幼女の王国 -heaven or hell-
いろいろあって死んでしまった男があの世のような場所で鬼っぽい幼女と問答をするお話です。
「たしかにあなたのおっしゃるとおり、地獄とは一般的には悪人が死後、刑罰を受ける場所と解釈されています」
俺と向かいあう幼女が、いかにも幼女らしい舌足らずな発音で、まったく幼女らしからぬ小難しいことを言った。
「ですが、実際に地獄を管理しているあたしたちに言わせれば、それは全くの見当外れもいいところですわね。たとえば」
突然、幼女の頭のあたりから稲妻のような光がほとばしった。
光は俺と幼女の左わき、およそ一メートルほどの空中で球体のように収束し、バチバチと火花をちらしながら、ほどよい明るさで安定した。電光でできた水晶球とでも形容したくなるもので、いままで薄暗くてよくわからなかった周囲を、室内光のように照らしている。
石造りの、祭壇のような場所だった。一段高い場所にたたずむ幼女は、縮れた短い金髪だった。体には白い薄布を巻きつけただけで、ピンクのぽっちやスジもかいま見えるほどの露出過多な姿は天使を思わせるが、背中には(やはり、これは生えていると考えるのが妥当だろうか)翼があって、その色は黒かった。
よく見ると、頭頂から耳にかけての中間あたりの位置に、それぞれ一本ずつ、角というか触覚というか、そういう感じのものがついている。
いま現在、周囲を照らしている奇妙な光の球は、二本の角の先端から放出されているのだった。
「殺戮地獄にいるこの男性は生前、殺人を最高の趣味とされていて、娼婦を十八人、娼夫を二十六名殺害したかどで死刑になった人物です。刑罰を受けているように見えますか?」
幼女の口からひどく物騒な単語が飛び出した。俺は相手が放出している球型の光をよく見なおしてみることにした。
さきほど、電光でできた水晶球と形容したが、まさに占いで使うあの水晶球のように、動画が映し出されている。そこに映しだされている内容を把握して、俺は思わず『うえっ』っと声をあげた。
「……殺人が趣味なら、これはご褒美ってことになるんじゃないの?」
くだんの動画について、くわしい説明は避ける。興味があるなら、ネットに転がっているそっち系の動画をいくつか想像して欲しい。質・量ともに、それらの完全上位互換だ。
「ご褒美ともすこし違いますわね。ならばこんな表情はしないでしょう」
動画の主人公たる『死刑になった快楽殺人趣味の男性』の顔がアップになった。ぼんやりと死んだ魚のような目をしていて、口は半開きになっており、そこから唾液をぽたぽたと垂らしている。そんな奇妙な表情で、彼は黙々と、淡々と、作業のように『その行為』をこなしているのだ。
経歴が経歴だけに、思うさま趣味を楽しめる快感に恍惚としているのか、と思いかけた。しかし、なにか違う。どちらかというと、以前つとめていた会社で、上司のハラスメントや忙しさのためにノイローゼになった同僚の、出社拒否におちいる直前ぐらいの表情に近い気がした。
「では、もっとわかりやすい例をお見せしましょう」
声とともに、動画が切り替わった。
こんどは、なんとエロ動画である。ひとりの女が、十人以上の男たちに囲まれて、いろんなことをされている。当然というべきかわからないが、全員全裸だ。そして、これまた説明をはばかられる種類の物品を、いくつも手に持っていたり、使用したりされたりしていた。
さきほどとは違う意味で、俺はまたしても『うえっ』と顔をしかめた。女があきらかに老境にさしかかっており、しかもぶくぶくと肥満しているのにたいし、男たちは一人の例外もなく、ボクサー体型の若いイケメンだったからだ。
「彼女は対外的には信仰心の厚い宗教者として生涯を終えた人物でしたが、内実は性的なことに強い興味を抱き、亡くなる直前には、異性との交際経験がなかったことを激しく後悔していました。色情地獄に堕ちたのはそれが原因です」
なぜ、幼女がこの動画を見せてきたのか。意図はなんとなく伝わってきた。女が『もう無理』だの『許して』だのと叫び声をあげていたのだ。それもいわゆる睦み声という感じではなく、拷問を受けているかのごとき切実さで。
「って、幼女がこんなものを見てはいけません」
「これは異なことを。あたしの年齢は五十三万とんで六歳です。こう見えてもほんとうは幼女ではないのですよ?」
ロリババアかよ。俺はあたかもなにかに配慮したかのようなその年齢に苦笑した。
「さて、そろそろおわかりいただけましたか? あなたが地獄へ堕ちなければならない理由が」
「願望ねえ……」
幼女の説明によると、猫を助けようとして信号無視の車(危険ドラッグでも吸引していたんじゃないのか、クソが)に撥ねられ死亡した俺は、地獄に堕ちなければならなくなったらしい。
生を受けて二十六年、犯罪や悪行とは無縁の生活を送ってきた。彼女いない歴イコール年齢なことと、ブラック企業に就職して数年もたずに辞め、そのご死ぬまでの数ヶ月ほどを、親の庇護を受けつつニートとして過ごしたこと。せいぜいそれぐらいしか人生に瑕瑾のない身としては、死んだことにすら納得いかないのに、まして地獄行きなどもってのほかである。
そんなことを訴えた俺にたいし『あなたの文化圏でいうところの地獄の鬼』を自称する幼女が、べつに悪いことをしたから地獄に堕ちるわけではない、と補足説明をしてきた。そのために見せられたのが、これらふたつの動画だった。
「妄執と言い換えてもいいかもしれませんね」
虫に向けるような目つきで、幼女が動画のなかのエロ熟女をながめた。
「地獄とは、魂を構成するものを分解し、ほかのものに再構成するために配置された浄化槽といえます。そして人が死後に残した願望とは、処理の難しい固形物のようなものなのです」
そういった固形物を分解するには、とにかく願望を充足させてあげるほかありません、と幼女はつづけた。
「お見せした人たちは、あなたからすれば想像を絶するほど長い期間、ひたすら願望を充足させつづけた方々です。すでに彼らは喜びを感じてはおりませんが、それでも妄執が完全に破壊しつくされるまでは」
ふいに、動画とともに周囲のすべての光が消えた。あたりは闇に閉ざされ、明かりに慣れた目では、幼女の姿を視認することもできなくなってしまった。
「ずっと彼らは『願望だったもの』を充足させ続けなければなりません。飽きようが、逆に苦痛になってしまおうが、永遠に」
声のするほうにむかって、俺は口をとがらせた。
「だけど俺は、自他共に認める草食系だし、殺人衝動なんかも持っていないよ。願望があるにしても、ごく一般的なものでしかない」
「――じゃあ、どうしてあたしが幼女の姿をしていると思う?」
唐突な質問に、その口調の変化に、俺はびくりと体を震わせた。
「ここに来てからずっと、おにいちゃんがあたしをどんな目で見ていたのか、あたし、わかっていたんだよ。だって、おにいちゃんの生前で一番強い願望は、妄執は、ちいさな女の子を」
「違う! 俺は」
核心をつかれそうになり、思わず叫んだ。
「ロリコンじゃない! だってそうだろう、大のおとなが幼女にいやらしい欲望を抱くなんて間違っている! もっと単純に、可愛いものはだれにとってだって可愛いんだ! お、俺のようなキモオタが、穢れた手で触っていいものじゃない、遠くから見て、限りなく愛でるべきものじゃないか」
「それで、おにいちゃんはどうして童貞のままなのかな?」
幼女が、すごいことを聞いてきた。あまりの質問に俺は絶句し、金魚のように口をぱくぱくさせることしかできなかった。
「あたし、知ってるんだよ。おにいちゃんは、おとなの女には興味がなかった。好きなのはちいさな女の子だけ。だから、行こうと思えば風俗にだって行けたのに、行かなかった。でもね、おにいちゃんはそれで平気だと思っていたかもしれないけど、心のどこかで、生殖本能に根ざした欲求が満たされないって悲鳴をあげていたんだ」
いきなり、耳元でささやかれた。
「おにいちゃんはね、ほんとうは望んでいるの。ひたすら幼女を愛で、幼女にまみれ、幼女に埋もれる幼女地獄に堕ちることを」
「うっ……ふぅ」
背筋を、ぞくぞくとしたものが駆け抜け、俺はたまらずその場にへたりこんだ。
両手をついてうなだれる俺の頭を、暗がりのなかからだれかが抱きしめた。
「怖がらなくていいよ。あたしたちみんな、おにいちゃんのことが大好きなんだから」
甘やかすように、頭を撫でられた。
「これからは、あたしたちがおにいちゃんのそばにいてあげる。ずっと、ずっと……。おにいちゃんが飽きて、あたしたちを見るのも嫌になるまで。おにいちゃんの妄執が完全に満足し、粉々に砕け散るその日まで」
頭上に、光を感じた。おずおずと顔をあげると、幼女が天空を指さしながら俺を見つめていた。
彼女の指さすそのさき。ちいさな光がある。夜空の星を思わせるその輝きは、しかし徐々におおきさを増していく。
それは、天空に穿たれた穴だった。広がるにしたがい、そのむこうに青空が見てとれるようになった。
穴は広がりつづけ、やがて闇は光と入れ替わった。もはやそこは暗い祭壇などではなく、さわやかな春の草原だった。太陽が燦々と輝き、空にはおだやかな雲が浮いている。近くには池と、そこに注ぐ川も流れており、水のせせらぎにまじって愛らしい笑い声が聞こえてきた。
俺は立ちあがった。
「ああ、王国だ」
笑みを隠すことも忘れ、俺はうめいた。
「幼女の王国が、ここにある」
そこはまさしく幼女の王国だった。幼女が視界に満ちていた。草原で、ユニコーンやそれに類する神話の動物たちと戯れる幼女たち。空中で、追いかけっこをする翼をもった幼女たち。池のほとりで、はしゃぎながら水をかけあう幼女たち。
「みんな、おいでー! おにいちゃんが遊んでくれるんだってー!」
となりの幼女が叫ぶと、それを合図に王国の幼女たちは一斉に俺たちを振り返り、歓声をあげて駆け寄ってきた。
黒い長髪の幼女が、銀髪に赤い瞳の幼女が、三つ編み眼鏡の幼女が、全裸に腰蓑の褐色肌の幼女が、ロリータ服に身をつつんだ幼女が、古今東西の民族衣装の幼女が、魔法少女コスプレの幼女が、多種多様の幼女の軍団が、俺をめがけて殺到してくる。
「天国か」
鼻血を垂らしながら、俺はつぶやいた。
「いいえ、地獄ですわ」
かたわらの幼女がほほえんだ。
「はじめは誰しもそういうのです。でも、無限に与えられる願望充足はあなたの妄執を確実に摩耗させます」
彼女は嗤っているようだった。
「気づいていらっしゃらなかったのですか? あなたはもう生きていたころのあなたではなく、抽出された妄執そのものだということを。あなたの幼女への愛は、これからこの浄化槽で完膚なきまでに粉砕しつくされるのですよ?」
「やってみろ」
王国の幼女たちはすでに俺をとりかこみ、腕や脚に縋りつき、背中を登りつつあった。
「どれほどの時間がたとうと、俺が幼女に飽きるなどということはない。たとえ星が燃え尽きるほどの月日であろうと、この子たちを愛し続けてみせる」
「たったそれだけ?」
もはや幼女軍団のなかに溶けこんでしまった最初の幼女の声が、どこからともなくひびいた。
「宇宙が終わり、やがてはじまってそれも終わり――そんなことをなんども繰り返すような、気が遠くなるほどの時間が過ぎてもなお、おにいちゃんはあたしたちに飽きずにいられるのかな?」
某所で面白そうなネタが投下されていたので即興で書いてみました。