短篇一篇 その15
今週は何も思い付かず、休もうと考えていましたが、五月十六日の朝、目が覚める直前に見た夢を参考にして大急ぎで仕上げました。
執筆中にイギリスのエリザベス二世が思い浮かんだのですが、女王のイメージは皆さんにお任せ致します。
主人公が女王では無く、王子や王女へ置き換えることも出来るでしょうし、王族が市井の人から知恵や技術を借りて問題を解決するとか、そういう話へ広げることも可能でしょう。しかし、今のは私には無理なので思い付いた方が居られたらお任せします。
首都からかなり離れた小さな町、その街角を一人の女性が歩いていた。
街行く人がふと振り返る。
「どこかで見た人だよな」
そう思うけど誰だか思い出せない。
他の人もその女性を見て振り返っている。皆、その女性を見た覚えはあるのだが、誰だか思い出せずにいた。
「女王?」
一人が思い出す。しかし、女王ならば物々しく護衛を連れて歩くだろうし、何日も前から女王が訪問するとか、その案内が町中に伝わることだろう。
「他人の空似だろうか?」
そう思って気にしない人も居たが、中には本物の女王と気が付いて驚いている人も居た。
「警察に連絡した方が……」
思わず携帯電話を取りだしている人も居る。
だが、国民は知っている。女王は時折、お忍びで王宮を出て国内各地を巡っているという真偽不明の噂がある。勿論、この町にも過去に幾度か女王がお忍びで歩いていた、その噂はあった。
今、女王は初老で既に後継者も指名されている。仮にだが、女王が事故や事件に巻き込まれても国政への影響は小さいと言えるだろう。国民の誰もがその様に考えてはいるが、一方で不祥事皆無の愛すべき女王が護衛も付けずに歩いているのはやはり心配になる。だが、本当に他人の空似かもしれない。
誰もが女王とおぼしき女性へ声を掛けるのを控えてただ見守るしか無かった。
その女王とおぼしき女性も服装はシックなものであり、目立つことも無く周囲へ溶け込んでいる。さすがにお忍びで一点物のドレスをまとって町を歩くことはないだろう。
女王は街角にある一軒の店舗へと入っていく。そこは女王と同世代の革職人が一人で営んでいる、工房も兼ねた店舗だ。
「いらっしゃいませ」
神様が来店しても驚くことなく、無愛想に接客するのだろうか、そう思うぐらいに無愛想だ。これを職人気質と言うのかもしれない。
「ティム、お久しぶりね」
初老の女性は革職人へ声を掛けつつ、バッグの中から一枚の紙を取り出す。それを受付も兼ねた作業台の上へ置きながら広げる。
手書きでバッグの図面が描かれている。具体的な寸法も書かれているが、幾度か書き直しており、紙の上はごちゃごちゃしている。
ティムと呼ばれた男性は紙面を眺め、早速ペンを取りだして書き足していく。そして初老の女性にも「ここは、この方が使い易いですよ」とか、提案していく。
工房にある棚へ無造作に並べられた見本を出したり、他の客から依頼されて制作途中のバッグも見せたりして改善提案をしていく。
初老の女性も提案を受け入れる箇所も有るが、受け入れない箇所もあって二人の話は長くなる一方だった。
紙一枚では書き切れないからティムは作業台の隅に置いていたノートを取り出して客の提案や自分の意見を書いていく。革の質や色も当初の予定から二転三転していく。
女性が来店して一時間以上、二時間ぐらい経っただろうか。
「あらあら、もうこんな時間なのね。帰らないと、叱られるわ」
そう言うと女性は立ち上がる。女性が座っていた椅子は十年以上来客が腰掛けていた、安っぽい椅子だ。客に出されたコーヒーは近所のコーヒー・ショップに頼んで配達して貰った。
女性客はティムに「それで、いつ頃、出来るかしら」と問い掛ける。
「お急ぎで無ければ、三か月か四か月、お待たせすることになりますね。急がれるとしても、三か月は待って頂かないと……」
制作途中のバッグ類が並んでいる。
「わかりました。もう少し、考えたいこともありますし、話の続きは手紙で送ります。その後で制作に入って下さい」
女性客はそう言うと店を出ようとする。さすがに無愛想なティムでも店の戸を開けて客を見送った。
その日の夕方遅く、王宮の通用門を初老の女性が足早に入っていく。
門番をしていた若い衛兵が目を丸くして女性を見るが、女性は軽く会釈してその横を通り抜ける。
門番は二人一組なのだが、もう一人は若い衛兵に向けて首を小さく横に振る。勤務中、私語は厳禁だから「今のは見なかったことにしろ」と伝えたかったし、その意図を察したのか、若い衛兵も「後で説明して下さい」と言う意味を込めて小さく頷いた。
夕食時、「母上、また勝手に出かけられたそうですね」と王太子に言われた女王は「あら、今日は一日、公務は入れてなかったはずですよ」と返す。
その日から四か月以上経ったある日、同じ通用門にティムの姿があった。
ティムは衛兵に来意を告げる。手には大きな紙袋を持っている。
衛兵は通用門横の待機所にある内線電話で上官へ連絡し、上官からの許可を得てティムを通す。
ティムは通用門から一番近い建物の中へ案内され、こぢんまりとした応接室へと通される。
使用人が来て「飲み物を提供したいが、好きな飲み物は何か」と尋ねてくるのでティムは一言、「アイスティー」とだけ答えた。
応接室にアイスティーと合わせて菓子も運ばれてくる。ティムはアイスティーを飲みながら待つ以外、何もできない。指定された時刻よりも早く来たのだから仕方が無い。
応接室の扉が開き、使用人が「お越しです」とティムへ告げる。
公務の合間を縫って来たのだろうか、女王は少しだけ疲れたような雰囲気をまとっている。
「お待たせしました」
部屋へ入ると女王はティムへ一礼する。ティムも席を立って一礼する。
「さぁ、堅苦しいのは、ここまで。見せて貰えませんか」
女王が言葉に合わせてティムは紙袋からバッグを取り出す。
当初の図面からは随分と手直しされたが、女王にとっては満足のいく一点となったようだ。
「良かったわ、間に合って。来月、外遊の予定が入っているの。どうしても、これくらいの大きさのバッグが欲しかったのよ」
「間に合って良かったです」
ティムもホッとしている。
女王は
ティムの工房には「王室御用達」とか記されたプレートなどは一切無い。大事なのは外遊先で女王が肌身離さず、ティムが制作したバッグを持っていることが一番の宣伝となる。
当然、テレビや新聞などが女王を取材するだろうし、関心を持っている人ならば「女王はどこであのバッグを購入したのだろう」や「有名なデザイナーが関わっているのでは」とインターネットなどを使って調べることだろう。
女王が自分の使いやすさを追求して一からデザインしたとは誰も思わないだろう。
残念ながらバッグの外側には制作者を示すタグなどは全く無いし、女王も率先してマスコミらに制作者の名を明かすことは無い。それでも訪問先の王室や政府要人に問われたら女王はこっそりと工房の住所を教えます。合わせてティムが頑固な職人気質であることも伝えておきます。
何年も経ってからどこかの国の元大統領がこっそりとティムの工房を訪ねてくることがあったりするのは全て女王の御陰である。
この国には女王がお忍びでこっそり訪ねる店舗が幾つかある。しかし、ティムと同様で自分から「女王に贔屓にしてもらっています」と言う人は居ないし、普段は近所の常連さんを相手に商売しており、女王が贔屓にしているとは誰も気が付いてはいない。
そして女王のお気に入りは次の世代へと受け継がれていくのか、次の王が自分で新しい店を開拓していくのか、それは謎としておきましょう。
今回のお話ではバッグを扱いましたが、私たちが普段使っている鞄やリュックサック、ノートやボールペンなどでも使い易さに個人差はあると思います。
以前、別なところでも書いたのですが、日本人も身長なんかが随分と伸びています。
例えば男性だと今は平均百七十センチぐらいだそうです。約百年前だと平均百六十センチぐらいで十センチも伸びています。
背が伸びると言うことは手の大きさも変わってくるでしょう。鉛筆やボールペンなどの筆記具も長さや太さを見直す必要があるのでは無いか、その様に思います。
合わせてお箸にスプーン、フォークなどのカトラリーもサイズを見直すべきでは無いか、その様にも思います。
飲食店へ入って「お箸はL、M、S、どちらにしますか」って問われる日が来るでしょうか。それとも各自でマイ箸を持ち歩くのが当たり前になるのでしょうか。
手の大きさに合わせてお箸や筆記具をオーダー出来る時代が来るのではないか、数年前から思っているのですが、なかなかそう言う時代が来ません。




