会場ではぐれた友人を探していた〔以下省略〕。廃墟ビル内の一室で殺害される。


 殺人犯…高架下の土手で”少年”の友人を殺害し身体を解体していた。犯行現場を目撃された矢先に”少年”の腕を切断。彼を連れて逃げる教師を廃墟ビル内のトイレまで追走。


「こんなところか」

 寺谷はシャープペンを一旦置いて腕を組んだ。

「最後は”どのように”か…」

 和磨がそうつぶやくと百田が問題文を指差す。

「殺人鬼に追いかけられてるんだから、”教師”と”少年”は必死だったんじゃない?」

「そうだね。”殺人犯”のほうは”狂気になって”と書かれている。事件後の三人の様子についても書いておこう」

 寺谷は挙がった意見をルーズリーフにまとめて、問題文の終盤に書かれた内容も簡潔にまとめた。すると手を鳴らして全員の注目を集める。

「じゃあ、今までまとめた項目の中で不振な点がないか検証してみよう」

 藤ヶ谷以外の三人はプリントの問題とルーズリーフにまとめられた内容を見比べる。


【いつ?】

 八月九日 午前十二時から一時の間


【だれが?】

 教師、少年、殺人犯


【なぜ?】

 殺人犯と出くわした。深夜に子供を連れて歩いていた教師にも責任あり?


【どこで?なにを?】

 教師…花火大会の会場で”少年”と出会い、彼とはぐれてしまった友人を探すことに協力。そして偶然、高架下の土手で”殺人犯”と遭遇。”少年”とともに廃墟ビル内のトイレまで逃走。

 少年…花火大会の会場ではぐれた友人を探していた(以下省略)。廃墟ビル内の一室で殺害される。

 殺人犯…高架下の土手で”少年”の友人を殺害し身体を解体していた。犯行現場を目撃された矢先に”少年”の腕を切断。彼を連れて逃げる教師を廃墟ビル内のトイレまで追走。


【どのように?】

 教師&少年…殺人犯に追いかけられパニック

 殺人犯…犯行現場を目撃されて狂気に

事件後

 教師…軽傷。命に別状なし

 少年…死亡。胸部には針で刺されたような痕跡多数

 殺人犯…警察に連行される。少年の殺害を否定


「はい」

 百田が軽く挙手したので「じゃあ嘉穂」と寺谷が指名。

「”殺人犯”についてだけど、他の子供を殺してきたことを認めているのに、どうして”少年”に限っては容疑を否定しているのかわからないんだけど」

 百田は問題文後半の一節を指差して意見を述べた。それについて寺谷も意見を述べる。

「殺していないなら、犯人は”教師”ってことになるな」

「でも凶器になるものを持っていなかったと書かれている」

 和磨は百田が指差している行より上の一節を指でたどる。

「あーもう!訳わかんないよ」

 百田は前髪を大雑把にあげて頭を抱えていた。

「”殺人犯”が持っていた凶器には”少年”の血が付着していない訳だしね」

 ルミノールとは科学捜査などに欠かせない試薬である。過酸化水素とともに使用すると血液の痕跡が強く発光をするので、拭き取られていても感知できる。しかし”殺人犯”が所持していた凶器の針には反応がみられていない。

 百田の疑問だけに執着していても犯人は特定できない。なので彼女の意見はとりあえず保留。寺谷は教卓まで出て黒板に百田の意見をチョークで書きとめた。

「次は僕からいいかな。その『チルドレン・キラー』の犯人は子供の身体を生きたまま解体して殺す異常気質なんだろ?どうして”少年”は解体されなかったんだ…」

 寺谷は教壇に立ったまま腕を組んで俯く。

「でも腕切られてるじゃん」

 百田が人差し指を唇にあてて問題文の内容を示唆。


「ちょっと待って」


 そこで藤ヶ谷が手を軽く上げて遮ったので、三人は彼女に視線を向ける。

「あんたたちさ、どうしてこの問題に関わろうとするの?速水先生が言ってたでしょ。一人で解いてもいいって」

 ずいぶん遠まわしな口ぶりだが、片繭をひそめて動機を求める藤ヶ谷はこの三人に対してあきらかに不信感を抱いている。

「先生はこうも言ってなかったかな。『より効率的と思える方法を自主的に考えて行動してください』って。僕は四人全員で話し合うのが一番だと思うんだ」

 皆が口ごもる中で率先してそう言い放つ寺谷。しかし藤ヶ谷は納得いかない表情を崩さない。

「答えになってない。私は弟が死んだ事件についてあの人が何か知っているみたいだから仕方なくこの茶番にのっている。この問題を解けば話してくれるみたいだし…でもあんたたちは何?目的が”補習の免除”なら私ひとりに任せてよ」

 この問題文に書かれている内容は藤ヶ谷みさきのプライバシーに関わっている。他人である和磨たちを遠ざけたい気持ちがあるのは当然である。

「クラスメイトが困っているのに放っておけないだろ。僕は藤ヶ谷さんの力になりたい」

 正義感がある寺谷は真剣なまなざしで藤ヶ谷にそう言い放った。

「へえ…」

 藤ヶ谷はまだ疑念があるようでそれ以上何も言わない。

 すると俯いていた百田が辛辣な顔をあげた。

「私…藤ヶ谷さんのこと、いつも冷めた感じでむかつく子だなって思ってた。でも、昨日先生に突っかかっていたのを見て…弟さんのことで取り乱したりできるんだなって思って。ちょっと見直して…その、つまり…」

「なに、同情したの?」

「…そんな感じ」

 すると藤ヶ谷は机に置かれていたプリントを手に取ると椅子から立ち上がって三人に背を向けた。

「協力も同情もいらない。これは私の問題だから自分で解決する」

 そうはき捨てると彼女は自分の鞄を肩に下げて立ち去ろうとする。しかし足を一歩踏み出したところで立ち止まった。

「そういえばキミの目的は何だったの?三芳くん」

 藤ヶ谷は背を向けたまま、口を閉ざしている和磨に尋ねた。

「俺は…」

 和磨は自分に問いかける。今ここにきている目的を――。

 彼は今日、なにかに引き寄せられるように登校してきた。目的は紛れもなくこのプリントの問題。過去に終止符が打たれていた『チルドレン・キラー』の事件は終了。しかし藤ヶ谷の弟を殺害した人物が未明のまま幕を閉じている。和磨は個人的にこの事件の真相が気になっているが、同時に速水がこれをプリントの問題として自分たちに解かせる意図も気がかりだったのだ。この謎を解くには当事者である藤ヶ谷みさきの協力が必要。

(寺谷と百田とは違う…俺はただ興味本位で関わろうとしている。こんな理由で他人のプライバシーに土足で踏み入れていいのか…?)

 和磨が黙り込んでいると藤ヶ谷は、

「グズ…」

 とひと言捨て台詞をはいて歩みを進めようとしていた。

「賭けをしてた」

 和磨は咄嗟に立ち上がってそう言った。

「賭け…?」

 藤ヶ谷は彼に振り返ると片繭をひそめながら嘲笑している。

「そう…(俺は一体なにを言おうとしている?)俺は今日、お前がここにくるかどうか賭けていたんだ」

 自分でも理解できない欲求と衝動に駆られた和磨は、藤ヶ谷を引き止めるために簡潔な嘘を述べることに――。

「お前が昨日、自分も話し合いに参加させてほしいと寺谷に申し出たとき、俺は驚いた」

「驚いた?どうして」

「意外だったんだ。なにせ身内問題を他人の俺たちと解決しようとしていたんだからな」

「なにが言いたいの?私、はっきりしないの嫌いなんだけど」

「その手にしているプリントが弟の死に関係しているものだと分かった途端にひとりで解決すると言い出してもよかったのに、お前は俺たちの輪に加わってきた。でも今になって意固地にひとりで解決すると言い出した」

「私がわがままって言いたい訳?」

 藤ヶ谷は腰に手をあてて和磨をにらんだ。

「そうじゃない。この問題をひとりで解くには難しい…そう判断したお前は、まず俺たちを試すことにしたんだ」

「試す?」

「これは俺の妄想だけど、お前は最初から今の俺たちの境地…いや、もしくは一歩先まで推論を組み上げていたとしたら」

「………」

 藤ヶ谷は背を向けて無言になる。

 百田は思わず椅子から立ち上がって「どういうこと?」と和磨を追及した。寺谷も驚愕しているようで空いた口が塞がっていない。

「考えてみれば単純だ。実の弟が死んだ事件の真相を以前から探っていてもおかしくはない」

「だったら何?」

 藤ヶ谷は否定しない。百田と寺谷も次第にこの緊迫した空気に苛まれる。

「”少年”…いや、弟を殺害した犯人は”教師”か”殺人犯”のどちらかだ。藤ヶ谷は真相に辿りつけていない。今の俺たちのように……ここまで傍観して無駄だと判断したんだ。俺たち三人に関わることが」

 その最後の台詞は”彼”の怒りを呼び起こすには十分なきっかけとなった。

「三芳!」

 寺谷はにぎりしめたこぶしを教卓に叩きつけ、平然とした表情で座ったままの和磨に迫ってきた。「ち、ちょっと修ちゃん?」と動揺のいろを隠せない百田の手を振り払い、寺谷は和磨のカッターシャツをわしづかみする。

「悪いけど、僕はお前みたいに憶測でモノを言う奴が嫌いなんだ!」

 それを言うと噂好きの百田嘉穂もその枠に入るのでは――と和磨は口に出しかけたが、火に油を注ぐようなものなので抑えることにした。

(こいつ…キレることがあるのか)

 憤怒する寺谷に対してすかした表情を崩さない和磨だが、内心はかなりビビッている。毅然としている訳ではなく、胸ぐらをつかまれて怒鳴られるという状況に、不甲斐ない話手も足も出ずに放心状態となっているのだ。

 すると藤ヶ谷が冷静な態度で和磨のシャツをつかむ寺谷の腕に手を添えた。

「放してあげて」

「こんなやつを庇うな。僕は…!」

「いい…ほんとのこと言ってるから」

 藤ヶ谷は憂いに満ちた瞳で和磨を一瞥した。

「え…どういう意味?」

 寺谷は彼女の意外な発言を耳にして思わず力が抜けたようで、和磨の胸ぐらから手を下ろした。後ろにいた百田は安堵の表情をしている。

 藤ヶ谷は三人から離れて晴天の青空が見渡せる窓辺に背中をよせた。

「私、簡単に人を信用しないタチなんだ。雄貴と違って…」

 彼女は無表情の横顔をみせたまま”雄貴”という単語を持ち出した。

「弟さん?」

 そう推察したのは百田だった。

「そ。藤ヶ谷雄貴…それが私の弟の名前」

 少々自己中心に話す藤ヶ谷によく合わせられるものだと、昨日の昼休憩に彼女とささいなやりとりをした和磨は内心思った。

「…私、弟のこと大嫌いだった」

 藤ヶ谷はぴくりとも表情を変えないまま語り始める。

 藤ヶ谷みさきの小学校及び中学時代は少し爛れている。というより寂しいと言うべきか。容姿端麗な人間にも人当たりが良い人間と人当たりが悪い人間に分けられる。彼女はいわゆる一匹狼なので、協調性がなく集団で孤立しやすい。一概に根暗な性格という訳でもない。でも、たまに話し相手ができたかと思うと次第に相手と考えがすれ違うようになり、友達ができない始末だ。しかし、彼女の弟である雄貴は全く正反対。容姿は平凡だが人当たりがよくて友達も多かった。主な要因は他人を信用できること。そのため、いじめを受けることも多少はあったようだが、好印象を受けやすい小学生だった。

「私は小中学校休みがちだったから、いつも元気に学校行ってたあの子に嫉妬してた。家族ぐるみで喧嘩になったり、口きかなくなったりしてたな。私が一方的に悪いってわかってるから余計にむかつく訳なんだけど…」

 このよどんだ雰囲気に耐えかねたのか、和磨と寺谷の男子陣は互いに辛辣な顔を見合わせている。しかし百田が、

「あ、わかるそういうの。生理中とか特にいらつくもんね」

「そうそう!物に八つ当たりしたりとかしちゃう」

 藤ヶ谷が急にテンションを上げて食いついてきた。

「しちゃうよねー!私なんかこの前ぶち切れた勢いでお母さんのこと『うるせえババア』なんて怒鳴っちゃったし」

「あー私も!」

「なんか、こう…止まんないんだよね!」

「衝動がね…」

「あっははははは!うける!」

 打ち解けて喜び合うのは関心だが、ガールズトークで盛り上がっている様子を伺うのはさすがに芳しくない(?)と感じたのか、寺谷が引きつった笑顔で手をあげてみせた。

「あのぉ、それで、話の続きは…」

 寺谷の申し出で冷静さを取り戻そうと、藤ヶ谷は「コホン」と咳払いして話を再開させる。

「中二の夏休み。私は部屋にこもってたんだけど、八月九日の晩に弟は友達と一緒に花火大会に行った……で、例の事件に巻き込まれて死んだ」

 そう語る彼女の重い口調から悲惨な事件への生々しい感情を彷彿とさせていた。藤ヶ谷雄貴の命日はプリントの問題文に書かれているとおり”八月九日”だった。

「殺したのが誰か分からなかったの?」

 おそるおそる百田がそう尋ねると、藤ヶ谷はすぐに首を横に振る。

「容疑者は連続殺人犯の遠藤直樹って男。そして弟と一緒にいたっていう榊原…っていう女の先生。顔はよく覚えてないんだけど、小学校の先生だったって。警察の取調べでその榊原先生の所持品からは凶器になるような物が見つからず弟を殺害する動機もないと判断され釈放された。過去にいくつも経歴がある遠藤の罪状は明らか。第一審で今回の殺害を否認しても最終的に終身刑という判定が下された。二年たった今ももちろん拘留されてて、弟を殺害した容疑に関しては否定し続けているみたい……私が知っているのはそれくらい」

 少なくとも高校入学以降に彼女がこんなに長くしゃべっている姿を見たのはおそらくこの場にいる三人以外にいないだろう。

 藤ヶ谷は一呼吸を置いて再び口を動かす。

「私は弟が殺された原因を知りたくて警察に駆け込んだ。でも遠藤の裁判が終わって警察もこの事件の捜査を打ち切っていたから、今話したこと以外のことはなにも得られなかった。で、今のあんたたちと同じで結論に辿りつけなかった。いくら考えても誰が弟を殺したのかわからなかったから…もう探偵ごっこはやめたって訳」

 藤ヶ谷はそこまで話し終えると何も言わずに和磨を一瞥して窓の外を眺めた。

「どうして弟の事件を調べようとしてたんだ?」

 気になった和磨がそう藤ヶ谷に尋ねると後ろにいた寺谷に「おい…」と睨まれ肩をつかまれた。

 藤ヶ谷は少しうつむくと微笑を浮かべた。

「弟のことは今でも嫌い。いなくなっちゃえばいいのにって思ってた。でもいざ死なれるとなんだか悔しい気分になる」

「悔しい?」

 和磨が不思議そうに尋ねた。

「ごめんって言いたかった。仲良く接してやれなくてごめんって……雄貴が生きているうちに素直になれなかったのが、こんなに悔しいと思わなかった…」

 藤ヶ谷の声は少し震えていた。外を眺めているので表情が分からなかったが、一瞬だけ頬からひとしずくのものが煌いて落ちたのが三人の目に映った。百田は思わず口元に両手をあて、おもむろに藤ヶ谷の傍へ寄っていくと彼女の肩をさする。

「藤ヶ谷さん、ずっとひとりで抱え込んでたんだね…」

 悲しそうな目を藤ヶ谷の背中に向け寺谷は言った。

 藤ヶ谷みさきは素直になれない性格。だからこの問題に関しても、和磨たちに協力を求めず、彼らが答えを導き出せるか傍観していたのだ。

「藤ヶ谷。俺たちは赤の他人で、その事件とは全く接点がない。でも…」

 和磨はふと藤ヶ谷が握り締めていたままのプリントを指差した。

「速水先生の思惑にはまってしまったとはいえその問題に関わってしまった。俺たちには問題を解答する責任がある」

 彼がそう言い切った様子を見届けた寺谷はふっと微笑むと、和磨の肩に手をのせてその先を代弁する。

「三芳もこう言っているし、僕らと一緒に解決しないか?藤ヶ谷さん」

 藤ヶ谷は涙を拭うと震えた口調で、

「でも…もし間に合わなかったら…」

 一同は教室に設置されている時計の針を確認する。現在午前十時三十分を過ぎたところ。速水が指定した制限時間は本日の午後四時まで。つまり残り五時間半で問題の答えを導き出さなければならないのだ。

「実際の事件を問題として出題してきた理由もわからずじまい、か」

 和磨はうつむいて腕を組む。

 すると百田が片繭をひそめて立ち上がる。

「でもさ、あの先生にそんな決定権あるのおかしくない?藤ヶ谷さん個人の問題なのに」

「確かに…嘉穂の言うとおりだね。弟さん…雄貴くんを殺害した犯人を知っているなら、普通に説明してあげればいいのに、僕たちに答えを求める意味がわからない」

 寺谷が額にこぶしをあてて考え込んでいると、和磨はズボンのポケットに両手を突っ込んで外の景色を眺めていた。

「意味がない…個人の問題…」

 そしてなにやら呟いている。

「三芳くん…?」

 不振に思った藤ヶ谷が声をかけてみると、和磨は三人に振り返った。

「もしかすると、この事件は藤ヶ谷の身内だけの問題じゃないのかもしれない」

 彼の放った言葉に百田と寺谷は唖然としていたが、意外に当事者の藤ヶ谷は冷静だった。

「どういうこと?」

「………」

「ねえ…」

 黙り込む和磨の肩を藤ヶ谷が揺すって追求する。

「例えば、この問題文に登場する”教師”が…速水先生のことだったとしたら…?」





















 和磨が出した推測は衝撃的だった。しかしこの問題を出題した速水が事件に関わっていたと考えれば合点がいく。”眼鏡をかけた教師”という容姿についても辻褄が合っていた。確かめる価値があると判断した四人は、寺谷が出した案により事件当時の記事を調べることで合意した。スマートフォンを使いインターネットで情報をつかもうと百田が提案したが、和磨の携帯は古い機種のガラケー。あいにくプロバイダーと契約しておらず、記事の検索は不可能だった。寺谷のスマートフォンはバッテリー切れ。藤ヶ谷は必要性を感じなかったという理由で家に携帯を放置。彼女の自宅は遠距離で、ここから自転車で十分かけてバス停に向かい、往復で一時間以上かかってしまう。頼みの綱の百田のスマートフォンはデータ通信量超過のため、検索サイトを開くことは出来ても記事を開くのにかなり時間がかかってしまう。この緑ヶ丘高校ではパソコンを使った授業がないので、視聴覚室にはプロジェクターとスクリーンしか存在しない。

「あ…図書室のパソコンなら」

 和磨はふと、昨日の昼に訪れた図書室で古い型のパソコンを見かけたことを思い出した。設置してあるのは一台だけだが、唯一インターネット回線がつながっている。四人は図書室へ向かってかけだした――。



 図書室のドアを開くと、例によって居眠りをしている老人の司書以外は誰もいなかった。夏休み中なのだから当然だが。

「先生、榊原先生、起きてください」

 カウンターの椅子に座ったまま眠っている司書の肩を寺谷が揺すった。司書は白髪まじりの眉毛をぴくっと動かして思いまぶたを開く。

「お?おう…」

 榊原と呼ばれた司書は眠気まなこで自分の周りを取り囲んでいる四人を見回した。

「本を借りにきたのならカードに記入して判子しとけばいい…」

 司書はそれだけ言うと再びまぶたを閉じて就寝した。

(なんと素晴らしき職場だ)

 目を輝かせる和磨以外の三人は肩を落としている。

「こういうときはね…」

 なにか良からぬ発想を思いついたのか、百田はにやついてカウンター横の机に設置してあるパソコンの電源を入れてディスプレイにある音量の調整に使うボタンの『大』と書かれているボタンを起動するまで押していた。パソコンの起動した音は図書室中に響き渡って、

「どぉっ!」

 鳩が豆鉄砲をくらったかのように司書は思わず椅子から飛び上がって起床した。

「すみませーん、大きい音させちゃって」

「な、なんだ君らか…」

 おそらく還暦を迎えているであろう司書は肩を落として安堵した。

「このパソコン使ってもよろしいですかあ?」

 百田は腹黒さがにじみ出ている笑顔で司書に許可を求めた。少々疑惑の目を彼女に向けていた司書だったが、「使い終わったらちゃんと電源を切るように」と四人に念押しして了承した。終始不機嫌そうな雰囲気を漂わせていたが。

(一体どこでこんないたずらを覚えてきたのやら…)

「うっるさ…」

「嘉穂…もう少しお年寄りを労わろうよ」

 耳をふさいでいた藤ヶ谷と寺谷がぼやいている。百田は「ま、結果オーライじゃん」と胸を張って言った。

 寺谷は率先してパソコンを操作するために椅子に座ると、検索サイトを開いて『チルドレン・キラー 事件 最後』とキーワードを入力し、記事を検索した。二年前の”八月九日”と表示されている項目があったので寺谷はマウスを走らせてそれをクリックした。他の三人は後ろからパソコンの画面をそろって見守る。

「問題文に書かれていた内容とほぼ同じだね」

 どちらかというとサイトの記事の内容のほうが断片的である。この事件当時に目撃者はいなかったらしく容疑者二人の供述を主体にしているのだから当然だ。更に画面をスクロールして記事に書かれている内容を黙読していく。

 和磨の推測が正しければ記事に”速水”の名前が記載されているはずだが――。

「榊原京香、当時小学校教員…この女の先生が”教師”」

 寺谷が読み上げた名前は速水ではなかった。その事実に百田が呆れる。

「なんだ、三芳くんの勘違いじゃん」

「でも下の名前が一緒。もしかすると…」

 藤ヶ谷が口元に手をあてて考えにふけっていると、カウンターの席に座っていた司書がおもむろに歩み寄ってきた。

「速水先生は昔結婚していて、榊原に籍を置いていたんだよ」

 司書の口から出た事実に皆は驚愕していた。速水京香は感情のない機械のような教師で、同年代の異性どころか同僚の教師そして生徒からも距離を置かれている存在だからだ。

「二年前に離婚したので姓が速水に戻ったわけだが」

「つまりバツイチってこと?」

 百田の指摘は相変わらずはっきりしていた。司書は頷く。

「そういえば、先生も榊原っていうお名前じゃあ…」

 寺谷は振り返って司書に疑問を投げかけた。他の三人も彼に視線を送る。

「察しのとおり速水先生は二年前までわたしの義理の娘だったのさ」

 その意外な関係性に皆は唖然としていた。榊原司書の話は続く。

 当時、榊原司書の息子はとある小学校で教師を務めていた。今から六年前の春に速水京香が教育実習生としてその小学校へ赴任してきたのだ。年齢も近いので意気投合した二人はプライベートでも頻繁に会うようになり、交際にいたるまで意気投合。その翌年の秋に結婚を決意し、速水京香は入籍して榊原京香となった。

「彼女は純真無垢な子供が好きな教師でね。ときには厳しく、そして優しい。生徒によく慕われていた」

「へえ…意外すぎ」

 この学校の中で速水は無愛想、無感情、無表情を連想させる教師なので、百田をはじめその場にいた三人にとってもそれは信じがたい事実だった。

「じゃあ、この事件のあとに離婚を?」

 寺谷はパソコンの画面を見るよう榊原司書を促した。

「うん、そうだね。しばらくして通っていた小学校も退職なされた。で、なぜか高校教師の教員免許を取得してこの緑ヶ丘に赴任してきた。あの事件がきっかけで彼女はすっかり心を閉ざしてしまってね。よほど恐ろしい目にあったのだろう」

 榊原司書は目を伏せてそう語る。

「あの…この事件で私の弟が殺されてるんですけど」

 辛辣な表情で言い放つ藤ヶ谷に対して榊原司書は目を丸くした。

「そうか………」

「どうして死んだのか聞いてません?」

 榊原司書は腕を組んで深く考え込む。

「警察には連続殺人犯の遠藤が殺害したとしか…わたしには何も話してくれなかった。過去の経歴からみても遠藤の罪状は明らかということで、彼女の供述が立証され審判が下った」

 榊原司書はそれ以上なにも語らず、図書室から退室してしまった――。

 サイトに掲載されている記事は問題文の内容とほぼ合致しており、それ以上めぼしい情報を得られなかった。よって寺谷の提案で皆は一旦教室へ戻ることにした。



 教室へと戻った四人は再び和磨の机上にプリントを広げて着席する。時計の針は既に正午を回っていたが、昼食をとろうとする者はいない。制限時間が刻一刻と迫っているので皆焦っているのだ。

「とりあえず、三芳の予想どおり速水先生が事件に関わっていたことは分かったな」

 寺谷はルーズリーフに書き込んだ。

 それからしばらく沈黙がつづき、十分ほど経過して百田が先に口をひらく。

「遠藤ってやつだったよね”殺人犯”は」

「そう。遠藤直樹」

 答えたのは藤ヶ谷だった。

「そいつさ、速水先生が弟さんを殺したって思わなかったのかな?」

 百田のその疑問は和磨も感じていた。しかし、

「なんとも言えないな。裁判でそう訴えたところで有利にも不利にもならないと思う。どっちにしろ終身刑だったろう」

「捕まっちゃったら、ね…」

 藤ヶ谷は頬づいて同意した。

 サイトの記事によると、遠藤直樹は鉈を振りかざして速水に襲い掛かろうとしていたところを現行犯逮捕されていた。そして藤ヶ谷の弟、藤ヶ谷雄貴は同じ建物内の一室で遺体となって発見されたのだ。

「こうは考えられないかな?速水先生は自分の身を守るために一緒にいた雄貴くんを囮にしてトイレに逃げ込んだ。遠藤は雄貴くんを殺害し、逃げた速水先生を追ってトイレに…そこで警察が駆け込んできた」

 寺谷が少々強引なまとめ方をしたのですかさず和磨が、

「異常気質の遠藤なら身体をばらばらに切断して殺害するはずだ」

「囮にするなら外に逃げたほうが無難なんじゃん?」

 百田にも正論を言われてさすがに業を煮やしたのか、寺谷は立ち上がると机を強く叩く。

「殺人犯に追い回されていたんだから冷静な判断ができなかったのかもしれないじゃないか!」

「あー!もうなんかグダグダになってるよ」

 しびれを切らしたのかタカが外れたのか、藤ヶ谷は吹き出したように笑う。

「お腹が空いてるからかな…?」

 百田も砕けたような笑顔をみせて意見を述べた。

「そういえば…腹減ってるな」

 寺谷が腹部に手をあてて経たりこむように椅子に腰掛けた。

(急に脱力か、委員長)

 現時点で話し合いをしていても拉致があかないと判断したのか、四人は無言のまま自分の鞄を置いていた席へとそれぞれ散っていくと、持ってきていた弁当をひろげて昼食をとり始めた。その不可解かつ本能的に起こった現象に女子二人は苦笑していた。



 二十分後。各々昼食を終えると満足げな表情を垣間見せて再び和磨の机を囲んで着席した。

「よし、じゃあ再開しようか!」

 平常心を取り戻せたのか寺谷が笑顔で取り仕切る。

「ちょっと待って」

 藤ヶ谷が軽く手を上げて遮った。寺谷は目を丸くして「どうかした?」と彼女に尋ねる。

「提案なんだけど、結論は各自で考えてみない?休憩も兼ねて」

 藤ヶ谷の突発的な提案に対して百田は笑顔で頷く。

「それいいかも!私賛成ー!」

 この話し合いに乗り気でなかった藤ヶ谷が意見を述べたのが余程嬉しく感じたのか、百田は藤ヶ谷の肩に手を添えて親指を立てて見せた。昨日まで自分を嫌煙していた百田が自然に接してくれたせいか、藤ヶ谷は頬を赤くして「別に大したこと言ってないし…」と小声でボソボソつぶやきながら照れ隠ししている。この二人は徐々に親交を深めて友人同士になっているようだ。

「あ…いや。やっぱりみんなで答えを出すべきだよ。三芳も思うだろ?」

 寺谷はなぜか焦った様子で和磨に同意を求める。

「俺も藤ヶ谷の意見には賛成だ。ひとりでじっくり考えてみるのも効率的だと思う」

「あ…そう…」

 呆気なく自分の意見を横流しにされ、寺谷は呆然としていた。寺谷修吾は一見しっかりしているようで、実は人恋しい性分なのだ。だから急にひとりになると心細くなる。



 三人は藤ヶ谷の提案に同意して、それぞれ移動した。百田は中庭へ。藤ヶ谷は図書室へ。寺谷はひとり教室に居残った。和磨は、生徒があまり寄り付かない三階の視聴覚室脇にある男子トイレに入っていた。余談だがこのトイレは昔、喘息の病気を患っていた生徒が酸欠になって孤独死したという――いわくつきのトイレなので、人が通ることすらないと言われている。和磨はそれに味をしめて、ひとりになりたいときなどに訪れている。

「さて、残り時間は…」

 窓が設置されていないトイレの壁際に背中を寄せて、和磨はスライド式のガラケーをポケットから取り出すと、待ち受け画面中央に表示された時刻を確認する。現在午後一時をまわっている。速水が提示した制限時間まで残り三時間ということだ。

「余裕をもってあと二時間くらいで結論を出したいところだけど…」

 しかし結論を導き出すのは困難を極めた。効率がいいと考えて藤ヶ谷の意見に賛成したものの、和磨は頭を悩ませていた。

「たった二択なのに…」

 問題文に登場している人物を名指しすると――速水京香(当時 榊原京香)、藤ヶ谷雄貴、そして連続殺人犯である遠藤直樹。質問は、藤ヶ谷雄貴を殺害した犯人は誰か?――なので当然殺害された藤ヶ谷雄貴は選択肢に入らない。容疑者は速水か遠藤の二人に絞られる。問題文の内容をヒントに犯人を選択すればいい。主旨は単純だが両者のアリバイが成立しているため難解である。

 犯人が速水か遠藤のどちらか釈然としていない和磨だが、ひとつの可能性を思い浮かべていた。

(凶器の在り処……これが鍵なのかもしれない)

 ”胸部には針で刺したような痕跡がいくつも残っていた”と問題文に書かれている。だから凶器は針状の物だと考えられる。しかし検視の結果、遠藤が所持していた凶器の針には藤ヶ谷雄貴の血液は付着していないと書かれている。

「あーっ!わからん…!」

 携帯を取り出して時間を確認すると、午後二時を回っていた。残り二時間。思考がうまく回らないことに苛まれる和磨。

「……ここまでで…いいか」

 彼はとうとう床に座り込んでため息をはいた。

(そもそも俺はこの面子の中で一番頭が悪いんだ。一度他人の内情に首を突っ込んでしまった責任があるとはいえ、あの三人の誰かに判断を委ねてもバチはあたらないはずだ)

 和磨は眼鏡を外して近眼の裸眼でぼやけて見えるトイレの床、壁、天井を見渡した。

(速水が追い詰められたトイレも、こんなだったのかな…)

 和磨がいるトイレには窓がなく、出入り口を塞がれれば密室となる。こんな場所に追い詰められれば逃げる隙もなく、恐怖におののくことだろう。

「あ…またとれかけてる」

 和磨は眼鏡をかけ直そうとしたとき、ふと眼鏡の『モダン』という耳あての部分に挿し込まれているプラスチック樹脂が抜けかけているのを確認し、気まぐれに元の位置に戻そうとする。しかしそこで手を止めて抜けかかっている樹脂を凝視した。

「そういえば子供の頃にこれを抜いてよく親に叱られたっけ…」

 和磨はふと、なにかを思い出したようにすくっと立ち上がった――。















 現在午後三時四十五分。寺谷の指示で、結論が出ようが出まいが二十分前には職員室の前に集合することになっていた。なので既に寺谷、百田、藤ヶ谷の三人は職員室の入り口前に集合していた。するとそこへ和磨が遅れて駆けつけた。

「三芳、遅いぞ」

 汗だくの和磨は寺谷に注意され、「悪い…」とひと言謝罪すると額の汗を腕で拭う。

「…ほら」

 すると藤ヶ谷が、持っていたハンカチを和磨の胸元に軽く投げてきた。彼は驚いた様子で辛うじて受け取った。

「はー…」

(こいつが人に気をまわすなんて……前と印象が変わってきたな)

「なに…?」

 あっけらかんとした表情で自分を見てくる和磨に嫌気がさしたのか、藤ヶ谷は片繭をひそめた。

「別になんでもない」

「あっそ」

 和磨は彼女に渡されたハンカチを躊躇なく使って額から流れ落ちる汗をふき取っていく。

 するといきなり百田が藤ヶ谷の前まで来て頭を下げながら両手を合わせた。

「藤ヶ谷さん、ごめん!」

「え、なに?」

 急に謝罪され、藤ヶ谷は困惑する。

「私さ、結局答え出なかったんだ」

「じつは僕もなんだ。ごめん藤ヶ谷さん」

 寺谷も百田と横並びになって深々と頭を下げた。

 辛辣な表情で謝る二人に対して藤ヶ谷は動揺していた。自分のためにこんなにも一生懸命になってくれる人間がいままでいなかったからだ。

「そ、そう…」

 藤ヶ谷は混乱してただそれだけ口にした。

「藤ヶ谷さんはどう?なにかわかった?」

 寺谷に質問され藤ヶ谷はうつむく。

「わからなかった…先生と遠藤、どっちも犯人に思えて…」

 寺谷と百田もおよそ二時間半にわたりそれぞれひとりになって問題の答えを導き出そうと思考をめぐらせていたが、彼女と同様に結論に至ることができなかった。

 すると三人は、わらにもすがるような瞳で和磨を見つめた。

「…とにかく、中に入ろう」

 和磨は彼らと目を逸らして職員室の扉を開け、「失礼します」と言って入室していく。三人も和磨につづいて中に入っていく。彼らは確信した。誰も答えにたどり着けなかったのだろうと――。

 和磨の先導で、四人はコーヒーをすすって座っている速水の後ろで一列に並んだ。

「速水先生、あの…」

 速水は左手首につけた腕時計を一瞥し、コーヒーカップを受け皿に置く。

「問題の解答にきた、ということですね」

「はい…」

 寺谷が率先して答える。速水は椅子をまわして彼らに身体を向けた。

「では、答えを聞かせてください」

 無感情、無表情のまま尋ねられたので、寺谷が率先して緊張気味に口を開く。

「それが実は…」


「”少年”を殺害したのは”教師”です」


 なんと和磨がその場を遮って結論を口に出した。他の三人は唖然としている。

「なぜそう思いましたか?理由を述べてください」

 速水は全く動じる気配もなく和磨を見つめる。

「おい…三芳。確証はあるのか?」

 後ろから肩をつかんでくる寺谷に対し、和磨は無感情に答える。

「確証はないな」

「ふざけるな。適当なことを言うつもりか」

 すかした態度の和磨に憤怒する寺谷のカッターシャツを百田が軽く引っ張った。

「修ちゃん、うちら三人とも答え分からなかったんだし…」

「どっちにせよ、三芳くんに委ねてもいいんじゃない?」

 藤ヶ谷もあとに続いた。和磨の出した答えが結果的に不正解であったとしても、解答しないよりは後味がいい。彼女らの正論に寺谷は冷静になって後退した。

「まず、あの問題文に書かれていた内容は、二年前に流行った連続殺人鬼『チルドレン・キラー』の最後の事件を引用したものだった。藤ヶ谷の話から、その事件で藤ヶ谷の弟、藤ヶ谷雄貴が巻き込まれて殺害されていた事実を知った。そのことから、問題文に登場している”少年”は藤ヶ谷の弟だとわかる。そして、藤ヶ谷弟と行動をともにしていた”教師”は…速水先生。あなたです」

 和磨は名指しで速水を指差した。

「続けてください」

 緊迫感をものともせず、速水はそう促した。

「二年前、先生は地区の花火大会会場で、迷子になっていた藤ヶ谷弟に出会った。そしてはぐれてしまった彼の友達を探すことに協力した。ひとけがなくなるまで探し続け、不運にも連続殺人犯の男…遠藤直樹と遭遇してしまった。藤ヶ谷弟の友達を殺害し、身体をばらばらに切断している犯行を目撃された遠藤は、事実隠蔽のため先生と藤ヶ谷弟を殺害しようとした。先生たちはその場を必死に振るきり、とある廃墟ビルの中へ逃げ込んだ。そして手近なトイレに身を伏せて隠れた…」

 ここまではプリントの問題文に書かれている内容とほぼ同じである。寺谷、百田、藤ヶ谷の三人はおとなしく和磨の話を聞き取っていた。速水も一度も口を挟まずに彼の話を聞いている。

 和磨はなぜか十数秒ほど沈黙をたもち、目を伏せて再び口を開く。

「そのトイレには窓がなく、出入り口を塞がれれば逃げ場はない。ここから先は俺の妄想です……息を潜めて藤ヶ谷弟と隠れていた先生は、廊下から聞こえる足音を頼りに…遠藤が付近に迫っていることを確認していた。話はそれますが、図書室の榊原司書…先生の元義理の父親の話によれば、あなたは純真無垢な子供が好きな教師だったと聞いています」

 和磨の話を聞いていた速水は、そこでようやく一瞬だけ目の色を変えた。

「よく調べましたね。私は確かに、榊原先生の家に籍を置いていました」

 速水はそれだけ話すと手のひらを差し出して、和磨に話を続けるように促した。

「先生と藤ヶ谷弟は、少しずつ近づいてくる殺人鬼に恐怖していたはずです。このトイレに遠藤が入ってきたときが最後…子供を引き連れて振り切ることは困難。そう考えた先生が出した結論は…」

 和磨は速水にまっすぐ視線を合わせる。

「どんな手段を使ってでも、藤ヶ谷弟を守ることだった」

 彼が口に出したその台詞は、寺谷と百田を動揺させた。

「ち、ちょっと待ってよ三芳くん」

「言ってることが支離滅裂だぞ。雄貴くんを殺害したのは先生だって言ってたじゃないか」

 しかし、当事者の藤ヶ谷みさきは顔色ひとつ乱すことなく、動揺するふたりを手で抑止した。

 すると、和磨は三人に振り返った。

「遠藤は生きた子供の身体を切断し、解体する異常気質の犯罪者だ。藤ヶ谷弟が捕らわれれば無残な死を遂げることになっていたはずだ。しかし結果的に藤ヶ谷雄貴の遺体は片腕のみ切断されただけにとどまった。腕を切断した遠藤が刺殺したとは思えない。つまり…」


「遠藤に殺される前に、自分が殺そうと思った…」


 結論を代弁したのは藤ヶ谷だった。彼女は途端に背を向けて肩を震わせていた。すかさず百田が寄ってきて彼女の安否を確認する。

「でも…先生は凶器を持っていなかったんじゃあ…」

 寺谷がおぼろげに指摘したことはもっともだった。問題文にもサイトに掲載されていた実際の記事にも”教師”の所持品からは凶器になるような物は発見されていない。そう書かれている。

 すると和磨は自分がかけていた眼鏡を外して耳かけ部分を指差してみせた。

「凶器はこれだ」

三人はそろって眉間にしわをよせて首を傾げる。

「眼鏡が凶器……ねえ…それギャグ?」

 百田のひょうきんな意見に和磨は少しむせて再度説明する。

「違う…俺が言っているのはツルの針金だ」

 彼はモダンに差し込まれているプラスチック樹脂を抜いてみせた。ツルの先端部分を確認した三人は驚愕する。

「……とがってる」

 そうつぶやいたのは藤ヶ谷だった。

「子供の頃、よくこの樹脂を外しては親に怒られてた。それで思い出せた。モダンと呼ばれるこの眼鏡のツルが鋭くとがってることを。これで手を怪我したこともあった。なら、子供の胸に突き刺すこともできるんじゃないか?」

「それは…」

 寺谷はそれ以上なにも言わなかった。

 和磨は速水に向き直る。

「問題の文章中で”教師”のことを冒頭では”眼鏡の教師”という表現で記している。とくに意味のないことだと思っていた。でも、先生が眼鏡をかけているという事実で、それが意図するものに確信が持てました。その眼鏡のツルが凶器なら、藤ヶ谷弟の胸を刺殺し、彼の血が付着していても樹脂をはめてしまえば覆い隠すことができる。おそらく警察によって先生の所持品は、その眼鏡を含めすべて鑑識に出されたはずです。しかし、幸運なのか悪運か…検査官は眼鏡を分解してまで調べることはなかった。先生には藤ヶ谷弟を殺す動機などなく証拠もない。あなたは自分の罪を自白せず誤魔化した。よって無実とされ、裁判にかけられることもなかった………これが俺の考えです」

 数十分にも及ぶ長い話を終えて、和磨は深く息を吐き出した。

 すると速水はすくっと立ち上がると、なぜか微笑んでみせた。授業で何度も顔を合わせている四人は皆驚いている。彼女が自然に微笑んでいる表情など一度も見たことがないからだ。

 速水は微笑を浮かべたまま目を閉じる。

「不正解です」






 その後、速水は彼ら四人を屋上まで誘導した。

 緑ヶ丘高校の屋上は立ち入り規制がなされており、普段は施錠されている。娯楽などの理由で立ち入ることは禁止。主に写真部や映画研究部が撮影に使用することは許可されている。

 屋上からみる光景は壮観だった。時刻は現在、午後四時半過ぎを示している。熱い夕日が輝き、雲ひとつない澄み切った青空は微かに橙色が混じっている。校舎裏手に見える校庭ではホッケー部及び陸上部員たちが部活動に励んでおり、気合の入った掛け声がこちらまで届いている。

 『不正解』――と速水に言い渡された和磨は、とくに苦い心境になることはなかった。昨日、藤ヶ谷が憤怒したときに彼女が言っていた台詞を見越していたからだ。”解答すれば事情を話す”と速水は言っていた。すなわち、たとえ不正解だったとしても解答さえすればいいのだ。和磨が納得がいかない様子の寺谷にそのことを告げると彼は「屁理屈だ…」とひとことぼやいて少しすねている。

「先生…三芳くんの推理が不正解ということは、遠藤が弟を殺したわけですか?」

 四人に対して背を向け、空を見上げたままの速水。藤ヶ谷は憎しみからくる衝動をなるべく抑えて、平常心を保ったまま速水に問いかける。

「三芳くんの考えはほぼ正解です。凶器に関しても的中しています」

 そう答える速水。

「ほぼ?」

 藤ヶ谷は足を半歩踏み出して再度尋ねる。すると速水は身体を彼女に向き直して揺るぎない瞳をまっすぐむけた。

「すべて告白します。私が犯した過ちを…」

 速水は、藤ヶ谷雄貴に出会った経緯から話し始めた。その当時、榊原の性を名乗っていた速水は、二年前、幼馴染の友人たちと近所で開催された地区の花火大会を見にきていた。そして花火大会終了後、友人たちと別れて帰宅しようとした矢先、同級生の友人とはぐれて屋台をさ迷い歩いている藤ヶ谷雄貴と偶然出会った。

「その当時の私は教師としてまだ未熟でした。住所を尋ねて自宅に送り届けていればよかったものを…彼とはぐれた友達を一緒に探すことに専念しました。それも深夜まで」

 そして連続殺人犯の遠藤直樹と偶然鉢合わせになり、犯行を目撃され狂気になった遠藤は所持していた鉈を振りかざして藤ヶ谷雄貴の片腕を切断した。あまりに唐突で残酷な光景をまのあたりにした速水は恐怖のあまり地面に腰を落としたまま身を震わせていた。しかし悲鳴をあげてうずくまる彼を見て、彼女は咄嗟に藤ヶ谷雄貴の身体を抱きかかえて走った。行き着いた場所は近日取り壊し予定の小さな廃墟ビル。重症の藤ヶ谷雄貴を抱えた速水はその中に逃げ込み、近くにあったトイレに入った。藤ヶ谷雄貴の切断された腕から大量に出血していることを確認した彼女は、急いでトイレ内に保管されていたトイレットペーパーをガーゼ代わりに止血しようとした。

「幸運にも、まだそのときまでは殺人犯を巻くことができました」

「どうしてそのときに救急車と警察を呼ばなかったんですか?」

 そこまで語る速水に藤ヶ谷が正当な質問を投げつけた。遠藤に居場所がばれていない間に助けを呼べる可能性は充分にあったはずだからだ。

「遠藤から逃げるときに、私は迂闊にも携帯を川に落としてしまったので」

 すぐ後ろで「げ…最低」と百田が小声でやじを飛ばしている。

「………つづけてください」

 納得のいかない表情の藤ヶ谷だったが、手を差し出し話をつづけるよう速水に促した。

「雄貴くんの出血は止まらず、彼は徐々に衰弱していきました……」

 流血のせいで体温が低下し、藤ヶ谷雄貴の身体は氷のように冷たくなっていった。そしてうつろな目を暗い天井にむけて「たすけて…たすけて…」と震えた声で訴える。速水はとうとう痺れをきらして藤ヶ谷雄貴を抱えて向かいの部屋に行き、放置されたままの古びたソファに彼を横たわらせて、外へ出て直接助けを呼ぼうと試みた。そのため、少しでも身を軽くしようと肩に下げていたバッグをその場に放置した。

「私はその当時コンタクトだったので、バッグには万が一のために予備の眼鏡を入れいていました」

 すると和磨が納得したように頷く。

「なるほど…記事には先生が眼鏡をかけていたことは書かれていない。”眼鏡をかけた教師”はあくまで問題文のヒントだった」

「そうです…」

 速水は話をつづける。

 廃墟ビルの出口まで走った速水。しかしそこで運悪く遠藤と鉢合わせた。遠藤は手にしていた鉈を振りかざす。彼女は咄嗟に反転して再びビル内に逃げ込むよりほかなかった。急いで藤ヶ谷雄貴を寝かせた部屋に駆け込んだ。すると――。

「雄貴くんは仰向けになったまま……死んでいたんです。胸にはいくつもの刺し傷、そして彼の右手には私がバッグに入れていた眼鏡が握られていた。ツルにはめられていた樹脂を取り外した状態で……とがっているツルの先端には血痕がありました。三芳くんの考えたとおり、私の眼鏡は凶器になったようです…」

 すると速水はかけていた眼鏡を外してみせた。その行動に一同はぞっとする。

「まさか…それ」

 寺谷は震えた人差し指を速水が手に持つ眼鏡に向けた。

「自分への戒めなのか、私は彼の遺体から眼鏡をとりあげて床に転げ落ちていた樹脂をはめ込み、持ち去りました。その後、追ってくる遠藤から逃げ続けて元にいたトイレまで追い詰められ、そこへ近所の住民から通報をうけた警察がかけつけ、私ひとりが助かりました……これが、この事件の真相です」

 皆はそれぞれ困惑しているようで、寡黙を通していた。藤ヶ谷はあまりにショックが大きかったせいか、床に跪いている。

「殺害じゃなく……自殺だったのか…」

 和磨は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、それ以上は何も言わなかった。


































 翌日、速水の指示で和磨はただひとりだけ数学の追試を受けることになった。監督役は担任の林という教師。和磨と同じく赤点をとったはずの百田は追試を免除された。速水が策略的に採点ミスをしたらしく、昨日の時点でそれが発覚した。このことから、他の三人はやはり速水京香によって意図的に集められていたことが確定できる。和磨は内心複雑な心境で数学のテストを受けた。

「ふーっ…」

 午前十時半のチャイムが校舎に鳴り響き、和磨だけの追試は終了した。その直後に林によって採点され、なんとかぎりぎり赤点を回避することができた。

「これに懲りて日々の予習復習を怠らないように」

「あ…はい」

 林は嘲笑して「同じテストだから満点をとってほしかったがな」とはき捨てるとすぐに教室をあとにしていった。林はバスケ部の顧問で、練習の合間をぬってきていたからだ。

 和磨は再びため息をつくと帰り支度をして鞄を肩にさげた。

「追試終わった?」

 教室外の廊下で百田が嘲笑うかのようににやついて和磨を待ちかねていた。寺谷も隣に立っている。

「ふん…」

 和磨はむすっとした表情。ポケットに手を突っ込んで立ち去ろうとすると、その二人が後ろからかけよってくる。夏休み前まではお互いにほとんど会話などなかったが、今回の件でこの三人には妙な絆が生まれたようだ。

 彼らは廊下を歩きながら速水について話す。

「速水先生、離任して隣町の学校へ行くらしいよ」

「逃げるわけだ…藤ヶ谷さんに顔向けできないもんね」

 百田が皮肉を言うと寺谷が笑って首を横に振る。

「きっと、離れる前に本当のことを言っておきたかったんじゃないかな」

 彼の意見には和磨も内心同意していた。

 あのあと、速水はひとこと「すみませんでした」とだけ言って藤ヶ谷に深く頭を下げた。絶望感に苛まれ、うつむいたままの藤ヶ谷だったが、無言のまま速水が手に持っていた眼鏡を取り上げると「帰る」とひとことだけ言ってその場から立ち去って行ったのだ。速水の裸眼での視力は一〇〇分代だったため、眼鏡がなくては真っ直ぐ歩くことすらできない。そのため、寺谷と和磨は彼女に肩を貸してなんとか予備の眼鏡が置かれている職員室までたどり着くことができた。藤ヶ谷はおそらく悪気があってしたのではないと寺谷は薄ら笑みを浮かべていたが、どんな状況でもマイペースだ――と和磨は内心あきれていた。

 昨晩、百田宛に彼女からメールが入っていた。内容は、『夏休みがあけても登校しないかもしれない』とのこと。弟が死んでしまった原因を知り、気持ちの整理がつかないのだから無理もない。

「でも、さ…結局のところ、弟さんが死んだのは誰のせいなんだろう?」

 百田はうつむいたままふとそう漏らした。

 腕を切断したのは遠藤だった。速水はパニックになりながら必死に助けようと行動したが、苦痛に耐えかねた藤ヶ谷雄貴は彼女の所持品を使って自殺した。連続殺人犯と偶然鉢合わせたのが不運だったのか、夜間に幼い少年を連れて歩いた速水が原因か――。

 校舎から出てまばゆい日差しを手で受けながら、和磨はつぶやく。

「解決しようがないこともあるのかもしれない…」

 百田はそれ以上なにも言わなかった。寺谷も「そうかもな」とひとこと言うと、和磨を追い越して先頭を歩いていく。

 三人は事前に決めていた喫茶店に入ると、部屋にこもったままだという藤ヶ谷みさきの見舞いに近々行こうと話し合った。



 彼らが自ら答えを導き出すことを望んでいたのか、ただ不器用なのか。速水京香がなぜこの事件をプリントの問題文として彼ら四人に解かせたのか――。最後に残ったこの疑問に関して和磨はしばらく胸のうちに留めておこうと決めた。

いかがでしたか?


高校の補習でこういうイベントがあったら個人的に

テンション上がってたと思います笑


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