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「step」  作者: 華南
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夢の住人 その5

Act.35  夢の住人 その5





「どうして坂下君はこんな風になったのですか…?」


夕暮れ、病室に戻った夏流は忍をベットに横たえて豪に尋ねた。

少し表情を硬くしながらも夏流の問いに答える豪。


重い雰囲気がその場を占領した。


「…何処から君に話したらいいのだろうか。


そうだな、忍の両親が既にいない事は知ってるよね。」


豪の問いに、こくりと頷く。

夏流の視線を外し、豪は窓辺に視線を追いやった。

その瞳に哀しみが漂っている。


「忍は中学を機に坂下家に預かる事になっていた。

忍の住んでいる場所は、彼に充分な教育を施せる所ではなかったのでね。


忍は散々ごねたが最後には両親の説得の元、渋々承諾した。


そして何日かの後、坂下家に向う途中、急な天候の変化により土砂崩れが起こり、災害に巻き込まれた忍達の車は、転落事故を起こし、

両親は即死、そして忍は何日間も生死を彷徨う重症を負った。


酷い事故だった…。


忍の両親の損傷は見るも無惨な迄の有様だった。


そんな両親の姿を忍は意識をなくす迄、ただ見ているしか無かった。


そして、何日間か経過した後、忍は意識を取り戻したが…。


その後、目覚めた忍は半狂乱になり何度も自殺を繰り返していた。


いや、あれは自殺ではなく、自責の念による行為だろう…。


忍は自分が助かった事にどうしようもない憤りを感じていた。


「生」を願った自分。


両親の死を受け入れる事の出来ない自分。


私たち坂下家の家族を憎んでいるのに、その感情を出せない自分。


最後に全てを解っていながら、あくまでも生きる事を望んだ自分に非難して…、そして心を閉ざした。


どうしようも無い事だと解っていても、それを受け入れるのは余りにも幼い忍には残酷過ぎる現実だった。


そして忍の精神は崩壊して深い眠りにつく事を望んだ。


そうする事で忍は自分を守ったんだよ。


「生」に執着する事は、私たちを許す事になる。


「生」を望む事は両親の死を、受け入れる事になる。


それが忍には耐えれなかった。


忍は、何処迄も優しい性格だったから…。」


ふううと、一息つき、豪は更に話を続けた。


「心を閉ざし、何ヶ月か経過したある日、忍は君に出会った。


君と忍が屋上でいる所を何度か私は見かけた事があるんだ。


忍を見つめ楽しいそうに笑いかける君を見つめていながら、私は確信したんだ。


私は忍が必ず目覚める事を。


ふふ、どうしてかって言うんだね?


それは忍が今迄、見せた事もない反応を示していたから。


君との逢瀬が終わった後、忍の瞳に微かな変化が見られていたんだ。


医師の報告を受けたとき、忍の意識が戻る確立は極めて高い事を知った。


そして、君との別れの後、忍は意識を取り戻した。


だが以前の忍とは全く違う人格として。」


豪の話を聞きながら、ふと、疑問に思い、言葉が零れた。


「以前と違う人格…、ですか?」


「そう、忍は以前は自分の感情に素直な、はっきりとした意思を持つ、活発な子供だった。


それが目覚めた途端、全てに老成した、そう、忍の父親に似て穏やかで、感情の機微を示さない性格になっていた。


心をそんな風に作ったんだと思う。


現実を受け止めるには、今迄の精神では忍の心は耐えれないのだろうと思っての所業だと考えられる。


誰にも優しくて、そして感情を表さない。


一貫した態度でみんなに接する。


出来た人間だ、と思われるがそうでは無い。


忍は、元より感情が無いのだから。


それが二年前から忍の性格に綻びが出だした。


そしてここ何ヶ月前から、それがはっきりとしたカタチとして忍の感情に現れた。


それが君との出会いだ。


忍は君に「恋」をしていた。


ううん。


恋ではなく、君を心から愛していたんだ。


だから心の崩壊が始まったんだ…。」


「それは違います、坂下君は…!」


豪の言葉に思わず反発して声を荒げた。

感情を落ち着かせる事が出来なくて、夏流は身体を震わせた。


そんな夏流を穏やかに見つめる。

豪の言葉は何処迄も優しかった。


「忍は君を心から愛していた。


だから、心の均衡が崩壊したんだよ。


君に惹かれる事は、今迄の自分を許す事だから自分の心を否定した。


君に会う度に、本来の自分が姿を現す事に忍は戸惑った。


最初からあの時の君だと解らない時から、忍は君に惹かれていた。


高校に上がった頃から、忍の心に少しずつ変化が見えていたからね。


君が白樺学園にいる事は僕は知っていたから、いつかこうなる事は予測出来ていた。


君は、忍が唯一心から求める人物だからね。


忍は目覚めた時、君の為にもう一度生きようと思った。


君を自分の手で幸せにしたいと心から願っていた。


だけどそれを心から望む事は自分を許す事になる。


それは忍にとって堪え難い事だった。


それでも…。


忍は君を望んだ。」


豪の言葉にいつも間にか夏流は涙を流していた。


「私は、そんな坂下君の気持ちに全然、気付かなかった。


彼があの時の少年だった事すら、解らなかった。


解っていたら、彼をこんな姿にする事を止める事が出来たのに…」


嗚咽を零す夏流に豪はかぶりをふり悲しく微笑んだ。


「遅かれ早かれ、忍がこんな事になるのは解っていた。


忍は無意識にこうなる事を望んでいたと思う。


心の奥底で、過去の出来事を乗り越えたいと思っていたはずだから。


忍は目覚めるよ。


それが何時かは解らないけど、きっと目覚めて、そして…。


私たちに心からの笑顔を見せてくれるだろう。」


豪の言葉が夏流の心に優しく響く。


忍の心が戻る事を切に願いながら夏流は忍の手を強く握りしめた…。



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