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tail one TIME 歌の輪02

02

 後日、ミントの姿は街中にあった。両隣にはローズとテスタロッサがおり、前日話に上がっていたパティスリーミュンミュンとやらへ出向く途中だった。街は活気づいていた。行き交う人の流れ、鳴りやまぬ声と物音。誰も彼もが他人に対して無頓着だったが、この三人が視界に入ったとたん、例外なくその誰もが目を向けていた。それほどに彼女達は注目を集める魅力を持っていた。そんな中、ローズは楽しそうに、テスタロッサは別に普通、そしてミントは少々居心地が悪そうにしている。


 明朗な彼女は自分が目を引く存在だという事は自負している。それはいい。しかし、その理由がセイレーンだから、と言うのであると非常に辛かったのだ。セイレーンは歌がうまい。だが、彼女はそれに少々自信が無い。セイレーンの特徴であり、誰しも持ち得ている同族の特技を自分が持っていないと分かったら、果たして今自分を見ている彼等はどう思うだろう? それとも『可愛いは正義』だ、などと言うだろうか?



≪そんなものでしか……評価されないのかしら≫



 普段は超クールなミントにだって意地はある。だがそれゆえ同族に対する、いわゆる劣等感を感じざるを得なかったのだ……歌が若干他と劣る。それも個性だと、許す者はたぶん多いはずだろう。そう。その『許し』の理由が、自らの美しさであるとするならば……それこそが、彼女が最も嫌がる答えであった。


 なぜなら、『ただ美しい』というだけなら、別にセイレーンでなくても良いという事ではないだろうか……ミントはセイレーンだ。セイレーンは歌が上手だ。そう、歌が上手でなければならない。彼女はそう思う。それは種族の誇りであり、他の追随を許さぬ唯一無二のステータスだと。それが自分にはない! なんということだろう……ゆえに、このプラチナミントは、大衆の前で歌うことに躊躇ためらいいを感じてしまい、それが歌に対する自信の喪失へと繋がっていたのだ……



「見えたわ。あそこよ」



 ローズが指をさす先には、こじんまりとした店があった。店先には階段状の板があり、そこに花や観葉植物が乗っている。開けっ放しの出入り口にはパティスリーミュンミュンと書かれた看板があって、どうやらこの店らしい。側面には馬車が止まっており、お高くとまった貴族達の姿が少々、それ以外には若い女性が店内に数人いて、客足が途絶えることはない。結構繁盛している様子だ。



「凄いな。こんな店の人と知り合いだなんて」



 テスタロッサは店の風貌を眺めながら言う。



「以前、ここのお店でスイーツを頂いた時、その美味しさに大変感動しまして……私、嬉しくってつい、その喜びを今すぐ表現するために、お店の中で。歌わせて頂いたんです。歓喜の賛歌を」


「そ、そうナンダ……」



 テスタロッサは苦笑しながら、なぜか彼女から目線を外した。対してミントはニコニコしている。



「えぇ。その時店長さんが、私の歌を聞いてくださいまして。大変喜んで頂いたんです。それからは、いつでも着ていいと、言われました。なので時折、このお店で歌わせてもらっているんですよ?」



「凄いわね、ローズ」


「うふふ、ありがとう。でも当然ですよね。だって私の歌は、何よりも素晴らしいですもの」



 それからミントの言葉に、なんとも彼女らしい返事を返すローズ。



≪当然か----≫



 時に友人の言葉はミントの心をチクリと刺す……しかし、どうも変だ。なぜネガティブな事を考えてしまうのだろう? どうやら今日も調子が悪いらしい。


 三人が中に入ると、ローズを見つけた店員の一人は彼女達に一礼すると、店の奥へ入って行った。それから間もなくすると、体格の良い店長が現れた。


 ローズと店長が話をしている間、ミントとテスタロッサは店の中を眺めていた。天井には一品物のアンティークランプが何本もぶら下がっている。周りに見えるのは、作りたてのケーキ。シナモンスティック。可愛い置物が乗った荷棚。コーヒー豆。洋菓子の甘い香りに満たされた店内は、どこもかしこも魅惑的なスイーツで彩られていた。木道建ての古ぼけた店内は、歩くとギィギィなる床も一部あったが、それもまたよかった。



「いい雰囲気のお店ですね」



 傍にいたテスタロッサへローズが言う。



「うん。悪くないね。もしコンサートが上手くいったら、報酬として、どれかただで貰えたりしないかなぁ」


「せこいですよマスター」


「はっはは」


「どれか、じゃなくて。どれでも、でしょう?」


「おぉ? ミントも言うね」


「うふふ」



 洋菓子の甘い香りは、ミントの心を落ち着かせたのだろうか。不思議なことに、来る前までは憂鬱で仕方なかった彼女の心が、今ではすっかり良くなっていたようだった。店内にはクラシックのBGMが静かに響いている。なるほど、ローズが気を許すわけだ。そんな風に、ミントは友人のセンスの良さを好ましく思った。



「……そう。それで、こちらの方が。私のマスターです」


「やぁ、アンタがローズさんのご主人様かい」



 二人で話していると、奥から店長がテスタロッサを呼びかけた。彼はとても体格がよく、コック服の袖をまくっていて、ムキムキの両腕を前で組んでいる。彼がこの店のケーキを作っているのか。ミントは店長が厨房でせっせと可愛いケーキを造形している姿を想像すると、少し笑ってしまった。



「えぇ。僕はテスタロッサと言います。ローズが前々から、ここで歌わせてもらっているとか」


「そうそう。いや大したもんだよ、アンタのセイレーンは。歌唱力はもちろん、さらにこんなにも美しいときた! まったくアンタが羨ましいよ」


「あはは。そうですね……自分としても、恵まれていると思います」


「だぁろうな! それでだ。いつもローズさんからは、ほら。こっから見えるだろう? 店の前にある……そこの公園さ。そこで歌ってもらっているんだ。机とテーブルを、店から引っ張り出してね。ほら、この店の中じゃ狭いだろう? そりゃーもちろん俺としても店の中で歌って欲しいさ。だが彼女が歌い出した途端、この店目当てじゃない客もなだれ込んできちまうんだ。だからすまんが、そこで待っててくれないかい? すぐ店のもんが準備しに行くよ。それに今日は天気がいい! そんなんでローズさんに、この小さな店の中だけで歌ってもらうなんてのはもったいない! ところでアンタも歌うのかい?」


「いえ、僕は演奏ですね。主役はローズと--」



 そこでテスタロッサは、隣にいたミントに目線を向けた。



「プラチナミント。この二人です」



 店長も彼の目線を追い、ミントを見る。彼女はドキリとしたものの、その表情を崩すことはなかった。



「へぇ! 今日は美人のセイレーンが二人も! こいつぁー楽しみだ。太陽の親父さんがうれし涙を流さなきゃーいいが!」


「あはは」


「お手柔らかに、お願いしますね」


「そいつはこっちの台詞だよお嬢さん。よーしそれじゃ、歌姫を連れて、外で待っててくれ。ご主人様?」


「分かりました……それと店長さん。今回はこんな機会を設けてもらい、ありがとうございます」



 テスタロッサの言葉に対し店長はニヤリと笑い、手をヒラヒラさせて店の奥へと戻って行った。その表情とジェスチャーは、水くさいといったところだろう。


 店を出た三人は、目の前にある小さな公園に歩みを進めた。そこには石でできた謎のモニュメントが鎮座しており、舞台として使えそうだ。



「この石舞台の上で、歌っていました」



 ローズが言う。



「ふむ」



 テスタロッサは何度かモニュメントをぐるりと見渡した後、しゃがみこみ、手のひらを石舞台に当てたり撫でたりする。



「……なんだろう。不思議な……霊的な力を感じる」


「この、石舞台からですか?」


「うん。きっとこれは、この街……というか、この場所に、ずっと昔から……あったものなのかな……」


「まぁ。それじゃ、この上で歌えるというのは、やはり素晴らしい事だったのですね!」


「うん? うん」


「この場所に立つと、何故だか心がワクワクするんです。あぁ、なんと私にピッタリな舞台なのでしょう!」



 テスタロッサは少々小首を傾げたものの、ローズは嬉しそうにしながら早速発声練習を始めてしまったため、深く追求はしなかった。



「……普通なら、罰当たりじゃないか。そう思うものですけど」



 ミントが彼の横から言う。



「よくぞ言ってくれた」



 彼は予想していた答えがやっと帰ってきたことに対して安堵した。ミントは石舞台に腰かけて、彼と同じように手で触ってみる。だが何も感じない。ただの石に思えた。転生悪魔であるテスタロッサにしか分からない感覚なのだろうか?



「……私には、よく分かりません。マスターは、なにか感じたのですか?」


「うーん--」



 テスタロッサは彼女の隣へ腰を下ろしてから返事を返す。



「この石からは、なんていうか……温かみが感じられるんだよね。普通の石は触っても冷たいだけだけど、これはなんかあったかい。内側から熱が出ているみたいな……そういうのって言うのは、大体。中に力を宿しているんだよ」


「そうなのですか?……凄いですね。マスター」


「はは。いや、僕も正直なところ、よくわかっちゃいないさ。ただ感じるってだけ。でも、安心していいと思う。特別悪さをするような嫌な感じは、全然しないみたいだから。ここで横になって昼寝でもしたら、よく眠れそうだ」


「まぁ。うふふ」


「そのモニュメントは、寂しがり屋アルよ」



 二人が話している傍に、大きな丸机を持ったキョンシーが近づいてそう告げた。



「あら? ミュンミュンちゃん」


「ローズさんこんにちはアルー!」



 キョンシーの姿に気づいたローズは、歌うのをやめてそちらに顔を向ける。ミュンミュンちゃんと呼ばれたキョンシーは、自分の体より大きな丸机をドシーンと地面へ置くと、ローズの周りをピョンピョン跳ねて回った。ミュンミュンは可愛らしい真っ白なコックコートを着ており、跳ねるたびにひらひらと宙を舞った。



「彼女はミュンミュンちゃんと言って、副店長さんなんです。でも、スイーツを作ると言うよりは、材料を準備したり、お店のインテリアや配置を考えたり、売上や業務関連を管理したり……そういった方面のお仕事をしてらっしゃるんです」


「そうアルよ? 私は店長を陰でサポートする縁の下の力持ち!」


「副店長さんか。初めまして。僕はテスタロッサと言うんだ。こちらはミント」


「お二人の事はローズさんから話は聞いてるアルよ! やっぱりなまテスはイケメンアルね!」


「あはは。そりゃどうも(なまテス?www)。ところでミュンミュンちゃん。このモニュメントは寂しがり屋だとか、なんとか」


「うん。そうアル。このでっかい石ころは、体の半分以上が地面の中に埋まってるから、自分では動くことができないアル。そこでヒーリング効果のあるオーラを自分から出して、自分の周りに人を集めようとしてるアル。だからこの公園の周りには、癒しを求める疲れた人達が無意識に寄ってくるアル。そこにッッ! じゃじゃーーん! 私達の糖分たっぷりあま~~い香りが魅力のスイーツショップが目の前にィー!」


 

ミュンミュンちゃんが嬉しそうに両手をバンザイさせると、ローズも楽しげに拍手した。



「大変だ、早く糖分を補給しなきゃー!? ってことで、集客効果抜群アル」


「考えたものだね」


「えへへー! あっ、そろそろ仕事に戻らないと……それじゃ、コンサートを楽しみにしてるアル!」



 そうしてミュンミュンは自分の仕事へ戻っていく。彼女以外にも数名の店員達がこの場に集まっており、少しずつテーブルや椅子が配置されて行った。



「はっこぶアルよー!」



 元気いっぱいのミュンミュンの掛け声が聞こえるたび、ミントはにっこりとしてしまう。



「うふふ」


「キョンシーっていうのは、なんであんなに元気な奴ばっかりなんだろうね……疲れ知らずというか」


「えぇ。そうですね。でも、羨ましいわ……」


「…………」



 テスタロッサは、悩ましげにミュンミュンを見つめるミントを少しばかり眺める……彼は、ミントを本当にここへ呼んでしまって大丈夫だったのだろうかと思った。無理強いした結果になっていないだろうか……彼としては、今回の仕事はちょっとした気分転換という気楽なものだった。だがミントにとっては気楽ではなかったかもしれない。


 そもそも、この仕事をやろうとしたキッカケはミントの様子が最近思わしくなかったからだ。そう思っていたのはローズも同じだったようで、新しいシンセサイザーを手に入れた日、彼女から相談されたのだ。テスタロッサからしてみれば、友達から心配されるほどのミントも気になったが、それ以上にローズが『自分の歌以外でなんとかならないものか』と思ったことに驚いた。ある意味、その事はミントの様子以上に大変な出来事のような気もした。


 あの自信家のローズが他人に頼るだなんて。これは自分がひと肌脱ぐしかあるまい。テスタロッサはあの時、そう思ったのだ。


 何を言おう、テスタロッサ自身も体が強い方ではなかった。今回の仕事だって、正直な話結構しんどいと思っている。だが彼も男だ。それに自分の仲間達を想えば、それも苦ではない。


 しかしここにきて、このモニュメントの上に立つと、不思議な活力がその身に湧いてきた。とても神秘的な現象である。ミュンミュンの話通り、モニュメントから湧き出すオーラは彼に力を与えていた。魔力に対して敏感な転生悪魔なら、なおさらその恩恵が強い。ミントは何も感じないと言ってはいるが……一方ローズの方は、無意識のうちにそれを感じ取っていたのかもしれない。



「…………」



 テスタロッサはミントをチラ見る。滑らかな長髪を風がさらい、ミントは片手で頭を梳く。さてどうしたものか……ここに来た目的はま★ピアチェーレの初披露というのが名目ではあるが、真の目的はプラチナミントの気分転換なのだ。しかし……今の彼女の様子を見る限り、どうも幸先が悪い。ミントは超クールであるがゆえ、その表情や喋り方からは彼女のテンションを垣間見るのは不可能だった。


 どうすれば楽しんでくれるだろう? そうテスタロッサは考える。自分に厳しく、他人に寛容であるプラチナミントが言い出しそうな答えは、彼には簡単に予想できた。



≪「マスターとローズが楽しんでくれれば、私は嬉しい」。きっと彼女は、そんなことを言い出すに違いない。『違う』。そうじゃないんだ。そうじゃないんだよミント……君は頭が良くて利口だ。でも、自分に関して、少し無頓着だ。他者への献身。それは素晴らしい事だろう。しかし、では、君は? 君はどうする。「僕達が楽しめば嬉しい」? そうか。でも僕達は、君も楽しめないと楽しくないんだよ。ハァ……やっぱり誰かに強要されるのではなく、彼女が自発的に行動するのを横から応援してやるのが一番なんだろうとは思うけど……そういうのもあまりないからなぁ。だから、そういう娘には。こっちから、多少強引でも。引っ張ってやらないといけない。ミントは体が弱かったから、他人と関わる事の『難しさと辛さ』がネックになっているんだろう。だから一人でずっといる。辛い時も一人で、自分だけでなんとかしようとする……≫



 ステージに見立てた石舞台の前には、机と椅子が着々と配置されていった。その様子は道行く人々の目にも留まり始め、少しずつ騒めきが広がり始めていた。この緊張感は嫌いではない。始まる雰囲気。それはテスタロッサが何度も経験してきた感覚だ。最初はなれなかったが、腕に自信が付いたと自負できるようになる頃には、この雰囲気は楽しみにすら変わる。彼等に自分の演奏を聞かせたら、どんな反応を見せてくれるのだろうか?


 そこでまた、テスタロッサはミントを横目でチラ見する。彼女はテスタロッサの方を見ていた。



「!」



 彼は驚いて目線をそらしてしまったが、それも時すでに遅しと感じ、少し首をうなだれる。そしてまた、バツの悪そうな顔をしながら、彼は彼女へ振り向いた。



「えぇ。感謝していますよ?」



 観念して自分を見つめ返したマスターを見つけると、ミントは自ら目線を外し、正面の広間を見ながら言う。



「感謝?」


「この機会を。作ってくださったことです。マスター」



『やられた』と思ったテスタロッサも、彼女に習い正面を見直しながら頭を掻いた。



「……本当に、そうだといいが」


「ウフフ? 心配性ですね」


「≪そりゃあそうだろう。君の言葉だって。僕を気遣ってるんじゃないのか?≫……心配だよ。君は……少し。自分で考えすぎるような所があるからね」



 プラチナミントは答えない。



「何かあったら、誰かに頼ってもいい……(そこでテスタロッサはハッとして、一瞬またミントの方を向きそうになったが止めた)……もしかしたら、今まで。誰かに頼りっぱなしで……だから今は、自分でなんとかしようとしたかったりしてもだ……君の周りには仲間がいる。それは、家族みたいなものだよ」


「……『分かっています』。マスター」


「……そうか」



 明朗なプラチナミントには、何を言っても無駄なのかもしれない……いや、無駄という言い方は良くない。決してそれは無駄などではなく、彼女を自分や他人が心配しているのだという事を伝える事になるし、その助言は彼女だってじゅうぶん心に留める価値のある大切なものだと感じるだろう。だが、それを行動に反映するかどうかは彼女次第というわけだ。彼女の行動理念は価値ある助言より先に、自分の考えが優先される。それは彼女がこれまでの生立ちにより培われた思考であるため、どうしょうもない。だから無駄なのかもしれないと思ってしまった。


 しかし希望はある。生きとし生ける者は変わるからだ。変わらぬ者など存在しない。生命ですらも。悠久の時を過ごす天使と悪魔……辛い時期を過ごしたならば、それ以上に。穏やかで明るい時間を過ごせばいい。そうすれば、きっと……





「うっわー! ちょっと見てよアレアレ! お祭りお祭り!」


「えー? それにしては出店がないじゃん」


「きっとこれはアレよ。ホラあそこのぉなんつったっけ? パティスリーミュールとかなんとか?」


「いやそれはパクリ元の名前だから出しちゃダメでしょう!?」


「うっさいわねー! どうせ誰も知らないんだから別にいいのよ!」


「なんだよその先に言っちゃったもん勝ちみたいなノリ!」


「んもぉしょーがないわねー。この祭だからURLも貼っちゃえ♪ http://patisserie-mur.com/」


「わー!? もうどうしょうもないよ!!」



 妙なエクスとフェンリルの声がやかましく響いて、会場の準備をしていた店員達は、面倒な奴らが寄って来たと怪訝な表情を浮かべる。それはテスタロッサも同じだ。まるで教養の感じられない莫迦丸出しの喋り方。こういう奴等には音楽の芸術性や美しさ、心に響く音の素晴らしさなんてものは到底理解できないだろう……できれば会場に入ってきて欲しくはなかったが、残念ながら二人はノコノコ会場入りしてしまった。



「ネーネーすんませーん! 今からなにやるんですか?」


「はぁ?」


「いやだからー、ここで? なに? なんか今から始まっちゃったりするワケなの?」


「え、えぇ……これからあそこにいる方々の、コンサートが開かれるんです……」



 馴れ馴れしいエクスから問われた店員は嫌そうな顔をしながらも、一応返事を返す。



「そのお代は、このメニュー表の……どれか一品を購入して頂ければ、結構です」


「あーはいはい。やっぱタダ聞きはNGね。おっけーどぉもー。(そう言いながらテイルは店員に向かって手をヒラヒラさせた)へー。あ、やっぱりここの店だった。ミュンミュンって名前」


「ケーキかぁ。ボクは肉料理がいいなぁ。牛丼とか焼き肉とかさぁ……」


「まーたそればっかり。アンタにはどうして女子力ありそうなスイーツ系が嫌いなワケ?」


「いや別に嫌いって訳じゃないよ。そういうのだって全然イけるもの。でもお腹が減ってる時は、スイーツなんかより肉系がいいって話。あーそんなこと言ってたらお腹すいちゃったよーもぉ~。コンビニで焼き鳥か唐揚げでも買おっかなぁ……」


「ほんっと肉食よねぇONEちゃん……あっ! すんませーーん! 店員さーん! それでなんですけどー、早速注文いいスかー?」



 エクスの声は非常に良く通る高音だった。まるでファミレスや居酒屋にでもいるようなボリュームだ。まさに、デリケートなコンサート会場という場所に絶対いてはいけない部類の人種である……テスタロッサはがっかりしてしまった。いや、彼とてこういった客のいる現場経験も数多くこなしてきた。が、やはりいない方が良いのは当たり前の話で、こういった客がいるだけで、演奏する側も聞く側も楽しめなくなってしまうのだ……


 眉を顰めながら、どうしたものかと思うテスタロッサ。彼は困った表情でミントを眺める。彼女もがっかりしているに違いない。むしろ自分より落胆、いや、もしかしたら怒っているかもしれない。この仕事が台無しにならなければよいが……そう思っていたが、彼女の様子は想像と違った。硬かった表情は柔らかみを帯びており、空へ伸ばされた彼女の片腕は、うるさいエクスとフェンリルの方に向かって振られていたのだ。



「ちょっとちょっとテイル」


「えぇ? なによォ自分くらい自分で注文しなさいよぉ? あ、いいスか? えーっとですねぇ~、これとこれとこれと----」


「違うってホラ、ホラ! 向こう。舞台の上だよ! 手を振ってるみたいだけど」


「ハイハイ知らねー。ハイぬか喜びオツ~。どーせウチらじゃねーっしょ?」


「セイレーンが二人と、堕天使が一人。あの堕天使からは、凄い力を感じる」


「つーかさぁまだ始まんねーのォ? 演奏家ってさぁ~ホンット自分の生体時計を重視すんのよねぇ~客がいんのにさぁ? あッ、店員さぁーん! すんませーーんあとお冷も追加で貰えますかァァーー!? ONEちゃんアンタもいる?」


「後ろで歌ってるセイレーンの声って、聞いたことがあるな。時々、なぜか夜中に聞こえてくる----」


「ピャーーー!! ちょっとォォオオーーーーあれテスタロッサ大公様じゃないデスかァァァーーー!?!?!?!?!??? おいONEちゃんアンタなんでもっと早く言わないわけェ!? そういうコトすんのってさーマジ酷くない!?」


「酷い言われようだwwwwwwwwww」


「ハイハーーイ! ハイハイハーーーーイ!!!」



 舞台にいる者達が誰であるか分かった途端、やかまCエクスはムササビのように低空飛行で滑空しながら舞台へ飛んで行く。



「……お冷は二人分ですか?」


「え。あ、はい……」



 エクスが去ってフェンリルだけが残ったテーブルへ、少々お怒りの店員が寄って来た。



「それと。野外席とはいえ、静かに音楽を楽しみたいお客様もおられます」


「えぇ……」


「少し静かにして頂けませんでしょうか?」


「あ、はい。えぇ。それはもちろん」


「あまり度が過ぎるようでしたら、退席して頂きますので。ご了承ください」


「は、はいぃ……ごめんなさい……うぅ……ボクは悪くないのに…………」



 石舞台の手前、ミントとテスタロッサの足元に着地したエクスは、改めて二人を眺めると、深く頭を下げた。



「こんにちは! テスタロッサ大公様……それと、ミントさん!」



 そこには先ほどまでのガサツな素振りは微塵も感じられない。しかしそんな彼女、『テイル』と呼ばれるエクスの態度は、テスタロッサからしてみれば調子がいい奴だと思えてしまうのは無理もない。本当ならあまり関わりたくないタイプのキャラなのだが……彼はミントを見る。するとそこに、彼は自分と話していた時とは違う雰囲気のミントを見つけてしまった。



「こんにちは。テイルちゃん」


「今日はもしかして、三人してコンサートですか!?……あっ! いやその前に、その! あの、この前は! お城でウチも……あいやーっ、『ワタシ』も演奏させてもらいまして! ありがとうございました! きちんとお礼をするのを忘れていたようでして……!」


「えぇ? そうだったかしら……この前確か、会場で、何度も言われた気がするのだけれど……」


「い、いえーその! こういったことはアレですよ。何回でも言わせて頂きたいくらいです!」


「まぁ。ウフフ? でも。ありがとう。こちらこそ、楽しかったわ」


「それは、その……なによりです」


「ねぇ? マスター?」



 ミントは柔らかな笑顔をたたえながらテスタロッサに言う。彼は戸惑って、一瞬返事を返すのが遅れてしまった。



「えっ!? あ、あぁ。そうだね……」


「どうしましたか? マスター。ぼんやりとして」


「い、いやぁ。そんなわけじゃないさ」



 何故だろう? ミントはテスタロッサを茶化してくる。もしかして彼女は、先ほどのファーストインプレッションの時点で、彼はテイルの事が苦手であるのをすぐさま察したのだろうか? もしそうであったのならば、それは凄まじい洞察力だった。



「お、オホン! 僕だって覚えているよ。テイルちゃんだったかな? この前の演奏。見事だったよ」


「本当ですか!?」



 テスタロッサからありがたいお褒めの言葉を頂いたテイルは、まるで花が開花したようにパァーっと明るい表情をした。



「ありがとうございます!」



 そして彼に対し、またしても深く頭を下げた。彼女には、彼等テスタロッサ邸の面々は超一流の音楽一家という認識があった。そんな家の主から褒められたのだから、嬉しくないはずがない。まったくもったいない話だとすら思えているはずだ。だがそんな彼女の律儀な姿勢も、なんだかテスタロッサには大げさ過ぎて、またしてもなんとなくやり辛さを感じてしまった。それともそう思えてしまうのは、最悪な第一印象を引きずっているせいだろうか?



「あら? もしかして、テイルさんですか?」



 石舞台中央でハミングしていたローズが、その時初めてこちらへと顔を向けた。



「ごめんなさい? つい歌うことに集中していて、気づきませんでした」


「いえーい! こんちは~ローズさん! タンブルウィードの時はお世話になりましたー!」


「あらあら。そういえば、あの時。テイルさんは転がっていましたね」


「うぎっ、い、いやまぁ。えぇ……いやいやーでもウチはですよぉ? ちゃーんと歌の方だってですねぇ!?」


「うふふふ」



 ミントはテイルのコロコロ変わる表情を見て笑う。テスタロッサはそんなミントを見て不思議そうな顔をした。



「テイルちゃん? まだコンサートは始まりませんので、舞台に上がって、ローズとお話してきてはどうです?」


「えっ!? いえ、でもそんな……関係者でもないのに、『ワタシ』みたいなのが上がってしまうのは良くありません」


「その、関係者の私が。言うのですよ?」



 そして案の定、やはりミントはテスタロッサに目を向ける。彼はテイルが現れて以来、ドキドキしっぱなしだ。テスタロッサは両腕を組んで、ミントを見てからローズを見る。そしてテイルを見て、またミントを見て、テイルを見る。



「ふむ。まぁ、いいよ」


「ほんと、ですか? それじゃ、ちょっとだけ…………わーい! いえーいローズさーん!」



 演奏家にとって舞台というのは神聖な場所であり、テリトリーみたいなものだ。そこは部外者が気安く上がっていい場所ではない。もしテイルが当事者であった場合ならそう考えるだろう。だが彼はそれを了承したようだ……テイルはテスタロッサの顔色をうかがいつつも、恐る恐る石舞台に両手を置いて足を付ける。そして登りきると、はしゃぐようにしてローズの元へ駆け寄って行った。



「…………楽しそうですね。テイルちゃん」



 ミントが言う。



「子供は苦手かと思ってたよ」



 次いでテスタロッサは足を組み直しながら言う。ミントは彼にも、彼女に向けたような笑顔をして見せた。



「えぇ? テイルちゃんは、子供じゃありませんよ?」


「そうかな? まだまだ自制心に欠けるところがあると思うけど」


「マスターには、テイルちゃんが、まだ子供に見えるのです?」


「少なくとも。僕にはそう見えるね」


「私には、分かりません」


「いや。その……別に。ミントがいいってなら、いいんだ」


「そういえば、この石からも。不思議な力が出てるらしいですけれど、それも私にはよく分かりませんでした。もしかして、私は鈍感なのでしょうか?」


「いやっ!? そんなことはないよ……絶対に」


「ウフフ? それなら、よいのですが」



 どういう訳か、ミントとテスタロッサの立場は逆転してしまったように思えた。今やイニシアチブは彼女にあり、マスターであるテスタロッサを翻弄してしまっている。彼女は、ローズと身振り手振りを織り交ぜながらテンション高めに語り合うテイルを見つめていた。



「凄いわ……彼女は」


「ジェスチャーが上手?」


「違います」


「ローズと上手に話せてるってこと?」


「正解です」


「ふむ、当たりか。よかった」


「テイルちゃんは、相手が望むような出方を、すぐに返せるのよ。私にも。マスターにも。ローズにも」


「そういえばミントと話してた時、自分の事を『ワタシ』って言い直してたよね。僕としては、そう分かりやすく態度を変えられるのは、鼻に付く感じがしてあまり好きじゃないかな」


「それほど、マスターの事を。とても偉い方だと、思っているのですよ」


「まぁそうなんだろうけどさ。いや、ミントにだって、使っていたよ」


「それは、えぇ。実は私も、そこまでして欲しくはないのですが……でも。私は、悪い気はしませんよ?」


「ふぅん……」


「それに。彼女の住まうお城では、上下関係がとても厳しいと、本人から聞いたことがありますので……きっと、上の者に対する接し方を、彼女は分かっているのでしょう」


「あそこの転生悪魔さんだろう? あの変な名前の彼。なんて言うのかちょっとド忘れしちゃったけど……正直、あんまり関わりたくないんだよなぁ。まぁ、付き合いで、しょうがなくやってるけどさ……」


「まぁ? だめですよ? マスター。そんな事を言っては」


「まぁ、うん。そりゃそうなんだろうけどねぇ……」


「それに、もしあの方が変わり者だったとしたら。テイルちゃんは、こうも素直な性格になるでしょうか?」


「それはどうかな? 親はいずとも子は育つっていう格言を知っているぞ? 逆にほら。反面教師にしてるとか」


「それでは、なぜテイルちゃんは、あのお城に仕えているのでしょう? 彼女以外の方達だって」


「単純に行く場所がないからじゃないかな? 卿が統括している地域は超危険地帯だとかなんとかで……まっ。良くは知らないし、僕にとっては関係のない世界の話だから、どうでもいいけどね」


「意地っ張りですね。マスター」


「うるさいなぁ」


「あら。うふふ……」



 珍しく誰かをディスるマスターを見て笑うミント。彼は気づいていなかったが、彼女はその時、テスタロッサがつい口に出してしまった何の打算もない純粋な自分の考え……たとえそれが愚痴であろうとも……それを聞けたのが嬉しかったのだ。(テスタロッサ卿は永久大公であるわいにゃん様と直接的な面識がなく、人伝いに聞いた噂話しか知らないため、そんな風に思っているのではないだろうか。いやそうに違いない。彼には悪いうわさが絶えないのは当然で、事実としてその噂話の大体は本当の事であったろう。ゆえに卿がそう思うのは当たり前であり、普通の事だと本人だって思うし、別にそう思われているからといって何も思うことはない。しかし。しかし言い訳させて貰えるならば、彼は身内以外の者に対してしごく一般的な対応をするし、彼の職業上、他者を想い、尊重する心はむしろ誰よりも強い。爵位の有無に関わらず、真面目に接しようとする心が相手にもあるならば、彼は絶対に一歩下がった律儀な態度を取るはずだ。卿を前にした、今のテイルのように……残念でならぬことは、テスタロッサ卿はそんな彼の律儀な態度を一度もその目で見たことが無いことである)


 それから彼女は視線を外し、テイルとローズを眺めた。



「……私も。テイルちゃんみたいに。素直に----」



 ただ喋っているだけなのにも関わらずテイルは無駄に動き回るため、彼女のツインテールは絶え間なく揺れ動いている。ミントは目を細めながらそれをじっと見つめる。



「……思ってることを……表現できたらいいのに……」


「…………」


≪できるさ≫



 テスタロッサはそう言ってやりたかった。そして、本来ならその言葉は喉の奥で止まってしまい、口の外には出て行かないはずだった。それは彼の自制心によるものであり、彼女に気休めなど通用しない。そう思うところがあったからだ……しかしどうだろう? そんなちょっとした些細な言葉は、不思議なことに。彼がミントの見ているテイルを自分も見ていた、その一瞬の隙を付いて、彼の口からこぼれ出したのだ。



「できるさ」



 それにはテスタロッサ自身が驚いた。キザったらしい、なんとも自分らしくない言葉だ。それを聞いたミントは、下を向いて石舞台を撫でると、上を向いて太陽を仰ぎながら返事を返す。



「そうですね……」



 本当にそうであったらいいのに。いつものミントであればそう思っていたはずだ。しかし、なぜか。今だけは、本当にそれができそうな気分になっていた。とても不思議な感覚に彼女は包まれて、ぽかぽか心が温かい感じがする。そういえば今気づいたのだが、彼女はこの石舞台から不思議な熱を感じた。これがミュンミュンの言っていた安らぎのオーラなのだろうか? どうして今更これを感じ取れるようになったのだろう……


 ミントはもう一度、暖かな石舞台に手を置くと、髪を揺らすテイルを眺める。それから、今の気休めに反応を返した自分を不思議そうに見つめていた、マスターの顔を覗き込んだ。



「……どうかした?」


「いいえ?----」



 ミントはその時、自然に笑みがこぼれていた。自分も気づかないうちに笑ったのはいつぶりだろう?



「なんでもありません」



 なぜかニコニコと笑うミント。


 テスタロッサはそんな彼女を見て不思議に思ったが、とにかく元気が出てきたみたいで良かったと素直に思う。だが……その兆候となったのが、第一印象の悪いテイルであったと思うと……なんとも悩ましいところだった。

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