十六時限目、「にゃーん」
それでは、ラーメン屋で入手した『英二の証言』をまとめてみましょうか。
以下、警察○4時風なノリでお送りします。
証言者は、萩原英二。15歳男性。チャラ男。
彼は『風紀委員による卑劣な策によって、学校へ行くことができなくなった』と証言しているのだが、果たしてその真相やいかに!?
我々取材班は事件の真相を知るため、この萩原英二氏に直接話を伺った!
……それではお聞きいただこう。被害者による、恐怖の体験談を。
『あの風紀委員……ッ! 許せねぇっす!』
話を切り出した瞬間、怒りをあらわにする被害者。
やはりこの事件の裏には、恐ろしいなにかが息を潜めているようだ。
この時取材をしていた取材班こと真鍋夏樹は、被害者にマイクを向けながら生唾を飲み込んだ。
『当時、オレは……えっと、あんま言いたくないんすけどね? へへ、実は四人の女性と交際をしてたんすよぉ』
……ぶっ殺す。おっと、いかんいかん。
この言葉を聞いた取材班は、握っていたマイクを握りつぶしそうになりましたが、なんとか堪えました。
『あ、それでですね? そんなハッピーライフを満喫していた時、例の風紀委員長、霧島皐月が声をかけてきたんす……内容は、確か……その金髪をどうにかしろ、みたいな事でした』
その時、入院していた親友のことは綺麗に忘れていたそうです。
『そこで思わず口論になっちまったんすけどね、なんとあの霧島って女! 次の日までに黒染めをしてこなかった場合、オレの四股を暴露するって脅してきたんすよぉ!? ひどくねぇっすか!?』
この言葉を聞いたとき、取材班の額には青筋が立っていました。
どこがひどいんですか? と問い詰めたいところですが、いけません。今は情報収集のため、冷静になりましょう。
それひっひっふー。
『それでオレ頭にきちまって、翌日も男らしく金髪のまま登校したんすけど……あの霧島って女、マジで彼女全員に四股の証拠写真を見せやがったんすよぉ!』
なるほど。これが事件の真相でしたか。
その言葉を聞き終えた取材班は、拳を固く握りしめながら、ゆっくりと立ち上がりました。
『おかげで彼女は消えるわ、学校へは行きづらくなるわで、もう最悪でしたよぉ。畜生、なんて恐ろしい奴等なんすかねぇ、あの風紀委員は……いや、あの霧島だっけ? あれなんてもう最悪っすよ、恐ろしくて言葉も出なブブベラハァァッ!!?』
この後被害者は、取材班によってボコボコにされました。
結論。『霧島皐月さんは、恐ろしい風紀委員ではなかった』、以上。
……いや、まぁ端からこんなことだろうとは思っていました。
なにせ霧島さんは、嫌いな人間の空腹を見過ごせない様な心優しいお人ですからね。
こうして英二をのしてやった後、特に寄り道することなく自宅へ帰ってきました。
「ただいまー」
「え、うわ。びっくりしたぁ、そういえば兄貴退院してたんだね」
居間に顔を出すと、妹の里奈が一人で晩御飯を食べていました。
どうやら親父は仕事中らしいです。
それにしても里奈よ、お前にとってお兄ちゃんという存在はそんなにも薄いものなのか。
ヨヨヨ。お兄ちゃん、ちょっと泣けてきたぞ。
「あ、いや。冗談だよ兄貴、だからそんな悲しそうな顔しないでよー」
「か、悲しくなんてねぇよ! たたっ、たかが妹に冷たくされたくらいで、こここの俺様が悲しがるわけねぇだろろろろ!?」
「なんかこの上なく滑舌が狂ってるよ!? めちゃくちゃ動揺しちゃってるよ!」
おっといかんいかん。こうも動揺していては、兄としての威厳が危うい。
咳払いをして気を取り直した俺は、学ランを脱ぎ捨ててから妹の向かい側に尻をついた。
ちなみに我が家の食卓は、昔ながらのちゃぶ台式である。
「なぁ里奈? 一人で飯食ってて寂しくねーの? 連絡してくれれば、お兄ちゃんが飛んできてやったのに」
「別にぃー? だって一人じゃないもん。ね、お母さん」
「にゃーん」
里奈の膝に乗っかっていたらしい、白くてふわふわした毛並みの猫がちゃぶ台の上に顔を出した。
「うぉっ、母さんそんなところに居たのか!?」
「にゃー」
「なんだよー。昨日は一回も見かけなかったから、てっきり遠出してるのかと思ってたぜ」
「にゃー」
「え? 退院おめでとうだって? ハハッ、やっぱ母さんは優しいなぁ! 他の家族は誰もそんなこと言ってくれなかったのに!」
「にゃーん」
感極まった俺が猫の頭を撫でてやると、猫は目を細めて気持ちよさそうに鳴き声を上げた。
こちらのお母さんと呼ばれている白猫は、昔からこの家に住み着いている猫です。
俺の母親は里奈を産んですぐに亡くなってしまったのですが、それと当時にこの猫がやってきたので、いつしか皆でお母さんと呼ぶようになりました。
今ではれっきとした家族の一員なのですが、どうもメソメソとした親父とは馬が合わないらしく、ちょっと険悪です。
「あ、ところで兄貴は晩御飯どうするの?」
猫の頭を撫でていると、妹が俺のお茶碗を片手に聞いてきた。
「晩飯かぁ、そうだな。んじゃ遠慮なくいただくわ」
実を言うと、ついさっきラーメンを食ったばかりなので腹はいっぱいなんだが。
しかし、久々に家族と食卓を囲みたい気持ちの方が強かったので、迷うことなく頷いた。
「えへへ、御飯一丁入りましたー!」
「っぷ、なんだ? 急にご機嫌になったな?」
「はぁ!? 別にご機嫌とかなってないし! 自意識過剰なんじゃないの!?」
図星を突かれた様子の里奈が、顔を真っ赤にしながらご飯をよそう。
よかった。少しは俺の居ない食卓を、寂しいと思っていてくれたようだ。
「はいはい、自意識過剰で結構結構。やっぱ里奈は可愛いなぁー、な? 母さん?」
「にゃー」
「も、もう! お母さんまでなに言ってるのよー!?」
今日も我が家の食卓は、底なしに明るかったとさ。
え? 親父? 誰ですかそれ?




