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十三時限目、「いいからさっさと食べて、その音止めてね」


 昼休みの終わり頃。

 友民党の皆さんからいろいろと情報を提供してもらった俺は、とりあえず午後からの授業の準備をしておりました。


 そこへ、サイン用色紙を両手に持ちながら楽しそうにスキップを踏むおぞましいハゲ頭の妖怪がやってきました。

 正直めっちゃ怖いです、新種の妖怪ですね。



「オーイ、夏樹ーィ! ブーさんのサイン、1500円までマケて貰ったからついでにお前の分も買ってきたぞぉおオブホァッ!?」

「いらんもん買ってくんじゃねぇ! 俺が必死で情報集めてるってのに、てめぇはなんで熊と油売ってんだ!?」

「い、いや。喜ぶかと思ってよぉ」

「誰が喜ぶかハゲ! ブーさんのサインですら貰っても微妙だってのに、あんな得体の知れねぇ熊のラクガキ貰って喜ぶ訳ねーだろ! ……うおっ、腹が」


 と、一通り叫んだところで俺の腹が大きく鳴った。


 あぁ畜生! そういや友民党と話してたせいで、飯も食えなかったな俺!

 もうハゲはむかつくわ腹は減ってるわで、なんだかオラ、いらいらすっぞ!


「いやァ、なんかスゲーストレス溜まってんなぁ夏樹。カルシウム足りてねぇんじゃね? ホラ、牛乳でも買ってこいよ。昼休みあと2分で終わるけどよ?」

「うるせーよ、おハゲさん。ストレスで髪の毛全部サヨナラしちゃってるお前に言われたくねーよ。お前こそ育毛剤でも買ってこれば? まぁ望みは薄そうだけどな。おっと、髪の毛も薄かったか? てか髪は薄いどころか無かったな? なんかごめんな?」

「おもしれぇジョークだぜ夏樹、やっぱりお前は最高だな。だが残念だ。俺はこれから、さっき購買で買ってきた美味しい焼きそばパンを食べるからチミの相手はしてやれないんだ。すまんなぁ夏樹……んぐんぐ……お、この焼きそばパンうめぇ……」


 言い合いの途中でポケットから焼きそばパンを取り出したハゲは、あろうことかそれを俺の目の前で貪り始めた。

 そんな光景を前にした俺の腹は、当然盛大に鳴り響くわけで。


「お前わざとやってる? 俺のお腹が悲鳴あげてるの知ってて、わざと目の前で食べてんの? 趣味悪くない? つか焼きそばパン半分寄越せ」

「おっとぉ! こいつぁやれないなぁ! 別にやるのは構わなかったんだが、人様の顔面を殴るような奴にわけてやる義理はねぇよなぁ!」


 焼きそばパンに向かって伸ばした俺の手は、ハゲによって躊躇なく叩き落とされた。

 くそう、さっき殴ったこと根に持ってやがるなこいつ。


「あぁくそ! 悪かったっつの! 今度飯奢るから、さっきのことは水に流せよぉ!」

「……ごちそうさま。いやぁ、腹いっぱいだぜ」

「……お前、血も涙もないのな?」

「育ち盛りなもんで」


 うん。もうお前とはえんがちょ。


 というわけで、午後の授業は激しい空腹状態のまま迎えることになりました。





「だ、大丈夫ですか……夏樹さん……?」


 午後の授業が始まって、早20分。これまで俺の腹が鳴り響いた回数、計30回。


 この教室は生徒が少ない事もあってか、授業中は比較的静かである。

 そのせいで、俺の腹の音は非常に良く響くのだ。


 そして俺の腹が31回目の鐘を鳴らした時、隣の席の菜乃ちゃんが心配そうな様子で声をかけてきた。


「恥ずかしくて死にそうだ」

「だ、大丈夫ですよ。皆さん、夏樹さんがお昼食べてないこと、知ってると思うので……その、あんまり気にしない方が……」

「穴があったら入りたいです、今すぐに」

「あう……」


 ごめんよ菜乃ちゃん。なんかもう恥ずかしすぎて、むしゃくしゃしてるんですよ今の俺は。

 だからこんな風に素っ気ない返事しかできないけど、決して菜乃ちゃんの困り顔を見て癒されたいとか思ってないから。うん、絶対。


 あぁでも困ってる顔が可愛い! やべえ! もっと見せてくれ! もっと困ってくれ菜乃ちゃん! そして俺の心を満たしてくれ!


「あ、あの。飴ちゃんでよかったら……ど、どうぞ」

「え? あ……」


 困り顔の菜乃ちゃんが胸ポケットから取り出したのは、可愛らしいピンク色の飴玉。

 俺はそれを受け取ってから、さっきまで菜乃ちゃんの困り顔を見て喜んでいた自分に嫌気が差した。


 なんてことだ……俺は、こんな優しい娘を困らせていたというのか……


「うっ、うっ! ごめんよぉ菜乃ちゃん……っ!」

「えぇ!? なんで泣いてるんですか!? なっ、夏樹さん!?」

「お、俺はなんて馬鹿な事をっ……うぉおっ、アダッ!?」


 菜乃ちゃんから貰った飴玉を握りしめながら、男泣きを始めた瞬間。俺の後頭部になにかが飛んできた。

 そのまま床に落ちたそれを恐る恐る拾い上げてみると、それはクッキーが二枚入った小袋。


「こ、これは! 霧島さんが!」


 驚いて後ろを振り返ってみると、霧島さんはクッキーの箱を持っていた。

 ということは、このクッキーは霧島さんがくれた物ということで。


「……あなたのお腹のせいで授業が頭に入らないのよ。いいからさっさと食べて、その音止めてね」

「ぎりじまざぁん! 俺、ごのグッギィ家宝にずるがらぁあああああ!」

「いや、食べなさいよ」


 鬼の風紀委員長と噂される霧島さんは、他人の空腹を見過ごせない様な良い人でした。


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