俺ノ記憶 迷子ノ記憶
そう。あれは、まだ俺が小学生の頃の出来事でした。
とある日曜日の午後、俺はなんとなくさんまが食べたい気分だったので、物置から七輪を取り出してきて、庭でさんまを焼こうとしていました。
しかし七輪の上にさんまをセットしたその瞬間。
家の縁側でゴロゴロしていた筈の母さんが、素早くさんまを奪い去っていったのです。
そこからは説明するまでもないでしょう。
某国民的アニメのオープニングで流れる、あの曲の通りです。
お魚咥えた白猫(母さん)ー、おっおっかけーてぇー。
裸足でー、かけてくぅー。愉快ぃーな、なつーきさん以下略。
「待ってくれよ母さーん! それっ、俺の昼飯だから!」
「にゃーん」
当時小学生だった俺が半ベソをかきながら呼びかけても、母さんは口にくわえたさんまにご満悦な様子で聞く耳を持ちませんでした。
そりゃ、なけなしの小遣いで買ってきた、そこそこ値のはる良いさんまでしたからね。この時の母さんはさぞご機嫌だったことでしょう。
逆に俺の心境は最悪でしたけどね、はい。
「う、うぐおおぉ! 母さん止まってくれよぉー! 半分こにしようってー!」
「にゃおー」
つかさんま咥えてる筈なのに、なんで鳴き声が出せるんでしょうねウチの母さんは。
そんな謎を残しつつ、俺と母さんは走り続けました。
街を出て、山を越え、川を渡り。
こうして何時間か走り続けた末に、ようやく母さんを捕まえる事ができた……のですが。
「母さん……どこだここは?」
「うにゃぉー」
俺と母さんは見知らぬ町の河原で、呆然と立ち尽くしていました。
母さんを追いかける事に必死だったのでここまでの道のりは覚えておらず、ましてや小学生の俺がこんなに遠くまでやってきたのは初めてだったので、現在地も帰り道もわかりません。
「嘘だろ、迷子かよぉ」
「にゃー」
焦りを胸に抱く俺とは反対に、母さんはのんきに鳴いています。鳴きながら地面にさんまを擦りつけ解体しています。
いや砂だらけになってるし、もう食べられないよねソレ。
なけなしの小遣いで買ったさんまを泣く泣く諦めた俺は、とりあえず現状の把握に急ぎました。
辺りには殺風景な河原が広がっているだけで、遠くに商店街っぽいものはあれど見慣れた建物はありません。幼い俺にとってここは異国ですね、完全に迷子です。
「しまったな、これはもしかすると中々やばいんじゃないか?」
なにがやばいのかと言うと帰れないことがひとつ。さらに加えてもうすぐ日が沈んでしまうことも不味い。
こんな見知らぬ土地で夜を迎えるなんてたまったものではありません、さっさとおまわりさんでもお散歩中の大人にでも頼って道を尋ねることにしましょう。
そう思い近くに人がいないかと視線を巡らせてみる。
「お、視線の先に美少女発見」
言葉通り、河原のふもとでしゃがみこんでいる同世代くらいの可愛らしい女の子を発見したのでそちらへ移動することに。
あとからさんまを咥えた母さんもついてきました。
「あッ、ぐ。あ、あのー、ちょっとお尋ねしたいんですがー」
やっべ緊張して舌噛んだ。
遠目で見た感じからして、まあ可愛らしいんじゃないかな? と思っていたその女の子が近づくにつれ本当に素晴らしくドストライクな可愛さだと確認できたのでついつい迷子の不安を忘れ舞い上がってしまったようです。
こんな状況なのに情けない、一旦落ち着こう。舞い上がるなど言語道断。
「え……な、なに……?」
彼女は突然話しかけてきた同世代の男の子、プラス猫一匹に驚きを隠せないでいる様子でした。
振り返りざまに綺麗な黒髪が揺れ、きちんと切り揃えられた前髪の下の大きな黒目が不安そうにふわふわと泳ぎながらこちらを捉えます。
そんな彼女の瞳が、あんまりにも綺麗だったもので。
「あの、結婚を前提にお友達になりましょう」
「はい?」
俺としたことがこんな状況でも舞い上がってしまいました、申し訳ない。ふはは。




