二十六時限目、「え、お前俺に色目使ってるの?」
「ひぃー……なんとかまけたみたいっすね。ったくなんなんすかあの女」
「あー、いやマジで疲れた。ホント疲れた、しんどい。病み上がりの夏樹さんにはこれしんどいわ」
例の鉄バット少女もとい風紀委員ちゃんから命からがら逃げ切った俺と英二は、最終的に校内の男子トイレへと駆け込んでいました。
逃走経路は体育館の連絡通路を抜けて校庭を横切り、中庭まで走りきったところで窓から校舎へ侵入、そのまま身を潜めてトイレに潜り込み今に至るということであります。
どうやら風紀委員の彼女、運動神経は抜群の様ですが肩に担いだ鉄バットがどうにも重荷だったらしく、中庭に来たあたりからだいぶ距離を引き離していました。
まあ筋肉お化けのハゲと比べたら、俺と英二の方がよっぽど足が達者ですからね。風紀委員には悪いですが余裕で逃げ切らせていただきましたよ。
「つか、夏樹さんが通りがかってくれて助かったっす。俺あのままじゃ捕まってるとこだったすよ」
捕まってたらやばかったっすねー、と呟きながらようやく息の整ってきた英二がトイレの鏡を上目遣いで見つめつつ髪を整え始めた。
「いやそれはいいんだけどなんでお前男二人の空間でいきなり髪整えだしてるの? え、お前俺に色目使ってるの? なんか意味あるの? お前まさかホモなの?」
「ちょ!? なに言ってんすか夏樹さん! ホモじゃないっすよこれは鏡あるといつもの癖でついやっちゃうんすよ! 別に深い意味ないっすよ!?」
「うっそ、マジで言ってんのそれ。てかお前この前、鏡どころか校舎のガラスでも同じことやってたし校庭の水溜りとか小学校の給食にでてきた味噌汁の表面でもやってたよねなんでそんなに髪触るの? てかなんで上目遣いなの? 楽しいの?」
「ぐわああああああああッ! 見られてたんすか痛すぎるぅぅうううううッ!」
ふむ、どうやら彼は髪を触ると叫んでしまうほどの痛みを味わってしまうらしい。
英二はそんな辛い苦行を、時と場所を選ばずに好んでやり続けているんだ。相当マゾの気が心身共に染み付いているのだろう。
他人の趣味をとやかく言わない紳士な俺は、英二から数歩距離を開け、暖かい視線で彼を見守ることにした。
「……で? なんでお前はHRの時間にあの鉄バット少女に追われてたの?」
「なんで距離開いてるんすか?」
「別にキモいとか言ってないだろいいから早く話せよ」
冷たく言い放つ俺に「き、キモいすか自分……」と捨てられたチワワの様な悲しそうな瞳を向けつつ英二は続きを語り始めた。
「今朝、夏樹さんに言われた通りに久々ですが登校してきてたんすよオレ。んでHRの時間ちょうどくらいに校門に着いたんすけど、そこでさっきの鉄バットの女に止められて学年と名前を聞かれたんすよね」
「そいつとはそこで初めて会ったの?」
「んー、覚えてないんで微妙なところっすね。あんな可愛い子一目見たら忘れないと思うんで、まあおそらく顔見知りの仲ではないと思うっす。でも女の方は俺のこと知ってるみたいな口ぶりでしたね、お前は確か不登校のやつだったな学年と名前は? みたいな感じで聞かれたんっす」
相手の方は英二のことを知っていたらしい、ちゃらんぽらんな英二のことだ、きっと風紀委員の連中からは深くマークされていたんだろう。
となると、風紀委員が絡んできた理由は、しばらく不登校だった人間が何の前触れも無しに登校してきたもんだから、事情を聞いてみたくなったとかそんな理由だろうか。
それにしてはだいぶ穏やかではなかったけれども。
「なんでリアル鬼ごっこみたく、殺人展開に発展したんだ?」
「ホラ、オレ不登校に追い込まれた理由が金髪じゃないっすか。だからまたバレて面倒が起きないようにニット帽かぶってきたんすよ、ほらさっきのこれ」
そう言って英二がポケットからあのうざったい毛糸の塊を取り出したので速やかに奪い去ってクズ入れに投下した。
放物線を描き落下、見事なシュートである。
この地球からまたひとついらないものが消えたよ、やったね。
また一つ本日の善行おこない心を清めた俺は、気持ちのいい笑顔を浮かべて英二に手のひらを向けた。
ゴール後のハイタッチを要求したその手は残念ながら英二のへなちょこチョップによって叩き落とされた。
「え、ちょ、純粋になにやってんすかゴミ箱っすよそこ。オレの帽子ゴミ箱ん中入ってたんすけど」
「いや入れたんだもん当たり前じゃん」
「当たり前じゃないっすよ、その帽子なかったらオレまた豚箱行きっすよどうするんすか」
「大丈夫だ。もしまたあれを被っていたら、お前は俺の手によって奈落行きだった」
「だから何でそんな毛嫌いしてんすか!?」
だって似合ってないし暑苦しいし安物っぽいしうざかったもの。
今度別の帽子を買ってやると約束をしてから、俺は話の続きを促した。
あ、続きます。あしからず。




