俺ノ記憶
あの日、あの歩道橋で、俺達は長きに渡る戦いに終止符を打とうとしていた。
ぶっちゃけ俺とハゲが殴り合う理由など無かったのだが、どうも不良というヤツは、形だけでもケジメをつけたがる生き物らしい。
散々不良漫画を読み耽っていた俺達は、それを十分過ぎる程に理解していたんだと思う。
「ハゲ、いや栄一。今まで悪かったな」
「おいおい気持ち悪りぃぞ夏樹、お前が謝るなんてらしくねぇぜ?」
「いや、これでお前等とドンパチやれるのも最後だって思ってな。ひとつだけ言っときたいことがあるんだ」
決着の日。
俺達は最期の喧嘩を始める直前まで『不良みたいに』本音で語り合っていた。
以下、現役中二病患者二名の痛々しい台詞が飛び交いますが、大人の皆様はどうか暖かく聞いてやってください。
「俺はさ、感謝してたんだ。お前等と喧嘩できることが楽しくて、しょうがなかったんだよ。バカみたいにムキになってて、バカみたいにはしゃいでた。それは相手がお前等だったからだよ、俺達が全力でぶつかっても全力で返してくれる様な相手は、お前等しかいなかったんだ。だから、俺達のバカ騒ぎに付き合ってくれたお前等に、お礼を言いたいんだ」
「夏樹……な、なんだよぉ……うぉおおっ! うおおおおおお! 俺だちっ、おでだぢもっ、お前等には感謝しでるんだよおおおぅッ! 今まで、ありがどなぁ! なづぎいいい!」
「な、なに泣いでんだよぉ……ご、ごの喧嘩がおわっだらッ、仲間だぢづれでっ、皆でラーメン食いにいぐぞぉおお……っ!?」
「うぉおお! ごれがらは、皆でながよぐしようなぁああああ!?」
「うぉおおおおおおおおぅ!」
お互いに号泣しちゃっていますが、要訳するとこうなります。
最初はただのいがみ合いだったけれど、喧嘩を重ねるたびに友情が生まれてきて、最後の一年間はどうしても仲良くしたくなったので、この喧嘩が終わったら皆でラーメンを食べに行って仲直りをしましょう。
ということですね。素直に言いたいことが言えないのも、子供の特権です。
それから俺達は全力で殴り合い、喧嘩が終わる頃にはお互いボロボロな状態になっていた。
もちろん、俺達は満足していた。二凶の最後を飾るにふさわしい喧嘩だったからだ。
俺とハゲは、最後のシメに、歩道橋の上から長き戦いが終わったことを宣言しようとしていた。
俺達は痛む身体をなんとか立ち上がらせると、そのまま手すりにもたれかかる。
「お、終わったな……決着は文句無しの引き分けだ。さて……後は、ここから叫ぶだけだ……」
栄一はそう言いながら、手すりに体重をかけ、その巨体を大きく乗り出した。
「うぐおぉっ! 長かっただだがいもぉ、今日で終わりだぁああ! うっ、うおっ、こでがらはぁ、二凶で手を組んでぇえ、皆でながよぐぅー……ぉ? うおおおッ!?」
「お、おい!? 栄一!?」
なんと最後の最後で、この馬鹿は全体重を掛けていた手を滑べらせやがった。
くるりと反転して、手すりの向こう側へと飛び出す栄一。
「栄一ィ!!」
なんとか落ちる寸前に栄一の腕を掴んだ。
だが、その瞬間。
「……え?」
俺は、誰かに背中を……押され、たのか……?
なんとも言えない浮遊感。栄一と共に落ちていくのがわかる。
俺は最後に、歩道橋の上を見ていた様な気がする。そして、歩道橋の上に居たヤツの顔も、はっきりと……はっきりと…………
記憶のフィルムは、それ以上の映像を流すことはなかった。




