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一時限目、「素敵な花束ですね。俺、一生大事にしますから」

「真鍋さん、ご退院おめでとうございます。もう二度と来ないでくださいね」


 その辺の雑草をむしってきた看護師さんが、これっぽっちも感情を込めずに作った笑顔を浮かべ、その雑草を俺に手渡してきた。

 これが半年という長い間、俺のことを看病してくれた看護師との別れであるなどと誰が想像できようか。


「素敵な花束ですね。俺、一生大事にしますから」

「いいから早く家に帰ってください。今すぐに」

「そんな邪険にしなくてもいいじゃないですか、なんだかんだで半年の付き合いなんですし」

「知ってます? 私、ここ半年で随分小じわが増えたんですよ。だから早く帰ってください」

「それは歳のせいですよ。それよりも、この最後の別れにふさわしい感動的な会話がしたいんですけど」

「いいから早く帰ってください」


 ふむ。どうやら彼女は、今すぐに帰ってもらいたいらしい。

 無理も無いか。半年前に俺がトラックに撥ねられて、この病院で入院することになってから今日までの間、ここの看護師達に迷惑を掛けなかった日など一日も無かったと思うし。

 仕方ない。ここは今まで迷惑を掛けたお詫びとして、さっさと家に帰るとしますか。


「それじゃー、俺帰りますんで。半年間お世話になりました」


 ぺこりと丁寧に頭を下げてから、看護師さんに背を向け歩き出す。

 ここで看護師さんが感極まり『なんだかんだでこの半年楽しかったわ!』なんて泣ながら追いかけてきてくれる展開など微塵も期待していないが、それでもなんだか名残惜しい。


「あ! 真鍋さん、ちょっと待って!」

「なんですかっ! やっぱり別れが寂しいですか!?」

「あ、いや……」


 看護師さんの声に勢い良く振り返ってみると、彼女は酷く迷惑そうな表情で自分の腰辺りを指差していた。


「……このハゲ、一緒に連れてってくれない?」


 彼女が指差した先。

 つまりは看護師さんの腰辺りに、バカみたいにガタイの良い剃髪頭が抱きついていた。


「ううっ! うぐっ、うぉお! 嫌だッ、嫌だぁあ!! まだ美人のナースさん達に看病されでいだいんだぁあ! うおおッ、うぉ……うぉおおおおお!!」


 その見事なまでにハゲの大男は、看護師さんに抱きつきながら号泣し、さりげなく尻や太腿を触っているようにも見える。


「いや、マジで勘弁」

「そんなこと言わないでください真鍋さん。このままだとこのハゲ、病院の次に檻の中に入っちゃうかもしれませんし」


 そう言いながら看護師さんは携帯電話を取り出した。

 そのディスプレイには『110』の三文字。あとは通話ボタンを押すだけで、正義を愛する警察官の皆さんが目の前のハゲを檻の中へと導いてくれるだろう。


「いや、それも勘弁してやってください。いくらなんでも可哀想です」


 非常に面倒だが、コイツとは半年間この病院で一緒にバカをやってきた悪友だ。


「オラ、いつまでセクハラ続けてんだよハゲ。早くその腰から離れねーと、今度は豚小屋の中で婦警さんのお世話になっちまうぞ」

「なんだと……!? 優しいナースさんの次は、激しく鞭を打つ婦警さんってことか……まさに飴と鞭! いいな!?」

「いやよかねぇよ、いいからさっさと来いって」


 どこまでも変態(まにあっく)なハゲの襟首をひっ掴むと、今度こそ病院に背を向けて歩き出した。


「嫌だああああああッ! 俺のナースさんがああああああッ!!」

「よしよし、また今度そっち系の雑誌奢ってやるから。つかマジでうるさいから黙ってろな?」

「畜生! こうなりゃ、もっかい怪我するしかねぇ! オイ、夏樹! 歩道橋から飛ぶぞ! またトラックに轢かブホッ!?」


 引きずられながらも暴れまわるハゲに悪戦苦闘していると、どこからか飛んできた花瓶がハゲぶち当たり、そのままハゲを沈黙させてしまった。

 ナイス花瓶。しかしこの花瓶、一体どこから飛んできた?


 そう思い、顔を上げてみると。



「死ね変態共!」

「消えろカス!」

「二度と来んじゃねぇ!」

「あたしの下着返しなさいよぉ!」


 病院の屋上から、怒り狂った看護師さん達が俺達に向かって愚痴を飛ばしながら様々なものを投げつけているではありませんか。

 頭上から落ちてくる、空き缶や花瓶や注射器やメス……危なっ!? メスとか当たったらヤバイって!!


 しかもそのメスが俺目掛けて一直線に飛んできたので、慌てて手に持ったハゲでガード。


「あんぎゃあああああああああ!?」

「うおぉ怖!? 心配しなくても、二度とこんな病院来ませんから!」


 見事に額のド真ん中からメスを生やしたハゲを捨て、俺は一目散に病院の敷地内から飛び出した。

 ……この時、俺に雑草を手渡してくれた看護師さんが満面の笑みで中指を立てていたのは結構泣けました。

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