tail one TIME 歌の輪05
05
それからしばらくもせぬうちに、火災は完全に鎮火させることができた。その後は消防隊の方々が到着して簡単な事情聴取がなされた。火災の原因はやはり歌だったらしい。それを聞いて喜ぶのはローズくらいで、残る二人はしょんぼりしてしまった。もちろん直接的な原因は彼等にはなく、火元の注意を怠った婦人がそもそもの原因だったということになったようだ……
野次馬が言うには、ここの婦人は正直誰からも好かれておらず、家が燃えてくれて清々したという話も聞いた。そして、消防隊が駆けつける前に火災を鎮火させたセイレーン二人を称える声もある。彼女達を悪く言う者など、そこには誰もいなかった。
テスタロッサ達が会場へ戻ると、閑散としたテーブル席だけが残っていた。不思議なことに、最前列にはスイーツの盛り合わせが幾つか乗っている。
「お疲れ様アルー!」
ミュンミュンがぴょんぴょん跳ねながら、疲れた様子の彼らを出迎える。
「なんか大変だったアルね。そんな時は当分補給して疲れを吹っ飛ばすアル! これはお店のサービスだから、気兼ねなくご賞味していいアルよ?」
「ありがとう。ミュンミュンちゃん」
「どういたしましてアル! あーそれと、そこのエクスちゃん!」
「へ? ウチ?」
「そーそー。最初はうるせーきゃぴ子だと思って嫌いだったけど、ミントさんと一緒によくがんばってたアルね! 私はさっそく見直したアル! だからそのリスペクトの証として、エクスちゃんの分も持ってきたアルよ?」
「でじまー!? やっべーラッキー! ありがと☆(ゝω・)vキャピ」
「うわ。やっぱちょっとウザいアル……」
「いえーいヤッター! それじゃー早速、いっただっきまーーす! もぐもぐ」
テイルはテーブルに置かれたスイーツを誰よりも先に頬張った。口の中でとろけるクリームは、ミュンミュンの言う通り、彼女の疲労感を吹っ飛ばすようだった。
「んみゅ~おいちーー! ハァーやっぱ仕事の後の甘味は最高だワー」
タダ飯なのををいいことに次々とスイーツをほおばり続けるテイルだったが……その時、自分以外の者はスイーツを口にしていないのを察した。何故だか分からないが、結構重い空気も流れているようだ……
「やっぱり、外での演奏というのは。控えたほうがいいのかな」
テーブルに置かれたお冷を口にしながら、テスタロッサが言う。
「ローズがソロで歌ったりする分には、別に良かったのかもしれない。でも、それに僕やミントが加わるとなると……今みたいに。影響力が強すぎるのかな」
「やはり、音響設備のある、コンサートホールなどで行うのが、良かったのでしょうか? それなら、音漏れの心配もありませんし……」
「うーん。そうだったのかなぁ……」
ミントの言葉に、頭を抱えるテスタロッサ。そこに、テイルが割って入った。
「えー? そんなの勿体なさ過ぎですよぉ。なんでもかんでも規制をしちゃうのは、今のJAPENだけで十分だと思いますけど?」
それに続き、ローズもテイルの意見に乗ってきた。
「私も。テイルさんと、同じ気持ちです。室内は音も響きますので、それは気持ちのいいものですけれど……でも。外で伸び伸びと歌う喜びは、何者にも代えがたいものだと、思います」
「それはまぁ、そうだと思うけどさ? でもセイレーンの歌声というのは、聞く者を引き付けるんだよ。今みたいに。良くも、悪くもね」
シリアスな顔つきをしながらテスタロッサはフォークを手に取ると、ショートケーキの先端を崩して口に運ぶ。
「……むお。旨いねこれ」
マスターが口にした所を見て、セイレーンの二人もようやくスイーツに手を付け始めた。
「提案なんだけどさ。もし周りの生活環境に影響が出るっていうんだったら、たとえば森とか、海岸沿いとか。あんまり人のいない所でやったらどうなのかな?」
成り行きを見守っていたONEが手を上げながら発言する。それを聞いたテイルもフォークを振りかざした。
「はいはーい! それはナイスアイディアだと思いマース! だって、絶対に勿体ないですって!」
そんなテイルに続いて、今度はローズも小さく手を上げる。
「えぇ。森の空気は澄んでいるから、喉の調子も良い状態が続きます。そして海のそよ風は、とても心地よいですね。でも……街の喧騒を、私の歌で止めることができないのは、少し残念に思えますが」
「うーん。まぁ……そうだね。そういう手も、あるっちゃーあるかぁ……」
あらかたスイーツを食した一行は、石舞台の上へと戻った。そこにはシンセサイザーが置きっぱなしにされていたが、特に誰かが触ったような形跡は見当たらない。
ミントは石舞台の中央に立ち、誰もいなくなったテーブル席を見下ろしていた。
≪…………≫
つい数時間前まではここに大勢の客がいて、ローズとマスターの織りなす音楽を聴いていたのだ。目を閉じて両手をゆるく広げる。すると、瞼の裏には自分を見つめる客の姿が簡単に想像できた。
「……もう一度。歌いたいですね」
目を閉じていたミントの隣から声がする。その主が誰なのかは言うまでもなかった。
「……ローズが羨ましいわ」
「え……?」
ミントは目を開くことなく、言葉を続ける。
「凄く歌が上手で……誰かを惹きつける魅力があって……ここで。こうやって歌えば、たちまち人々は、貴方に夢中……」
「まぁ、羨ましいだなんて……貴方らしくないわね? ミント」
目を開いて声のする方を向くと、穏やかな笑みをたたえたローズがミントの方を向いていた。
「確かに私の歌は最高よ? でも……それ以外はからきしダメ」
「そうかしら?」
「分かってるくせに。さっきだって……」
「さっき、何か?」
「私は、自分の歌が、誰かを、不幸にしたんじゃないかって。気が気じゃなかったわ」
「そう、なの?」
「そうよ。だから急いでそこへ言って……そしたら、二階にいる、子犬を助けてって言われて……どうしていいか分からなくって。そのまま私ったら。走って行っちゃった。ミントがいてくれなかったら、あの後どうしたことでしょう……ミントには、感謝しても、しきれないわ」
「そんなぁ」
「いいえ? ミント。いつだってそうよ?……ほら。また、そんな顔をして……」
ミントに顔を寄せたローズは、彼女の頬に両手を添えた。
「どんな顔……?」
「ほら。困った顔をしているわ」
「そうかしら?」
「そうよ。ミントのこんな顔を、もう何回も見てきているけれど……どうやったら、笑わせてあげられるのかって。私はね? ミント。ずっと考えているのよ?」
≪う、うそ……≫
「私は歌が上手だけれど。それ以外はダメなの。ミントに何度も、私の歌を聞かせてあげたけれど、貴方の顔は笑ってくれないことが多くて……どうしようかなって。ずっと思ってた。だから、今日は。マスターに頼んで、ミントを連れ出してもらったのよ? こんなことになっちゃったけど」
「ローズ……」
「貴方には、笑っていてほしいの。ミント? だって、ミントがいなかったら。私は何もできないんですもの……いつも迷惑をかけてばかりで」
「そんなことはないわ」
「嘘ばっかり」
「……少しは、本当かも」
「まぁ? ほら。やっぱり」
「でも、それは私も同じよ」
「あら? 私はミントの事を、迷惑だなんて思ったことは、一度もありませんよ?」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃありません。ミントは、私に足りない物を全て持ってるから……羨ましいくらいよ」
「羨ましい……? ウフフフ」
「なぁに?」
「ローズから、そんな言葉が出てくるなんて。ビックリしちゃった」
「えぇ? まるで私が、歌う事以外、なにも考えていないような言いぐさね? でも、まぁ、実際そうかもしれないけれど……」
「…………羨ましいかぁ。私は、ローズが羨ましいわ。だって歌が上手だし」
「ミントだって素敵な声で歌うわ」
「それは上手とは言わないの」
「上手よ。お世辞じゃなくてね。歌う本人が楽しければ、それでいいじゃない。私は、それで今で、やってきているのだから」
「楽しくかぁ……難しいなぁ」
「ほら。それ。楽しいことは、難しい事じゃないでしょう? ミントは、何事も気にしすぎるのよ。何も考えることなんて、ないわ」
「それができたらいいのだけれど」
「できるわよ。ミントになら。貴方は頭がいいし、私が十のことを考えるうちに、ミントなら、百も考えてしまうわ」
「それは言い過ぎよ」
「言い過ぎなんかじゃないわ。ミント。自信を持って」
「……持てないのよ……」
「私にはね? ミント。貴方の歌声は、とっても素敵に聞こえているわ。それは本当のこと。だから、きっと。大丈夫」
「そうかな…………」
ミントはドキドキしていた。話の流れで、彼女はつい本音をローズに言ってしまったのだ。それなのに、帰ってきた答えはどうだろう。ローズも自分を羨ましがっていた? それは気を利かせて言ってくれたのだろうか。だがローズに限って、そんな根回しをする訳がない。なんということだろう……二人はそれからというもの、堰を切ったように互いの事について語り合った。ミントは歌に対する不安。大してローズは、歌以外に対する不安。ミントは、ローズにも悩むところがあり、色々と苦労しているのだということが分かると、なぜだか安心した気持ちになれた。
ローズの悩みというのは、ミントにとっては難しくない物で、ちょっと工夫すればローズにでも解決できそうなものばかりだった。ということは、ローズには。ミントの悩みなど、些細な事に思えているのだろうか? ミントはそう考えることができるようになると、なぜだか自分の歌に対する恐怖心がすっかり払拭されていくように感じた。その感覚は、実は二度目だった。今回ははっきりとそれを感じたのだが……一番最初に感じたのは、テイルから言われた台詞がキッカケだ。
ミントは自分の歌を、いつだって誰かと比べていた。それで上手さの良しあしを決めていたのだ。だがどうだろう。実際、自分の周りで歌の評価を付ける者など誰もいやしなかった。仮にいるとしたら、それはやはりミント自分自身だ。自分で低評価を付けてやる気をなくしていたのだ。ならば、その採点を止めてしまえばいいのだ。『お気楽に歌えばいい』。テイルがそう言っていたのをミントは覚えていた。
気持ちの持ち方一つでモチベーションは大きく変わる。それを上手にコントロールするのはプロの歌姫に限らず、万人全てに当てはまる。ミントはそれが苦手だった。辛い時は辛いままでいてしまい、結局これまでのように負のスパイラルに陥ってしまう。だがローズやテイルはそうではないらしい。だからあぁも元気な顔をしていられるのだろう。そしてローズは、それができていないミントを、実は前々から気にかけてくれていた、というわけだ。
いつのまにやら登っていた太陽は沈み、夕暮れ模様の空になっていた。テーブルに置かれた食器を下げに現れたミュンミュンは、二人を見つけると石舞台へぴょんぴょこ近寄ってきた。
「ローズさんにミントさん。どうするアル? もう帰っちゃうアルか?」
「いいえ? ミュンミュンちゃん。コンサートはこれからです」
「えっ」
「本当アルか! ハーよかったアル。お二人の興がそがれて、もうしてくれないんじゃないかと心配してたアルよ!」
驚いたミントはローズを見る。彼女は当然のようにこう言った。
「だって。ミントはまだ一度も歌ってないですもの」
「それは……そうだけど……」
「大丈夫よ、ミント。ね?」
「わーいわーい! また歌が始まるアルーー!」
「えぇぇーーなになにぃ? 今度はホントのリサイタルするんですか!? おーいいねぇそうこなくっちゃー!」
「なに? いやでも、ローズ……」
ミュンミュンの声を聞いたテイルとテスタロッサも、二人の傍に近寄ってきた。
「マスター? だって今日の主役は、ミントなんですよ?」
「それは……うん。そうだよね……でも----」
テスタロッサはミントを見ると、彼女はいつものように不安そうな顔をしている。
「大丈夫かい? ミント」
「……えぇ、たぶん……」
「ミントさん! なんならウチも隣で演奏してもいいんですよー?」
「なに?」
テイルの無駄な出しゃばりに対し、真っ先に反応したのはテスタロッサだ。
「その方がホラ。下手くそな奴が近くにいれば、コイツよりかは私は上手いぞーって、自信つくじゃないですか」
「うーんどうかなぁ~テイルちゃん? 僕としては、そういう方針で行くのはあまり良い案とは思えないなぁ」
「でも、テイルちゃんが隣にいてくれたら。私も安心して歌えそうな気はしますね」
「ちょっ!? なんだって!!」
「ほらキター! いえーいやったねーー!! それじゃーさ。早速テスタロッサ大公様! 次に演奏する曲を選曲しようじゃないですか!」
「いや待て待て----」
テスタロッサには演奏家としてのプロ意識があるため、事前に計画されたプランをいきなり変更するのは正直避けたいところだった。彼はたまらずローズに助けを求めた。
「ローズ……」
「私も、いいと思いますよ? だってミントが言うんですから。彼女の言う事は大抵、当たっていますし。それに、歌うわけではないですので、私の美しい歌声と、被ることもありません」
「はぁ……そういうと思った……まぁでも……僕も城で聞いたけど、テイルちゃんの腕は確かだ……しょうがない。それじゃ、テイルちゃん。今回だけだからね?」
「はいはーい! やっべーこんな機会は二度とないぞッ!! 気合い入れなきゃーー!?」
「やれやれ……」
そうして、ひょんな事からテイルも強引に(?)加わり、まさかのアンコールコンサートが開かれることとなった。テスタロッサはテイルの技量に合わせるため、簡単な楽曲を選ばなければならなくなったわけだが……シンセサイザーにプリインストールされている曲を眺めていると、テイルはハッとして指を刺した。
「あっ、これ私弾けます! 背中に未来。下村ヨーコバージョンの曲ですよね」
「これかぁ。ピアノの練習曲みたいな奴だね。僕にはちょっと簡単すぎるけど……でもテイルちゃんは、アコースティックギターになっちゃうよ? 大丈夫?」
「もちろん! ワタシは弦楽器ならなんでもペロリといけちゃいます!」
「そうなの?」
「アーチャーは指先が器用なんですよ?」
「関係ないように思えるけど……まぁいいか。それじゃ、やってみよう。ローズ、ミント。準備はいい?」
「「もちろんです」」
マスターに言われ、振り向いた二人のセイレーンは同時に同じことを言う。そして互いに何秒か見つめ合い----
「「うふふふ」」
また笑いあってしまった。
太陽が沈んだ夜の公園には、クリスマスなどで使われるネオンが急きょ取りつけられていた。客席テーブルには丸いガラスコップに入れられたキャンドルが橙の光を緩やかに放っている。夜空を見上げれば、いつか見たことあるような、雲に隠れては出てくる月と星達。風は少し冷たい。しかしそれも、これから始まる演奏の期待と興奮によりちっとも寒く感じることはなかった。アンコールコンサートが始まる。
「お集まりの皆さん。こんばんは」
石舞台の中央にローズは立ち、客席に向けて語りだす。
「今日は、何の告知もしていないのに、これだけの方々に来ていただいて、大変うれしいと思っています」
客席最前列に座っているのは、テイルの連れであるONEと、パティスリーミュンミュンの従業員たちだった。屈強な店長とミュンミュンが拍手をすると、それにつられてONEと店員達も手を叩き、しだいに音は広がって、客席全体から響き出した。
「先ほどは、私の歌が素敵すぎたあまり、ボヤ騒ぎがありまして……それについては、申し訳ないと思っています」
上手(かみて、右)側にはシンセサイザーが置いてあり、店から借りた木造椅子にテスタロッサが座っている。下手(しもて、左)側にはテイルが座っており、茶色のアコースティックギターを組んだ足の上に載せている。
「ですので、次からは。コンロに火をつけることを忘れてしまうくらい、もっと素敵に歌いたいと思うので、覚悟して下さいね?」
「「はっはっはっは!!----」」
実はかなり緊張していたテイルだったが、そんな彼女にミントが寄って来た。
「今日は、ありがとう。テイルちゃんがいてくれて、本当に良かったわ」
「えっ!? いやーそんなことないですよ! ウチとしてもこんな会場で演奏できるなんてもう願ったり叶ったりなわけで!」
「それはよかったわ……それでね? テイルちゃん。私、もしかしたら。きちんと今なら、歌えそうな気がしてきたの」
「なんですって? それはよかった!」
「えぇ。テイルちゃんが言ってたみたいに、お気楽に、歌うことにしたので」
「え。あ、いや。それは……あは、あはははは」
「うふふ……それにしても。ローズの開幕スピーチが、やけに長いですね」
「あー……それは確かに……ウチが止めて見せましょうか? エクスマジックで」
「まぁ、エクスマジックですか?」
「たぶん、ミントさんもできると思いますよ? そうなるとセイレマジックになっちゃいますけど」
「どうすれば、セイレマジックを使えるのでしょう?」
「それはですね。スピーチのある一定のタイミングで、こう~弦を弾くことによってェ……?」
テイルはその言葉通り、ローズが喋っている最中に、突然ギターのコードを何度か鳴らす。そうすると全員の注目がテイルに言ってしまうわけだが……テイルは悪びれた様子もなく、客席に向かって手を振った。それを見てがっかりしたのは、ONEとテスタロッサだった。
「あら? もしかして、私の話が長すぎたかしら? ごめんなさい、それではそろそろ、始めましょうか」
ローズが一礼すると、客席から大きな拍手が沸き起こった。
「エクスマジック、効いたみたいですね。ビックリしました」
「えぇ……でもなんか……テスタロッサ大公様が、目からビームをこっちに照射してて……さっきから直撃しまくってるんですよネ……」
「マスターが目からビーム……www だっ、大丈夫ですよ? 後で私が、きちんと言っておきますから」
「うぅ、お、お願いします……」
「それじゃ、頑張りましょう?」
「はひぃ…………」
無言の重圧を受けて涙目になるテイルを見て、ミントはそれを気の毒に思いながらも、実はかなり面白くて笑ってしまった。そしてそんなやり取りをしていたからか、今から歌うというのに、不安の類を一切感じることはなかった。逆にワクワクして、楽しみなくらいだ。
≪歌えそう……≫
ローズの隣に立ったミントは、横目で彼女を見た。やはりローズもミントを見ていた。二人は目を閉じてうつむき、笑みを浮かべた。照明が絞られ、最小限の光の中で演奏が始まる。テスタロッサによるピアノ伴奏から始まり、テイルはアコースティックギターを指で弾く。それから一間おいて、ローズとミントの歌声が、星のきらめく夜空へと高らかに響き渡って行った。
わグルま!よ永遠なれ。また書きたいですな!
歌った曲はもちろん「背中に未来 Arranged by 下村陽子」