十時限目、「畜生! 誰か俺の目を塞いでくれ!」
一時限目の授業を放棄して、その時間を菜乃ちゃんとの親睦会に充てていた俺は、二持限目の体育をもちまして半年ぶりの授業となりました。
ちなみに菜乃ちゃんとはちゃっかり打ち解けたので、もう霧島さんの一件は気にしていません。俺は菜乃ちゃんという心のオアシスを見つけてしまったのですから。
「……チラリ」
「なに? 余所見は駄目よ?」
「すんません」
それでも時折、霧島さんの方を見てしまう自分は情けないヤツだと思います。
あぁ神よ、こんな不甲斐のない俺をお赦し下さい。
恋愛とは簡単に割り切れるものではないのです、おぉ神よ。
体育の授業は運動場で行われるため、俺達生徒七人は運動場の真ん中に集まって座り、体育担当の郷太郎先生の話に耳を傾けていました。
「よぉし、お前等! 今日はリレーの授業をしよう! さぁ! 武田、真鍋の二人は速やかに先生のバトンをしゃぶ……おほん。先生の指揮の元、バトンの使い方を覚えなさい」
「オイコラ、本音が漏れてんぞガチホモ教師」
「落ち着けよ夏樹。見ろ、ここに『110』で既にコール中の携帯電話がある。これを使って、速やかにあのガチホモを檻の中にぶち込もうぜ」
そう言った栄一が、ポケットから携帯電話を取り出した。
そのディスプレイには『110』。こいつ、マジで警察にかけてやがる。
「っはっはっは! 授業中に携帯を出すのは校則違反だぞぅ!?」
遠目にそれを見た郷太郎先生が、少し慌てた様子で栄一の携帯電話を取り上げ。
……べきっと、その携帯電話をあらぬ方向へと折り曲げた。
「ええええええぇえぇええ!? ちょぉ、うおおぉ!? ちょうぉおおおお!? 俺の携帯に何してんだよおおおお!?」
「いやぁすまんなぁ! ちょっと畳む方向を間違えたぜ!」
「いやいやいや!? 畳む方向間違えたとか、そんな可愛いレベルじゃねぇし!?」
可哀想に、哀れハゲ。
しかし郷太郎先生も豚小屋行きは御免だったらしいな、携帯をへし折った時の顔がガチだった。
「それにしても、いいぞぉ! お前等! 今のチームワークがあれば、バトン渡しなんざ朝飯前だぜ!?」
「話逸らしてんじゃねぇよ糞ホモ野郎が! てめぇの股にぶら下がったブツも同じようにへし折ったんぞゴルァ!?」
「がはは! 威勢がいいなぁ武田は! だが先生はな、布団の中でも威勢がいいんだぞぅ!?」
「いや知らねぇよ!? 威勢がいいのはその口だろうが!」
「よく知ってるな武田ぁ! 確かに先生の口は威勢がいいぞぉ!?」
「うおお!? なんか違う意味にしか聞こえねぇ!」
いや違う意味で言ってんだよ。てかお前等のせいで授業が止まってんだけど。
不味い、不味いぞ。
今の俺にとって、授業が止まるイコール暇になる、暇になるイコール……
「もぉ、だからなんなのよさっきから」
イコール、ついつい霧島さんの方を見てしまうんだよ!
畜生! 誰か俺の目を塞いでくれ! 勝手に霧島さんの横顔を追ってしまうこの両目を塞いでくれ!
「いや、すんません。あんまりお綺麗なもんだから、つい」
「あら嬉しい。でも私はあなたのことが大嫌いだから、ごめんなさいね?」
「きっつ!?」
「あ。ちなみに次こっち見たら通報するからね?」
そう言って霧島さんは携帯電話を取り出し、そのディスプレイをこちらに向ける。
『110』……ってこの町の奴等って警察に頼りすぎじゃねぇっすか!? おかしいと思うのは俺だけですか!?
「もう二度と見ませんごめんなさい悪かったすみません申し訳ありませんでした」
「うふふ、懸命ね? ちなみに謝り方、おかしいから」
精一杯謝る俺に微笑んだ霧島さんは、それっきり俺の相手をしてくれなくなった。
……メソメソ。
だがしかし! 俺はただ邪険にされていたわけじゃない!
今回の絡みで、霧島さんとは今後どれくらいの距離を保っていけばいいのかがよくわかった!
例え俺のことが大嫌いな相手であろうと、お互いに適度な距離を保ち、少しずつ心の距離を縮めていくことによって仲直りを実現させるんだ! 頑張れ俺! だかしかし、彼女との距離はあまりにも遠いぞ!?
「こ、こんなんじゃ一生かかっても心の距離が埋まることはないよー、助けてくださいよー、菜乃ちゃーん」
「えぇ!? わ、私に言わっ、言わないでくださいぃ……」
うわ可愛い。なんか元気出た。
霧島さんとの距離が絶望的な一方で、菜乃ちゃんと上手く打ち解けることができたのは傷心中の俺にとって唯一の救いでした。ですが、めでたしめでたしと言うわけにはいきません。
どうせなら、霧島さんとも仲良くなりたいです。おぉ神よ、欲張りな俺をお赦し下さい。




