プロローグ
トイレの個室の中。恐怖で震える身体を必死に抱きしめる。
個室の外からは、悪意のこもった沢山の笑い声。私は怖くてたまらなかった。
「……っ」
頭上からは、絶え間なく水が落ちてくる。
異臭。汚臭。きっとこの水の臭いだろう。一体、この水はなんなのかと一瞬考えそうになったが、それと同時に吐き気が襲ってきた。
それに耐えようと口を塞ぐが、それでもこの異臭のせいで吐き気はやまない。
鼻を塞いでみると、今度は外からの笑い声が嫌によく聞こえてくる。
嫌、聞きたくない。
両手で耳を塞ぎ、息を止め、きつく目を閉じて、ただひたすら耐え続ける。
それから少し経つと、今度は水ではなく物が落ちてきた。
「また……私の……?」
きつく閉じていた瞼を上げ、落ちてきた物がなんなのかを確認する。
教科書、ノート、筆箱、リコーダー、はさみ。
やっぱり。いつも私の物を持ってきては、ここへ投げ入れてくるんだ。
「あ、あれ?」
それでも、今日は違った。
投げ入れられた物には確かに私の苗字が書いてあるけど、これは私のものじゃない。それに教科書に描かれた学年だって少し違う。
「……あ」
そこでふと、家族の……妹の顔が、頭に浮かんだ。
「い、いや……うそ、これって!」
つい声を荒げると、外の笑い声が盛大に沸いた。
しかしそんなことよりも、今は妹の事が心配だった。
「うそ、うそよ……ねぇ。私の妹に、なにかしたの……?」
そう呟きながら、私は。
目の前のはさみに手を伸ばしていた。




