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tail one TIME 歌の輪04

04

「…………?」



 彼女は中央の二人よりもさらに奥、公園の外周付近にある一角から、一本の黒い煙が上がっているのを見つけた。真っ黒い煙だ。



「……?」



 テイルは最初、ミントが静かに演奏を聴いているものとばかり思っていた。だがそれにしては身動き一つしなかったので、彼女もミントの目線を追うことにした。ミントの目線は二人に向かってはいない。それよりさらに上、地平線の高さを見ており……その先には、黒い煙が上がっている。



「なんだあれ?」



 やはりテイルは思ったことをすぐ口に出した。そしてミントとしてはそれがとてもありがたく思えた。ミントは見るのだけで精一杯で、口を動かすのを忘れていたからだ。



「なんでしょう?」


「なんかヤバそうな真っ黒い煙ですね。焚き火にしては煙の量が多い」



 テイルはベルトにくっつけてあるウエストポーチを開くと、長さ五センチ程度の小さな黒い筒を取り出した。表面は細かいでこぼこ加工が施されており、両サイドには光を反射しないレンズが付いている。それはシンプルな望遠鏡だった。彼女は右目に当ててもう一度黒煙をのぞき込むと……煙の出元は、手前の住宅が邪魔して見えない。



「クッソ。こっからじゃ見えねーや。焼き芋でも焼いてるのかな?」


「それならいいのですけれど」



 もしかしたら向こうで一大事が起こっているかもしれない状況であるにも関わらず、二人は落ち着いていた。むしろミントは、テイルがさっきみたいにうるさくはしゃごうとしなかったことにホッとする。どうやらテイルは有事の起こった際、冷静に対処する心得をもっているようだった。緊張をほぐすようなジョークすら飛ばしてくるほどだ。



「私がやりましょう」



 ミントは空に右手を掲げる。すると煌びやかな光と共に、一つのハープがゆっくり降ってきた。それを手に取り、弦を弾く。足元に謎の水溜りが一つ出来上がり、中から白くて可愛い生き物が出てきた。顔が丸い二頭身の姿をしており、胴体は逆三角形型をしていて、背中にはトビウオのような青く透き通る長いヒレがついている。ウサギのような耳は長く、目はクリクリしていた。それはセイレーンが使役する水の精霊だ。



「お行きなさい」



 水の精霊は山なりに飛行して、煙の出所へ飛翔する。



「シナモンちゃんだ」



 テイルはその水の精霊を見て言った。



「シナモンちゃん?」


「ウチの周りの連中が言ってる通称っていうか、愛称みたいなものです。セイレーンが使役する、精霊のこと」


「テイルちゃんののお宅では、そんなニックネームをつけているんですか?」


「あぁ。えへへ。呼び名がないと、色々と都合が悪いもので」


「それにしては、きわどいネーミングですね。きわどいというか、そのままというか……」



 もしこの場にテイルの連れであるフェンリルがいたのだったら、二度目の「もうどうしょうもないよ!!」が飛び出していたであろう。


 かくして飛び出していった水の精霊は、自分が通過した地点にフワフワ浮かぶ丸い水の膜、『水面鏡』を何個も配置していった。波打つ『水面鏡』は薄く、厚さは数ミリしかないだろう。しかし直径は一メートル程あり、二人の立つ場所から弧を描くように配置されたそれは空中で静止している。ミントはさらに、自分の目の前に『水面鏡』を作り上げると、前方のそれらと合わさるように角度を調整する。すると光の屈折により、それぞれ『水面鏡』を通した視界は煙の発生源である場所を映し出した。そこをテイルもぞき込むと、メラメラと建物が燃えているのが見える。



「マジかよ。火事だ」


「これはいけませんね」


「でもどうして? まさかローズさんの歌に聞き惚れたせいで、キッチンの火を消し忘れたとか」


「さぁ…………いや。うーん……」



 テイルの言う台詞の大部分はジョークなんだとミントは思えるようになってきたものの、なぜか今の台詞だけは、あながち間違いじゃないかもと思えてしまった。



「こっから消せないんです? セイレーンパワーで」


「やりたいところですが、ちょっと遠すぎます」



『水面鏡』の角度を変えると、建物の二階にある窓が見えた。その窓は閉じられており、中は黒煙で満たされている。しかしその中で、動くような影を見つけた。



「中に誰かいる」


「えぇ。大変です」


「シナモンちゃんでもダメ?」


「あの子は水を扱えますが、非力なので。それ以外の事は、なにもできないんです。少しばかり水を撒いたところで、火は消せないでしょう。窓を開けることはもちろん、この状況では……誰かを助けることもできません」


「くそぅ。でもどうして中の人は窓を開けないのかしら。バックドラフトを警戒するにはまだ早すぎるわ」


「ばっく……? 煙を吸ったからじゃないですか?」


「うぐ、た、たぶんそれですね」


「あぁ、大変。早くみんなに知らせないと……」



 どうやら事態は一刻を争うようだった。『水面鏡』を消したミントは中央の二人を見た。原因はたぶんこの二人の演奏だろう。早く知らせなければ。公園一帯の住人達は、いまだに気づいていない様子だ……皮肉なことに、それも歌が引き付ける魅力をもっているからなのだが……



「……ミントさん?」



 急がなければならないはずなのに、ミントはそこで突然も突然に、いきなり踏ん切りがつかなくなった。彼女は柱に手を付いたまま、凍り付いたように動けなくなってしまったのだ……このコンサートを台無しにしてしまっていいのだろうか?……いや、こうなってしまった以上はしょうがない。いつぞやの朝みたく、近所の方からクレームを入れられたのとは訳が違うのだ……そうなのだけれど……ミントは眉をひそめてしまう。『本当にいいのか?』自分達だけこっそりと裏から回って、現場に向かっても良いのではないだろうか? そんな考えが頭をよぎる。


 そう思うのは彼女の優しさだった。だがそれは悲しい献身である。才能ある者達は、こんなことに臆することなく、演奏を続けるべきである。聞きにくる客がいて、演奏する者だってそれを続けたいに決まっている。そして才能なき者、つまりミントが。それのサポートに回るべきだ……彼女には、そう思えてしまったのだ……


 テイルは何故かうつむいてしまったミントを見て、数秒間どうしたものかと考える。彼女はまたしてもウエストポーチに手を突っ込むと、手のひらサイズの携帯電話を取り出した。彼女が素早くメールを送信すると、今度は観客席にいたフェンリルの携帯がブルブル震えた。内容は簡潔なものだった。『後ろで火事が起きてるから叫んで』フェンリルは目が良く、鼻が利く。テイルの送ったメールを確認した彼女は素早く後ろを振り向くと、そこに黒煙を見つけた。



「うわ! なんだよあの煙!? 火事じゃないか! どおりで焦げ臭いと思ったら!」



 フェンリルの一声を聞いて、会場はすぐさまざわつき始めた。



「火事ですって? あら本当! 煙が上がってるわ!」


「セイレーンの歌で気が付かなかった! おい消防は来てないのか!」



 客の動揺に気づいたテスタロッサも、ようやくそこで演奏を止めた。



「なんだ? 煙?」


「なんでしょう……」



 ローズも歌うのを止めて、空へ登る一本の黒煙を見つめていた。


 対してローズは、なんとなくガッカリした気分になってしまった。せっかくのコンサートが台無しになってしまったからだ……しかし、それを直接的に自分がしたわけではない事は……正直な所、ホッとしていた。彼女は振り返ると、心配そうな様子のテイルを見つけた。テイルは少しだけ苦笑した顔を見せる。



「ごめんなさい」



 ミントは下を向いて呟いた。



「謝る理由が分かりません。行きましょう」



 テイルは率直な意見を言う。ミントはマスターの所まで、彼女の後に続いた。



「テイルちゃんに、ミント。火事だってさ……二人は気づいてた?」



 テスタロッサが黒煙を見上げながら聞いてきた。ミントはどう答えようか悩んだが----



「はい。ミントさんが最初に気づいて、ワタシにも教えてくれました。それから同じころに、観客席でも、誰かが気づいたようで」


「そうか。参ったなぁ」



 ミントが言いたかったことを、全てテイルが代わりに分かりやすく答えてくれたようだった。



「それと、中にどうやら取り残された人がいるみたいで。早く助けないと、ヤバイかもしれません」


「なんだって? それはまずいな……」


「オーイ! テーイルーーー!!」



 どよめく客席を掻き分けながらフェンリルが跳ねるように駆けつけた。先ほどのフェンリルだ。



「あぁーっとぉ、こんな時にあれなんですけど、初めましてテスタロッサ大公様! ボクはONEって言います! それから、セイレーンのお二人も。どうぞよろしく!」


 現れた友人に対しテイルは嬉しく思ったものの、実は結構焦った。なので、テスタロッサとセイレーンの二人に気づかれないように数歩下がると、自分を指さして、口にチャックをするような仕草をしてみせた。そのジェスチャーはONEにしか見えていない。つまり『自分の事は言うな』だ。勘のいいフェンリルであるONEは、ジェスチャー以前の彼女の行動から推測して、それが何を意味するのかすぐに理解することができた。



ONEワンちゃんっていうのかい? 可愛い名前だね。犬みたいで」



 テスタロッサは彼女を使役するマスターのネーミングセンスを疑わざるを得ない。



「失敬だなぁ。これでも僕はURの一匹狼」


「うん。僕もそう思うよ」


「それでさ。さっきから焦げ臭いと思ってたけど、後ろ振り向いたら黒い煙がバーッて上がっててさー! 『ビックリして叫んじゃったよ』! それで、それで? どうするの? 今から消防隊を呼んだんじゃー間に合わないよ! あーもー現場を見に行きたいなー! ねぇテイルーちょっと行ってみない?」


 フェンリルという種族は、良くも悪くもこういったお祭り騒ぎが大好物だ。興奮気味に不謹慎な事を言うONEは、次に事態がどうなるのか気になってしょうがないらしい。



「大変アルー!」



 次に現れたのはミュンミュンだった。



「どうやらお二人の伴奏と歌に聞き入ってたせいで、火元の確認を怠ってたらしいある!」


「まぁ、なんということでしょう! 私の歌を、火事を起こしてしまうほどに、聞いていてくれただなんて!」


「いやローズ、その……まぁ、うん。なんでもないよ。ところでミュンミュンちゃん。話によれば、中にまだ誰か残ってるとか」


「そうアル! 一体誰から聞いたアルか!? 何でもそこの奥さんが、中にはまだ大切な家族が残っているのよー! ってパニくってるらしいアル!」


「やっぱり。それは良くないね……」


「だから私が、セイレーンさんのお二人を呼びに来たアル! 今からじゃ消防隊は間に合わないし、お二人なら、水を使って、火を消せると思ったアル!」


「そうね……」



 ミュンミュンの言葉を聞いて、真っ先に足を進めたのはローズだった。



「私の歌で火事が起こってしまったのなら。その責任は、私にあります。行きましょう」


「まさか、火事も歌力うたちからで鎮火させようとするんじゃないでしょうね?」



 珍しくまっとうな台詞を言ってのけたローズだったが……そこで突っ込み役の勘が働いたONEは、そんなことを聞いてみた。



「あら? えぇ、その通りですけれど、どうして分かったのですか?」


「…………」


「ローズ。その……今回ばかりは、魔法を使ってくれ」


「マスターが言うなら……しょうがありませんね……」






 現場は騒然としていた。ボランティア精神あふれる者達は、消火器を持って外側から中へ噴射している。しかしその程度では焼け石に水だった。アクトリアの姿もあったが、彼女達には住宅の火災を鎮火させるほどの流水を扱うことはできない。周囲にる野次馬達は遠巻きに囲んで、事の成り行きを見ているだけだった。目の前まで来ると、既に煙が至る所に拡散していて咳こんでしまうほどにキツい。風に揺らめく炎はゴォゴォという音をなびかせていた。



「セイレーンが来たぞぉー!」



 テスタロッサ率いるセイレーンの歌姫が到着すると、現場の空気が明らかに変わった。二人もいればなんとかなるだろう。そう全員が思えたからだ。


 先頭を行くローズに、大げさな化粧をした小太りの婦人が立ちはだかった。



「お願いあの子を助けてぇ! ちょっと目を離したらボッて火が出てバッて飛び火してもう大変! 早くなんとかして頂戴!!」


「安心して下さい。それで……その子は、どこに?」


「あそこよォォ! 二階の窓ッッ! ここから見えるでしょう!?」



 婦人が指さす二階の窓を見上げる。そこはやはり閉じられているのだったが、ここからなら肉眼で窓の中を見ることができた。その窓辺にへばりついていたのは……



「なにあれ。犬?」


「犬だね」


「あぁもう可哀想!! 私のペンティーちゃんがーーーーーーーー!!」



 わめき散らす婦人の隣で、テイルとONEは呆れたようにつぶやいた。それは子犬だった。窓を開けようと必死に爪でカツカツしている。その様子はとても可哀想だ。ローズはペンティーちゃんと呼ばれた子犬を一視すると、次に婦人に向き直る。


「あれくらいなら、空を飛んでヘイカモン! ってやればすぐ助けられそうだね?」


「ONEちゃんはワンちゃんなのに羽があったの?」


「テイルが行くんでしょ」


「だと思ったーー! HAhhもぉめんどくせー!」


「ご安心ください。私が今から、ペンティーちゃんを助け出します」


「あぁ、ありがとうございます!」


「「マジ!?」」


「みなさん? 危ないので、少し、下がっていて下さい」


「おぉ、水の魔法か! これだけの火事を止めるんだ、きっと強力な奴が来るぞ! みんな、聞いたか!? さぁ場所を開けろ! 早く場所を開けるんだーー!」



 ローズが右手を掲げると、空からハープが降ってくる。それを見てミントは焦った。なんの打ち合わせもなしに、ローズは一人でやろうとしている! すかさずミントもハープを呼び出して、火災を収めることのできる量の魔力をチャージしようと試みる……が、『ローズはそれをしていなかった』。



「水よ、来なさい!」


「「「おおーー!?」」」



 ローズはさっぱり詠唱することもなく、ノーキャストで何かを召喚したようだ。目の前に出てきたのはバケツだった。中には水がたっぷり入っていて、側面に『防火』と赤い文字で書かれている。



「……???」



 ミントも含め、全員がローズの行動を見ていた。『一体何をしようというのだ?』ローズはそのバケツを両手で引っ掴むと、自分の頭から豪快に水を被った。なんてことを、綺麗な衣装が台無しだ。



「今行くわペンティーちゃん!」



 それから水浸しになったローズは、なんとそのまま燃え盛る玄関の中に駆け出して行った。



「えええええェェェェェエエーーーーーーーーーー!?!?!?!??!?!?!」



 これが漫画媒体でなかったことが大変悔やまれる。とにかくテイルとONEはガビーンという効果音と共に、口をあんぐりとあけて叫んだ。一体ローズは何をしているんだ!! ローズが入った次の瞬間、玄関先の天井が崩れて出入り口が封鎖されてしまった。



「あのセイレーンマジかよ!?」


「魔法で火事を消すんじゃなかったのかァーーー!?」


「あいつ、キレてやがる!!」


「どうすんだこれ!?」



 周囲の野次馬達も驚きを隠せない。テスタロッサはミントに近寄った。



「なにをしているんだローズは……」


「子犬を、助けると言っていたから。『助けに行ったのでしょう』」


「そうなんだけど……なんかちょっとこう。想像と違うっていうか? うん……なんか納得いかないなぁ……」



 釈然としない様子のテスタロッサは小首を傾げる。無理もない。全員が魔法で火を消し去るとばかり思っていたからだ。まさかセイレーン本人が直接徒歩で助けい行くなど誰が予想できただろう?



「……すまない、厄介ごとが一つ増えたみたいだ。ミント……お願いできるかい」


「えぇ。やってみます。でも……少し大きいですね」



 ミントは燃え盛る住宅を眺めた。上から雨を降らせても良いが、それでは少々水不足になってしまうかもしれない。かといって、下から上へ突き上げるハイドロピラーなど使おうものなら、住宅そのものが木端微塵に吹き飛んでしまう。効率的に水を撒いていくには……



「テイルちゃん? 少し、お手伝いをして頂けないでしょうか?」


「ウチがですか? それは全然構いませんけど……でも、ウチにできることなんて」


「この家を包み込むように、雨雲を作りたいのです。だから、周囲に風を出して頂きたいと、思いまして」


「周囲に風? そんなんでいいのなら」


「大丈夫ですか? それなら、いきますよ」


「おっけー。分かりましたっ」



 ハープを奏で始めたミントと、胸の前に両手を持ってきたテイル。二人のキャスティングは同時に開始された。



「In Hur Grav」



 テイルが力の言葉を口ずさむと、その両手に集約された魔力を拡散させる。すると、辺りにはそよ風が吹き付けるようになった。次第にそよ風は力を増して、住宅をぐるりと取り囲むようにして回転を始める。野次馬がどよめく中、テスタロッサも関心したようにONEへ言った。



「聞いたことのない詠唱だ。今の魔法はなんだい?」


「テイルは風魔法が得意なんだ。僕達は『テイルウィンド』って言ってる。自分の名前っぽいけど、『機尾の風』って意味なんだって。本当は空を飛ぶときに使うものだけど……今やってる使い方みたいに、色々と融通が利くみたい」


「それはすごいね。でも、大丈夫なのかな。風から煽られて、炎が凄い音たててるけど」



 テスタロッサの懸念通り、火炎に対して風を送るのは逆効果だ。このままでは新鮮な酸素を取り入れた炎が、なおさら強くなってしまうだろう。



「水よ、来なさい……」



 ハープを奏でなるミントの衣装が風になびいて揺れ動く。目を閉じて集中していた彼女は、ゆっくりとまぶたを上げながら呟いた。次第に周囲の温度は下がり始め、風が湿気を帯び始める。大量の水分を含んだ風が出来上がった。ここまで出来上がれば、ミントがちょっぴり力を込めて弦を弾くだけで、たちまち雨を降らせることができるだろう。



≪ローズ。急いで----≫



 それから待った時間は十秒足らずだったが、ミントにはえらく長い時間に思えた。ガシャーンと二階の窓が割れて、青い塊が飛び出してきた。それはいい感じに地面で受け身を取ると、何度もゴロゴロと回転して止まる。



「ローズ!」


「んまぁ!? ペンティーっちゃんッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 ミントは腕を振りかざし、連なる弦を指でなぞる。するとどうだろう。雨は真横に降り出した。テイルの作り上げた風は、住宅を中心として台風のように円運動をしている。その中心に向かい、激しい水滴が飛ばされていったのだ。



「すげぇ……」



 周りの人々はこの光景を見て驚きを隠せなかった。並の者には、こんな大それた元素操作は出来ないだろう。転生悪魔に使役され、魔力供給を受けている者にしかできない技法を垣間見て、彼らは息をのんだ。セイレーンの扱う水は単純に下へ流れるばかりではない。しかもこれはエクスの使う風魔法との合わせ技であり、まるで物理法則を無視するその神秘的な現象は『魔法』そのものであった。



「ローズ……」



 テスタロッサは飛び出してきた青い塊に駆け寄る。それは確認するまでもなくローズ本人だった。彼女の至る所がすすで黒くなっていたが、とくべつに怪我や火傷の類はないように見える。



「さぁ。お行きなさい」



 ローズは両手で抱えていた子犬を地面に優しく置く。子犬は飼い主の方へと駆け出して行った。



「ペンティーちゃん!!!!!! あぁ、よかった! 私の可愛い坊や! ぎゃ! こら、噛みつかないの! まったく世話のかかるバカ犬だねぇ! あのまま焼け死んじまえば良かったのに! 痛い! 噛みつくんじゃーない! このクソ犬がァァァーーー!!!」



 子犬はどうやら元気そうだ。満足げな表情を浮かべていたローズは、その表情のままでマスターに顔を向けた。



「まったく。危なっかしい歌姫様だ」


「うふふ、ごめんなさい? でも驚いたわ。私の歌が素晴らしすぎて、まさか火事まで起きてしまうだなんて」


「まぁ、うん。そうね? そうだね?」


「あら? ところで、ミントは、どこにいるのでしょう?」


「彼女ならあそこにいるよ。この周りで回ってる雨雲を、今もがんばって操ってる」


「まぁ、ミントったら。働き者ね…………! それじゃ、私も歌で応援----」


「いやッッ!? 歌は後でたくさん歌ってもらうから、今はそのぉ。ハープで彼女を助けて欲しいかな……」


「そうですか? 残念です……」


「悪いね……」

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