休みの日の、お父さん。
「お父さん。毛が散るんですから、犬の姿で、ごろごろしないでくださいよ」
「うるさいな。俺は疲れてるんだよ」
「じゃあせめて、人の姿に戻って、服も着てください」
「いいだろう。べつに。誰が見ているわけでもないんだから」
「まったくもう」
週末の日曜になると、大体、妻から小言がとんでくる。しかし俺は、その一切を解するつもりはなかった。
「俺だって仕事で疲れてるんだ。休みの日ぐらい、犬の姿に戻ったっていいだろう」
「ですからせめて、人間の姿って転がって……。いえ、掃除の邪魔なので、せめて縁側にでも座っていてくださいよ」
「なんで外に出てなきゃならんのだ。この寒いのに」
「雪が降っても、喜んで庭を駆けずり回るのがお父さんでしょ」
「バカも休み休み言え」
俺は憤慨する。鼻を鳴らし、もぞもぞとこたつの中に潜る。三角形の両耳も、今はぺったり伏せていた。休みの日に潜るこたつの温かさは、なによりも至福だ。
俺は『化け狼』と呼ばれる種族だった。昔は人の世に興味を持ち、山から降りることを繰り返しては、次第に人間の社会に溶け込むことを覚えていった。
そうして、今から二十以上も昔の夜に。暴漢に襲われていた、一人の美しい少女を救った。まぁそれが現在の妻なわけだが、
「お父さん、お父さんてば」
「むぅ、なんなのだ? 喧しい……」
少女も今では、どこにでもいる普通のおばあさんになった。
「かなこが、旦那さんと孫を連れて来るそうですよ。早く人間の姿に戻って、服も着てくださいな」
「なんだ、またか。先週も来たじゃないか」
「いいじゃないですか。どうせ一日中、こたつで寝転がってるんですから。日曜ぐらい、良いおじいちゃんをしたって、罰はあたらないでしょう」
「わかった、わかったよ」
俺は欠伸まじりに、どっこらせ、とこたつから這い出る。それじゃ、さっさと服を着てくるかと、二階の寝室に戻ろうとした時だ。
「お父さん」
「ん?」
後ろから、全身を使って抱きしめるように、抱擁された。
「なんだどうした」
「たまにはこうして、愛情表現をしておくのも、悪くないかと?」
「それは……せめてこっちが人間の時にやってくれ」
「恥ずかしいですよ」
今ではすっかり、白い髪も目立ちはじめた妻だったが、その内にただよう〝匂い〟は昔から変わらない。
人は愛しい。俺が一人、山に帰れない理由はここに在る。
冬の日のこたつが、名残惜しいばかりではないのだ。
「……あのですね。お父さん。もし、私とこたつを比べられているのでしたら、それはちょっと、問題発言ですからね?」
「す、すまなかったな」
それにしても。ヒトの女性の勘というのは。
野生のそれよりも、鋭い。