十一時限目、「はぁちみーつ食べたぁい」
「おーい、起きるんだ夏樹くーん。大変なんだよ夏樹くーん」
午前最後の授業が終わると同時にハゲが間の抜けた声を発しながらやってきて、安らかな眠りについていた俺の肩を揺さぶってきました。
「うがー、起こすなよぉハゲよぉ。なんだよぉ、今の俺は霧島さんにブロークンハートでショッキングハートなんだよぉ」
「使えもしねぇ横文字をフル活用してわけわかんねーこと言ってんじゃねぇよ。大変だっつってんだろ、はよ起きんかい」
大変と言われましても、今の俺にとってはきっと大した事ではないと思われます。
なんたって二時間前にフラれましたからね俺は。そっちの方がよっぽど大変でしたよ、主に気持ちの整理をつけるのが。
そんな恋愛事情よりも大変なことがあるとすれば、そうですね。
『実は郷太郎先生はメスでした』といったレベルのニュースでない限り、今の俺の心を動かすことはできませんよハゲさん。わかったらとっとと昼飯でも食って来てください、俺は寝ます。
全く興味が沸かなかったので、もう一度顔を伏せたのですが、それでもハゲは言葉を続けました。
「なんと今、校庭で二足歩行の熊がタバコ吸ってるんすよ夏樹さん」
「なんだとぉうッ!?」
さっきまでの傷心状態はどこへやら、俺は一目散にベランダへ出て行き、血眼になって二足歩行の熊を探す。
二足歩行の熊ですか栄一さん!? そりゃとんでもねぇビックニュースですよ!
『実は郷太郎先生はノンケでした』ってくらいのレベルですよそれは!
「どこだッ!? 二足歩行のレッサーパンダならぬ、二足歩行のヤンチャ熊はどこだッ!?」
「ほ、ホラ。あそこだぜ」
俺のテンションの上下差に若干引き気味のハゲが隣までやってきて、そのまま校庭の端を指差した。
そこには、野糞座りをしながら煙を吐き出す、柄の悪い熊がいた。
「うおおおおお!? マジかよ! 熊が糞座りしながらタバコ吸ってやがる! やべぇ、今すぐに写メ撮ってテレビ局と妹のアドレスに送信してやらんと!」
「おぉ! テレビ局に送りつける手があったか! 流石だぜ夏樹!」
「あー、くそ! ここからじゃ遠すぎて上手く撮れん! オイ栄一、俺達であの熊捕獲するぞ! 動けなくなったところを激写だ!」
「オウヨ! 俺等が組めば、相手が熊だろうと敵じゃねぇぜ!」
ということで、俺達は熊を捕獲するために校庭へと向かった。
失恋? 恋愛事情? なんですかそれ? 今は熊ですよ熊。
靴に履き替える間さえ惜しかった俺達は、上履きのまま校庭へと飛び出し、猛ダッシュで熊を目撃した場所へと向かった。
「やべ、俺テンション上がりすぎてどうにかなっちまいそうだぜ! い、勢い余って熊殺しちまったらどうすんだ夏樹!?」
「いいや、その粋だぜハゲさん。なにしろ相手は森の覇者である熊。手加減なんてしようものなら、殺られるのは間違いなく俺達の方だ」
「そっ、それもそうだな!? おし、任せろ! 戦闘中は狂ったように笑い続けててやるぜ!」
「いいなそれ! それなら俺は、戦いながら森のくまさんを熱唱してやんよ!」
そんなことを話している内に、俺達は校庭の隅に建てられた飼育小屋の前までやってきた。
「臭うぞハゲさん。これは銭とヤニの香りだ」
「あぁ、恐らくはこのオンボロ小屋の裏手にいるっぽいな。準備はいいか夏樹?」
「当たり前だ。今ならヘビー級レスラーとも渡り合えるさ」
熊の気配を察知した俺達は、その場で学ランを脱ぎ捨て臨戦態勢に入る。
そして、ゆっくりと飼育小屋の裏手へ回り込んだ。
「アァー、なんか食いてェー。今、スッゲェ肉食いてェー……アン? 何見てんだよコラ、見せモンじゃネェんだよ。散りナ」
そこで俺達が目にしたのは、飼育小屋の壁にもたれながら気怠そうにタバコを吸っている熊。
つか近くで見ると、ただの着ぐるみを着た人間にしか見えなかった。
「オイ夏樹!? なんか日本語喋ってんぞあの熊!?」
「ま、マジだ!? てかもうただの着ぐるみじゃねーか!」
「ハァ? テメェ等、馬鹿言ってんじゃネェヨ。こりゃ本物の毛皮だっつの。こちとらネズミの国からやってきたクマのブーさんダヨ、誰だってテレビで見たことあんだろーが。視聴率10%の熊ダヨ」
こんな柄の悪いブーさん見たことないんですけどね。
そんなことを思ったのですが、今の俺は夢をぶち壊された子供の様な心境になっていたので、なんかもうツッコミを入れる元気もありませんでした。
ということで、ツッコミの方は元気の有り余っているハゲに任せます。
「いやぜってぇ着ぐるみだろ!? つか、言動と行動が良い子の知ってるクマのブーさんとはかけ離れてんだよ!」
「……はぁちみーつ食べたぁい」
「うわ似てる!? 声真似超うまっ! 夏樹、このブーさんガチモンだぜ!?」
いや偽物だから。声似てるだけで、他は全然違うから。
「……やぁ、ビグレットー」
「うおおおおおお!? すげぇっ、すげぇー! 俺、帰ったら皆に自慢するぜ! つかサインくれよブーさん!」
「一枚五千円ダヨ」
「……高っ!? ブーさんのサイン高っ!? 夏樹ィ、頼むから借してくれよお! 俺、今持ち合わせがなくてよお!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよハゲ。誰がそんなヤツに金なんて払うか」
俺はそう言い捨ててから、この場を去る事にした。
帰り際、「三千円でどうっすか!?」というハゲの声が聞こえてきたのだが、もはや何も言うまい。
その後教室にて。
「なぁ菜乃ちゃん、結局あの熊はなんなんだ?」
「く、熊……? あ、あれはその、校長先生が個人的に飼っているみたいで、その……怖いですよね、あの熊さん……」
この学校、絶対おかしいだろ。




