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九時限目、「菜乃で、いいですから」


 半年振りに授業開始を告げるチャイムの音を聞きながら、俺は屋上のフェンスにもたれ、一人孤独に涙を流しておりました。

 涙の理由はもちろん、先程の霧島さんが放った一言。


『そんな無理に言い訳しなくても、私の中であなたに抱く印象は、どう転んでも最悪なんだから』


 俺なりに、ここ半年で更生したことをアピールしたつもりだったのですが、どうやらアピールする前からめちゃくちゃ嫌われてたみたいです。



「フラれたんだな……俺は……」


 そう、フラれました。フラれたんですよ俺は。

 食パンを咥えながら出会い頭にごっつんこするという王道展開に例えるならば、食パンを咥えながらごっつんこする瞬間に足払いをされて大きく転倒してしまった感じです。


 つまり、恋の駆け引きが始まる前に玉砕したということです。最初からこう言えばよかったですね、ごめんなさい。



「はぁ、半年ぶりの学校で浮き足立ってた頃の自分が懐かしいぜ」


 屋上からの景色を眺めながら、つい三十分前の自分の姿を思いだし、自嘲気味に笑う。


 もう、この学校に来る意味もなくなったんだ。女にフラれるってことは、つまりそういうことなんだよ。


「そうだ飛び降りよう! これはもう、飛び降りるしか選択肢はない! ははっ、また病院で看護師さん達をからかって遊ぶのもいいなぁ!」


 俺は半ばヤケクソになりながら、目の前のフェンスに飛びついた。

 そして一歩、また一歩とよじ登ったところで。


「……なんてなー、飛べるわけないよなー。……よっと」

「うわっ」

「……え?」


 やっぱり怖くなったのでフェンスから手を離して着地、したところで背後から女の子の声が聞こえた。

 驚いて後ろを振り返ってみると、そこにはさっき教室を飛び出していったお団子ちゃんの姿が。


「や! あ、そのっ! ごめんなさい……」

「いや、そんな急に謝られても」

「あぅ……ごめんなさい」


 彼女は何故か俺に手を伸ばした状態で、赤面しながら頭を下げてくる。

 ううむ。別にお団子ちゃんが嫌いというわけではないのだが、こうも引っ込み思案だとどう接していいのやら。


「あ。もしかして、俺がフェンスに登るのを止めようとしてたん?」

「……(コクコク」


 俺の予想を言ってみると、彼女は首を縦に振った。

 どうやら正解らしい。


「いやぁ、別に飛び降りようとか考えてたわけじゃないんだぞ? ただちょっとフェンスの向こう側に楽園が見えただけで」

「と、飛び降り自殺は……良くないと思います」


 そうですよね。と言っても飛び降りる勇気すらなかったんですけどね。


「わかった、お団子ちゃんに免じて飛び降りるのは諦めよう。つかお団子ちゃんはここでなにして……あ、やっぱなんでもない」

「……?」


 授業が始まっているというのに、彼女はこんなところで何をしていたのか。

 それは、彼女の赤く腫れた瞳を見れば一目瞭然だった。


 俺の予想では、お団子ちゃんは教室を飛び出した後、この屋上までやってきて一人孤独に涙を流していた。

 と思いきや、次に霧島さんにフラれた俺がやってきて、一人孤独に涙を流しながらフェンスをよじ登り始めたので慌てて止めに来た。とまぁそんなところだろうか。


 そんなことを考えていた俺の顔を、気付けばお団子ちゃんが覗き込んでいた。


「あ、あの……真鍋さんは……」

「あ。夏樹でいいから」

「ぇ」

「いやフリーズしなくていいから。夏樹でいいから」


 会話の途中で思考停止に陥るお団子ちゃんは可愛いが、ちょっとめんどい。


「夏樹、さんは。なんで泣いてたんですか?」

「うぐっ!? い、いやちょっとな……」

「も、もしかして、私が教室を出て行っちゃったから、先生に怒られたとか……」


 いやいやいや、先生に怒られたくらいで泣きませんよ俺は。

 あの郷太郎さんに限ってはケツを掘られた瞬間に号泣してしまいそうだが、教師に怒られることなんてもう慣れっこだし。

 それに泣いてた理由は、ついさっき霧島さんにフラれたからです。


 そう思いながらも、俺は全く別のことを言うつもりでいた。


「あぁ、実はお団子ちゃんがな?」

「あ。菜乃で、いいですから」

「ぇ」

「いや、フリーズしなくていいですから……菜乃で、いいですから」


 あ、あれ? もしかして俺、仕返しされました?


「あぁいや! それじゃ菜乃ちゃん。えっと、上の名前も教えてもらっていい?」

「は、はい。えっと、柚原菜乃(ゆずはら なの)っていいます」


 柚原菜乃ちゃんか。まさか、引っ込み思案の彼女に仕返しされてしまうとは。


 これは一本取られたお礼に、彼女の全体像を脳内で解説してあげよう。

 こうすることで馬鹿な俺でも他人の顔を覚えることができるのです。お団子ちゃんは可愛いので、是非俺の脳内メモリーに記憶しておきたいのです。


 という建前をつけ、俺は菜乃ちゃんの身体を視姦し始めた。



 柚原菜乃。

 誰とも話していない時は、どこか遠くの景色をぼーっと眺めている様な大人しい女の子。


 髪型はふわふわとボリュームのある、少し洒落たお団子頭。ほんのり茶色なところも味があっていいと思います。

 瞳は常にジト目をキープしていますが、ちょっと話し掛けるだけで驚いて目をまん丸くしてくれるので、ついちょっかいをかけたくなりますね。悪戯心が動きます。


 そしてついにやってきました身体の部分ですが、性格と反して結構大胆な身体をしてらっしゃります。

 体付きは細身ですが、その魅力あふれる二つの果実がたまりません。もうやばいです。あぁやばい、マジやばい。



「あ、あの……夏樹さん?」

「あぁいや! すまん! 話続けるから!」

「……?」


 いかんいかん! 果実の魅力にとりつかれてしまった! 邪念よ出てゆけ!

 俺は慌てて二つの果実から目を逸らし、先程言いかけていた言葉を続ける。


「だからね? えっと、あんまりにも菜乃ちゃんが俺を避けるもんだから、つい傷ついちゃって涙腺崩壊しちゃったんですよ」

「そ、そうだったんですか……」


 うんごめん嘘。


「菜乃ちゃんが人見知りで、大人しい子だってことはわかる。でもせっかく隣の席になれたんだし、もうちょっとだけ気を楽にして接してくれると嬉しいんだ、ダメか?」

「……(フルフル」

「そっか、ならこれからよろしくお願いしますってことで」

「ぁ……は、はい!」


 俺の差し出した手を見て、少しだけ頬を染めた菜乃ちゃんもそっと手を差し出してきた。

 俺達はぎこちない握手を交わした後、ちょっと照れくさくなって笑ってしまった。


 こうして菜乃ちゃんとの親睦を深めた俺は、霧島さんにフラれた傷が少しだけ癒えましたとさ。


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