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十九時限目、「なんでそんなに慣れ慣れしいのよ?」


 学校への配達を終えた俺は残り最後の新聞を届けるため、例の新しく引っ越してきたという人の家へ向かっておりました。


 新聞販売店のおじさんから渡された帳簿を取り出して目的地を確認してみたところ、どうやらその家は俺の家と同じ地区みたいです。

 そういえば近所に誰も住んでいない空き家があった様な気がするので、恐らくそこに引っ越してきたんだと思います。



「お、ここか?」


 自転車を漕ぐこと数分で目的地に到着した。

 俺の家から二つ隣の一軒家、ご近所さんと言うかお隣さんってやつだな。


 丁度俺が入院していた時に引越してきたって話だから、どんな人が住んでるのかはわからないが、また明日にでも挨拶に伺うとしますかね。ご近所様は大切にしないと。

 ま、とにかく今は配達が先だ。


「えーっと、名前は……『霧島』さんか。帳簿に書いてある通りだし、ここで間違いないな。はい、配達終了っと」


 表札を確認してから最後の新聞をポストに滑り込ませる。


 ふぅ、やっと終わったか。

 やれやれ、久しぶりのバイトは疲れたな。帰ったらさっさと寝るとしますか。


「それにしても……霧島さんねぇ? ううむ、この麗しい響きはどこかで……」


 配達終了の報告をするため、一度新聞販売店へ戻ろうと自転車にまたがったのだが、どうにもこの『霧島』というワードが気になってしまった。

 そして表札を眺めながら思案すること約数秒。


 霧島、霧島。

 霧島……皐月、さん?


「……っは!? ききっ、きききりしまさぁああああん!?」


 霧島さんってあの霧島さんか!? そういやウチの学校に転校してきたタイミングと引っ越してきたタイミングが妙に合ってるし!

 間違いねえ! ここは霧島さんの家だ! まさかお隣さんだったなんて、これはまさに運命!?


 っふ……どうやら俺と霧島さんは、なにがなんでも結ばれる運命にあったということか……


「ふふ……ふ……ふはは、ふははははっ! ふぁーっはっはっはっはっは!!」

「ちょっと! さっきからうるさいんだけど! 今何時だと思ってるの!?」


 完全に舞い上がってしまった俺が腰に手を当てながら高笑いをしていると、霧島家の玄関が開き、中から額に青筋を立てた霧島さんが顔を出した。


 月明かりに照らされ、神秘的な輝きを放つ美しい黒髪。そして大地を潤すかの様な、凛とした美しい声。

 その女神を彷彿とさせるようなお姿はまさしく、俺が一目惚れをした霧島皐月さんに違いなかった。


「って、え? も、もしかして夏樹くん? なんで?」


 彼女は俺の顔を見るなり、少し面食らった様子を見せる。

 そりゃそうだ。こんな深夜に、自宅の前でクラスメイトが大騒ぎしていたら誰だって驚く。


「ここっ、ここんばんわ霧島さん! こんなところで奇遇ですねねねねね!?」

「ちょ、呂律……って言うか! ここは私の家なんだから、奇遇もなにもないじゃない!」

「あぁ確かに! それじゃ、奇遇じゃなくて運命ってヤツですか!? いやっはっはっは! 照れますねぇ!」

「は?」


 ハイテンションな俺の顔面に、霧島さんの冷たい視線が容赦なく突き刺さる。

 うわぁ、なんだろう。この決定的な温度差は。


「ていうか、こんな時間になにやってるの? 深夜に出歩くのは近隣の方に迷惑だからやめなさいよ?」

「あ。いや、新聞配達ですよ霧島さん。俺はあなたに最先端の感動と驚きを……」

「あ、そうなんだ? それじゃ続き頑張ってね。おやすみ」


 俺が台詞を言い終わる前に、霧島さんは出していた顔を引っ込め、扉まで閉めてしまった。


 ちょ! 最後まで言わせてくださいよ!?

 つか、なんで毎回俺のことを邪険にするんですかあなたは! いくらポジティブ思考に定評のある俺でも傷つきますよ!?


「いやいやまだ途中じゃないですか! 出てきてくださいよ霧島さあああああん!」

「もー、なんなのよぉ」


 再び玄関の扉が開き、霧島さんが顔を出す。


「いや。まだ台詞が途中です」

「じゃあさっさと言いなさいよ」

「えー、こほん。いいですか!? 俺はあなたに最先端の感動と驚きと愛をお届けに来たんですよ霧島さん! どうです、惚れましたか!?」

「……おやすみ」

「待ってください!?」


 冷めた表情で扉を閉めた霧島さんは、ちゃっかり鍵までかけてしまった。


 ううむ、今度こそ帰れってことか。

 仕方ないな。これ以上しつこくして、更にマイナスイメージを与えたくはないし、今日のところは帰るとするか。

 せっかく運命的な出会いを果たしたというのに残念だ。


「はぁ」


 がっくりと肩を落としながら踵を返したその瞬間。

 閉じられた扉の向こうから、霧島さんが小さな声で呟いた。



「……なんでそんなに慣れ慣れしいのよ?」


 その言葉に足を止め、少し思案してから振り返る。


「霧島さんがとてもお美しいからです」

「またそうやってからかって、私を油断させてるつもり? 言っておくけど、私はそんな安い手には乗らないわよ?」

「っはっはっは。からかうなんてとんでもない、俺は本心しか言ってませんよ」

「……本心ねー? 信じるつもりはないけど、一応ありがたく受け取っておくわ」


 お! これはまさかの好感触か!?

 てっきり軽く流されるのかと思っていたのだが、ありがたく受け取ってくださるとは!

 ま、可愛いと褒められて嫌がる女の子なんて数少無いだろうからな! きっと今頃は、扉の向こうで頬を染めているに違いない! 霧島さんの声のトーンとかテンションとか、全然変わってないけど、きっとそうだ! ……と、いいな! な!?


「あ。もしかして、この調子でちょっとずつ好感度が上がったりします?」

「いやしないから」

「そ、そうですか……それじゃ霧島さん、良い夢を」

「……うん。おやすみ」


 まぁもうすぐ朝なんですけどね。



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