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なかのひと

 シュール系の短編です。

 その日は休日だった。

 世間一般の休日とは曜日がちがうが、僕の仕事はシフト制なのだ。

 とにかくその日、僕はリビングで、妻とともにテレビをぼんやりとながめていた。なにか見たい番組があったわけではない。ただつけっぱなしにしていただけである。

 番組は、子供むけのものだった。着ぐるみが登場し、一般参加の幼児たちといっしょに遊ぶといった類のものだ。

 我が家にはまだ子供はいない。なので、関係ないといえば関係ないのだが、べつに熱心に見ているわけでもなく、また気分がなごむこともあり、すぐにチャンネルを変えるつもりもなかった。

 ふと、ちょっとした思いつきをいってみたくなった。

「こういう番組ってさ、着ぐるみに声優が声をあててるけど、現場ではどんな感じなんだろうね」

 すると、妻はこちらのいっていることがよくわからないというように、可愛らしく小首をかしげた。

「だからさ、ああいう現場にいくような子たちは、当然この番組のファンでしょ? だったら、テレビで声優があてている声と、現場での着ぐるみのなかのひとの声とのギャップに気づいちゃうこともあるわけでさ。まさか、ジェスチャーだけでいっしょに遊んでいるとも思えないし」

「なにを言っているの?」

 妻がくすくすと笑いはじめた。

「なかのひとなど、いませんよ」

 こんどは、僕が首をかしげる番だった。

「いや、着ぐるみのなかのひとだよ。そっちこそ、なにをいってるの?」

「あなた」

 なぜか、きゅうに妻の顔色が変わった。

「もういちど言うわ。なかにひとなどいません。いいわね?」

 まったくわけがわからない。彼女はなにが言いたいんだ? 

「いいわね、と言われても。だって、なかにひとがいなかったら、どうやって動いているのさ?」

「それは、ああいう生き物だから」

 どさり。

 ベランダに、なにか重いものが落ちたような音がした。

「おや、なんの音だ?」

「ああ!」

 いきなり、妻が僕に飛びついてきた。

「そんな音なんか、どうでもいいでしょ。なかにひとなどいないの。いないんだったら」

「どうでもよくはないだろ」

 いいかげん鬱陶しくなってきたので、僕はすこし強めの声を出した。

「泥棒かもしれない。ほら、離れて」

 絶対はなれない。言葉だけならうれしいことをいう妻を引き剥がし、ベランダを見にいこうとした。ところが、いままさにカーテンを開けようとしたところで、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。

「はて、だれだろう? セールスかな?」

 さすがに、来客のほうが優先だろう。そう思い、そちらにむかおうとすると、またしても妻が騒ぎはじめた。

「だめ! あなた、行っちゃだめ!」

「いっちゃだめって」

 玄関から、ドアをたたく音が聞こえてきている。ずいぶん乱暴な叩きかただな、失礼な。

「わたしが見てくるわ。いいわね、あなた。なかにひとなどいないのよ」

 またそれか。しつこいなあ。

 しかたないので、リビングのソファに腰をおろしてぼんやりしていると、玄関から押し問答のような声が聞こえてきた。

 ちゃんと言いきかせますからとか、もう決定したことだとか、なんのことだ? 

「おい、どうしたんだ? お客さんは?」

 玄関にむかうと、異様な光景が目にはいった。

 白衣に白手袋をつけ、白いマスクのようなものを頭からすっぽりかぶったなにものか――体格から考えて、おそらく男だ――が、妻の腕をつかんで、ねじ伏せようとしていたのである。

 乱暴されているのか? 僕は一息に玄関とリビングをつなぐ廊下を駆けぬけると、白いやつに体ごとぶつかって突き飛ばし、そのまま妻を抱きしめた。

「だいじょうぶか?」

「逃げて! あなた、早く」

 すっかりおびえきった様子の妻を背中に隠して、僕はいましがた突き飛ばした男と対峙しようとした。瞬間、全身が総毛だった。

 相手は、ひとりだけではなかった。五人や十人ですらない。玄関の外は、白いやつらで埋めつくされていたのである。

「な、なんだおまえら……うわっ」

 叫び声もあげきらないうちに、白いやつらが雪崩こんできた。抵抗しようにも、数がおおすぎる。たちまち、僕は廊下の床に手足を大の字に押さえつけられ、身動きがとれなくなった。

「お願いです、彼にひどいことしないで。わたしが、わたしが身代わりになりますから」

 そういって、白いやつらのひとりに取りすがった妻は、蹴り倒されて、僕とおなじように体を押さえつけられた。

「やめろ、妻に手を出すな」

 僕は叫んだ。そうして、必死に白いやつらから体を振りほどこうとした。

「はなせ。ちくしょう、おまえら、は、はなさないと、ただではすまさないぞ」

 しかし、おとなの男たちが、体重を利用して押さえつけているのである。どうすることもできなかった。

”ian iodan oti hona kan”

”nes amiodan oti hona kan”

 白いやつらが口々に、どこの国の言葉かもわからない呪文のようなものををつぶやきはじめた。頭がおかしくなりそうだった。悪夢でも見ているのだろうか。思わず僕は身震いした。

「きゃあああっ!」

 悲鳴。あわててそちらのほうを見やると、妻が腕になにか注射のようなものをされているのが見えた。

「おまえらぁ!」

 激しい怒りに、僕はかつてないほどの力を全身にみなぎらせた。そうしてめちゃくちゃに暴れると、なんとか白いやつらのうち、両腕を押さえつけていたやつらを振りほどくことに成功した。

 下半身にとりついたやつらを引きずるようにしながら、僕は上半身の力だけで這うようにして、すこしでも妻に近づこうとあがいた。あとすこし、あとすこしで手がとどく。白いやつらから、愛する彼女を守ってやれる。

 だが、そこに、さらに数人のやつらがのしかかってきた。

「ぐっ……。はなせ! はなせぇ」

 持てる全ての力をふりしぼって、僕は妻に手をのばそうとした。その腕も、白いやつのひとりにつかまれた。

 さきほど、妻に注射を打ったやつだ。そいつは、こちらがまったく動けないと見るてとるや、あたらしい注射器をポケットから取りだして、僕の腕に突きたてた。

 ちくりとした痛みとともに、血管に薬液を注入された。すぐに、頭が朦朧となりはじめた。世界から、急速に現実感がうしなわれていく。

 意識を手ばなす寸前、最後に僕が見たものは、くちびるのはしから唾液をたらし、あられもなく恍惚の表情をうかべる妻の姿だった。

 なかのひとなどいません。

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