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花姫  作者: タナカスズ
9/10

上 第六章「連中」

「全然違う」

 呟く。隣で見守る水蓮を向き直り、

「全然違う……」

「同じことを繰り返しに言わなくても分かるよ。言っただろ、八割がた入れ替えって」

「だってさ、これ――」

 きわめて簡素な一枚鏡に映るのは、メリイの見知らぬ顔。見知らぬ肉体。水蓮お仕着せの浴衣を脱ぎ、全身を映し出している。裸身だが何の穢れもない。

「信じられない……」

 デザインの方向性としては、年齢相応の肉体の完璧な黄金比より少しだけ骨格を強調しており、痩身ぎみだ。鎖骨やあばら骨が見て取れるし、皮膚そのものは触れれば吸い付くほどやわらかいが、総じて薄皮であり、どこか清貧だ。下半身や腕には細身ながら筋肉もあり、色は白より白い。視線は顔に至り、作りこまれた人形どうしが鏡越しに見詰め合う。

「そばかすがない」

 また変な発作が起こり、

「そばかすがないよ、水蓮」

「あのさ」

 水蓮はうんざりしたように首を傾げてみせ、

「どっかの会社が、だよ。飛びっきり素人向けの綺麗な人形を注文するとする。その顔にそばかすを付けてると思うのかい……」

 そいつはかなりマニアックな趣味であって、企業お仕着せの標準仕様じゃない。もちろん街場を生活するのにそばかすの有無なんて屑ほどの違いも生まないけどさ、と付け足している。

「私のそばかす……」

 鏡の中で人形が残念そうな顔をする。歯が真っ白で小ぶりで、並び方も完璧だ。まるで八万年後の科学文明が作った新手の芸術みたい。頬や額には黄色のマスキングテープで何かの微細ガラスやら仕上げのグリスやらがとめてあるけれど、それきり。この顔の良くできていることと言ったら。眼球は触れれば壊れるガラス細工のようで、明るい血の赤。かつて林檎色と評されたメリイの瞳は、より紅く華やかな色になって戻った。髪は前よりずっと長く、明るく淡い茶色になっている。それも四十通りもの彩色作業をやったあとみたいに複雑な色合いをしており、無限通りに反射する。控えめに、だが全体としては比較的大胆に見えるようにウェーヴがかけられており、今から王様とお喋りでも始めそうな上品さ。

「妖精みたいだ……」

 水蓮は背伸びして、

「人形って言葉は知ってるのかい」

 うん、と頷く。すっかり鏡の自分に見とれながら、

「知ってるともさ。金持ちが連れてる人たちで、美容外科手術の塊。女の子なら名前くらい知ってるよ。凄えや、一本いっぽん職人が作ったみたいなまつ毛……」

 自分自身のまつ毛を、水平に伸ばした人差し指で上下に弾いてみる。長く繊細な手触り。素晴らしい。

 水蓮はふん、と鼻で頷き、

「よし、顔合わせはこれで終わりだよ。服を着ちまいな」

 メリイは渋々付いていくことにした。鏡の中の他人みたいな自分が愛おしい。脱ぎ捨てた浴衣をもう一度身に付けるが、腰周りの紐のことは水蓮が世話をしてくれた。

「ま、あんたの部屋には鏡を置いといてやるから。一日中でも眺めるといいよ」

「でもどうして、こんなことになってるわけ。誰か分からなくするだけなら、もっと安上がりにできたはずでしょ……」

 そう言ってから、それならばとこの素晴らしい手術を撤回されるのではと恐れてしまう。水蓮はメリイの頭をぽんぽん叩いて、

「理由はいくつかある。まずは州間高速に乗って、多車線のとこで仲間のトレーラーと合流。移動式の支部。そこで頭領と話してもらう。あたしらの予定だけど、さしあたっては、飯だ」




 窓の外は白い理想郷で、一世紀も前の捨てられた夢の街だった。街の全体に及ぶ基本概念は美しい水晶の白、高速はニュウ・テク東部の高層建築の合間を縫う、総計数百車線にも渡る無意味な装飾。

 懐古的未来主義。つまり白い宇宙服を着た連中が無意味な技術の行使に溢れる水晶の高層ビル街を出、役に立たない主翼付きの自動車でドライブするための道路。

 天使の街では空を埋め尽くしているあのホロ広告の雑多な群れもなく、灰色の死んだ極高層ビル群もなく、欧州連の流行に対して意図的な遅れを取った意匠や、経済格差によるいびつで込み入った雰囲気もない。窓越しに見上げれば空は純粋に空で、秋の気の遠くなるような遠さが寂しさが、非人工物的な絶対さで突っ立った、水晶の塔群に寄り添われている。開け放した窓から吹き込む空気すら感傷的な静けさで、道路を並走する車両たちは、現実世界から夢の国に迷い込んだように不釣り合いだ。

 隣の座席では付き添いの女が眠っている。寝息は細くか弱い一筋。どことなく洗練されているけれど、甘い眠りだ。

 ニュウ・テクというのは、天使の街に直接的な起源を持つ唯一の学術地帯だ。それ以外にもこのあたりにはそういう知識階層のための街はたくさんあるけれど、その始まりは他のもっとまともな土地だった。窓の外を流れてゆく景色はできるだけ白に統一されており、ニュウ・テクの幾つかの条例の中でも有名なもの。何割を白一色にしなきゃいけない、というやつで、例えばコテコテの油田施設なんかだと、申告書を出して許可を貰わなければ、あの無粋な見た目というのが絶対に違法ということになる。

 自動操縦の六輪トレーラは、黒塗りのコンボイをどこかの技術屋がボコボコに改造したものだった。それをそのまま買い取ったのが中古屋かつ乗り物貸しの中国人で、今度はローズが、それをそっくり買い取った。今日の朝のことで、現金支払いだった。航空アルミのケースから灰色の札束を出さねばならなかったけれど、全責任をゲイル署長が負うと言ったのだから、それなりに信用はしてもいいはず、とローズは踏んでいた。彼は街場の商売に関わっていた人間なのだ。義理というものが持つ効力は知っている。

 目の前で、ハンドルが静かに回っている。自動演奏のピアノを見つめているのと同じ気持ちになるけれど、まるで自分が知らないうちにこれを運転しているみたいで、どうも薄気味が悪い。自分が二重になったようだ。

 ローズの出で立ちは、州間高速沿いのモテルに絶対よくいる感じの、安っぽい新品のツナギを腰までで着て、上半身はぱっとしない黒のタンクトップ。首には金のチェーンをぶら下げておく、という味付けもある。運送屋の若い娘になり切って、新興芸術群の検問を抜けた。巨大なトレーラ部分にはコンテナで、嘘っぱちの放射線測定結果を出せるように電子的な細工をしてある。検問管たちは大量の小麦類と密造酒を見たはずだが、実のところコンテナ内は丸ごと本当に危ない機材だらけで、移動式の小型基地だった。国家機関の最高峰というものは、実のところ自国の他の機関をも脅威と見なしているものなのだ。テロリスト並みに。

 遠く天使の街の中心部、極高層ビル群の鋭い銀灰色も見えるけれど、このあたりの病室的潔白さを透かしていると、ヤボったい想い出の建築物のよう。高層町なんて、おとぎの国の迫害された街のよう。

 ローズが運転手なら、隣の女は道端で拾ったヒッチハイカーあたりだ。

 今は女は眠っている。動きやすそうな格好をしていて、スニーカーはご丁寧に砂まみれ。ホットロッドであることは明らかで、こちらのスキャナが読み取れない深さに大量の埋め込みが隠れているのも分かる。聡明なコルク色の髪は肩まであって、その基本はローズと似ている気もする。いかにもゲイル署長が信頼を寄せそうな類だけれど、政府官僚の標準支給品のような含みもある。この女はローズが不得手とする範囲の戦闘経験を補助するもので、ゲイル署長は言ったものだ。

「狙撃なら素直にこの娘に頼むといい。今から大統領だって殺れる」

 首を振る。

 ニュウ・テク、新興技術群。あの情報空間の祭壇とも緩やかな繋がりがあるとされており、様々な研究機関や冒険家たちが、その線を睨んで入出力ジャックに自分の脳神経を繋いでいる。

 ローズはニュウ・テクに出入りするのはほとんどこれが初めてみたいなもんで、つまり、ちょっと立ち寄ったことはあるのだが、本当に仕事の拠点までここになるということが初めてなのだ。

 思い出すのはゲイル署長の寄越した二枚のスティック。本部に近いコーヒー屋で往来を観察しながらだった。ローズは専用の変換器を首筋の挿入口に差し込んでから、そいつを再生してみたが、スーツ男たちの往来、秋に備えて緩やかに変化する天国市民の服装の往来が、少しずつぼやけ、消え、情報流の激しい滝の中でじっと目をつぶる。少しすると全てが飲み込め、目を開く。

 片方はニュウ・テクの基礎的な知識と、そこから始まる気の遠くなるような細分化の過程で、あらゆる地理と歴史と、構造と政治経済が脳裏をよぎる。ローズはそれらを要約し記憶した上で、改めて電子情報のまま埋め込みの記憶媒体に落とした。いつでも取り出せるようにはしておくが、できる限り自分のカンが届く距離に置いておかなければならない。今やあらゆる職業的確認を繰り返す段階だ。

 もう一つは任務の概要で、幾つかの企業勢力図と、ここ二カ月の財閥の動向。政略結婚があり、誰かが原因不明の狂信に没頭し、直接的な行動に出た。しかし背後には相変わらず曇り空があり、結局誰もが自分の職業に忠実に生きているというだけ。気になるのはサイバー的カルト信教から降りてきた幾つかの単語で、それらがグウルゥやジンだ。そこに空軍の極秘計画とステルス機の設計図が絡むのだが、ローズにも飲み込めてくる。これは、街場が転機にあるときに必ず味わう違和感なのだ。絶対に今まで、この卓には現れなかった現象が、固有名詞が突然存在感を増してくる。何度かローズは経験している。今にして思えば、あの侍たちだって、初めはカルトと見なされていたのだから。




 情報祭壇は、情報空間のある一角を占める所有不可能な現象帯で、そこには低次の人格ともとれる意思決定性が発生し、いつからか街場の情報通たちは、彼らのことをグウルゥと名付けている。これはかつて流行ったサイバー信教の一つが持つ、でくのぼうの巨人が情報空間を闊歩するという言い伝えからのもので、高度な軍事用の人工知能に比べれば非常に低い知能しか持たず、それでいて自然発生体であり基本的に何かを一心不乱にやっていると取れる外見から、そのような名前が付いた。グウルゥは確かにでくのぼうであり、突然現れては無意味なデータ流の書き換えや、ちょっとした迷惑沙汰を起こす。彼ら、と呼ばれるのは、それが幾つかの個性を持っていることからであり、確認されているだけでも数十種の個体がある。もちろん、同じ性向を示すものが同一の個体であるという仮定の上でだ。これは情報空間のプログラムの話なのだから、焼き増しや削除、移動だって容易ではあるはずだ。しかし、それは物好きの数ある論争の一つに過ぎない。しょせん情報が少ないあまりに、そうした議論は意味をなさない。

 重要なのは、この実体を持たない生命体が、どんな障壁でも透過できる事実上最高のウイルスプログラムだということだ。彼らはある銀行の納税記録をおかしくするのと同じ頻度で、軍事施設や官僚連中の引き出しからも危ないファイルを持ち去ったりする。だから世界中が、彼らを本格的に捕まえてバラしたがっているのだ。この透過性が商品化されたら、あるいは核兵器どころではない政治戦略的価値を持つことになる。

 グウルゥが多少なりとまともな目的を持ったハッカーと違うのは、盗むことや書き換えることに大した意味が見当たらないことで、例のステルス戦闘機の設計図は盗まれたが、それがどこかに漏洩した様子はない。それをどこかの闇市場に売り出すなら、相当の金になることだろうに。

 情報空間に繋いでみても、グウルゥはただの西部農業機構の調査プログラムか何かみたいで、サイズは大きくのろまで、ちょうど調査プログラムがゆるやかな冗長さで描くような走査曲線を描いている。それが、たまたま寄った空軍のサーバの隔壁をすり抜け、出ていくときには冷や汗もののファイルを抱えていたのだ。高級な国際級ジャックが軍事ソフトウェアでちょっかいをかけてみても、グウルゥはやはり透過してしまう。

 結局のところ情報祭壇とグウルゥについては、何の成果も得られない学術調査に代わって、企業高層部のブラックボックス思想がにわかに熱を帯び始めている。つまり、その正体を探ることよりも、彼らが落としていく脳への直接書き込みであるジンを回収し、何年分もの進歩した技術特許に変えようというのだ。今やジンを書き込まれた人間の発見例は増える一方で、各企業の執拗で驚くほど忍耐強く、また激しい情報網がそれらを追い続けている。経済に転々と歪みを打ち込むのは、何も知らされていない市民であり、グウルゥの気まぐれに今のところ十分な説明は与えられていない。




 侍たち。

 ローズがあの横井ビル占拠事件で最後に見たのは、窓の外側にすくと立ち、こちらを見つめる女の姿だった。それは点滅し、何度も光学的処理を受けてから突然、消える。白装束。風に揺れる長い髪は金で、寒気のするような静かな瞳は、空色の青。

 あれは侍の女だ。複雑な言い伝えと都市伝説との狭間に、確かに存在する街の侍だ。

 侍たちは明らかに情報祭壇から漏洩した幾つかの時代錯誤な技術の上にあぐらをかいている。ゲイル署長はあの侍たちのように、ブラックボックス技術を手中に収めたいのだ。そして北米警察機構対テロ科を、“ルーツ”の助力なしに戦える組織にしようとしている。

 しかしローズは想う。あんな化け物を少なくとも三人は味方にしている連中というのが、自分のような生身の人間でどうにかできるのだろうか。最高峰の武装チームがのんきにエレベータシャフトを昇っている間に、彼らはまともな訓練を受け、経験も豊富だったテロリスト連中を全て片付けたのだ。

 ダッシュボードの簡素な電子時計を確認すると、集合時刻まで二時間ある。トレーラはニュウ・テクの使われていない倉庫街を目指している。今日そこに集まるのは、あらゆる業界からゲイル署長が選び出したチームだ。

 少しも予測の付かない事態に迷い、目をそらせば、遥か高くに、あの静止軌道吊り下げの塔が伸びている。

 ローズ自身の想い出は、もはや記憶でしかないけれど、故郷の東京。積層六角形の王朝。あそこは神の国で、支配的な右翼思想とは全く切り離された階層では、民主的な技術立国でもある。疲弊した経済に上乗せされた、少なくとも二度の戦争であの国は立ち直れなくなり、事実上国民が総て難民という状況になった。さすがにそれを放置できない国際社会の圧力で、あの荒廃したメトロポリスは作り直され、のどかな崩壊後の世界に、少しずつ世界的に主流だった経済ビルが立ち並び始める。それらは、ちょうどニュウ・テクに近い規格の建築群で、今でも現地に行けば、歴史的資料として保存されているものを見ることができる。六十年がかりで国は再建され、情報空間が幅を利かせ始め、天使の街が今の様子になるころには、地球の反対側では東京の積層六角形が完成し、半球技術経済の象徴になった。

 少女だったローズが生まれ育ったのは積層六角形の最下層に通じる下町で、広大な地下空間での独自の文化と、全てが人間離れして高級に仕立てられた上階の文化との狭間には、かつての崩壊後の退廃を色濃く残した生活があった。

 そこでは窃盗や暴力こそないものの、ゆるやかな貧困に苦しむ家庭生活があった。地上というよりは地下空間の屋根にあたるその階層には、上層の下水が流れ込む深い用水路があり、それを金属板で見えないように覆った上に、綺麗で透き通った観賞用の水が流してあった。高層町にも採用されている人工河川の、より原始的なものだ。人々は使われなくなった旧高架道路にも上水を流し、それらの上水網を交通の手段にしている。あの国の都市に、自動車だとか六脚を停車できるような広いスペースは存在しないに等しい。

 ローズの髪はかつてブロンドではなく、波打ってもおらず、体内に三百種類の埋め込みもなく、八十パーセント以上の代替の肉体を提供されてもいなかった。そして銃の扱いも、あらゆる構造建築物内での戦術も知らず、戦争少女に特有の嗅覚も持たなかった。機械工の父親と経済人で外国人旅行者の母との間に生まれたが母は消え、仕事に付きっきりの父に会うことも殆どないまま、ローズは新しい母親と二人で暮らした。今にして思えば十分にありきたりで平凡な、平均的下層市民の生活だ。混血に対する軽度の差別と、自分の実の息子ばかりを贔屓する母親の冷たい態度とをめいっぱい味わいながら、少女はやがて十二歳になる。

 あの国は表向きには右翼思想が勝利しているから、例えば公的な教育機関にもその支配力の誇示というのは見て取れる。国家に有用な特殊な人材を見つけ出すための早期テストが定期的に行われるのだ。ローズは神経系の相性が非常によく、軍事的な訓練を受けるのに必要な忍耐力に恵まれていた。それは一見して分かるものではないが、高度な試験によって明らかにローズが育てやすい人材であることは分かった。

 白衣とガスマスクの医師たちの拍手。

 真っ白な蛍光灯が四方から照らす除菌室で、ローズは下地手術を受け、それが成功した。家族は娘を取り上げられたことを嘆かなかった。彼らは娘を国家に提供することで受け取る大金に興味を示し、腫れ物でしかなかった前妻の娘が消えたことによる解放感に思わず笑みを浮かべた。

 何かを憎んだりしないのかと聞かれたことがあるが、答えは簡潔に言ってノーだった。消すべき相手を消すとき、引き金を引くことは純粋に心地よく、清々しい満足感を与えてくれる。それが戦闘時の命を風にさらすような緊迫感の中で、強い衝動と分かち難い生の充足になる。憎しみで何かを殴ることはなく、撃つこともない。答えがノーだった理由を、後になって同僚はこう分析した。それは、憎むべき相手を憎まずに生きてきたからだ、と。そういったある種の受容性がまた、戦争少女としての彼女を様々な点で有利にしているのだと。




 二人はテーブルに広げられたジャンク類を適当に選んでつまむ。メリイはそれなりだけれど、この水蓮という女の食べっぷりの荒っぽさときたら。期限切れの食料を廃棄処分にするみたいに、次から次へと食べ切ってしまう。それにさっきから、喉が渇いて水でも飲むみたいに国産ウイスキーを飲んでいるし、それであの重たい瓶が二本空になり、今は三本目の途中まで飲んでいる。それなのに彼女は酔った風ではなく、水を飲んだあとみたいな顔をしている。恐ろしいのは、そういうことをすごく平気な顔をしてさりげなくやってのけるところで、食べるにしたって、ゆっくり食べてるらしいのに本当はすごく速いのだ。

 それにさっきから、部屋の外の廊下でずっと待ってる大男も気になる。見るからにタフガイっぽいスポーツ屋の格好をして、たまに円筒形の照準装置付きの拳銃と、小ぶりな野戦ナイフをくるくる回していた。驚くべきことに、彼は一度もその芸でヘマをせず、常に完璧に美しい形で一連の動作を終える。かと思うとジャンパーのポケットに手を突っ込んでガムを噛み続け、やがてまた、思い出したように始める。こちらが逃げ出すことを考えているのだろうか。

 メリイが見たところ、この広い部屋もやはり、理想化された典型的な家庭だった。広い窓の外には相変わらずの砂漠が広がっている。

 水蓮はここのことを死んだ町と表現した。今は住民はおらず、誰かが時おり無許可の数日を過ごすだけ。西に二十キロで栄えた公共開発のせいで、人々はわざわざここに留まって不便な生活を送る必要がなくなったのだ。砂に埋もれた町もあるが、こういう砂漠地帯には一時的に居住するのに便利な町がたくさんあるのだという。少し高いが、こういう死んだ町を登録した地図も、売り手を探せば見つかるらしい。

 何かとても厚みのある肉と野菜のサンドイッチを飲み込み、水蓮が出してくれた混合フルーツ味のドリンクを流し込む。

「ねえ、水蓮」

 メリイは耐えかねて質問した。

「何であんた、そんなに飲んでるわけ。酔っ払ってはない、みたいだし……」

「そりゃ、効かないもん。この忌々しい喉から胃までの過程はね、メリイ。アルコールを綺麗さっぱり分解して、匂いすら残しちゃくれない。でも喉を通すときの感覚は好き、だとしたらこうやって飲むことになる、だろ。納得したかい……」

「気に入らないのに、何でそんな体なの」

 そのあたりを指摘して欲しかったらしく、水蓮は嬉しそうに笑い、

「もっと別に気に入る点があるから、渋々使ってやってるってとこだね。あんただってそういうこと、あるだろ……」

「古いもの」

 散らかった自分の部屋を思い出しながら、

「古いものは、不便。でもすごくいいものだったりする」

 水蓮は頷いていたけれど、何かを言ったりはしなかった。でもそれでメリイが不満に思うことはない。多分この女は、メリイが言ったことの意味をメリイ以上にちゃんと分かっているらしい。メリイのほうに飲みかけのウイスキー瓶を見せて、

「飲むかい」

 笑いながら首を振って、

「私、苦手なの。飲むにしても薄めなきゃ、すぐヘバっちゃう」

 瓶は水蓮のほうへ戻る。水蓮はそれでも引き下がれないらしく、

「言うなれば、さ。黄金を飲むようなもんよ。こいつはマジだぜ」

 メリイは眉をひそめる。そればかりは信用できない。

「そういう気分になれるわけ。薄めるだけ金の純度も下がるけどね」

「私まだ子供よ。こっちじゃ、子供はアルコールを飲んじゃいけない。でしょ。警察には専門の建物まである。確か、煙草もだめだった」

 それは母親がいたころに聞いたはずだ。父親に何かの酒を勧められて、やぶさかでなかったメリイとの間に母親が割って入り、制止したのだ。次に思い返すのは高層の鉄材に彩られた生活であり、あらゆるところを埋め尽くしていた広告の貼り紙。ここには、そういう陰りがない。高層町は朝でも夜でも、どこか薄暗かった。こんなふうに完全な空なんてなかった。それより以前の記憶は断片化しており、母親と関わるものが急速に薄れている。

「そいつらの仕事ってのはね、大半が酒と煙草以外の酷く退廃な代物を糞餓鬼に掴ませようっていう、輸入屋を血祭りに上げることなんだよ。そういう連中が、最近じゃあんまり安いって理由だけで少年兵だって雇うんだぜ、もちろん極秘裏に」

 水蓮は初めから気にかけていないものを、あえて儀礼的に気にかけている、という風に小声で、

「それにあたしだって十九だよ。あんたと一つ二つしか変わらない」

「あら、そうなの……」

 メリイはささやかに目を見張る。正直に言うことにした。

「あんたは、二十いくつだと思ってた――」

「よく言われることだよ。侍ってのはそういうもんなのさ。見た目が若くて中身は年寄りだと思われてるけど、本当はその逆かもしれない。年寄り爺の皮をかぶった若手だって大勢いるんだよ」

 水蓮はまた瓶を傾けて、

「ま、この体、見た目だけは歳相応に作ってあるはずだけどね。みんながあたしを年寄り呼ばわりすんのはさ、あたしが面倒くさがりで飲み助だから。それだけのことよ」

「あんたが面倒くさがらなくて、酒も飲まなくたって、私はあんたを十九だとは思えなかったと思う」

 水蓮の真っ白い手が瓶を置いて、細い鼻筋をぽりぽりとかく。

「いずれにせよ、あたしを一人前の大人だとは思わないこった。あたしゃそのへんのガキ同様、手が早い。生粋の天使人なのさ」

 しばしの食事を終えると、部屋の外で待っていたあの男を呼びつけて、どうやらお頭と話を始めたらしい。水蓮が男から借りたのは、黒い登山用通信機に盗聴防止装置を三種類もテープどめした代物だった。

 男は水蓮とメリイの食べ残しから好きなものをつまみながら、

「ヤニ・クロエ。スオミ人だ」

「何、どこ……」

「フィンランドだよ。知らない?」

 メリイは答えられずに、ぼんやり首を横に振る。アルミニウムの密封包装から伸びる透明チューブで、無重力用のスポーツドリンクを飲んでいる。何か栄養薬物らしい鋭い芳香と、どろどろの糖分。味付けは、これがメリイの勘違いなら嬉しいのだが、たぶんバナナ味。それにしても、こんなものをどうして置いてあるんだろう――。

 ヤニはメリイの無知にもにこにこ笑ってみせ、

「そうだな、まずすごく寒い。それと曇り空が多い」

 この大男は明らかに男性向け美容チェーン店のどれかで髪を脱色しており、長過ぎないが短髪というほどでもない。体格は培養筋肉で武装しているが、顔つきから察するに警官の出だろう。爽やかに笑うし、あくまで人生そのものを気軽にやっていることを、身にまとった低温の雰囲気で伝えている。夜勤警備で不良少年だか酔っ払いだかを二、三人かついで帰ってきて、部署持ちの警察犬に餌をやっているような手合い。休暇には女房に会うか、警察犬と朝のジョギングに出る手合い。秋の公園で、物知り婆さんといつもの挨拶。ま、それはメリイが知る幼少時代の記憶から編纂したイメージに過ぎない。

 彼の出身が寒いところだからなのか、彼が言う通りに曇りが多いからなのか、その肌はかなり白く、目は埋め込み付きの赤だ。メリイには売り物の林檎の色に見える。

「でもさ、それっていいことじゃないよね……」

 ヤニは見るからに嬉しそうな顔になり、

「そうとも。みんな故郷の気候について、悪口ばかり言うんだ。でも本当は誇りにしてるんだろうな。だって、おれもそうだからな」

 と、遠目に故郷を見るようだ。食事用の銀ナイフを手に取ると、さっき見せてくれた芸の片鱗をちらつかせながら、

「君とはしばらく付き合いがあるかもしれないから、少し話しておこう。おれはフィンランド空軍の落下傘部隊の出なんだけど、でかい汚職の代理戦争に噛まされて、触れりゃ火を噴くような戦地に、上層の体裁を守るために送り出されたんだ。負けるのが分かってても戦わなきゃいけない、みたいな発想だよね。向こうさんは最新鋭でガッチリ武装。それでおれたちは、ソ連製の対空レールガンに輸送機をやられた。機体の右側前半分が千切れるのをこの目で見たぜ。でもどうしてか助かった。ヴィオラがね、私兵を送り込んだんだ」

「待って。そのヴィオラっての、知らない」

 ナイフが一瞬静止し、

「あれ、聞いてないのかい?」

「うん」

「そっか。ヴィオラってのは我らがボスだよ。君が会ったあの犬」

「あのおかしな趣味の人……」

 ヤニが困ったように笑い、

「そうだ。とにかく、政治の歪みに巻き込まれて、どっかの豚どもが数週間安心するためだけにおれたち落下傘部隊は殺されかけたんだな。ヴィオラはそういうのに鼻が利く。そういうのに目がない」

「てえと――」

 あの犬の姿が思い出される。可愛らしい犬なのに、歩き方はどこかの大物らしくゆったりとしており、話し方も私利や一時的な感情といったものを十分に統制しているようなところがあった。ヤニは続け、

「彼は理不尽さに切り込む。おかしな形の不幸に切り込む。そしておれたちは、一度命を救われた代わりに、彼の下で働くことを提案された。ヴィオラやその組織の存在を漏らそうとすれば確実にバレる。おれ自身、情報屋に安全性を確かめようとして、侍二人に脅されちまったよ。彼が面白いのは選択の余地を与えるところなんだ。実際に、組織に入らず今も平和に祖国で暮らしているやつだって大勢いる。もちろん変な動きをすれば、侍とお話しすることになるけど」

「私も逃げ出そうとしたら殺されるの……」

 ヤニが肩をすくめる。

「そりゃないぜ。君にはもうたっぷり金が掛かってる上に、物凄にでかいヤマが絡んでる。そうでなくたってヴィオラは平気で人を殺さないし、君をメチャクチャにぶちのめして連れ帰るだけだ。次に逃げたら殺すって言うだろうけどね、それだって真意はどうだか」

「でも私、別にあの人の下で働きたくないし……」

 ヤニのナイフ芸は終わりを迎え、その締めは一閃の投擲だった。どうしてかジンのせいで、メリイにもナイフの道筋はよく見えてしまう。

 ナイフは、ヤニの代わりに外に突っ立って、通信を続けている水蓮に向かっていた。まっすぐですばやく、音もない。

「君は働かない。保護される。生きてトンズラしてくれればそれでいい」

 メリイの視線の先で、水蓮がナイフを受け取っていた。人差し指と親指で、まるで小さめの布でもつまむみたいに持っている。水蓮はこちらを見向きもしない。水蓮はナイフをぽんぽん投げるが、芸というほどでもない。はじめから持っていたのを、ただ持て余しているだけに見える。

「世の中には化け物みたいな侍が大勢いるわけだけどさ、メリイ。水蓮っていうあの女の人は、たぶんトップクラスにヤバい。だから君は安心していい。ヴィオラが君の保護役に付けたのは、あの水蓮なんだから」




 ヤニは前触れもなくナイフを投げたことを酷く怒られていたけれど、言葉のどこにも本当の怒りに近いものすらメリイには見出せず、水蓮は仕方のないことだと思っているみたい。

 いかにも燃費の悪そうな、頑丈な六輪装甲車だった。死んだ町の別の場所に停めてあったもので、ヤニが運転している。乗り込むまでに時間がなかったから、その外見を捉え切れてはいないが、とにかく四方八方が暗い虹色を含んだ鉛色の装甲板でできており、走るときの音が抑えたように鋭く静かだ。水蓮が軽口みたいに言っていたけれど、この車には少なくとも八種類の重火器と各種レーダー類が積み込まれており、ほとんどの基本的なゴロツキが相手ならまず命は安全だというのだ。

 車内には低く唸る駆動音が鳴り響いている。

「さてと、ちょっとばかり話をしておこうか。人形ってものについて」

 水蓮が話し始めた。

「てのは、あんたがそれになっちまったから。そこんとこ、お分かりなのかい……」

「うん」

 水蓮の着物は、メリイが借りている浴衣の何倍も綿密に作りこまれた布でできている。金箔の絵画がうっすらと全体に描かれており、彼女の髪の色とまったく同じだ。とても明るいのにふわりと柔らかい。心底不安そうに、水蓮が耳の少し上のあたりをぼりぼりと引っ掻く。

「人形ってのは、金持ちのもんだよね」

「うん。そうだと思う」

「肝心なのは、人形ってのを連れてる理由なんだな。この手の美容外科手術ってのは、ブランド名が関わるせいでとんでもなく高くつく。それこそ、金持ちが人形を幾つも作る理由でもある」

「でもさっぱり。あいつら、頭に使い切れないお金が詰まってるか何か――」

「よく聞くんだよ、メリイ。あんたのジンと、その殺人マリオネットまがいの体が組み合わされば、とんでもないシステムになる。金持ちどもは昔から命が危ないと相場が決まってる。何万人に付け狙われてるか、分かったもんじゃない。それで身の回りにはちっぽけな軍隊なみの護衛を付ける。必要とあらば複数のポイントに狙撃兵を配置して、メガに武装したソ連だかサウジだかのヘリも飛ばす。周囲の交通状況とか検問の情報を部下に握らせて、妙な車輌、たとえば戦車だの対空ミサイル満載のトラックだのが混ざってないか、ミリ秒だって目を離させない。そして自分のすぐそばには黒スーツを着た、べらぼうに切れるヤツらを配置するんだ。八十メートル先で隠れてる追っ手の下着の色まで当てちまうような連中よ」

 メリイはあっけに取られて、うんうん頷くだけだった。水蓮はゆっくり話してくれるけれど、いきなりビジネスの話なんだもの。でも聞く価値があるらしいし、何たってこの人を怒らせるのは絶対に得策じゃないと、ジンなしに分かるし。

 水蓮は続ける。

「そいつらってのは、中国のどっかのとんでもない山ん中に手作りの寺院をおっ建てて、朝から晩まで指一本でコンクリと戦ってるようなトンチキどもなんだよ。つまり、宇宙一強くて、絶対に敵には回したくない怪物級。でも見てみな」

 と世界を示すように、邪魔くさそうに手をひらひら振って、へっと息を吐き捨てる。

「世界には技術が溢れた。訓練や経験が必ずしも物を言えるわけじゃなくなってる。筋肉なんて買えばいいし、人間より素早く狙いをつける照準管制装置も作られてる。ま、相変わらず、アナログな実地やカンってものは、なくちゃお話にならないわけだけどね。とにかく、だよ。金持ちどもを相手に護衛の兵隊なんかを作る企業ってのが、ホットになってきた。それすら昔のことだけどね。それに山中修行組は、相変わらず冗談抜きな値段で売れるし。まだソフトまでは自由自在じゃないってことなんだ。そしてコストと内容とで、うまく均衡が取れてる。さて」

 目の前に人差し指が立っている。水蓮は楽しげだ。

「これとは別に、件の美容外科手術ってのが、これまた皮下注射だの骨格の取っ替えだのの開発で売れ筋になった。金持ちは夜のお供だか、ちょっとした観賞用の秘書なんかにそういう手術を受けさせて、少しでも自分の持ち物を綺麗にしたがった。ここに目を付けた企業側は、大衆向けの商売とは別に、金持ち専用の恐ろしい文化を考えたわけ。高級車や住宅、古美術なんかよりずっと値が張って、しかも他人と競いやすい。始めは秘書が多かったな。いつも連れ歩く女に、どれだけ金をかけたかで競う。あれは凄い。金になり過ぎてまずい。大企業のアホがロット買いなんてしてみれば、造船業なみの売り上げになっちまう、と。もちのこと、こいつがたちまち、金の海を抱えた連中の趣味として流行ったわけ」

「それは分かる気がするな」

 口を挟み、

「あいつら、金が余ってるし、自分が一番じゃなきゃ気が済まないんでしょ……」

 水蓮は少し考えてから、

「そういうのは破滅的な金持ちの考え方だね。一番怖い相手ってのは、慎ましいそこらの悪ガキほどにも使わないもんよ」

 その笑みには知り合いのヘマを話のネタにしている程度の匂いしかなく、メリイは思わず、これがヴィオラのことを言っているのかと思った。あんな犬のキャラクターを仮想で使う人というのは、本当に会ってみるとどんな男なのだろう。もしかして女の人なんだろうか。

「ま、とにかく、そうやって金のかかる商売が二つ生まれた。そして二つの文化がお互いを気にかけ始めるのに大した時間はかからなかった。つまりね、人形ってのはその合いの子なんだよ。うんとこさ戦術的に価値のある護衛で、しかも見た目もいい。そういうのを連れて歩くのがスタイルってことになったんだ。人形だからこそってのもある。綺麗な女なら、それについて知識の浅い人間ならそもそも警戒しないし。広く知られてるわけじゃないけど、人形を競う集まりみたいなもんもあるし、競売ならそこかしこで年がら年中やってる。法令的には思いっ切りバツを付けてやりたいとこなんだけど、何せ相手は警察より強いもんだからね」

「そうなの」

「おうとも。警察ってのはあんたを襲うような間抜けのチンピラなら思う存分ぶちのめせるんだけど、本当に金を持ってる企業とか個人は相手にできない。相手もそれなりの金を払ってくれるし、だから揉み消しちまう。でもって、ヴィオラはそういうものに目がない」

「それ、ヤニも言ってたよ」

 そこで水蓮がおかしそうにくすくす笑い出し、

「だろうね。みんな、ヴィオラの趣味についちゃ盛大にお笑いぐさだと思ってんのさ」

「趣味って……」

「何て言えばいいのやら、ね。とにかく、誰も相手にしたがらないような厄介ごとってのを、圧倒的な力で捻り潰す。それがあたしらの仕事なんだよ。あたしらは、みんなの驚いた顔が見たいのさ」

 メリイはぽかんとして頷く。

「あたしらはそれでヴィオラからべらぼうな給金をもらえるからいい。それに、これって往々にして、誰かしらには感謝される仕事なのさ。感謝されるとしたら、あたしはそれほど酷い気分でもないし」

 水蓮は涼しげにそう言った。しかし、メリイには、その微妙な塩梅というものが分からない。

「それから、睡眠についてだけど。人形ってのは本来、眠らなくてもいいようにできてる」

 水蓮は首をすくめ、

「でも、あんたにゃその処置はないらしい。つまり、しっかり数時間寝ないともたないようになってる。何でだろうね」

「私に分かると思って……」

「あんたにゃ寝ずで働く必要がないし、ただの人間でいて欲しいって、みんな思ってるんじゃないかな」

 今度はメリイが首を振る。

「知らないよ。ねえ、私の体の中に、例の金属の骨だの人工の筋肉だのがうんとこさ入ってるってのは、マジなの……」

「疑う余地もなく、ね」

 そう言って、水蓮は自分の腕を前に出す。白装束の袖を少し引き、手首より上も見せてくれた。

「軽くて強い。そいつは高機能の合金かもしれないし、積層セラミクスかも。そこんとこの細かい技術ってのは毎日更新されてるみたいなもんで、あたしの知識じゃ時代遅れだと思うけど」

「筋肉も。医療やなんかで使うようなやつでしょ……」

「軍用だよ。あんた、その気になりゃ金属の板をその拳でぶち抜けるんだぜ。それとも、人の首を折っちまうか」

 と、答えながら親指を前に押し出す。ジッポライターの蓋を閉めるような具合。

「それに内臓は、無用な重さと脆弱性が気に食わない。人間の内臓じゃ加速度に対して弱過ぎるんだよ。だからそいつも軍用だね。特に極超音速機動が必要なパイロットなんかのためのもんでさ。とんでもない加速度がかかっても、何でもないわけ。つまりあんたは火星人が送り込んできた戦争マシンか何かみたいになっちまってんのさ。さしあたり、町場で出入りになったとして、あんたに負けはまずない。その上、ジン持ちと来りゃあね」

「どうも、分かんないんだ」

 メリイはぼそっと答える。自分の体を見下ろしていた。

「見たところ、普通の人間だし」

 水蓮はくすっと笑う。

「そのうち流血騒ぎになりゃ、否が応でも分かるはめになるよ。自分の手首なり内臓なりを、その目で見ることになるのさ」

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