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よくある異種婚姻譚

作者: 埴輪庭
掲載日:2026/02/13

 ◆


 その日、メイリ・フォン・ヘルデンブルクは自分の死を覚悟した。


 もっとも覚悟といっても彼女自身が想像していたそれとは随分と趣が異なっていた。彼女が想像していた死とはすなわち、例えば流行病だとか怪我だとか、そういう()()()()()であるからだ。


 目の前にいるのは頭から尾の先まで軽く城館の大広間を埋め尽くしそうな巨躯を持つ、鱗の一枚一枚が凍てついた湖面のように蒼く煌めく竜。


 彼女の常識の中に竜によって食い殺されるという死の形は存在しなかった。


 竜が存在すること自体は知っていた。ヘルデンブルク公爵家の書庫に収められた古い地誌には北方の霊峰ヴァイスツァーンに棲むとされる竜族の記述がある。だが書物の中の竜はあくまで羊皮紙の上に描かれた挿絵でしかなかった。現実の竜はインクと空想では到底追いつかない圧倒的な質量で彼女の前に横たわっている。


 その竜はメイリを見つめていた。


 琥珀色の瞳だった。冬の低い陽が氷の結晶を透過するときのような冷たくも温かい光を湛えた瞳が、まっすぐにメイリを捉えている。獣が獲物を見定めるような獰猛さはない。かといって動物が同族を認識するときの無関心さでもない。それはもっと切実でもっと痛切な、およそ竜という存在には似つかわしくない眼差しだった。


 ◆


 春の終わりの事だった。


 野草の標本を採りに出たのが今朝の話である。メイリの数少ない趣味のひとつが植物の押し花であり、とりわけ高地に咲く小さな花々を好んで集めていた。たったひとりで。供の者をつけるほどの身分でもなく、つけてほしいと頼むほどの厚かましさも持ち合わせていなかったから。


 メイリは公爵家の庶子である。


 父であるヴォルフガング・フォン・ヘルデンブルク公爵と、契約結婚で結ばれた女のあいだに生まれた娘。母はメイリを産んだのち、産後の肥立ちが悪く世を去った。メイリという名は母がつけたもので古い言葉で「木漏れ日」を意味する。木々の葉の隙間からこぼれ落ちる、あの淡い光のことだ。


 名前の由来を知ったとき、メイリは不思議に思った。木漏れ日とはつまり光そのものではない。大きく輝く太陽でもなければ、闇を切り裂く稲妻でもなく、ただ何かの隙間から漏れ出た、かすかな明るさに過ぎない。母がその名に何を込めたのかは永遠にわからない。なにしろメイリが母と過ごした時間はこの世に生を受けてからわずか三日だけだったのだから。


 公爵家での暮らしが不幸だったかと問われれば、メイリは答えに窮しただろう。衣食住に不足はなかった。教育も受けさせてもらえた。読み書き、算術、歴史、地理、礼法。庶子とはいえ公爵家の名を冠する以上、最低限の教養は備えさせるというのが父の方針だった。


 ただ、そこに温もりはなかった。


 父は月に一度、メイリの教育の進捗を確認するために書斎に呼びつけた。メイリが暗唱課題を間違えなく諳んじれば頷き、間違えれば短く指摘する。それだけだった。褒めることも叱ることもない。まるで帳簿の数字を確認するような、事務的で淡白な時間だった。


 正妻であるアンネリーゼ公爵夫人もメイリに対して冷淡だったわけではない。ただ関心がなかった。アンネリーゼにはふたりの嫡子がおり、その養育に忙しく、庶子の娘に注ぐ視線の余裕がなかっただけの話である。


 冷遇ではない。無関心だった。


 そしてメイリはその無関心の中で育つうちにひとつの欠落を抱えるようになった。


 愛というものがわからない。


 書物の中にはたくさんの愛が書かれている。吟遊詩人が高らかに歌い上げる騎士と姫の恋物語。母が我が子のために命を賭す英雄譚。離れ離れになった恋人たちが数十年の歳月を経て再会する壮大な叙事詩。どれも美しく、どれも心を打つ。けれどメイリにとってそれらはあの植物図鑑に載っている見たことのない異国の花と同じだった。知識としては知っている。しかし手で触れたことがない。香りを嗅いだこともない。だからそれが本当はどういうものなのか、実感としてはわからない。


 わからないまま十七年を生きてきた。


 そして今、そのメイリの目の前に一頭の竜がいる。


 ◆


 竜が口を開いた。


 正確には鋭い牙が居並ぶ巨大な顎がゆっくりと動き、そこから信じがたいことに人の言葉が紡ぎ出された。低く、深く、冬の夜に凍った湖の底から響いてくるような声だった。


「恐れるな」


 無理な相談だった。メイリの膝は既に笑っていたし、手にしていた押し花用の挟み板はとうの昔に地面に落ちている。両手は握りしめた裳裾をつかんだまま離れず、心臓は肋骨の内側で暴れ狂っていた。


「我はジギスムンド。霊峰ヴァイスツァーンに棲まう蒼氷の竜。おまえを探していた」


 探していた、という言葉の意味がメイリの頭にはすぐには入ってこなかった。竜が人を探す。何のために。食べるため。いや、それならばこんな悠長に話しかけてはこないだろう。だが他に理由が思いつかない。


「おまえの名を知りたい」


「……メイリ」


 答えてしまったのは恐怖のあまり逆に思考が麻痺していたからだ。名前を訊かれたら答える。それは幼い頃から叩き込まれた礼法のひとつであり、目の前の存在が何であれ、身体に染みついた作法が勝手に口を動かしてしまった。


「メイリ」


 竜が彼女の名を復唱した瞬間、奇妙なことが起きた。蒼い鱗の表面を薄い燐光が走ったのだ。それは心臓のある辺りから始まって、波紋のように全身へと広がり、やがて竜の巨体全体がほのかな光に包まれた。


「やはり、そうか」


 ジギスムンドの声が震えた。巨大な竜の声帯が震える振動は大気そのものを揺らし、メイリの足元の草が波打った。


「おまえが我の番だ」


 その瞬間、世界が裏返った。


 メイリの視界が白く弾け、足元の草も丘の斜面も蒼い竜の巨体も一切が消え去り、代わりに押し寄せてきたのは自分のものではない記憶の奔流だった。


 砂漠があった。

 灼けた大地の上を歩く長い黒髪の女がいる。その女の傍らに、痩せた砂色の犬が一頭。干上がった泉を探して何日も歩き続けている。女が倒れたとき犬は女の顔を舐め、水の匂いがする方角へ女を導いた。泉を見つけた女は膝をついて犬の首を抱き、犬は女の頬を舐めた。二つの命はその泉のほとりで寄り添い合い、女が老いて息を引き取るまで片時も離れなかった。


 場面が変わった。


 雪原があった。白い毛皮の狼と銀青色の鱗を持つ老いた蛇が、洞穴の中で身を寄せ合っている。狼の体温が蛇の冷えた鱗を温め、蛇は狼の首に幾重にも巻きついて風から守った。猟師の矢が狼の脇腹を貫いたとき、蛇は猟師に噛みつき毒を注いだ。狼は傷のまま蛇を背に乗せて走り、二匹は遠い森の奥で死んだ。同じ時刻に。


 場面がまた変わった。


 港町の夕暮れ。荷を運ぶ少年と、船大工の娘。少年は片足が悪く、娘は生まれつき声が出ない。少年は娘のために手話を覚え、娘は少年のために杖を彫った。白髪になるまで添い遂げ、同じ年の同じ月に二人は穏やかに目を閉じた。


 戦場。

 甲冑の騎士が泥の中で膝をついている。その背を庇うように立つのは小柄な従者の少女。敵兵の槍が少女の胸を貫き、騎士が絶叫した。騎士は少女を抱いて戦場を走り、野営地の天幕で少女は騎士の腕の中で息を引き取った。騎士はその後の戦に自ら突入し、二度と帰らなかった。


 花畑。

 嵐の海。

 地下水脈の暗闋。

 炎に包まれた城壁の上。


 場面が矢継ぎ早に切り替わる。獣と人。人と人。獣と獣。虫と鳥。あるいは名前すらない何かと何か。姿が違い、生きた時代が違い、言葉が違っても、そこにはいつも二つの魂があった。片方がもう片方を見つけ出し、引き寄せられ、寄り添い、あるときは最期まで添い遂げ、あるときは引き裂かれ、そしてまた次の生で巡り合う。

 ある生ではジギスムンドにあたる魂のほうがメイリを見つけ出した。番を探し当てる感覚が鋭い生だった。ある生ではメイリにあたる魂のほうが世界の果てまで歩いて相手を探し出した。どちらが見つけるかはその時の生による。敏感なこともあれば鈍感なこともある。それでも必ず巡り合った。一度の例外もなく。

 悲恋もあった。出会った瞬間に片方が死んだ生も、触れ合うことさえ許されなかった生もある。それでも魂は覚えていた。次の生で、また出会うために。


 幻視がメイリの意識に灼きつくように流れ込み、そして唐突に途切れた。


 同じ瞬間、ジギスムンドもまた見ていた。


 竜の琥珀色の瞳が大きく見開かれ、全身の鱗が激しく明滅している。ジギスムンドの視界にもまた押し寄せていたのだ。砂漠の犬と女。雪原の狼と蛇。港町の少年と娘。戦場の騎士と従者。何千何万という生の記憶が竜の巨大な意識を貫き、八百年を生きた竜の知性をもってしてなお処理しきれない奔流となって流れ込んでいた。

 そのすべての生の中に、いつもこの魂がいた。姿形は変わっても、匂いが、温度が、魂の手触りが同じだった。だからこそ番だとわかった。探し出すことができた。今回の生ではジギスムンドのほうが敏感だった。ヴァイスツァーンの山頂から遥か遠くのこの丘にいるメイリの魂の気配を嗅ぎ取り、八百年の孤独を終わらせるために飛んできたのだ。


「……見えたか」


 ジギスムンドの声が震えていた。


「見え……ました」


 メイリの声も震えていた。膝からすべての力が抜けて草の上に座り込んでいる。あの砂漠の女の孤独を覚えている。あの港町の娘の温もりを覚えている。あの戦場の従者の痛みを覚えている。すべて自分のものではない記憶なのに、なぜか涙が止まらなかった。


「これが番だ。我らの魂は幾千の生を経て互いを求め続けてきた。今生もまた、巡り合った」


 番。つがい。


 その言葉をメイリは知っていた。書庫の奥にあった古い竜族研究の文献に記述がある。竜族は生涯にただ一度、魂の片割れとも呼ぶべき存在に巡り合うことがある。それは種を超えることもあり、竜と人のあいだで番が成立した記録も数百年に一度の頻度で残されている。

 だが今のメイリにとって、それはもう書物の中の知識ではなかった。自分の身体を貫いた幻視の記憶が、番というものの意味を理屈ではなく魂で理解させていた。


 番とは竜にとっての運命そのものだった。竜の寿命は千年を優に超える。その長大な生の中でたった一度だけ訪れる、魂の共鳴。番を見出した竜はその存在のために生き、その存在のために戦い、その存在を失えば、やがて自らも朽ちる。竜にとって番とは呼吸をするのと同じくらい自明で心臓が鳴るのと同じくらい不可避な、生の根幹に関わる結びつきだった。


 ただし幻視を見たからといって、すべてを受け入れられるわけではなかった。


 幾千の生の記憶が魂を貫いたのだ。頭が追いつかない。心臓がまだ暴れている。膝は草の上に座り込んだまま立てなくて、涙は流れているのに理由がわからない。番だということは理解した。理解してしまった。だがこの巨大な蒼い竜と自分がこれからどうなるのか、十七年間をほとんどひとりで生きてきた少女にはまだ何も見えなかった。


「……待ってください」


 メイリは震える声で言った。竜を見上げる。琥珀色の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。あの幻視の中で幾千回も見つめ合った瞳だ。知っている。知っているのに、まだ怖い。怖いというのとは少し違う。自分の中に押し寄せた何かがあまりにも大きすぎて、処理しきれないのだ。


「父に……相談させてください。わたしだけでは、何も決められません」


 ジギスムンドは長い沈黙の後、静かに頷いた。


「待とう。我は八百年を待った。もう少しだけ待つことはできる」


 メイリは膝に力を入れて立ち上がった。足が震えている。丘を下りながら何度も振り返った。蒼い竜は丘の上で微動だにせず、琥珀色の瞳でメイリの背を見送っていた。


 ◆


 ヴォルフガング・フォン・ヘルデンブルク公爵は午後の執務をちょうど終えたところだった。


 年の頃は五十を少し過ぎたあたり。鉄のように白みがかった灰色の髪を後ろへ撫でつけ、鷲のような鋭い目をした長身の男だった。表情の変化に乏しく、領地の者たちからは畏れられていたがその実、ヘルデンブルク公爵領の安寧は彼の卓越した行政手腕によって保たれていた。


 書斎の扉が控えめに叩かれたのはちょうど夕刻の鐘が鳴る少し前のことだった。


「お父様」


 メイリがこの呼び方で彼を呼ぶのは珍しい。普段は「公爵閣下」か、よくて「父上」だ。それが「お父様」になっている時点で何か尋常ではないことが起きたのだとヴォルフガングは即座に理解した。


 もっとも理解はしたが表情は変わらなかった。手にしていた羽ペンを静かにインク壺の脇に置き、扉口に立つ庶子の娘を見やる。泣いた跡のある顔。草の汚れがついた裳裾。だが息は乱れていない。走ってきたわけではなく、足元の覚束ないまま歩いて帰ってきたのだろう。


「話がある顔だな。座れ」


「竜が、いました。丘に」


「竜」


「わたしの番だと。それから……幻を見ました。たくさんの生の記憶が流れ込んで……砂漠の女と犬、雪原の狼と蛇、港町の少年と娘……全部、わたしたちだったんです」


 ヴォルフガングの右眉が微かに持ち上がった。この男にしては最大級の驚きの表現だった。


「詳しく話せ。順を追え」


 メイリが椅子に腰を下ろし、途切れ途切れに事の次第を語り終えるまでに四半刻ほどを要した。その間、ヴォルフガングは一言も口を挟まず、ただ鋭い視線で娘の顔を見据えていた。


 語り終えたメイリの頬には涙の跡があった。混乱と動揺で泣いたのだろう。ヴォルフガングはそれを見ても特段の感慨を示さず、ただ静かに問うた。


「その竜は今どこにいる」


「丘に。待っていてくれると言いました」


「名を名乗ったのだな。ジギスムンドと」


「はい」


「蒼氷の竜か。文献にある」


 ヴォルフガングは立ち上がり、書棚の奥から一冊の革装丁の書物を引き出した。古い竜族の系譜が記された稀覯本だった。頁を繰る指の動きに迷いがない。この男は公爵家の書庫に収められた全ての書物の配置と内容を正確に把握していた。


「ジギスムンド。ヴァイスツァーン竜族の長子。齢は……八百を超えるか。番を持たぬ竜として記録されていたが見つけたということか」


 独り言のように呟いてから、ヴォルフガングはメイリへ目を戻した。


「今日はもう休め。明日、私がその竜に会う。必要な手配は私がする」


 それだけ言って、ヴォルフガングは再び書物に目を落とした。メイリは呆然としたまま、追い出されるように書斎を出た。父が「必要な手配」と言ったとき、それが自分の身を案じてのことなのか、それとも公爵家に竜が関わるという面倒事を処理するためなのか、メイリには判断がつかなかった。


 ◆


 翌日の朝、ジギスムンドが来た。


 ヴォルフガングが使いの者に持たせた書状には「ヘルデンブルク公爵邸にて面会を求む」とだけ記されていた。竜が律儀にも応じた結果、蒼い巨体が公爵邸の中庭に降り立った。


 使用人たちの悲鳴が屋敷中に響き渡り、厩舎の馬が暴れ、飼い犬たちが一斉に尻尾を巻いて逃げ出した。近衛兵たちが槍を構えて駆けつけたが軽く城壁の高さを超える竜の巨体を前に誰ひとりとして踏み出すことができない。


 だがその混乱の中をヴォルフガング公爵は平然と中庭に歩み出た。

 朝の陽光を浴びて輝く蒼い鱗を見上げ、ヴォルフガングは腕を組んだ。


「ジギスムンドと名乗ったな」


 その声には巨大な竜を前にしているとは思えぬほどの平静があった。まるで取引先の商会の長と向き合っているかのような、冷徹な落ち着き。


「いかにも。我はジギスムンド。おまえがメイリの父か」


「ヘルデンブルク公爵ヴォルフガングだ。我が領地に無断で入ったことについてはひとまず不問にしよう。問いたいことがある」


 竜がわずかに目を細めた。人の矮小さに見合わぬ胆力を持つ男だと、その琥珀色の瞳が語っていた。


「申してみよ」


「番であるという確証は」


「竜の番は我が身を以て知る。名を聞き、魂が照応した。これ以上の確証はどこにも存在しない」


「つまり、おまえの主観でしかないということだ」


 ジギスムンドの喉の奥から、地鳴りのような唸り声がした。怒りだった。


「人間風情が竜の理を疑うか」


「疑うのではない。確認している。人と竜では判断の基準が異なる。おまえにとっての真実が娘にとっての真実であるとは限らない。そこを摺り合わせぬまま進めれば、双方が不幸になる」


 ジギスムンドは沈黙した。その沈黙をヴォルフガングは冷静に観察した。怒りに任せて暴れる気配はない。つまりこの竜は知性を持ち、対話が成立する相手だ。それがわかっただけでもこの場に出てきた価値はあった。


「メイリは戸惑っている。幻視を見て番であることは理解したようだが、だからといってすぐに受け入れられるものでもない。当然だ」


「……だが番は番だ。変えられぬ」


「変えろとは言っていない。手順を踏めと言っている」


 ヴォルフガングは踵を返した。


「明朝また来い。ただし少し気を遣え。中庭の薔薇を潰されてはかなわん。あれは妻が丹精を込めたものだ」


 背を向けて去っていく公爵をジギスムンドは呆然と見送った。八百年を生きてきたが竜に背を向けて平然と歩き去る人間を見たのはこれが初めてだった。


 ◆


 その夜、ヴォルフガングは書斎でアンネリーゼと向き合っていた。


「竜の番、ですか」


 アンネリーゼ・フォン・ヘルデンブルク公爵夫人は四十を過ぎてなお凛とした美貌を保つ女だった。亜麻色の髪を丁寧に結い上げ、薄い紫の瞳には聡明な光が宿っている。


「南大陸の文献にいくつか先例がある。だがどれも詳細が曖昧だ」


「メイリはどう申しておりますの」


「戸惑っている。あの娘は幻視で番の意味を理解してしまったが、それと感情が追いつくかは別の話だ。対人関係の経験が薄い上にましてや相手は竜だ」


「そのことについて、わたくしにも責がありますわね」


 アンネリーゼは素直にそう言った。この率直さがヴォルフガングがこの妻を一定の信頼に足ると判断する理由のひとつだった。


「過去の話をしても仕方がない。問題は今後だ」


「追い払うおつもりはないのですね」


「メイリ自身が幻視を見て番の記憶を体験しているのなら、疑う余地はあるまい。追い払ったところで無駄だ。竜は番を追い続ける。千年を費やしてでもだ。それにメイリ本人の意思もある。今は戸惑っているが時間が経てば変わるかもしれん。変わらんかもしれんが」


「あなたらしい。感情ではなく、合理で物事を判断なさる」


「感情で判断してよいことなど、この世にほとんどない」


 ヴォルフガングは羽ペンを手に取り、白紙の羊皮紙に何やら書き始めた。


「何をなさいますの」


「異種間婚姻に関する法令を洗い出す。王国法、領地慣習法、教会法。さらに竜族側の慣習も確認する必要がある。ジギスムンドという竜がメイリの番であるという前提に立った場合、双方が幸福に至るための条件を明文化する」


「……条件の、明文化」


「そうだ。恋だの愛だのは当人たちに任せればいい。だが現実の問題は山のようにある。人と竜の体格差、食糧、居住環境、社会的地位、財産、子の問題、閨のこと。放っておけばどれか一つで必ず躓く。躓いてから対処するのは下策だ」


 アンネリーゼは夫を見つめた。この人はメイリを愛しているのだろうかと、ふと考えた。答えはおそらく出ないだろう。ヴォルフガングという人間は愛というものを語彙として持ち合わせていない。だが庶子の娘のためにここまで頭を回すということはそれが愛でなくとも少なくとも責任感の発露ではあるのだろう。


「わたくしにできることがあれば」


「ある。メイリと話をしてやれ。あの娘には女として相談できる相手がいない。閨のことは特に私では話にならん」


 アンネリーゼの頬がわずかに赤くなった。


「竜と人の、閨のこと、ですか」


「そうだ。避けては通れない問題だ」


「……承知しました。できる限り調べてまいりますわ」


 その夜遅く、ヴォルフガングの書斎の灯りは消えなかった。羊皮紙には蟻のように小さく精緻な文字で箇条書きの項目が次々と書き連ねられていった。


 ◆


 翌朝、ジギスムンドは約束通り現れた。


 ただし、やはり竜の姿のままだった。前日よりも幾分か翼を畳んではいたがそれでもなお中庭の石畳をはみ出すほどの巨体は健在で、先に植え替えたばかりの夏花壇が蒼い尾の下敷きになっている。


 ヴォルフガングが中庭に出ると、ジギスムンドの琥珀色の瞳がすぐにこちらを向いた。


「来たぞ、人間」


「名前で呼べ。ヴォルフガングだ」


「……ヴォルフガング」


「よろしい。ではまず一つ目の問題を片づける」


 ヴォルフガングは懐から昨夜書き上げた羊皮紙の束を取り出し、目の前に広げた。


「おまえがメイリの番であるという前提でおまえたちが結ばれるために解決すべき問題を整理した。全部で十七項目ある」


「十七だと」


「少なく見積もっての数字だ。聞け。第一におまえの姿の問題。おまえはその巨体でメイリとどうやって暮らすつもりだ。手を繋ぐこともできなければ、同じ食卓で飯を食うこともできん。部屋に入ることすらできん」


 ジギスムンドは黙り込んだ。言われてみれば、そのとおりだった。番を見つけたという歓喜に酔って、そんな根本的なことを考えてもいなかった。


「竜族には人の姿を取る術があると文献にある。おまえにはできるのか」


 ジギスムンドの喉の奥から、短く鋭い音が漏れた。竜族にとっての不快を表す唸りだった。


「できる。だがそれは竜の誇りを穢す行いだ。我らにとって竜体こそが真の姿。人の形を借りることは己の本質を偽ることに他ならぬ」


「ほう」


 ヴォルフガングの声は平坦だった。


「では訊くがおまえは誇りとメイリと、どちらが大事だ」


 空気が凍った。中庭の隅で物陰からこっそり様子をうかがっていた使用人たちが一斉に息を飲む気配がした。竜に向かってそんなことを言い放つ人間がいるのかと、誰もが目を疑っている。


 ジギスムンドの瞳が燃えた。


「番は我が魂の半身。比較するまでもなかろう」


「ならば話は単純だ。誇りというものは守るべきもののために一時的に降ろすことができてこそ、真に価値がある。降ろすことのできぬ誇りはただの意地だ」


 竜の全身を覆う蒼い鱗がさざなみのように波打った。怒りなのか動揺なのか、あるいはその両方か。八百年の生でこのような言葉を投げかけられたことは一度もなかった。


「メイリの立場から考えてみろ。おまえがその姿のままでいる限り、あの娘はおまえの顔を見上げることしかできん。おまえの目を覗き込むことも、おまえの声を耳元で聞くことも、おまえの手に触れることもできん。それでも番の絆が成り立つとおまえは思うか」


 沈黙が長く続いた。春の風が竜の巨体の周りで渦を巻いて吹き過ぎていく。

 やがて、ジギスムンドが低く唸った。


「……三日、待て」


「待つ。ただし、三日だ。四日目には別の手段を検討する」


「大した男だな、おまえは」


「よく言われる」


 ◆


 三日後の朝、中庭に立っていたのは竜ではなかった。


 長身の青年だった。


 額の左右から後方へ流れるように伸びた二本の蒼い角。背中からは翼の名残のように薄い膜のような外套がかかり、指先と手の甲にはうっすらと鱗の模様が浮かんでいる。


 だが顔立ちは紛れもなく人のそれで、高い鼻梁と薄い唇、そして氷のように透き通った白い肌を持つ、二十代半ばほどに見える男の姿だった。


 琥珀色の瞳だけがあの日と同じ光を湛えている。


「これでよいか、ヴォルフガング」


 声は変わっていなかった。低く、深く、空気の底を震わせるような竜の声。ただ音量が人の耳に合わせて調整されており、もはや大気を揺るがすような轟きはない。


「よかろう。次の問題に移る。中へ入れ」


 ヴォルフガングが屋敷の中へ案内すると、応接間の入口でメイリと鉢合わせになった。メイリは見知らぬ青年の姿に一瞬きょとんとしたがその琥珀色の瞳を見た瞬間、息を呑んだ。あの丘で見上げた瞳と同じだ。あの幻視の中で幾千回も見つめ合った瞳だ。


「じ、ジギスムンド……?」


「メイリ」


 竜が人の姿で自分の名を呼ぶ。そのただそれだけのことがメイリの胸の奥で何かを揺らした。竜の巨体のときに聞いた名前の復唱とはまったく異なる響きだった。人の唇が動いて、人の声帯が震えて、こちらの耳に届く。あの巨大な生き物が自分と同じ形をした口で自分の名前を語っている。


 なぜだかわからないが目頭が熱くなった。


「なぜ泣く」


「泣いてません」


「涙が出ているぞ」


「これは涙じゃなくて……目にごみが」


「風上だぞ。ごみは飛んでこない」


 知性のある竜は時として律儀すぎるほどに正確だった。メイリの陳腐な嘘は一瞬で看破され、彼女は真っ赤になった顔を両手で覆った。


「まあまあ」


 背後から穏やかな声がした。アンネリーゼだった。


「メイリ、ジギスムンド殿にお茶をお出ししましょう。いくら竜とはいえ、お客様にはまず茶を出すのがヘルデンブルクの流儀ですもの」


「竜にお茶を?」


「人の姿を取ってくださったのですから、人のもてなしをするのが礼というものよ」


 アンネリーゼの穏やかだが有無を言わせぬ言葉にメイリは渋々と茶の支度に向かった。その小さな背中を見送りながら、ジギスムンドが呟いた。


「あの娘は我を嫌っているのか」


「嫌ってはいない。戸惑っている。頭では理解していても心が追いつかんのだ。違いがわかるか」


「……わからぬ」


「そこからだ」


 ヴォルフガングは溜息をついた。この竜は長くを生きながら、人の感情の機微については生まれたての雛のように無知だった。


 ◆


 まず浮上したのは食の問題だった。


 ジギスムンドを食堂に招いた初日、ヴォルフガングは何気なく訊ねた。


「おまえは何を食う」


「鹿だ。丸ごと」


 食卓についていたメイリの顔が青くなった。


「……丸ごと」


「皮も骨も。竜は無駄を出さぬ」


「人の姿でもか」


「人の姿では……顎の力が足りぬ。調理が要る」


「ならば話は簡単だ。料理長に鹿肉の調理を命じる。ただしメイリの前で丸かじりは禁じる」


「なぜだ。我が番の前で食事をして何が悪い」


「悪くはない。だが人間は目の前で獣を丸ごとむさぼり食う光景を見ると食欲を失う。相手の食欲を奪う食べ方は、人間の食卓では最も忌避される行為のひとつだ」


「竜族にそのような概念はない」


「だからこそ教えている。おまえが知らぬことをメイリが知っていて、メイリが知らぬことをおまえが知っている。互いの禁忌を理解できなければ、番であろうが何だろうが共には生きられん」


 ジギスムンドは不承不承ながらも頷いた。その日の夕食で生まれて初めてナイフとフォークを手にした竜の青年が鹿肉のローストをぎこちなく切り分ける姿は控えめに言っても珍妙だった。ナイフの握り方が逆でフォークは三回落とし、パンに至っては手づかみで口に放り込もうとしてアンネリーゼに窘められた。


「こう持つのですよ、ジギスムンド殿」


「この金属の棒に何の意味がある。手で食めば済む話だろう」


「意味はありますわ。食卓の作法は共に食事をする相手への敬意の表れですもの」


「敬意なら我は常にメイリに払っている」


「ええ、存じています。でもそれを形にするのが人間の世界の流儀なのです」


 メイリはフォークを落とすジギスムンドを見ながら、不思議な気持ちになった。どう接してよいかわからなかった竜がこうして食卓でフォークと格闘している姿はなんというか、滑稽でどこか微笑ましくて、それでいて少し胸の奥が温かくなるような光景だった。


「おかしいか」


 視線に気づいたジギスムンドが尋ねた。メイリは慌てて首を振った。


「い、いえ。その……がんばっていらっしゃるなと思って」


「我は番のためならば何であれ努力する。この金属の棒とて例外ではない」


 あまりに真剣な顔で言うものだからメイリは小さく噴き出した。生まれて初めて、食卓で笑った。


 ◆


 次に問題になったのは力の差だった。


 ジギスムンドが人の姿を取っているとはいえ、その身体能力は人間の比ではなかった。ある日、メイリが書庫で高い棚の本を取ろうとしていたとき、ジギスムンドが手を伸ばして取ってやろうとした。その拍子に書棚を吹き飛ばしてしまったのだ。本が雪崩のように降り注ぎ、メイリは紙の洪水に埋もれることになった。


「すまぬ、力の加減がわからなかった」


「わたし、本の下敷きになってるんですけど」


「掘り出してやろう」


「そっと掘り出してください。そっと」


「加減というのは実に難しいものだな」


 その翌日、ジギスムンドは庭でメイリに花を渡そうとした。ヴォルフガングの蔵書を参考に人間の求愛には花を贈る習慣があると学んだらしい。だが花を摘むつもりで握った手に力が入りすぎ、引きちぎってしまった。


「……これは」


「花だ」


「お花、ですか」


「…………」


 メイリはそれを受け取って、かろうじて残っている花弁の欠片を見つめた。ぐちゃぐちゃだった。完全にぐちゃぐちゃだったがジギスムンドがメイリのためにという気持ちは理解できた。


「……ありがとうございます」


「喜んでくれるのか」


「花をくれようとしたお気持ちは嬉しいです。あの、次はもう少しそっと摘んでいただけると」


「善処する」


 ヴォルフガングは書斎の窓からその一部始終を見下ろし、羊皮紙の「力の制御」の項目に横線を引いた。まだ完全に解決したとは言い難いが少なくとも方向性は定まった。当面の間、ジギスムンドには力の加減を学ぶための訓練が必要だろう。


 翌日からヴォルフガングが自ら監修する「人間世界適応訓練」が始まった。


 最初の課題は卵だった。


「これを割らずに持て」


 ヴォルフガングが差し出した鶏卵をジギスムンドが受け取った瞬間、ぺしゃ、と音がして掌の中で卵が潰れた。白身と黄身が指の隙間から垂れ落ちる。


「…………」


「もう一つだ」


 ぺしゃ。


「もう一つ」


 ぺしゃ。


 十二個目で、ようやく卵は原形を保った。とはいえ殻にはびっしりとひび割れが走っており、ジギスムンドの手が少しでも震えれば即座に崩壊する危うさだった。


「握力を竜の基準で考えるな。人の基準で考えろ。おまえの片手で岩を砕ける力は卵を持つのに必要ない」


「我は八百年間ずっとこの力で生きてきたのだぞ」


「だから今日から学び直せ。メイリの手はこの卵より脆い」


 ジギスムンドの目に不快と焦燥と反省がない交ぜになった複雑な色が浮かんだ。メイリの手が卵より脆いという事実は竜にとって衝撃だったらしく、その日から卵を十個ずつ台所から持ち出しては割らずに持つ訓練を繰り返し始めた。厨房の料理長は卵の消費量が三倍に跳ね上がった理由を知って頭を抱えた。


 次の課題は扉だった。


 公爵邸の扉は樫材の重厚な造りだが、ジギスムンドが開けると蝶番が悲鳴を上げた。最初の三日で応接間の扉が二枚壊れ、書斎の扉が一枚外れ、メイリの部屋の扉に至ってはノックしただけで拳の形に穴が開いた。


「……ジギスムンド様」


 穴の向こうから覗くメイリの顔は怒りよりも呆れに満ちていた。


「すまぬ。加減したつもりだったのだが」


「わたしの部屋に穴が開いてます」


「修繕する」


「修繕できるんですか」


「……木工の心得はない」


 ヴォルフガングは修繕費の見積もりを出しながら無表情に呟いた。


「領地の大工の仕事が増えたな。経済効果と呼べなくもない」


 しかし最も災難に見舞われたのは花瓶だった。


 ある朝、ジギスムンドがアンネリーゼに礼をしようと頭を下げた。人間の作法に倣った丁寧なお辞儀のつもりだったのだが、額から伸びた二本の蒼い角がサイドテーブルの花瓶を直撃した。ぐわしゃん、と盛大な音を立てて花瓶が砕け散り、水と花が床に飛び散る。


「あ」


 ジギスムンドが慌てて顔を上げると、もう片方の角が壁掛けの燭台を薙ぎ倒した。燭台が落下してテーブルクロスに引っかかり、テーブルの上の陶器が雪崩のように床へ滑り落ちていく。


「あ゛」


 制止しようと手を伸ばしたジギスムンドの肘が棚にぶつかり、棚板が外れ、上に載っていた置時計と銀の燭台が次々と落下した。連鎖する破壊を止めようとするたびに被害が拡大していく様は喜劇以外の何物でもなかった。


 一分後、応接間は嵐の跡地と化していた。


 ジギスムンドは瓦礫の中心に立ち尽くし、呆然としている。アンネリーゼは口元を手で押さえていたがその目は笑っていた。メイリは廊下から覗いて声を殺して震えている。


「……我はただ、礼を」


「存じていますわ。お気持ちは十分に伝わりましたから、ジギスムンド殿」


 アンネリーゼが唇の端に笑みを浮かべてそう言った。角の持ち主が人間の室内で暮らすことの困難を、この公爵夫人は身をもって理解した日だった。


 ヴォルフガングは書斎で報告を受け、十七項目の末尾に十八番目の項目を書き足した。


「角の管理」。


 横線が引かれるまでに、さらに花瓶が四つと窓硝子が一枚犠牲になった。


 ◆



 さらに十日ほど経った頃、ヴォルフガングは新たな問題に取り組んでいた。メイリの立場と貴族の結婚が意味するところ。そしてジギスムンドがそれに対して何を差し出すのか。


 応接間で三者が向き合い、ヴォルフガングが口を開いた。


「メイリは庶子とはいえヘルデンブルク公爵家の名を持つ娘だ。公爵家の娘が誰かに嫁ぐということは家と家の結びつきを意味する。つまりジギスムンド、おまえはメイリひとりを得るのではない。公爵家との関係を結ぶことになる」


「我は公爵家に興味はない。メイリだけだ」


「おまえの興味の有無は問題ではない。制度の話をしている。メイリが公爵家の名のもとに嫁ぐ以上、おまえにも相応の対価が求められる。それは竜族の財宝か、あるいは力か、あるいは別の何かか。何を差し出せる」


 ジギスムンドは腕を組んで考え込んだ。竜族の価値観では番を見つけたことそのものが最大の祝福であり、それ以上の対価という概念がない。だがヴォルフガングの言葉には一理あった。メイリが公爵家の一員である以上、彼女を連れて行くことは公爵家から何かを奪うことに等しい。


「……我にできることが何かあるならば、申してみよ」


「守護だ。ヘルデンブルク公爵家とその領地をおまえの寿命の続く限り守護する約定を立てろ。竜の守護がある家は栄える。それは歴史が証明している」


「千年の守護か」


「千年は最低限の話だ。おまえがメイリを得る見返りとしては安いくらいだと私は考えるが」


 ジギスムンドは笑った。人の姿で笑うと、冷たい美貌にほんの少しだけ温かさが灯って、メイリは思わず目を逸らした。


「面白い男だ、おまえは。千年の守護が安いと言い切るか」


「高いか? しかしメイリは安い娘ではない」


「……よかろう。千年の守護を約定する。我が名において」


 ヴォルフガングは頷き、傍らに用意してあった契約書の羊皮紙を広げた。既に全ての条文が書き込まれていた。この結論を見越して、あらかじめ準備していたのだ。


 メイリは父の手際の良さに唖然とした。


「父上……これ、最初から用意していたんですか」


「交渉は準備が九割だ」


 ジギスムンドが署名の代わりに竜の魔力を込めた拇印を押す。蒼い光が羊皮紙に染み込み、契約は成立した。


 ◆


 竜族の禁忌について、ジギスムンドが語り始めたのはそれからさらに数日が経ってのことだった。


 場所は公爵邸の裏庭に面した東屋でメイリとジギスムンドが二人きりで向かい合って座っていた。ヴォルフガングの指示である。互いの禁忌を理解するには当人同士が直接語り合う必要がある。仲介者を挟んでいては本当のところは伝わらない。


「我ら竜族には三つの禁忌がある」


 ジギスムンドの声は静かだった。普段の威厳ある口調とは異なる、どこか慎重な声音でまるで大切な器を運ぶように言葉を選んでいる。


「第一に竜の真名を他の竜に明かしてはならぬ。真名には魂が宿る。我が真名はいずれおまえに明かす。しかしそれを他の竜族に伝えれば我は命を失う」


「名前を知られただけで……」


「竜の真名はそういうものだ。人間の名とは重みが違う。だからこそ我はおまえに真名を告げるだろう。番にのみ許される行為として」


 メイリの小さな手が膝の上で握りしめられた。


「第二に竜の涙を地に落としてはならぬ。竜の涙は万物を蝕む毒となる。感情が昂ぶるとき、我らは目を閉じなければならぬ」


「泣いてはいけない、ということですか」


「泣くことは許される。ただし涙を零してはならぬ。我が悲しみに暮れたとき、竜体であれば翼で顔を覆い、涙を鱗に吸わせる。人の姿では……手で拭うか、そなたの掌で受け止めてもらえれば、毒にはならぬ」


「わたしの手で」


「番の肌は竜の涙の毒を打ち消すことができる。竜の古い伝承にある」


 メイリは胸の奥で何かがきゅっと締まるような感覚を覚えた。竜が涙を流すとき、番の手だけがその毒を鎮められるのだとすれば、ジギスムンドにとって自分は悲しみの受け皿でもあるのだろうか。


「第三に竜は嘘をつけぬ。これは禁忌というよりも性質だ。ゆえに我がおまえに語る言葉はすべて真実でしかありえない」


 メイリは顔を上げた。ジギスムンドの琥珀色の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。


「我がおまえを番だと言ったこともおまえのために誇りを降ろしたこともすべて嘘のつきようがない真実だ」


「……」


「我はおまえを愛している。メイリ」


 竜は嘘をつけない。この言葉は真実でしかありえない。その事実がメイリの胸の奥深くに打ち込まれた杭のようにじわりと重く沈んでいった。


 愛している、と言われた。愛を知らない自分に愛していると。

 どう受け止めればいいのかわからなかった。けれど確かにその言葉を聞いたとき、胸の奥の何かが温かくなったことだけはメイリ自身にも否定のしようがなかった。


 ◆


 その夜、アンネリーゼがメイリの部屋を訪れた。

 ノックの音に扉を開けると、公爵夫人は紅茶の盆を手にしていた。メイリの部屋に夫人が自ら足を運ぶのは初めてのことでメイリは驚いて固まった。


「入ってもよろしくて」


「ははい。もちろん」


 アンネリーゼは椅子に腰を下ろし、二人分の紅茶を注いだ。その手つきの優雅さはさすがに公爵夫人として長年培われたものだと、メイリは場違いにも感心してしまった。


「あなたに少し、お話ししておかなければならないことがあるの」


「お話、ですか」


「ジギスムンド殿と結ばれるということが具体的にどういうことか。あなたの身体のことを含めて」


 メイリの顔が一瞬で林檎のように赤くなった。


「あっ、あの、それは」


「避けて通れない話よ。ヴォルフガングが調べさせた文献によると、竜族と人の閨にはいくつか注意すべき点があるとのこと」


 アンネリーゼ自身も頬がうっすらと染まっていたが声は落ち着いていた。


「まず、竜族の体温は人より高い。人の姿であっても竜の血が流れている以上、その身体は常に熱い。初めは驚くでしょうけれど、慣れるものだと先例の記録にあるわ」


「ははぁ」


「それから、竜族の方は……その、感情が昂ぶると、人の姿を保つのが難しくなることがあるのだそうよ。鱗が浮いたり、爪が伸びたり」


「閨で鱗が……」


「ですから、最初は互いの加減を学ぶ時間が必要なの。焦る必要はないわ。ジギスムンド殿もあなたを傷つけたくないという一念はあのお方の瞳を見ればよくわかりますもの」


 メイリは紅茶の水面をじっと見つめた。湯気が揺れている。


「あの……お義母様」


 その呼び方をメイリが使うのはこれが初めてだった。アンネリーゼの目が一瞬だけ見開かれたがすぐに柔らかく細められた。


「なに」


「どうして、ここまでしてくださるんですか。わたしは庶子でお義母様にとっては……」


「正直に言えばあなたに対しての愛情というのかしら、そういうものは薄いわね。でも仕方ないわ、私がお腹を痛めて産んだ子ではないのですもの」


 アンネリーゼは紅茶に口をつけた。


「でもね、あなたはこの家で育った子よ。縁が薄くても同じ屋根の下で過ごした年月は本物だわ。わたくしはあなたに十分な愛情を注いではこなかった。それは事実。でもだからこそ、今できることはしたいと思うの」


「……」


「あなたが幸せになるために知っておくべきことを伝えるのはこの家の大人の務めよ」


 メイリの目からぽたりと涙がこぼれた。拭おうとしたが次から次へと溢れてきて止まらない。アンネリーゼは何も言わず、ただ傍に座っていた。泣き止むまでずっと。


 まあ泣き止んだとみるや、メイリはアンネリーゼからあんな事やこんな事を教え込まれてしまい、感傷など消えてなくなってしまったのだが。


 ◆


 メイリがアンネリーゼに閨の手解きを受けていた同じ夜、ヴォルフガングの書斎にはもう一つの灯りがあった。


 早馬で王都へ送る書状を認めていたのだ。


 ヘルデンブルク公爵家は王国北方辺境の守護を担う名門であり、王家との繋がりは建国の時代にまで遡る。ゆえに公爵家に竜が関わるという事態は、領地の問題であると同時に王国の問題でもあった。勝手に処理すれば越権、報告が遅れれば怠慢。ヴォルフガングはそのどちらにも陥らぬ絶妙の時機を見計らっていた。


 書状の宛先は国王ルートヴィヒ四世。ヴォルフガングと同年代の、実直だが保守的な君主である。竜族との接点を持たぬ王都の宮廷にとって、この報告は寝耳に水だろう。それだけに書き方を誤れば恐慌を招く。


 ヴォルフガングの羽ペンは迷いなく羊皮紙の上を走った。


 書状の冒頭には儀礼的な挨拶を最小限に留め、事実関係を簡潔に記した。竜族のジギスムンドがヘルデンブルク公爵家の娘を番と認め、公爵家としてこれを受け入れる方向で調整中であること。竜族との関係構築は公爵家のみならず王国全体の安全保障に資する可能性があること。具体的にはヴァイスツァーン竜族による千年の守護契約が成立しており、その恩恵が北方辺境の防衛に直結すること。


 ここまでが事実の報告だった。ヴォルフガングの筆の冴えはその次にある。


 書状の後半で、ヴォルフガングは三つの懸念に先回りして対処した。


 第一に宗教的懸念。教会法には異種間婚姻を明確に禁じる条文がない。これは古い法典の起草者たちが竜と人の婚姻という事態を想定しなかっただけだが、条文にない以上は禁じられてはいないと解釈できる。ヴォルフガングは過去の類似判例を三件引用し、法的根拠を固めた。


 第二に政治的懸念。公爵家が竜の力を独占するのではないかという疑念が宮廷の貴族たちに生じる可能性がある。これに対してヴォルフガングは守護契約の範囲をヘルデンブルク領に限定せず、王国全土の有事における竜族の協力可能性を示唆した。竜を敵にするのではなく味方に組み込むことの戦略的価値を、王が理解できる言葉で書いた。


 第三に外交的懸念。他国が竜族との関係を知った場合の反応。これについてヴォルフガングは、むしろ抑止力として機能すると論じた。北方辺境に竜の守護があるという情報が広まれば、隣国からの侵攻の抑止になり、結果として王国の軍事費削減に繋がる。数字を添えて。


 全七枚の書状を封蝋で閉じ、ヴォルフガングは執事を呼んだ。


「速達だ。明後日の朝までに王都へ届けろ」


「かしこまりました。ただ閣下、内容によっては宮廷が騒然と……」


「騒がせておけ。事実を知れば冷静な者は味方に回る。騒ぐだけの者は放っておいても害にならん。妨害をする者がいれば──竜に始末させる」


 返書が届いたのは五日後のことだった。


 国王ルートヴィヒ四世の筆跡は几帳面で読みやすかった。内容もまた王らしい慎重さに満ちていた。


 竜族との関係構築について、王は原則として了承する旨を記していた。ただし三つの条件がつけられている。

 第一に公爵家は竜族との全ての交渉の記録を王家に提出すること。

 第二に竜族が王国の法に服する意思を有するか否かを確認すること。

 第三にメイリが自らの意思で竜族のもとへ赴くことを王の前で宣誓すること。


 ヴォルフガングは返書を読み終えて微かに頷いた。想定の範囲内だった。三つの条件のうち第一と第三はすぐに対応できる。第二は少々厄介だが、ジギスムンドの「竜は嘘をつけない」という性質を利用すれば形式的な宣誓で足りるだろう。


 ただし書状にはもう一通、枢密顧問官のフリードリヒからの私信が添えられていた。


「貴殿の書状は宮廷を二分した。宗務卿ハインリヒは異種間婚姻を教義に反するとして猛然と反対している。だが陛下は防衛上の利を重く見ておられる。今のうちに宗務卿を懐柔する手を打たれたい」


 ヴォルフガングは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。宗務卿ハインリヒ。頑迷だが清廉潔白な聖職者で、買収は通じない。教義を論理で崩すしかない。


 翌朝、ヴォルフガングは二通の書状を書いた。一通は宗務卿宛てで、竜族の番の結びつきが教義で説く「神の定めし縁」と本質的に同一であることを、教会の古典神学の引用を交えて論じたものだった。もう一通は王国最大の学術都市にある神学院の院長宛てで、竜族と人間の婚姻に関する神学上の見解を求める依頼状だった。


 学術的な裏付けを先に取りに行く。権威で押さえるのではなく、論理で包囲する。


「宗務卿が折れるまで二週間。もたつけば三週間」


 誰にともなく呟き、ヴォルフガングはインクの瓶を開け直した。


 結果から言えば、三週間だった。


 最初に動いたのは神学院だった。院長からの返書には、竜族の番の結びつきに関する詳細な神学的見解が記されていた。それによれば、番とは竜族における魂の照応であり、その性質は教義の説く「神が人に授けし縁」と本質的に矛盾しない。むしろ種を超えた魂の共鳴は、教義が説く万物の調和を体現するものと解釈しうる。院長はさらに踏み込んで、竜族の番が一生にただ一度のものであるという事実に着目し、「その純潔性においてむしろ人間の婚姻よりも教義に忠実とさえ言える」という挑発的な一文を添えていた。


 ヴォルフガングはこの返書を宗務卿ハインリヒ宛ての第二書簡に添付した。


 宗務卿の反応は予想通り激烈だった。一通目の返書には怒りが滲んでいた。だが二通目には怒りの代わりに困惑が見え始め、三通目に至っては反論の論拠を自ら探しに行ったと思しき古典神学の引用が並んでいた。つまり宗務卿は揺らいでいた。頑迷な聖職者が揺らぐということは、すでに内心では負けを認めかけているということだ。


 決定打になったのは、ヴォルフガングの四通目だった。


 その書簡はごく短いものだった。「宗務卿閣下にお訊ねしたい。仮に番の結びつきが神の定めし縁であるならば、それを人の手で引き裂くことは教義に反しないか」。


 返書は来なかった。代わりに、宗務卿が枢密顧問官フリードリヒに宛てた私信の写しが届いた。「ヘルデンブルクの件については、神学上の瑕疵を指摘する根拠を見出し得ず。よって本件に対する反対意見を撤回する旨、陛下にお伝えいただきたい」。


 ヴォルフガングの口元が、ほんの微かに動いた。笑みとまでは言えない。だがこの男にしてはそれが勝利の表情だった。


 宗務卿の反対撤回を受けて、国王ルートヴィヒ四世は速やかに最終的な承認を下した。勅書の形式で届けられたそれには、竜族と人間の婚姻を王国法の枠内で認める旨、および先に示した三条件を満たした場合に限りこれを有効とする旨が記されていた。


 勅書を読み終えたヴォルフガングは、書斎の抽斗からあの十七項目の羊皮紙を取り出し、「王国法上の承認」の項目に横線を引いた。残る項目は二つだけになった。


 ◆



 ヴォルフガングの十七項目はひとつずつ着実に消化されていった。だがその過程でメイリ自身が譲らなければならないことも浮かび上がった。


 ジギスムンドの住処は霊峰ヴァイスツァーンの洞窟であり、人間の町や村からはおよそ隔絶された場所にある。メイリがジギスムンドとともに去るということは公爵家の暮らしを捨て、人間社会から離れることを意味していた。


「あたりまえのことを想像してみろ、メイリ」


 ヴォルフガングが書斎で娘に向かって言った。


「友人はいるか」


「……いません」


「知己は」


「ほとんどありません」


「では社交の義務は」


「庶子にはありません」


「物質的な執着は」


 メイリは少し考えた。衣装や宝飾品に興味はなかった。贅沢な食事にも。強いて言えば、書庫の本と、押し花の道具。


「本と、押し花の挟み板くらいです」


「持っていけ。それ以外におまえがこの家にいる理由はあるか」


 その問いは残酷だった。残酷だったが正鵠を射ていた。メイリをこの家に繋ぎとめるものはほとんど何もなかったのだ。愛情がなかったから。帰属感がなかったから。ここが自分の居場所だと思ったことが一度もなかったから。


「ただし」


 ヴォルフガングが付け足した。


「おまえが竜の住処で生きていくには人としての生活習慣の多くを手放す覚悟がいる。風呂もなければ暖炉もない。食事は竜の流儀に合わせなければならん場面もある。ジギスムンドが力の加減を学ぶのと同じようにおまえもまた竜の世界に歩み寄らねばならん。愛されるだけでは足りない。愛する相手の世界を理解する努力が要る」


「努力……」


「そうだ。竜の禁忌を知り、竜の習慣を受け入れ、竜の孤独に寄り添う。それがおまえの側の対価だ。ジギスムンドはおまえのために誇りを降ろした。おまえは何を差し出す」


 メイリは長い沈黙の後、小さく、しかしはっきりと答えた。


「わたしの、全部です」


 ヴォルフガングは娘の顔を見なかった。ただ羊皮紙の項目のひとつに横線を引き、羽ペンを置いた。


 ◆


 一月が経った。


 ジギスムンドの力の加減は格段に進歩し、今では卵を割らずに片手で持てるようになった。食卓の作法もおおむね身につき、フォークを落とす回数は週に一度程度にまで減った。メイリの前で鹿を丸かじりする衝動は完全に抑えられている。


 メイリもまた変わりつつあった。


 ジギスムンドの側にいることにもはや恐怖はなかった。代わりに芽生えたのはこの蒼い角を持つ青年の傍にいると胸の奥がぽかぽかと暖かくなるという、名前のつけようのない感覚だった。


 竜の体温は高い。人の姿であってもジギスムンドの身体は常にほんのりと熱を帯びている。春の終わりの涼しい夕暮れに並んで東屋に座っていると、隣から漂ってくる温もりが心地よかった。


「メイリ」


「はい」


「おまえに見せたいものがある」


 ジギスムンドが立ち上がり、片手を差し出した。その手の甲にうっすらと浮かぶ鱗の模様が夕日の光を受けて薄く輝いている。


 メイリは迷った。けれど迷いはほんの一瞬で次の瞬間には自分からその手を取っていた。竜の手は温かかった。大きくて、硬くて、けれどメイリの小さな手を包み込むようにそっと握り返してくれた。


 力の加減をジギスムンドは学んでいた。


「……温かい」


「竜だからな。常に熱い」


「知っています。でも手で触れるのは初めて」


「我もだ。番の手を握るのは」


 二人は庭を抜け、公爵邸の裏手にある丘を登った。メイリが押し花を採りに来ていた、あの丘だ。ジギスムンドと初めて会った場所。


 丘の頂上に立つと、ヘルデンブルク領の全景が見渡せた。なだらかな農地が黄昏の光に染まり、遠くには王都の尖塔がかすかに見える。そのさらに向こう、地平線の彼方に連なる白い山々のうち、ひときわ高くそびえる稜線があった。


「あれが我が棲処だ。霊峰ヴァイスツァーン」


 メイリは目を凝らした。夕暮れの空を背に白い峰が神々しく聳えている。あの山の向こうに自分はこの竜とともに行くのだ。


「怖いか」


「少し」


「我がいる」


「……うん。知ってる」


 その「うん」はメイリがジギスムンドに向けた初めての砕けた言葉だった。敬語でもなく、怯えた声でもなく、ただ自然に零れ落ちた一言。ジギスムンドの琥珀色の瞳が大きく見開かれ、それからゆっくりと細められて、竜にしか出せない低い振動が喉の奥で鳴った。竜族にとっての、至上の喜びを表す音だった。


 ◆


 メイリがジギスムンドとともに王国を去る決意を固めたのはその翌週のことだった。


 ヴォルフガングの十七項目は全て消化され、残された課題は実務的なものだけとなっていた。旅支度の準備、公的な届出、領内への通達。その全てをヴォルフガングは粛々と進め、一切の遅滞を許さなかった。


 メイリはジギスムンドと去ることを選んだ。竜の住処で暮らすことの困難は理解している。人の便利さを手放す覚悟も竜の世界に歩み寄る努力もその全てを引き受ける覚悟がある。なぜならば、ジギスムンドの傍にいると胸が温かいことをもはやメイリは知ってしまったのだから。


 それが愛だと、まだ明確にはわからない。書物に書かれていたような、胸を焦がすような激情でもなければ、全てを投げ打つような衝動でもない。ただ、あの温かさの中にいたいと思う。あの琥珀色の瞳に自分が映っているのを見ると、自分がこの世界にいてもいい理由をひとつ見つけたような気がする。


 それが愛の芽吹きなのだと、メイリはまだ自覚していなかった。


 けれどジギスムンドは知っていた。竜は嘘をつけないし、嘘を見抜く目も持っている。メイリの瞳の奥に灯り始めた小さな光を長きを生きた竜の目は見逃さなかった。


「おまえはまだ気づいていないのだな」


「何にですか」


「おまえが我を見るとき、おまえの瞳には木漏れ日が宿っている」


「……意味がわかりません」


「いずれわかる」


 ジギスムンドは穏やかに微笑んだ。竜は気が長い。千年の命を持つ者にとって、番の愛が芽吹くまでの時間は春を待つ冬のほんの一瞬に過ぎないのだから。


 ◆


 旅立ちの三日前のことだった。


 ヴォルフガングが書斎で最後の書類を整理していると、控えめな叩音がした。扉の前に立っていたのはジギスムンドだった。メイリの姿はない。竜の青年がひとりで訪ねてくるのは珍しかった。


「何だ」


「頼みがある」


 ヴォルフガングの手が止まった。一月あまり共に過ごしたが、この竜が自ら頼みという言葉を口にしたのはこれが初めてだった。


「入れ」


 ジギスムンドは応接用の椅子に腰を下ろした。蒼い角が燭台の火を反射してちらちらと光っている。この部屋の天井は竜の角には低い。だがこの一月で傾ける角度を学んでいた。


「メイリを連れて行く。そのことについて、我ひとりでは足りぬものがある」


「何が足りない」


「我は竜だ。洞穴と岩山と空には不自由しない。だが人間が暮らすには……我の住処はおよそ向いていない」


 ヴォルフガングは椅子の背に身を預け、竜の青年を見据えた。この竜は八百年を生きてきた。人間より遥かに長く、人間より遥かに強く、おそらくこの世界で最も強大な存在のひとつだ。その竜が、人間に頼みがあると言っている。


「具体的に言え」


「まず住居だ。メイリが暮らせるように洞穴を整えねばならぬが、我は人の暮らしに必要なものを知らぬ。寝台、暖房、調理のための設備。何が要るのかすらわからぬ」


「それだけか」


「食糧も要る。我は鹿を狩れば済むが、メイリは人間の食事が必要だ。山の上ではそれを確保できるか……不安がある」


 ジギスムンドの声が僅かに揺れた。不安、という言葉を口にすること自体、竜にとっては大きな譲歩だった。八百年の矜持が軋んでいる。


「もうひとつある」


「言え」


「病だ。メイリが病に倒れたとき、我には何もできぬ。竜は病をしない。ゆえに治す術を持たない。人間の医師に処方を仰ぐ以外に手がないが、霊峰ヴァイスツァーンは人間の町から隔絶されている。もし我の番が……」


 ジギスムンドは言葉を切った。嘘をつけない竜は、言葉にした瞬間それが現実味を帯びることを恐れたのかもしれない。だがその恐れを振り切るように、ジギスムンドは琥珀色の瞳をヴォルフガングに向けた。


「ヴォルフガング。我はこれまで何者にも頼んだことがない。竜は独りで生き、独りで死ぬものだ。だが今の我にはメイリがいる。メイリを守るためであれば、我は竜の矜持を折ろう。足りぬものがあるとき、おまえを頼ってもよいか」


 書斎に沈黙が落ちた。


 ヴォルフガングはジギスムンドの顔をじっと見つめていた。八百年を生きた竜が頭を下げている。比喩ではなく、実際に蒼い角の先が俯いて書斎の灯りの中で影を落としている。この光景が人類の歴史上どれほど稀有なものであるか、公爵は正確に理解していた。


「条件がある」


「申してみよ」


「月に一度、メイリの状態を知らせる書状を寄越せ。健勝であれば一行で構わん。不調であれば詳細を書け」


「……それだけか」


「住居については、ヘルデンブルク領の大工と石工を手配する。洞穴の改修に必要な図面は私が引かせよう。人が暮らすに足る設備を整える。費用は公爵家が持つ」


 ジギスムンドの目が見開かれた。


「食糧は定期的に荷を送る。乾肉、穀物、調味料、茶。山まで運ぶ手段が問題だが、おまえが月に一度麓まで降りてくれば受け渡しは可能だろう。今後、領内の商人にも話をつけておく」


「ヴォルフガング……」


「医者については北方辺境で最も腕の立つ者を一名、常時待機させる。メイリに何かあればおまえが飛んで迎えに行け。竜の速さなら山から領地まで半刻もかかるまい。医者への報酬は公爵家の勘定だ」


 ヴォルフガングは淡々と述べた。一切の感情を排した、純粋に実務的な口調だった。だがその実務的な言葉の一つひとつが、娘の暮らしを守るための盾であることをジギスムンドは理解した。


「なぜだ」


 ジギスムンドが問うた。


「なぜそこまでする。おまえはメイリを愛していないと言ったであろう」


「愛とは言っていない。だがあの娘はこの家の人間だ。この家を出ても、それは変わらん。公爵家の人間が不自由をするのは公爵家の恥だ」


 ヴォルフガングは再び書類に目を落とした。会話はそれで終わりだと言わんばかりの仕草だった。


 ジギスムンドは立ち上がった。蒼い角が燭台の灯りをかすめたが今度はぶつけなかった。扉に手をかけ、振り返った。


「ヴォルフガング」


「まだ何かあるか」


「おまえはよい父だ」


 ヴォルフガングの羽ペンが一瞬だけ止まった。だが返事はしなかった。ジギスムンドもそれ以上は求めず、静かに扉を閉めた。


 書斎にはヴォルフガングひとりが残された。羊皮紙に向かう手は動いている。だがインクが紙に触れるまでの間に、ほんの少しだけ長い間があったことに気づく者はいなかった。


 ◆


 旅立ちの前夜、メイリは屋敷の廊下を歩いていた。


 明日の朝にはジギスムンドとともにここを発つ。荷物は既にまとめてある。本を十冊と、押し花の挟み板。それから母がつけてくれた名前の意味が記された、古い洗礼証書。それだけあれば十分だった。


 月明かりが窓から差し込んで廊下の石畳に淡い光の筋を落としている。メイリはその光の中を歩きながら、自分の足音を聞いていた。この足音をこの廊下で聞くのも最後になるのだろう。


 不思議と、寂しさはなかった。ないはずだった。けれど足は気がつくと父の書斎の前で止まっていた。


 扉の隙間から灯りが漏れている。この時刻にまだ起きている。いつものことだ。ヴォルフガング・フォン・ヘルデンブルクは領主としての執務に毎晩遅くまで取り組む男だった。


 メイリは扉を叩いた。


「入れ」


 いつもと同じ、素っ気ない返事。書斎に入ると、ヴォルフガングは大きな机に向かって書類に目を落としていた。メイリが来たことに気づいているのかいないのか、視線を上げようとしない。


「父上」


「何だ」


「明日、発ちます」


「知っている。手配は済んである」


 沈黙が落ちた。燭台の炎が揺れ、壁に並ぶ書棚の背表紙に影を落としている。メイリは唇を噛んだ。尋ねたいことがあった。喉の奥に引っかかったまま、この一月間ずっと飲み込んでいた言葉が。


「父上におうかがいしたいことがあります」


「言え」


「どうして、ここまでしてくださったのですか」


 ヴォルフガングの羽ペンが止まった。


「わたしは庶子です。父上にとって、わたしの結婚にこれほど手間をかける義理はないはずです。十七もの項目を洗い出して、竜と対等に交渉して、契約書まで用意して。お義母様にまでお願いして、わたしの閨のことまで……あの、どうして」


 ヴォルフガングはゆっくりと顔を上げた。鷲のような鋭い目が燭台の炎を映してわずかに揺れている。その目でメイリを見て、ほんの数秒だけ沈黙した。それからいつもの無表情に戻り、再び書類に目を落とした。


「別におまえを愛しているからではない」


 短い、突き放すような一言だった。メイリの胸がきゅっと痛んだ。だが次の言葉はその痛みとは正反対の温度を持っていた。


「しかし庶子とはいえ娘は娘だ。この家で生まれ、この家で育った以上、おまえはヘルデンブルク公爵家の一員だ。一員が旅立つのであれば、その行く先が少しでも明るいものになるよう、手を尽くすのが家長の務めだ。当然のことをしたまでにすぎん」


「当然の……」


「そうだ。当然のことだ。特別なことは何もしていない」


 嘘だとメイリにはわかった。十七項目の策定。竜との直接交渉。異種間婚姻の法令調査。千年の守護契約。力の制御訓練の手配。それらの全てを「当然のこと」と言い切る男のどこが特別でないというのだろうか。


 けれど、この人はそういう人なのだ。愛しているとは口にしない。感情を表に出さない。ただ黙って行動する。その行動だけがこの人の言葉の代わりなのだ。


 メイリの目が再び潤んだ。けれど今度は泣かなかった。代わりに深く頭を下げた。今まで一度もしたことがないほど深く、腰を折って、長い時間をかけて。


「……ありがとうございました」


 声が震えた。けれど言い切った。言えてよかったと思った。十七年間で初めて、この人に自分の気持ちを伝えることができた。


「もうよい。行って休め。明日は早い」


 ヴォルフガングは書類に目を落としたまま、手を振った。メイリは顔を上げ、もう一度深く礼をして、書斎の扉に手をかけた。

 扉を開けて、一歩踏み出した。廊下の冷たい空気が頬に触れる。扉を閉めようとした、その瞬間だった。


「メイリ」


 背後から声がした。低い、静かな声。振り返ってはいけない気がした。


「幸せになるがいい」


 メイリにとって、それだけで十分だった。


 メイリは唇を噛んで扉を静かに閉めた。廊下に出て、壁にもたれて、両手で口を押さえた。声を殺して泣いた。嬉しくて。悲しくて。温かくて。


 書斎の中ではヴォルフガングが書類を手にしたまま、一行も読み進められずにいた。いつもと変わらぬ鉄面皮のまま、ただ蝋燭の炎をじっと見つめていた。


 ◆


 早朝の空は晴れていた。


 東の地平から昇り始めた朝日がヘルデンブルク公爵邸の石壁を金色に染め上げている。中庭には見慣れた顔が揃っていた。使用人たちが列を作り、近衛兵たちが姿勢を正し、その先頭にヴォルフガングとアンネリーゼが並んで立っている。


 メイリは旅装に身を包んで中庭に現れた。質素な旅のドレスに外套を羽織り、背には小さな革の鞄をひとつ。その中に本と挟み板と洗礼証書が入っている。


 ジギスムンドは人の姿で待っていた。蒼い角が朝日を受けて静かに輝き、琥珀色の瞳がメイリだけを映している。


「準備はよいか」


「はい」


 メイリはアンネリーゼの前に歩み出た。


「お義母様。色々と、教えてくださって、ありがとうございました」


 アンネリーゼは微笑んだ。その微笑みには十七年分の後悔と、それを埋め合わせようとした一月分の努力と、そしてこの先も続く祈りが込められていた。


「元気でね、メイリ。たまにはお手紙をちょうだい」


「はい。必ず」


 アンネリーゼがメイリの頬に触れた。その手は温かかった。


 ヴォルフガングの前に立ったとき、メイリは言葉が出なかった。昨夜の書斎で全てを言い尽くしたつもりだった。けれど、いざ去る段になると、まだ伝え足りないものがある気がしてならなかった。


 ヴォルフガングは相変わらずの無表情で娘を見下ろしている。


「長居は無用だ。行け」


 それだけだった。いつも通りの、突き放すような言葉。けれどメイリにはもうその言葉の裏側にあるものが読めるようになっていた。長居すれば未練が生まれる。未練が生まれれば、足が重くなる。だから短く切り上げる。それがこの人のやり方なのだ。


「はい。行ってまいります」


 メイリは三度目の深い礼をした。そして顔を上げたとき、ほんの一瞬だけ、ヴォルフガングの鷲のような目が柔らかくなったのを見た。見間違いかもしれない。朝日のせいかもしれない。でも確かに見たのだ。この人の目が温かくなる瞬間を。


 ジギスムンドがメイリの手を取った。温かい手だった。


「参るぞ」


「うん」


 ジギスムンドの身体が光を纏い始めた。蒼い燐光が全身を包み、人の輪郭が崩れ、膨れ上がり、やがてそこには荘厳な蒼い竜の姿が広がった。中庭を覆い尽くすほどの巨体が朝日を受け、鱗の一枚一枚が凍てついた湖面のように煌めいている。初めて見たときと同じ、圧倒的な美しさだった。


 だが今のメイリに恐怖はもうなかった。

 竜が前肢を差し出し、メイリはその上に乗った。鱗は冷たくなかった。竜体であってもジギスムンドの身体は温かい。番の体温なのだと、メイリは知っていた。


「しっかりつかまれ」


「はい」


 巨大な翼が広がった。風が渦を巻いて中庭の旗をはためかせ、使用人たちが髪を押さえた。蒼い竜が一息に空へ飛び立つ。その衝撃で中庭の石畳にひびが入り、アンネリーゼの丹精した薔薇の花弁が数枚舞い上がった。


 上昇する竜の背から、メイリは下を見た。公爵邸がみるみる小さくなっていく。中庭に並ぶ人々の姿が豆粒のように縮んでいく。その中で灰色の髪の長身の男だけが最後まではっきりと見えた。


 ヴォルフガングは腕を組んだまま、空を見上げていた。その表情は上空からでは読み取れない。いつもの鉄面皮のまま、遠ざかっていく蒼い点を見送っているのだろう。


 けれどメイリには見えた気がした。あの鷲の目が今だけは空よりも優しい色をしていることが。


 ◆


 風の音が歌のように聞こえた。


 蒼い竜の背に乗って空を渡るメイリの頬を高空の冷たい風がなで上げていく。けれど鱗から伝わる竜の体温が冷気を寄せつけなかった。ジギスムンドの身体は広く、温かく、まるで空飛ぶ暖炉のようだとメイリは思った。暖炉に乗って旅をするなんて、どんな冒険譚にも書いていない。


「寒くないか」


「全然」


「嘘をついているな」


「竜は嘘をつけないんじゃなかったですか。人のことはわからないでしょう」


「おまえの震えは鱗を通して伝わっている。竜の触覚を甘く見るな」


 メイリは唇を尖らせたが抗弁はやめにした。負けを認めて、ジギスムンドの首元の鱗にぴたりと身体を寄せる。そこが最も温かいのだと、この一月で学んでいた。


「メイリ」


「なに」


「おまえは本当にこれでよいのか」


「もう出発しちゃったのに今さらそれを訊くんですか」


「訊かねばならぬ。我は嘘をつけぬゆえ、おまえの本心を確認せずにはおれぬ」


 メイリは竜の背の上で姿勢を正した。遥か前方に白い山脈が近づいてきている。霊峰ヴァイスツァーンの稜線が朝の空に煌々と輝いていた。


「よいです。わたしはあなたと行く。もう決めたから」


「理由を訊いてもよいか」


 メイリは少し考えた。理由。なぜ、竜とともに行くことを選んだのか。


「……あなたの手が温かいからです」


「それだけか」


「それだけ。でもわたしにとってはそれが全部」


 竜の喉の奥から、あの低い振動が響いた。至上の喜びを表す音。メイリはその振動を鱗越しに全身で受け止めて、そっと目を閉じた。


 愛がわからないまま十七年を生きてきた。けれど今、この温もりの中にいると、もしかしたらこれが愛なのかもしれないと思える。竜は嘘をつけない。ジギスムンドの愛は本物だ。ならば自分もいつかきっと、嘘偽りのない愛を返せるようになるだろう。


 木漏れ日は光そのものではない。大きく輝く太陽でもなければ、闇を切り裂く稲妻でもない。ただ何かの隙間からこぼれ落ちる、かすかな明るさ。けれどそのかすかな光が凍てついた冬の森をほんの少しだけ温めることがある。


 メイリという名の木漏れ日は吹きすさぶ冬の嵐を意味する竜の胸に小さな陽だまりをひとつ灯した。


 蒼い竜は翼を大きくはためかせ、白い山脈へ向かって飛んでいく。その背に揺られる少女の姿は地上からはもう見えない。


 ヘルデンブルク公爵邸の書斎では灰色の髪の男が一枚の羊皮紙を手に取っていた。十七項目の全てに横線が引かれた、あの項目表だった。ヴォルフガングはそれを暖炉にくべようとして、ほんの一拍だけ手を止めたが──結局、火にはくべなかった。代わりに書棚の奥にそっとしまい込んだ。誰にも見つからない場所に。いつか何かの折に取り出すかもしれないし、二度と取り出さないかもしれない。それでも捨てはしなかった。


 それがヴォルフガング・フォン・ヘルデンブルク公爵というある種不器用な男が表す事のできる、精一杯の感傷だった。


(了)

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― 新着の感想 ―
公爵夫妻が貴族らしい良い親で良かった
面白かったですー 実際に竜と婚姻を結ぶとなるとそりゃ色々と問題が発生しますよねえ メイリが竜と住むことにあたって、竜側が何が必要かとかちゃんと聞いていたのが良かったです 公爵様の娘を送り出す父目線にう…
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