【短編版】落ちこぼれ冒険者のグレイブ〜ダンジョンと繋がった新世界で才能皆無の駆け出し冒険者、冒険者の頂上へ〜
2042年。
異界へと繋がるゲートが突如として現れ、そこから大量に溢れ出した魔物たちによって日本が壊滅した。
世界中から核の雨が容赦なく日本列島を襲ったのはゲートが現れてから二週間後のことだった。
死者は数千万、生き残り保護された日本人の九割は爆撃の続く日本に強制送還され、核に汚染された東京跡地のゲートから溢れ出る魔物を堰き止めるための巨大な壁を建築を始めた。
それから三十年後、ようやく壁の建築が終わると、日本人たちはゲートを内側から堰き止めるために異界へと送り込まれた。
そして発見されたのが"エーテル"と呼ばれる流体エネルギー資源だ。
幸か不幸か、当時の日本は核の汚染下にあり、発見されたエーテルの調査結果は強い放射性物質であると判断され、世界を危機に陥れかけたゲートを生み出した国、さらには危険な放射性物質を吐き出すゲートを開け放したまま責任を取らない民族だと、日本人は世界中から非難され差別される。
ゲートが出現した理由も知らず、多くの犠牲者を出し、国連の指示のもとで過酷な状況で命を賭してゲートの封鎖のために戦い続けた日本人たちが、それを甘んじて受け入れることはなかった。
表面上は受け入れ、従順に従う素振りを見せながら水面下ではエーテルの調査と開発が進められ、エーテルはこの世界に存在しない石油よりも遥かに優れ、魔法のような力を持つものであることが発覚した。
エーテルは加工され、インフラを支えるエネルギー源として、加工の副産物として濃縮結晶化されたエネルギーコアは魔法のような力を発揮する兵器として、更にはエーテルに含まれる様々な新物質はありとあらゆる素材へ活用されることになる。
そして、弾丸を必要としない銃や、弾丸や爆弾も無効化するアンチマテリアルシールド、エーテルから作られたどんな鉱物よりも強靭な繊維で作られたエーテリアルアーマーなど、数々の兵器を生み出し、日本は、壁の内外に滞在する日本人以外の民族を銃撃、虐殺し、新日本国として独立を果たす。
東京23区を囲っただけの都市ひとつ。
新東京という都市だけの独立国。
それから新日本政府とエーテル開発企業により統治され新たな秩序と文明を手に入れ、二十年余で世界で唯一のエーテル資源を用いて超速度で発展を遂げたのが、今現在の新日本国である。
2092年5月。
凪冷 楓は高校生だった。
新日本国の一般労働者階級である"中級国民"として新日本ヤマトグループ傘下の企業に勤めていた両親が、街中での冒険者の抗争に巻き込まれて死亡するまでは。
冒険者。
新日本独立後の“下級国民”のなかのはみ出しもの。
上級・中級階層の人間に使われることを拒否したもの。
エーテル環境下で出生し、新たな身体的変化や能力的進化を果たした世代。
それらの者が独自・または企業と繋がりダンジョンへ潜り探索をする者たちの総称だ。
冒険者たちはその粗暴さや能力から上級・中級だけでなく、下級国民からも疎まれているが、一部の者は資源開発・エーテル技術開発・魔物討伐の分野で高い評価を得て、中級国民以上の収入と生活水準を得ている者もいるという。
疎まれてはいるが、異界の土地開拓をする為に敢えて新政府から目溢しを受けているらしい。
ただし、市街での犯罪行為は治安維持部隊により厳しく取り締まられる。
楓の両親を殺した冒険者チームの片方は治安維持部隊により殲滅。
もう一方は企業との繋がりの深いお目溢しされる上級冒険者チームであったらしく、生き延びているらしい。
下級の中にも下級だけじゃない中級や上級とやらが存在するらしい。
外部からの強い差別から生まれたこの国の中でさえそんな差別が罷り通っている。
そして、ただの労働者階級であった両親の死に、企業の保険は適用されなかった。
この国はエーテル産業で莫大な利益を上げてはいるが、その恩恵を受けられるのは政府関係者と企業のエリートや上役だけだ。
この国には社会保障なんてものは存在しないに等しい。
「金はあるべき場所に溢れ、持たざる者のもとにはやってこない」とは何処の誰の言葉かは知らないが、この街では誰もが知っている言葉だ。
金は壁の維持と壁の外の国との戦争のために、さらなるエーテル産業の開発のために回される。
核の汚染とエーテル汚染、魔物対策に治安維持。
戦争と都市のために金は動き、個人の命のためには動かない。
例えば両親の死がお国のため、企業のための労働中の事故ならば保険は適用されたらしいが、休日に偶然遭遇した冒険者の銃撃戦で全身が穴だらけになることは保険の適用範囲外とのことだ。
僕は両親を失い、金も入らず、家は来週には追い出され、学校に通う金どころか明日食う飯の心配さえしなければならないらしい。
両親の口座は葬儀の後には空になっていた。
学校に退学届を出した時に先生に建前だけのお悔やみの言葉を貰い、同級生からは"下級国民"だと指をさされて笑われた。
僕は脱落したのだ。
この街の生存競争から。
誰もが人並みの生活を送ろうと必死に企業に入るために争う学校生活から。
"下級国民"となれば行き先は決まっている。
ゲートの先、異界の中での使い捨ての労働力。
人を喰らう魔物が跋扈し、エーテル汚染により体を壊して死ぬまで採掘現場で働く人生。
過去に国外の研究者が誤って放射性物質と見解を示したが、加工されたエーテルは放射性物質のようにすぐに人体に影響を及ぼす危険はない。
それでも、ゲートで異界と繋がるこの街には微力ながらエーテルによる人体への影響が存在する。
天然のエーテルは放射線とはまた異なる形で人間の肉体を変質させ、長期に渡るエーテル侵食は時に死を招く。
異界というエーテルで溢れた環境であればエーテル侵食速度はより加速するという。
僕のようなエーテル環境下で出世した世代は稀にエーテルに対する耐性を持っていたり、身体的、超人的な能力を持って生まれることがある。
僕の場合は微力なエーテル耐性と、日本人でありながら黒髪に混ざった少しの青い髪と、青い瞳。
身体的な変化型であり、超人的な能力型ではない。
つまり、僕は下級の中の更に下級。
正真正銘の落ちこぼれた人生が確定したということだ。
◇
「凪冷 楓。
新日本ヤマトグループ傘下の高等学校自主退学……退学理由は金か。
成績はエーテル力学、工学などを筆頭にそれなりに優秀。
運動能力は平凡。エーテル耐性値は下級ながら有り。
そのまま卒業してりゃあ……まあ、それなりの企業には入れたってところか。
で、実際の退学理由は?」
「金です。両親が死にました」
異界ゲート内、エーテル採掘工場の事務所の一画。
生活費の工面のために“下級国民”が訪れる場所といえばここだ。
僕は今、工場の人事担当者の面接を受けている。
「そりゃあ悪いことを聞いたな。だが両親は企業所属だったんだろう? 保険は使いきっちまったのか? あれこれ聞いて悪いが、お前みたいな若くて学のあるやつが望んで働くような場所じゃあねぇぞ。復学が出来るならそれに越したことはねぇ。当てはねーのか?」
「通りすがりの冒険者の諍いに巻き込まれてエネルギー弾に吹き飛ばされるのは保険の適用外だそうです。両親の金は葬儀代で使い切りました。この街でわざわざ孤児を引き取って面倒を見たがる物好きな親戚はいません」
「街中で実弾じゃなくてエーテル弾を使った馬鹿がいたのか。外も碌なもんじゃねーな……わかった。仕事は回してやる。つってもお前さんは体が細すぎる。まあ、学があるってんなら穴掘りよりはマシな作業を回してやるさ。付いてきな」
そう言って僕の履歴書を机に放り投げて立ち上がる面接官。
「あの……それは採用ということでよろしいのでしょうか?」
「仕事を回してやるつっただろうが。いいから黙って付いてこい」
「わかりました」
そうして採掘工場の中を面接官に連れられて歩くことしばし。
入り組んだ工場内から出て、異界の土の上を歩き、別棟に連れて行かれ、また入り組んだ道を歩く。
「オイ、てめぇら。新入りだ。久しぶりの学有りだ。高校中退だがな。好きに使ってやれ」
採掘工場というよりかは、さまざまな計測器などのたくさんの機械だらけの研究室という風な部屋に連れてこられ、面接官の男が大声を張り上げると、作業員たちの手が一瞬止まり、僕に視線が集まる。
「どの程度使えるので?」
「知らねえよ。学無しの俺に聞くな。てめえらで確かめろ。使えないようなら雑用でもさせておけ」
「はぁ……」
作業員の一人が面接官との短い会話のあと、諦めを感じさせる溜め息をついた。
「凪冷 楓です。なんでもします! よろしくお願いします!」
「おう坊主、その意気だ。威勢が良いのは内側じゃあ大歓迎だぞ! なあてめえら!」
「……」
面接官の男の言葉には誰一人反応しない。
誰もが時間を惜しむように計器やモニターに釘付けになっている。
「ま、そういう訳で頑張れよ」
「は、はぁ……」
そう言い残して面接官の男は去って行ったが、僕はひとりその場に立ち尽くし、一体これから誰に何を指示されるのかもわからないまま戸惑い、立ち尽くす。
「おい新入り! こっち来い! この機械の名前がわかるか? わかるよな? わかってんなら交換用のエーテル除去フィルターを取ってこい!」
「は、はい! ……あの、何処から?」
「そんなもん倉庫からに決まってんだろうが! 表に出てその辺うろついてるバカ適当に捕まえて場所を聞いてこい! ほら、さっさと行け!」
作業員の一人に呼ばれて慌てて向かったのは良いものの、遠慮のない命令口調に曖昧な指示。
ここではどうすればいいか教えて貰おうなどと甘えていられる環境ではないのだと悟る。
機械のことは知っている。
採掘作業や異界の門の内側——ダンジョンでエーテル耐性がない人間が作業をするための作業服に取り付けられるバックパック換気空調システム製造用の機材だ。
僕は慌てて言われた通りに研究室から飛び出そうとして
「あ、オイ! 新入り! お前作業服はどうした!? そのまま外出るつもりか!?」
「一応、下級ですけどエーテル耐性がありますんで!」
「バカやろうっ! それでも内側じゃ必要なんだよ! 倉庫行ったついでに自分の分も取ってこい!」
「……はいっ!」
なんでもかんでも指示を待って動けないような役立たずは必要とされていないのかと思ったけれど、だからと言って知識不足とはいえ、無茶をしそうになれば止めてくれる程度の心配はしてくれるらしい。
人に気を回す余裕がないだけで、別に悪い人間ではないのだろう。
僕だってそうだ。
今の僕には誰かのことを心配して助けてやれる余裕はない。
やれることを、全力でやって金を稼がなければならない。
この街で、異界で暮らしていくためには。
◇
異界のエーテル採掘工場の現地開発部門(僕が最初に研究室だと勘違いした職場のことだ)に配属されて二ヶ月が経った。
今でも僕は機材運搬用の雑用として工場内をあっちこっち連れ回され、時には工場内の機材の安全性のチェックなどの作業を任されたり、少しずつ実地でエーテル測量計の使い方を習っていた。
最初こそ日に五千円稼げるかどうかだったが、今では日給は七千円程度まで上がっている。
“滅亡の日”以前と今では円という単位こそ変わらないが、通貨も価値も変わっているのでその程度では異界から出て新東京の街で暮らすことなんてできないけれど、門の内側で工場の寮費を払い、学生時代に使用していたエーテル素材製の運動着のメンテナンスや作業服代を支払っても食堂の安い飯なら毎日三食は食べられる。
「穴掘りよりはマシな仕事だって言われてたけど……」
毎日毎日重たい機械を運んだりメンテナンス機材を担いで歩き回って作業をしたり、それなりの重労働だ。
「文句が言えるような余裕ができたかよ。これでも内側の仕事じゃマシなもんさ。ここらはとっくの昔に開発が済んでるから良いが、穴掘り連中は新しいエーテル脈が見つかりゃ、魔物に怯えながらエーテルを掘り当てるまで地獄の穴掘り作業だ。俺たちが使ってるような上等なマスクもなく、旧時代の宇宙服みたいな暑苦しい全身ハザードスーツで熱中症になりながらのな」
最初に声を掛けてくれた男はいつからか自然と直属の先輩のようになり、こうして仕事を教えてくれるようになった。
今も、無数のパイプが連なる工場の壁の裏側で計器のチェックのために同行し、軽口も言える間柄になった。
「こういう工場は他にもあるんですか?」
「新日本ヤマトグループだけでも他にもいくつかある。これだけデカくて入り口に近いのは一番最初にエーテルを開発できたウチだけだがな。今は何処の企業も自前のエーテル脈を掘り当てたくて積極的に冒険者に依頼を流してやがる」
「冒険者ですか……」
「ああ、そいつらが異界を開拓して新しいエーテル脈を見つける。企業がそれに値を付ける。だがま、冒険者なんて所詮は企業に飼い慣らされて使い潰されるだけよ。自由な気になっているだけで使ってる武器も車も企業製。いつ魔物に喰われて死ぬか、エーテルに侵食されて死ぬかもわからない使い捨て。“下級”でもこうして真面目に働いてる俺たちなんかとは違う“最下級”の連中だよ」
「確かにそうですね。冒険者になんて生きてる価値はありません」
「おっ、いいねぇ。内側に長くいると忘れちまいがちだがな、俺たちより下の人間はいくらでも居る。腐らずに長生きしてやろうや」
冒険者……両親の仇。
“下級国民”でありながら、銃火器や暴力を振り回し、エーテル資源を見つけてくるからと目溢しをされ、まるで自分たちは“下級”ではない、新日本の法に縛られない“自由”な存在だと勘違いした連中。
「先輩の話はいつも勉強になります」
「そうだろ? 今日は上がったら一緒に酒でも飲むか? 一杯くらいなら奢ってやるぜ?」
「ありがたいですが、まだ未成年ですから」
「そうだったそうだった。ガキに酒を飲ませたなんて会社に知られたら懲罰もんだぜ」
楓が未成年だと知っていて冗談を言い、先輩はカカッと笑う。
異界にやってきた時はどうなることかと思っていたが……先輩の性格はどうあれ、まあ、生きていてつまらなくはない生活を送れるようになってきたのではないかと思う。
◇
【異界四区/グレイブ】
「おいマジであったぞ。天然もんのエーテル結晶の鉱床じゃねーか」
「だからあーしがあるって言ったじゃん」
「悪い悪い。まさかこんな門の近くにこれだけの鉱床があって見逃すなんて有り得ねぇと思ってよ」
ダンジョン内は冒険者や企業の開発によって開拓された土地にはゲートに近い順にエリアが区分けされる。
数字が小さい分だけゲートに近いということだ。
それもあって、冒険者チーム・グレイブを率いるボスのリュウはチームのサーチャーであるティウィが発見したというエーテル鉱床のデータに半信半疑だった。
ちなみにチームは三台の車に分かれており、リュウとティウィは通信機越しに会話をしている。
「まぁまぁ、本当にあったなら良かったじゃん。データじゃかなり強いエーテル反応があったんでしょ? 今日は一発も弾を使ってないから丸儲けじゃん!」
浮かれた声で通信に割って入るのはティウィと同じ大型の改造型八人乗り装甲車両の助手席に乗って寛いでいるイナ。
「イナ、そういうことを言ってると銃を撃つことになりそうなんだけど? 無事に外に帰るまでが仕事だよ」
愛車のスーパーカー、ミスティックカスタムから降りて車体に背を預けるようにしてタバコから煙を吹かしているのがミヅキ。
それにイナが「んなことないって。周り私らしかいないし?」と軽口を返す。
「ミヅキの言う通りよ。リュウとアタシで確認してくるからミヅキとイナは周囲の警戒を。ティウィは企業にデータを流して買い手を探して頂戴」
サイバーガーディアンの運転席から指示を出して降りたのはアンダーボスのアンナ。
通信からはそれぞれから「了解」「りょーかい」などと返事が返ってくる。
リュウもまた自分の運転していた四人乗り重装甲付き積載車両からビール瓶を手にして鉱床から突き出た青紫色の濃縮されたエーテル結晶に触れる。
「こりゃマジで大したシロモノだな。流体エーテル脈なんて滅多に見つかるもんじゃねーが、これだけ色の濃い結晶もそう見かけないぜ」
「本当ね。人工濃縮結晶とは大違い。ねえ、リュウ。この結晶の紫色、アタシの髪に合うと思わない?」
「そりゃあ似合うとは思うが生モンの結晶なんて頭に付けてたら狂っちまうぞ?」
「……はぁ。アンタに聞いたアタシがバカだったわ」
企業により加工されエーテル濃度を調整された結晶体だって取り扱いは慎重に行わなければ普通の人間ならエーテル汚染の危険性がある。
リュウは付き合いの長い連れのことを心配して言っているのだがアンナにはお気に召さなかったらしい。
「買い希望が出てきたよ。金額的に鉱床じゃ乗り気になんないって企業が多そう。どうする?」
そんなリュウとアンナの会話に割って入ってきたのはサイバーガーディアンの後部座席を全部取り払って作られたエーテルコンピュータルームでエーテルネットワークにリンクしているティウィ。
「サイガの中からは地中のデータは見られないの?」
「結晶のエーテルストームが強くてデータにノイズが入って全体像が掴めない。そっちで測定器使ってみて」
「あ、じゃあ私持ってくよ」
アンナからの問いにティウィからの素早い指示に、暇を持て余していたイナが小型の測定器を持ち出して鉱床に向かう。
「はいこれ、リュウとアンナの分も持ってきたよ」
「ありがとう、イナ」
「あぁん? 俺もやんのか? 俺の手はビールで塞がってるんだが。ミヅキにやらせろよ」
「俺は周囲の警戒任務中でーす」
「ちっ。わぁったよ!」
ビールを飲み干して瓶をポイ捨てして、測定器を持ったリュウも含め、三人が岩山から突き出す結晶体のエーテルの測定作業を始める。
ミヅキはそれを眺めながら、なんだかあの結晶体は旧時代の怪獣映画に出てきた巨大なモンスターの背ビレの様だなとくだらないことを考えていた。
それから二十分程かけて三人がかりで岩山を登ったり降りたりを繰り返しながら周辺の測定作業を続け、ようやく。
「オッケー、とりあえず説得できるだけのデータは取れた。あとはこの情報をアップして興味のある企業に競わせて一番高値のとこに売るでいい?」
小型とは言え、それなりに重い機材を担いで足場の悪い岩山を歩き回った三人は「それでいい」と声を揃えた。
「イマんとこ藤宮が一番興味持ってるっぽい」
「藤宮ァ? 新参企業じゃねーか。ヤマトとトウジはどうした?」
「ヤマトは流体エーテルの採掘権をいくつも持ってるし興味ないのかも。トウジは藤宮の額見て降りたね」
「トウジが降りるってことは藤宮はそれなりの値は払うつもりなのか?」
「イマんとこ二百」
「こんだけデカい鉱床で二百!? 有り得ねえだろ! 埋蔵量は数年分あるハズだろ!?」
「まあ、データは見てもこの濃縮結晶のエーテル量は実際見てみないと分かりにくいのかもね」
「かもねって、おいおい。俺らは生活懸かってるってのによー」
リュウは暫くティウィの報告を聞きながら項垂れ、「酒だ酒だ」と車に戻っていく。
アンナとイナはいつものことだと多少呆れながらも気にしていない。
ミヅキは愛車の窓を拭いて綺麗にしてやりながら本当にたまに周囲に視線を向けている。
思わぬ収穫、三人以外は苦労せず得た利益。
質がいい結晶体だとしても、実際の埋蔵量はデータだけでは完全ではない。
企業はそこに多くの採掘用の人材と作業に金をかける。
流体エーテルに比べて結晶化エーテルは用途も限られるので企業も積極的に高値を付けたがらないことは想像はできていた。
それでも、この程度の愚痴を溢す程度なのは今回の探索にかかった経費の少なさとリスクの少なさがあるからだ。
メンバーが各々に暇を潰しながらティウィの交渉結果を待つ。
「花崗が途中で割ってきたけど結局最高値は藤宮の二百三十……あ、ヤマトが百八十と原地に調査員を派遣して現物確認後なら最大で百上乗せだって」
「お、ついに最大手企業様のお出ましか。しかし現物確認って四区まで来るつもりか? ティウィ、藤宮のやつらどれくらい待たせられる?」
ティウィから齎された最高値を更新するかもしれない情報に浮き足立つリュウ。
「ちょっと、まさかこれ以上競わせるつもり? オークションじゃもう藤宮が勝ったんでしょ? 大丈夫なの?」
「アンナの言う通り。できればあーしはやりたくない。メンドー」
「面倒なだけなら問題ねぇな! 藤宮の連中は待たせてやれ! どうせ外から来るんじゃ内側に拠点のあるヤマトが先に到着するだろうよ」
そうして藤宮が到着する前にヤマトの査定を受けて査定次第で売り手を決めればいい。
リュウはそう判断して高笑いする。
強欲な企業同士が争うのを眺めるのはいい酒の肴になる。
「ちょっとアンナ。リュウのこと止めなくて平気なの? ティウィはやる気なしモードになっちゃってるし、なんか厄介ごとの匂いがしてきたんだけど」
サイバーガーディアンの車内に戻ってきていたイナが隣の運転席にいるアンナを見やれば、アンナもまた苦い顔をしていた。
「おっとお嬢様方。残念ながら問題発生。砂煙が見えたよ。ダンジョンの奥側だ。ティウィ、ドローンで映像取れるかい?」
「はぁ……ちょい待ち、きた、ほい」
サイバーガーディアンに搭載されていた調査用ドローンが飛び立ち、望遠カメラの映像がそれぞれの車のモニターに転送されてくる。
「おおっ! あれは藤宮のレヴナント79年式! 激レアカーだ! あっちのスポーツカーはSky Lurkで、大型はジオグランデか! どれも藤宮製の最高の車だ! アレを選んだ奴らはセンスがあるね!」
カメラの映像を見て一人だけ興奮しているカーマニアのミヅキが鼻息荒く声を上げる。
「車なんざどうでもいいんだよ! なんで藤宮の車がこっちに向かって来てんだ! あっちはダンジョンの奥……まさか、子飼いの同業者を送り込んで来やがったのか!?」
子飼い、つまりはグレイブと同じ冒険者ながら、企業の傘下にくだり支援を受ける代わりに依頼を受けてダンジョンに潜る商売敵。
「ティウィ、ムダだと思うけど……もう少し待って貰えるように交渉できる?」
サイバーガーディアンのハンドルを握りしめながらアンナが問いかける。
「残念。競り落とした鉱床の確保に来たってさ。今すぐ受け渡さないと攻撃するって。あーしにできることは無いから後ろに隠れてるね?」
ティウィの返答は通信を通してチーム全員に共有されていた。
ティウィに対しては、ドローンでの支援をしろよと誰もが思ったが、それは一旦置いておく。
「しゃーねぇ。向こうが戦るってんなら無理矢理止まって貰うしかねーなぁ!」
どんな行動を起こすにしてもまずはボスの判断を聞かなければならないから。
「だから言ったろ? イナ」
「私のせいみたいに言わないでよ」
「アンタたち、くだらないケンカなら終わってからにしな。ったく。リュウのバカのせいで……総員戦闘準備ッ!!」
「ヤマトの連中がくるまで早漏野郎共の足止めだぁっ! ぶち殺してでも金の鉱床を守りきれっ!」
こうして冒険者チームグレイブと藤宮配下の冒険者との抗争が勃発した。
◇
起床後、楓は素早くいつもの学生時代のエーテル素材の白い運動着に着替えてその上から防護服を着用し、今日の作業に向かおうと寮を出発した。
「四区に濃縮結晶の鉱床ですか? そんな奥まで調査に行ける奴で手の空いてる奴なんていませんよ」
「そこをどうにかしてくれって頼んでんだ。そういやほら、この前そっちに回した新入りがいるだろ? あいつも確かエーテル耐性持ちだったはずだろ?」
いつものようにまずは現地開発部門の事務所に向かおうとしていたところで、先輩と以前面接を担当した男が話ているのが聞こえて立ち止まる。
新入りのエーテル耐性持ちというのが自分のことではないかと心当たりがあったからだ。
「あいつにゃまだメンテナンスしか作業はやらせてませんよ」
「計測器の使い方くらいはわかるんだろ?」
「そりゃあまあ、多少は触らせましたけど、まだ一人で任せられる程じゃあ……」
「それならお前が一緒に行けば問題ないな。新入りの方は雑用に連れてけ。護衛も二人付けてくれるそうだ」
「えぇ……マジですか」
「どうにも見つかったのは相当質の良さそうな濃縮結晶らしくてな。興味を持ったお偉いさんがいるらしい。競りに回す予算が足りなかったようだが、現物を確認して有用性が示れば予算は引っ張ってこられるらしい。つまり、上のやつはそれだけ本気で欲しがってる案件だ。失敗どころか断ったなんて知れたら……困るだろう?」
「そりゃあ無いっスよ……」
一応、悪い予感がして物陰に隠れて話を聞いていたが、先輩の様子から察するにあまり嬉しい仕事ではないようだ。
会社の上の人間が喜ぶというのならうまくいけば稼げる仕事なんじゃないかと、まだ工場の外での仕事に疎い楓には先輩がどうして渋っているのかはあまりわからなかったが。
「そういう訳ですまんが一仕事頼む。今日の分の給料は手当てをつけてやるからよ。それに護衛も付いてるんだ。お前は現地で少し作業してデータを取ってきてくれりゃあそれでいい。冒険者のデータだけを鵜呑みにゃできないからな。そんじゃあ頼んだぞ」
面接官の男が先輩の肩をポンと叩いて笑いながら去っていくのを確認して、楓も物陰から姿を表す。
まるで偶然通りがかったような素ぶりで。
「先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう。ちょうど良い、お前に仕事だ。一旦事務所に向かって必要な機材を車に詰めてから出発する」
「出発というのは……?」
「ダンジョンの第四区だよ。これまであまり資源が見つからずに中途半端にしか開拓されてない魔物が暮らしてる場所での現地調査だ」
魔物……それで先輩は報酬の良い仕事でもあまり意欲的ではなかったのか。
確かに、ゲートに一番近いこの第一区の工場の敷地内では魔物には出会ったことがない。
「あークソ、なんでよりにもよって今日に限って朝から親方に会っちまうかな」
「あの人って親方って呼ばれてるんですね」
「今まで人事だとでも思ってたのか? 親方は現場上がりの学無しだよ。経験はあるがデータは読めねえ。だから普段は採掘要員の管理をしてんだ。お前は穴掘りのつもりで面接しに来たから親方に当たったんだろ。ってかそんなことは今はどうでもいい、さっさと準備を終わらせねーと護衛が特戦隊の場合だったら遅れたらヤバい。さっさと行くぞ!」
「は、はい!」
特戦隊……新日本国軍の特務戦術部隊のことだろうか。
ゲートの出入り口には工場の警備をしている新日本ヤマトグループの警備員以外にも軍の部隊が駐屯している。
門の内側唯一の“上級国民”であるから、それは確かに待たせる訳にはいかないな、と楓も慌てて先輩の後を追った。
結果、用意されていた現地調査用の車に荷物を運び込んだ頃に現れたのは企業所属の工場の警備員二名だったが。
まあ、身につけている装備は上等そうだし、見たところ立派な銃も持っているようだし、きっと、多分……大丈夫なはずだ。
先輩がため息ばかり吐いているのが少し気になるが。
「お前、運転は?」
「外で、バイクなら……」
「んじゃあ俺が運転するからお前は静かに座って景色でも見てろ。現地開発部に入った以上は地形は頭に入れておいた方がいい。魔物の警戒も怠るなよ」
「わ、わかりました!」
「はぁ……」
今のため息は頼りない僕へのため息ではなく、車両の後部で見張りをすることもなくだらしなく姿勢を崩して寛いている警備員たちに対してのものだと思いたい。
ともかく、初と言ってもいい魔物生存圏への進行だ。
先輩のためにも、自分の身の安全のためにも怪しいものがないか窓の外には注意しておこう。
◇
【二時間後】
出発の指示を受けたのは朝の仕事を始める前だったが、それから荷物を積み込むなど準備をして、そこから更に先輩の運転で荒野のような道なき道を走り続けること二時間。
時刻は既に昼飯時だ。
窓の外から見える景色は、巨大な岩山が存在する荒野だったり、急に沼地のようになったり、遠くの林の前を四つ脚の何かの群れが高速で走り去って行ったりするくらいで、魔物による襲撃はなく、何故そんな物が存在するのかわからないような荒廃した廃墟群なども通り過ぎて、再び岩山の隙間を縫うように荒地を走り続けている。
「ここらはもう四区に入ってる。気を抜くなよ?」
「はいっ!」
「……」
問いかけたあと、先輩がミラー越しに後部座席を確認したのに気づいた。
今のは僕に声を掛けたというより、船を漕ぎ始めていた護衛たちを覚醒させるための発言だったのだろう。
「マップじゃそろそろ目的地のはずだ。エーテル観測機の数値はどうだ?」
「高エネルギー反応、近いです。恐らく左前方の岩山の向こう側かと」
「案外、お前みたいな素直で協力的なやつが相棒で良かったのかもしれねーな」
突然先輩がそんなことを言い出すので思わず何も返せずきょとんとしてしまう。
「本当に黙って警戒して必要な情報だけ落としてくれるんだから、邪魔にならないだけありがたいってことさ」
「お役に立てているなら、良かったです」
恐らくはこの数時間、一番気を張っていたのは先輩だろう。
魔物への恐怖、エーテル汚染への不安、頻繁にがらりと様相を変えるダンジョンの土地の中をハンドルを取られることなく安全に運転し、目的地に辿り着く。
仕事の本番は到着してからだけれど……先輩は一番疲労しているはずだ。
到着したらなるべく先輩の負担を減らせるように頑張ろう。
そう、思った時だった。
「熱源感知! これは……高エーテルエネルギー反応!? この音っ! 爆発音かっ!?」
目標地点だった岩山に近づいたとき、それまで大きいが静かなエネルギー反応を写していただけだった観測機のモニターが複数の強いエーテルエネルギー反応を検知、同時に響き渡る轟音、前方の岩山の向こうから立ち上る砂煙。
「なんだっ!? モンスターかっ!?」
「反応は何処からだ!」
後部座席に座っていた護衛の二人が、慌てて前方の座席に顔を突き出してフロントガラスとモニターを世話しなく交互に確認してくる。
「あんたら護衛だろ! 先に降りて様子を見てきてくれ!」
「作業員ごときが馬鹿を言うなっ! 相手もわからず車から出れば危険であろうがっ!」
先輩の懇願にも似た叫びは、護衛の怒声によってかき消される。
「てめえっ! 俺らが生きてねーと情報は取れねーんだぞ! お前らに正確なエーテルの計測ができんのか!? できねーだろうが! これは新日本ヤマトのお偉いさんからの依頼なんだぞ! 失敗したらどうなるかてめえらだってわかるだろ!」
普段から軽口の多い先輩だが、ここまで語尾を荒げるのは初めてみた。
しかも武装している、立場が上の人間相手にだ。
「くっ、ならば進路を岩壁に寄せろ! なるべく近づいて決して岩陰からは出ないようにして車両は斜めに停車しろ。車を盾にして降りて状況を確認するっ!」
「わかってくれて感謝するぜ兄弟!」
先輩が砂煙の落ち着く頃合いを見てハンドルを切り、左側の岩山と「ハ」の字になるようにして車を停車させる。
護衛の二人が後部ドアを開けて飛び出そうとしたところで……
ドパパパパパパ――――ッ!
それまで締め切っていて遮られていた外の戦闘音がはっきりと鼓膜を揺らす。
先ほどの爆発音とは違う、小気味の良い不気味な炸裂音。
連射式の銃の発砲音。
誰かが、戦っている。
「いったい、どうなってるんだ!? 外の状況はどうですか!?」
慌てて後部座席から飛び出していった護衛たちの姿を探すと、車の影に隠れながら岩山の先を伺っていた。
先頭の護衛のハンドサインを確認して、もう一人がそれに続いて、発砲音の止んだ間に岩陰からゆっくりと姿を現し――――再びの爆発音と、暴風と火炎と砂と煙の中に消えていった。
バリンと響く嫌な音。
暴風と爆炎の衝撃に巻き込まれる前に慌てて頭を伏せて丸々ようにして身を守る。
「この爆発は……実弾……? いったい、何が……せ、先輩。護衛の人たちが……」
「――――」
「――!!」
先輩の顔にはフロントガラスの巨大な破片が突き刺さって絶命していた。
【異界四区、現地開発調査隊四名中三名死亡】
◇
【エーテル鉱床帯/グレイブ】
「まずは牽制のォ! ミサーイルッ!!」
「リュウ、それ修理まだ終わってない」
「あぁ!? なんでだよ!!」
クラッチモンスターに乗り込む直前に携行誘導ミサイル弾頭をぶちかますリュウの姿に、サイバーガーディアン内でエーテルリンクを駆使してエーテルストームに荒らされた通信機をあらゆる信号に切り替え続けながらチームの通信を維持しているティウィが冷めた口調で告げる。
「プール金が足りないしミサイルランチャーなんてあっても無駄遣いするだけだから後回しにした」
「……せめて撃っちまう前に教えてくれよ、狙いが逸れた」
「いきなり撃つのが悪い」
「チッ」
向かってくる藤宮の冒険者たちの車両の手前に打ち込んで砂煙りを上げて足止めするはずだったミサイル弾頭がまるで結んでいた紐の解けた風船のように予測不能な軌道で暴れ回り、藤宮の冒険者たちの前方、後方、横に岩山にと次々に着弾して爆炎を上げ、砕けた岩がガラガラと崩れ落ち、砂煙りが上がる。
「こちら冒険者チームグレイブ。藤宮の冒険者に告ぐ、今のは誤射! 死んじゃいないわよね? 死んでないならもう一度交渉できないかしら? お互いに無駄撃ちなんてしたくないでしょ?」
「こちらチームエンドレス。俺たちは藤宮の依頼に従っているだけだ。今すぐこの場から立ち去るのならば誤射ということにしてやらないこともない。返事はいらない。五秒以内に立ち去れ、そうでなければやられたものはやり返す。五……」
アンナが再交渉を試みるが、返ってきたのは想像通りに融通の利かないものだった。
先撃ちしたのはこちらだが、立ち去れと言われて立ち去るなど舐められてたまるものか。
「交渉決裂っ! イナ! 運転任せるわよ! ミヅキは前に出て撹乱! リュウ! アンタはそのクソみたいな弾を撃ち切ったらさっさとあいつらぶっ潰してきな!」
「ヒューッ! さすがアンナ、切り替えの早い良い女だぜ! ちょうど次の六発でクソの弾切れだ! ミヅキ、当たんじゃねぇぞ!」
「俺の乗ったミスティにそんなヘボい弾が当たるわけないだろ」
「だったら最後の一発はミスティックにロックオンしてやらぁ! ……お、あれ?」
バシュ——バシュ——バシュ——と小気味良いリズムで放たれた携行ミサイルの弾頭は相変わらずロックオンなど機能していないようで着弾予想がつかない……どころか、最後に敵の冒険者の元へ向かっているミヅキのケツに向けたはずの弾頭は発射と同時にリュウの頭上で宙返りして後方の鉱床――の近くを走っていたサイバーガーディアンの真後ろに着弾する。
「ちょっ!? マジありえないんだけど!? アンナ! アイツ今日でクビにしてくれません!?」」
「……っ! ノイズがまた酷くなった……」
慌ててサイバーガーディアンのハンドルを切ってミサイルを躱したものの、鉱床に直撃した衝撃波が車体を襲い、イナがキレながらフロントガラス越しに中指を立てる。
ちなみにティウィはエーテルネットワークにリンク中のため肉体の制御に制限が掛かっており体をぶつけて静かに怒っている。
「俺も前に出る! ヤマトの連中が来るまで足止めできりゃあいい! 人間よりも車を潰せ!」
リュウは通信越しに背後からの危険な雰囲気を感じ取り、慌ててクラッチモンスターを走らせる。
前方では既にミヅキのミスティックが藤宮の車両の横を通り抜け様に車体に牽制射撃を決めて、ターンして相手を茶化すように動き回っている。
どうやら前方にとんだミサイルは本当に全て回避して一足先に近距離戦を開始したらしい。
クラッチモンスターに搭乗したリュウもまた車を走らせながら相手の車両の手前に弾幕を張るように銃撃し、進路を妨げる。
そして激しく立ち昇った砂煙りに自らの姿を隠す。
「上に上がるわ。運転は任せるわよ」
アンナは窓から這い上るようにサイバーガーディアンの上部へと飛び上がり、すぐに体を伏せてスナイパーライフルを構えてシールドアタッチメントに身を隠しながら、呼吸を整える。
「ティウィ、ドローンを飛ばして照準アシストはできる?」
「ムリ。さっきの爆発で砂が飛び散ってエーテル粒子がそこら中で暴れてる。使える通信回線を探して維持するのにリソース全振りしてる」
「オーケー。イナ、距離は維持したまま側面を狙えるように移動して。ミヅキ、リュウ、敵車両が見えてるならイナに位置を報告して」
「了解」
「了解」
相手の車両は砂煙りの中、そうはいっても、それに接近しているミヅキとリュウもまた砂煙りの中で相手からの不意打ちを受けないように常に車を走らせている。
旋回するように走り回る車のタイヤからも荒野の砂が舞い上がり、爆発で発生した砂煙りが収まってきてもサイバーガーディアンから見える視界は限られたものだ。
「こちらミヅキ。敵さんのジオグランデ、サイガから見て左方向から出てくるぞ、三、二……」
「Bang!」
ミヅキのカウントに合わせて放たれたアンナのスナイパーライフルがジオグランデの後輪のタイヤを打ち抜き、大型積載車の車体が膝をつくようにガクンと沈む。
「Bang!」
更にもう一度、素早くリロードを済ませリコイル制御されたスナイパーライフルから発射された弾丸が今度は前輪のタイヤを打ち抜き、ジオグランデが停止した。
イナはサイバーガーディアンにジオグランデからの射線を切るようにハンドルを回し、逆方向から近づいたミヅキが残りのタイヤを至近距離から撃ち抜いて完全に停止させた。
残り二台。
「オラオラオラオラオラ! 逃げてんじゃねーぞ!」
リュウは速度では劣るクラッチモンスターの分厚い装甲で敵の射撃を正面から受け止めながら荒野をチェイスしていた。
相手はカーマニアのミヅキが認める性能を持ったスーパーカーとスポーツカー。
街中ならば追いつけないようなそれらの車も、ダンジョン用にカスタムされていれば街中のような圧倒的速度が出せるわけでもない。
差はあるが、頑丈さでは勝っている。
リュウはクラッチモンスターの頑丈さと、自らの経験値を踏まえて冷静に敵に圧を掛けてサイバーガーディアンや鉱床に近づけさせない位地取りをしていた。
バババババ――――
「黙ってやられてたまるかよォ!」
「企業にも雇われてねぇ下っ端風情がっ!」
そこにジオグランデの中から車体を盾にした冒険者たちからリュウの背後を狙う援護射撃が加わる。
「リュウ、俺が前から挟み込む!」
ミヅキは既に少し離れた場所からリュウを追い抜いて敵の二台の頭を抑えむために回り込んでいる。
「後ろのが邪魔ならエーテル弾を使うわよ?」
「それじゃ殺しちまうじゃねーか。ヤマトの連中が来たら交渉は押し付ける予定なんだ、生かしとけ」
「そう。じゃあ後ろには気をつけて?」
「あ?」
「ティウィがジオグランデから高熱原反応だって」
アンナが相手の冒険者を殺すかどうか迷ったのも、ティウィからのその報告があったからだった。
「あいつらなにするつも……り……ミヅキ! 離脱しろ!」
「はぁ!? あいつら採掘チームじゃなくて火力班かよっ!?」
バックミラー越しにジオグランデの装甲が剥がれるように展開し剥き出しになったそれに、リュウもミヅキも慌てて進路を変えてアクセルを踏み込む。
「ミヅキ、リュウ、一旦引いて」
「もう引いてんよ!」
「ミサイルの的になんかなるつもりはないからね!」
ティウィの言葉にリュウもミヅキも何を今更と敵の車両から距離を取る。
展開したジオグランデから現れたのは携行用ではない、パトリオット級の車載ミサイルである。
あんなもの大型どころか超大型モンスター相手か戦争でしか使わない代物だ。
「こっちに引いて! なるべく鉱床近くまで! これだけエーテルエネルギーの発生源とストームが激しければ弾頭の誘導を鉱床に押し付けられる! 早くっ!」
「そういうことならすぐにそっちに向かうよ!」
「ティウィ、いつも言ってるが次からはそういう大事な報告から先に頼む」
珍しくティウィの慌てた様子にミヅキとリュウが鉱床に向かいアクセルを強く踏み込む。
イナは既に鉱床の側の岩陰にサイバーガーディアンを隠し、アンナ、ティウィとともに後部へ移動している。
ミヅキとリュウが全速力で鉱床へ向かう背後から。
バシュウ——バシュウ——シュルルルル——
「てめえらの車もてめえらごと燃やしてやるよ。そしたら鉱床の売買契約は俺たちが代わりにやってやるよ。じゃあなクソ共」
藤宮の冒険者エンドレスの男たちが口角を釣り上げた。
◇
【異界四区・岩山抗争地/ティウィ】
異界四区——十年以上前に発見、調査された岩山地帯。
砂漠のように枯れ果てた荒地には目立った資源もなく、魔法生物の数も少ないこの場所は企業も冒険者も最近ではほぼ寄りつかない、他の地区への移動の際に通り抜ける程度の場所だった。
その四区の岩山地帯を通過し、六区を目指して移動しようとしていたとき、ティウィはこれまでと違うエーテル反応を捉え、普段は自分からメンバーに意見なんて滅多にしないが、調べてみるべきだと進言した。
日頃と違う態度を取った理由は簡単、金だ。
今まで何も見つからず放置されていた土地、そして現れる魔法生物自体が少なく、現れてもたいした強さではないこの場所でもしもエーテル脈を発見できたならば、数百……もしかすれば数千万の金が手に入るかもしれない。
冒険者なら当たり前の考え、当たり前の行動だ。
そしてなによりティウィには冒険者の中でも調査や支援を得意とするエーテルリンカーの中でも、特別な才能があった。
エーテル環境下で出生した特異体質。
エーテルリンクネットワークに自身の精神を直接繋げ、周辺の在りとあらゆる情報を掌握する能力。
正体不明、実在しているのかもわからない、冒険者の噂に流れる空想上の存在“エーテルリンクマスター”、個人の能力であれば“上級冒険者”と呼ばれる存在、それがティウィである。
そんなティウィの得た情報だからこそ、グレイブは提案に乗り、実際に商機を得た。
エンドレスごときの若い冒険者の介入があったとて、そんなものは冒険者なあらば些事に過ぎない。
しかし、ティウィは実際にエーテル鉱床を前にして、グレイブのメンバーがエンドレスと交戦を始める前から一人、ずっと戦い続けていた。
精神体となってエーテルリンクネットワークに入り込む彼女はサイバーガーディアンに搭載された在りとあらゆる機器と自身の脳を接続している状態に近い。
複数の車載カメラの映像を全て把握し、空気中、地上の砂粒、風に含まれるエーテルの流れ、岩山の内部から地下へと、異界の情報の深淵へと潜り続けていた。
それは“嵐の中の海”を泳ぐ様だった。
複雑に絡み合う海流が何処を向いているのかさえわからなくさせる。
自分が浅瀬にいるのか深海に居るのかもわからなくなる。
激しい波に揉まれ、流され、回り、巡り、たったひとつの正解を掴み取ろうと深海の中でもがいていた。
外の爆撃が砂煙を撒き散らし、空気中に舞い上がり膨れて破裂していくエーテル粒子たちが情報を乱しても、深海の奥底から覗かれることを拒否するように突然渦潮に呑み込まれてしまいそうになっても、喰らい付き、それを遂に見つけた。
——見つけてしまった。
ティウィがこれまで外の巻き上がる砂埃が起こすエーテルストームをただの目障りな砂粒として見ていたように。
その“瞳”はティウィのことをエーテルという深い海の底に落ちてきた小さな砂粒として見ていた。
その存在の巨大さに比べて、ティウィは——人間は小さすぎた。
(これはエーテル鉱床なんかじゃない……!! 化け物!!)
ドン——と車体が揺れて、意識が肉体に引き戻される。
『秘匿通信。エンドレスの連中には聞こえないようにあーしに合わせて』
逃げなければならない。
数百万? 数千万? 馬鹿げている。
そんな安値で落としていい命じゃない。
『これはエーテル鉱床なんかじゃない。超巨大魔法生物。推定質量最低でも5000万トン以上。過去のデータと照合してもこんな質量の怪物の観測記録なんてない。さっきからの爆発の影響で目を覚ましちゃったみたい。死にたくないなら全員これからあーしの言う通りにして。あーしの言う通りにできないなら全員死ぬ』
グレイブの皆からの返事はない。
通常の通信でさえ、常に通信方法を変更しながら維持しているのだから、秘匿通信を往復で維持する余裕もなければ、エンドレスに傍受させる訳にもいかない。
『これからあーしらは追い詰められた振りをして一度、この化け物の足元に集合。あいつらが仕掛けてくるタイミングで一斉にこの場所から離脱する。できるだけ早く、遠く、可能ならそのまま異界を抜ける! 絶対にタイミングを見逃さないで』
グレイブも、エンドレスも皆が荒野を車で走りながら銃撃戦を繰り広げていた。
揺れる大地にも、鉱床と思っていたそれの周囲の岩がゆっくりと剥がれ落ちていっているのにもティウィが伝えなければ気がついていなかったであろう。
『エンドレスに怪物を押し付けてあーしらはここを離れる』
秘匿通信終了。
「イマ! 全員全速力で離脱!」
◇
撃たれた左脚が痛む。
弾丸は作業着を貫き、エーテル素材製の運動着によって弾かれ貫通はしていないが、その衝撃は間違いなく骨を砕いていた。
地を這いつくばりながら、楓は悔しさと痛みに悶えながら強く砂を握りしめ、奥歯が潰れる程に歯を食いしばっていた。
ティウィに続いて、異変に気付いたのは楓だろう。
ゴゴゴゴゴ——ガラガラッ——パキパキパキ——ガシャ、ズシャ——
激しく揺れる大地、そして山が崩れ、岩石が転がり落ち、地面に叩きつけられる音、着弾した無数のエーテル弾頭が爆裂する破壊音、青紫色の眩い輝きを放つ結晶から膨大なエーテルエネルギーが放たれ……
——Boooooooooooooom!!!!
鳴り響く轟音、吹き荒れる風、空高く飛び上がり、火山が噴火したかのように周囲に降り注ぐ巨大な岩石の雨。
山が、四本の足と尾を生やして起き上がり、吠えた。
「ガァォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ」
怪物の一息は人間と比較にならない程長く、大気を震わせて嵐のように風が荒れ狂う。
その鰐のような顎からは鮫のような無数の牙を生やし、蛇のように長い舌はそれだけで高層ビルを丸ごと掴んで飲み込めそうな程に長く、鉱石のように硬質な肉体は所々に臨界に達した体内のエーテルの燐光が漏れ出し、岩山から突き出ていた結晶と思われていた背鰭はそれだけで十メートル以上はあろうかという巨大で美しい荘厳な刃のように太く長い尾の先まで続く。
シルエットは四本脚の鰐やトカゲのようでいて、太く長い手足はしっかりと自重を支える強大で強靭な筋肉と、鋭い爪を持ち、背鰭同様に瞳は青紫色の光を放っている。
その怪物がただ体を起こそうと腕を振り下ろしただけで地震が起き、地表が潰れて地形が変わる。
その怪物が呼吸をしただけで空気が燃えるように気温を上げて灼熱砂漠と変化する。
その怪物が尾を揺らすだけで岩山が吹き飛び、砕け散った岩石が大砲の弾のように遠くへと飛んでいく。
人間と比較することさえ烏滸がましい。
恐らくは四足歩行のままでの体高だけで百数十メートル、頭から尾までの全長は四百メートル以上。
観測史上最大級の超大型モンスター。
今、そのモンスターの前足に逃げ遅れたエンドレスの冒険者たちと車両が踏み潰され、残された火器が燃料に引火して爆発を引き起こした。
だからどうしたというのだろうか、その怪物のその一歩は大地を数十メートル陥没させて、のしり、のしり、とその偉大な足跡を残している。
エンドレスを囮にして距離を逃げ出したグレイブたちの車両はその度に数百メートルも離れているというのに車体が宙に浮き、重力に押し戻されて悲鳴を上げている。
そんな中、楓はたったひとり、砂の上に転がったまま怪物を見上げていた。
精神状態は既にまともではない。
仲間の死、冒険者の裏切り、銃撃、怨み、憎しみ……そして、こんな怪物が突然目の前に現れてどうしろというのか。
「ハハッ。笑える」
今になって先輩の言っていた言葉の意味を理解したのだ。
先輩はよく、穴掘りや冒険者のことを“最下級”と呼んでいた。
あれは決して軽口や侮蔑の言葉ではなかったのだ。
油断をするな、まだこれよりもっと下がある。
もっと下の、最低の不幸に落ちないようにしがみつけという警鐘だったのだ。
「先輩、今の僕と死んじゃった先輩とだったら、どっちの方が下ですかね? あ……僕ももう死ぬからどっちでもいいか」
怪物は目覚めが悪いのか、餌でも探しているのか、それともなんの意味もないのか、目を覚ました場所の付近をうろうろと歩き回り、その度に地面が激しく揺れるものだから、内臓が揺さぶられて気持ちが悪い。
さっきあれだけ吐いておいてよかったと思う。
吐くものがなくて、酔いもしない。
ここまで明確に死が自覚できてしまえばもう、諦めもついてしまう。
「なんだか逆に冷静になってきた」
思えば、普通の家庭に生まれて、普通の学生生活を送ってきた。
エーテル耐性値が高くなかったため、兵役には呼ばれなかったので、運動の授業で軽い格闘や射撃の訓練を受ける程度の平和な日常を送ってきた。
鎖国に等しいこの国で、全世界と対立しながら、異界と戦っている、誰がいつ戦場に駆り出されてもおかしくないこの新日本国でどれだけ幸せな立場だったのだろう。
それが、両親が冒険者に殺されて死んで、一文無しになって、高校を中退して働き出して二ヶ月で先輩の脳みそを見るはめになって、最後は巨大な鰐に食われるか踏み潰されて死ぬ。
「これが本物の“最下級国民”の人生か」
理解した。
この国の、この街の、この異界の、今の自分の立ち位置も、階級への差別意識も。
「痛み……慣れてきたな」
上体を起こして、両腕で動かない左脚の分も力を込めて地面から体を起こして立ち上がってみる。
揺れる大地の上、小さな自分と超巨大なモンスター。
楓を撃ったのは潰されて死んだ冒険者たちか、それとも車で超巨大モンスターから逃げようとしている冒険者たちだろうか。
「死んだ方だったら、死んだ後にあの世で復讐しよう。逃げてる方だったら……殺してやりたいな」
左脚を引きずりながら歩く。
時折怪物の起こす地震でバランスを崩して倒れてしまうが、何度でも起き上がる。
歩く、歩く、歩く。
「ああ、良かった。無事なのがひとつだけでも残ってて」
辿り着いたのはエンドレスが潰されて死んだ怪物の足型の穴。
その手前に銃が落ちていた。
形状からして、LMGだろうか。
「教練はハンドガンしか受けてないんだけどな」
けれど、ヤマトの護衛が持っていたものと違って生体認証ロックが掛かっておらず、楓にも使えそうだ。
「どうせ最底辺の“最下級”の人間の最期くらい、ちょっとは頑張って見ることにするよ、父さん、母さん」
◇
「暑いな。怪物の吐き出す息のせいか」
作業をしていた手を止めて楓はエーテル汚染を防ぐための防護機能付きの調査服の上着を脱ぎ捨てる。
下級とはいえ楓の体はエーテル耐性を持っているのだから、マスク無しで呼吸をしても長時間でなければ問題ない。
退学して休むことなく働いた二ヶ月間ですっかり長くなってしまった青の混ざった黒髪を作業服の切れ端を紐がわりにして結ぶ。
ポニーテールに青い瞳。
白いボディスーツ型の運動着。
今となっては楓が所持している中で最も高級品、ヤマトグループ傘下の高等学校指定の運動着である。
"中級国民"として最低限の戦闘教練を受けるための水準を備えた強度。
銃弾さえ貫けなかった防弾性能。
父と母が残してくれたもので、唯一楓に残されたそれなりの金に変えられるもの。
楓は学生服は金に変えたが、異界での仕事に役立つだろうとこれだけは金に変えなかった。
「さて、準備は粗方済んだかな」
超巨大モンスターにいつ潰されるやもしれない状況下で、楓は腰から下げていたバッグの中のメンテナンス用のハサミやハンマー、工業用ダクトテープを使い、散らばっていたエンドレスの車体のパーツから使えそうなものを見繕い、簡素な添木と松葉杖を作った。
左手には松葉杖を突き、右手にはLMGを握りしめ、背と腰には残骸を漁っている途中で見つけた銃をベルトで括りつけてゆっくりと歩き出す。
あの怪物はしばらく、ぐるぐると動き回っていたが、今はどうやら車で逃げた冒険者たちを追うことを選んだらしく、巨体に似合わない速度で走って追いかけている。
まあ、あれだけ体が大きいのだから多少鈍重に見えてもその巨大な歩幅はたった一歩で凄まじい距離を詰めていくのも当然か。
「僕は車に追いつけない。けれどあいつらはきっと異界の奥じゃなくてゲートに向かうはず」
本気で生き残ろうと思えば、複雑な地形や危険な魔法生物の多い異界の奥よりも、数時間で抜けられる異界門を目指すのが"最下級"ってものだろう。
門のそばには軍の特戦隊がいる。
特戦隊は異界からモンスターが溢れないように強力な武装を揃えているし、何よりあの超大型のサイズではゲートを通り抜けられないだろう。
「だけどあそこには、僕の職場があるんだ」
先輩程じゃなくとも、仕事を教えてくれた人がいる。
一緒に汗をかいた人がいる。
雇ってくれた親方がいる。
「僕が死ぬのはいい。だけど、これ以上僕の周りを巻き込むのは許さないぞ冒険者」
楓はLMGを構え、モンスターに照準を合わせる。
使い慣れてもいなければ、片手で、ましてや距離も離れている。
それでも、敵はバカみたいに大きいのだから適当に弾をばら撒けば当たりはするはずだ。
「こっちを向け、僕を見ろ。まだ死んでないやつがここにいるぞ」
ドパパパパ——――
乾いた音が響き、空になった薬莢が宙を舞い落ちる。
超大型モンスターの後ろ足の付け根、狙いが逸れようとあの巨体ならば当たらないことはないはずの狙い。
「弾かれるのは想定していたけれど……弾が溶けるのは想定外だな」
片手でまともな反動の制御もできていない射撃はそれでも確かにモンスターの巨大な体に当たるかと思われたが、着弾するよりも早く蒸発するように弾丸が溶け落ちた。
「標的の体内エーテルエネルギーが想像以上に高い。通常弾での攻撃は無効、HP弾も——同じか」
相手にダメージを与えるつもりは無かったが、そもそもが弾が届かないのであれば意味がない。
楓はLMGを早々に諦めて投げ捨て、背負っていたEERに持ち替える。
キュイン——バシュッ——
バッテリーからチャージされたエネルギー弾が硝煙の替わりに青い残光を残して射出され、着弾。
「エーテルエネルギーは吸収されるのか。当たりはしてもこれじゃあ気を引けるかどうか……」
だが構わない、当たるところまできてようやく想定内だ。
怪物からすれば虫に刺された程度の痒みもないであろうことは分かりきっている。
「けれど、何度だって繰り返すさ。お前のその目が僕を見るまでな!」
怪物は楓の存在など気にしていないどころか、気付きもせずに冒険者の車を追っている。
視界にすら入っていない、見えてもいない。
そんな塵芥と変わらない“最底辺の最下級”が。
「お前の目障りになるまで足掻いてやる」
弾を撃つ。
杖をつき、亀のように移動する。
怪物の尾に当たったエーテル弾のエネルギーが吸収される。
足は止めずに弾を撃つ。
不自由な左脚が持つれて照準が上振れて怪物の背鰭に命中する寸前、雷のように青紫色のスパークが散る。
「あれはダメージじゃない。迎撃された? 背鰭のエーテル器官はエネルギーを吸収するためのものではなくて、放出するための器官なのか?」
今度は連続で三発、別々の背鰭に向けてエーテル弾を放つ。
「やっぱり、あれは迎撃だ。あれが怪物の背鰭が無意識に勝手に迎撃しているのか、それともあの怪物が嫌がっているのか……どっちでもいいか」
人体だって同じだ、落ち葉や虫が体に触れれば、意識するより早く体がそれを鬱陶しいと払い除けようとする。
そしてそれが繰り返されれば人はその鬱陶しい存在を認識し、排除しようとする。
本能に触れればいい。
それまで撃ち続けるのだ。
「これ以上距離を離されると困るな。あの冒険者たち、邪魔だ」
先ほどから怪物から逃げ続けている冒険者たち。
何度も二区の方角へ逃げようと試みては、怪物から振り下ろされる腕に進行を妨げられ、怪物の動きに合わせて自然と振るわれた尾に薙ぎ払われないようにと蛇行し、周回し、逃げ道を塞がれてはまた逃げている。
「一番足の遅いのはあいつか」
三台の車の中で最も目立つ大型車両に目掛けて、EERの弾を撃ち込む。
高速で走り続ける車両に命中させられる程の腕は楓にはない。
何度か撃ち続けるも、殆どの弾は外れるか怪物の体に吸われてしまい、唯一当たりかけた弾はドライバーに避けられた。
チュンッ——
場違いな雀の鳴き声——違う、頭を射抜かれかけた。
「スナイパーか! くっ!」
慌てて杖から手を離して、地面に体を伏せる。
「こっちに撃ち返して来るかよ!」
怪物に追われながら、あれだけ激しく蛇行する車内から放たれたたった一発の弾丸が楓の頬を掠めて傷口から赤い線が滲む。
怪物の注意を引くつもりが、余計なものの視界に入ってしまった。
幸い、地形は怪物のおかげで穴だらけ、岩だらけ、隆起して変形した障壁だらけのおかげで隠れる場所は多い……が、迂闊に頭を出せばあのスナイパーに撃ち抜かれる危険がある。
「移動だ、もっと使えるものは……」
思考し、周囲を見渡して目に入ったのは怪物が起き上がった岩山があった付近の荒地。
本来そこにあったはずの岩山がなくなり、見通しが良くなり、向こう側の空まで歪んで見える。
「あの光の屈折はエーテルか……まさか、流体エーテル脈? ……そうか、あの怪物はあれを餌にして喰らい続けながら惰眠を貪ってたって訳か」
異界にのみ存在するエーテルという物質は光を屈折させ、空間を歪ませて見えさせる。
それは第一区採掘工場で実際にこの目で見て知っている。
学校の授業ではなく、本物の流体エーテルを楓は知っている。
「自分の餌場を荒らされたら、不快だろうな」
エーテル脈は暴れ回る怪物と冒険者たちとは逆方向だ。
敵に背を向けることにはなるが、地形が守ってくれることを祈るしかない。
「どうせ捨てた命だ。そうでしょう、先輩」
足を引き摺り、走り抜けた先、歪む空間の向こう側。
崩壊した岩山の向こう側に転がる車両と死体と、車両の後部に積み込まれた護衛たちの武装。
楓には見えていた、視えていなくとも知っていた。
それがそこにあると、そこで死んだのだと。
「グレネードランチャーは……ロックされてるか。なら、弾とグレネード。それにフレアガン。他に役に立ちそうなもの……医療キット、良いものがあるじゃないか」
プシュッ——
注射器を左脚に勢いよく突き刺し、刹那の痛みに耐える。
「さすがヤマトの鎮痛剤。もう痛みがなくなった」
決して治癒した訳ではない、ただの痛み止め、戦場で意識を失わないためのものだ。
実際には止血効果などもあるが、それらは今は必要ない。
必要なのは、冷静さだ。
「こちら新日本ヤマト第一区画エーテル採掘工場所属、異界第四区現地調査隊、凪冷 楓。現在第四区にて推定百メートル級の超大型魔法生物と交戦中。隊員三名死亡。繰り返す。こちら新日本ヤマト第一区画エーテル採掘工場所属、異界第四区現地調査隊、凪冷 楓。現在第四区にて推定百メートル級の超大型魔法生物と交戦中。隊員三名死亡。第一区及び、本部に緊急事態を通達。繰り返す。緊急事態を通達。至急退避、もしくは特戦隊への応援を要請されたし。こちらはこれより、怪物の足止めのために再度交戦に向かう。恐らくは数秒も稼げない。この通信が届いていることを、皆が生き延びることを祈る。……ああ、そうだ。敵超大型魔法生物の塒に流体エーテル脈を発見。これにて企業への調査業務の遂行を報告する。以上、以降通信不能」
通信機に向かって捲し立てる。
あの怪物とは少し距離が離れたおかげか、ノイズは少なかったが——通信が届いていたかはわからない。
返事を待ちもしない。
「どうせ助けなんてこない。僕はここで死ぬ」
流体エーテル脈の情報に釣られて救援が来る可能性はあるかもしれない、だからこそ情報を流した、それでもこの足で助けが来るまで生き残ることなんて不可能だ。
「やるしかないんだ」
足の痛みはない。
どうせ死ぬのだから、後遺症など気にせず走ればいい。
銃を持つ。
メンテナンスバッグの中身は目一杯のグレネードと爆薬に詰め替えた。
「あの怪物の意識を少しでも長くこの場所に縫い止める」
餌場と塒を荒らされたとあれば、暫くは他の敵を警戒してこの場に留まってくれるだろう。
その少しの時間で、“最下級”の人間の命で“下級”の人間たちの生存の為に尽くす。
それが、この世界の正しさだというのならば、やってやろうではないか。
◇
異界四区、岩山地帯。
高さ数百メートルから巨大なものは一千メートルを超える巨大な岩山が無数に存在し、地表は砂漠化した荒地だったその一帯は、超巨大魔法生物が動くたびに発生する大地震により地割れが起き、多くの岩山が吹き飛び、まるで無数の隕石でも落ちてきているのかという悲惨な状況が——続いている。
変化し続けているのだ。
何もないはずだった場所に突如現れる大地の裂け目、空から降ってくるビルのような岩壁。
怪物の一挙一動が地形を変え続ける。
「あいつらまだ逃げてなかったのか」
半分以上が崩落したエーテル脈上の岩山をよじ登り、ようやくその中腹に辿り着いた楓の目に映ったのは、怪物と怪物から逃げ惑い、どんどん逃げ場を失い追い詰められながらもかろうじて生き残っているしぶとい冒険者たちの三台の車。
楓は「まだ」と思っているが、それは恐らく冒険者たちも同じことを思っているであろう、ただし、きっと彼らの場合は“まだ逃げられない”である。
ただでさえ巨大な怪物の攻撃を掻い潜りながら、予測不能の天変地異の中を進んでいるのだ。
いつ目の前が、足元が崩落してもおかしくなければ、いつ雨のように降って来る落石に潰されるかもわからない状態なのだから。
「ま、今のうちに準備はできるか」
地響きと怪物の咆哮、荒れ狂う暴風。
しっかりと地に足をつけているというのにいつ荒波に飲まれて沈むかもしれない船に乗っているかのような危機的状況。
楓にだってのんびりとしている暇はない。
「ここまで引っ張り上げるのに苦労したんだ。役に立ってくれよ」
作業用のロープをベルトのカラビナと結びつけて肩からロープを担ぐようにして両手で岩山の下から引っ張り上げてきたのは、壊れた調査隊の車両の助手席のドア、一応の防弾仕様である。
岩山を引き摺りながら歩いてきたせいで、既に傷だらけで塗装は剥げて砂埃に塗れたそれの下に、護衛が陣取っていた車両後部からかき集めてきた弾薬、火薬、爆薬を敷き詰めて、その上に乗って怪物の姿を睥睨する。
「僕はお前を見ているぞ」
EERを構え、怪物の頭部に一番近い背鰭を狙って狙撃する。
「あっちのスナイパー程の才能は僕にはないか」
狙いは外れ、怪物の右腕に着弾したエーテル弾のエネルギーが吸収される。
「射程距離は足りててよかった」
何をするにしてもこちらの弾が届かないのであれば意味はない。
しかし、ライフル弾で届くのであれば問題ない。
「えっと……こういう時はSOSの方がいいのかな?」
手放されたEERがショルダーベルトに吊るされて揺れる。
作業服のベルトとは別に無理矢理つけた腹のガンベルトからフレアガンを抜き取り、上空から放物線を描いてなるべく怪物の顔の傍で炸裂するように狙って放つ。
「まあまあ」
距離が離れていて楓からはわからないが、恐らくは怪物の顔の数十メートル程度の距離で強烈な光が炸裂し、それを嫌ったのか怪物が腕を振るったせいで再び地震が起き、楓の立つ岩山からも岩石が剥がれ落ちていくのを足元で感じる。
「せっかくだし、教練で習ったものを色々試してみるか。総攻撃開始!」
フレアガンの残弾で誰に届けるつもりもないメッセージを撃ち込む。
「さあ、そろそろ鬱陶しくなってきただろう? 次はお前の餌場を荒らしてやるぞ」
弾の無くなったフレアガンを投げ捨て、手榴弾のピンを口で抜き、自らが立つエーテル脈上の岩山の、最もエーテル脈に近く、不安定に崩れかけている箇所を目掛けて放り投げる。
Boom——
一瞬の爆発の後、パラパラと石の礫が雨のように降り、少し遅れて岩山の下からガシャリと潰れたような音がする。
ちょうど抉れて氷柱のようになっていた岩がうまいこと落下してくれたらしい。
楓が見下ろしてみれば、エーテル脈の歪みを貫くように岩が蓋をしている。
「お前が僕を見ない限り、嫌がらせは続くぞ」
今度はEERに持ち替えて命中することを重視して怪物の背鰭の中でも巨大なものを選んで数発撃ち込む。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「相変わらず長くてうるさいな」
自らの餌場と塒を漁りにきた不届な虫ケラを踏み潰そうと怒る怪物の視界に飛び込んできた激しい光、あと一歩で獲物を殺せるというところで何度も、何度も、その視界を妨げられた怒り。
足元を逃げ回る虫ケラとは別の目障りな羽虫が飛んでいる。
背後で特上の餌である流体エーテルの源泉から流れる芳ばしい香りが乱され、一瞬遮断された。
虫ケラを殺し、再びあの甘美を味わい、長い眠りにつく。
たったそれだけのことに、本来であれば当に片が付いていたはずの行為を、邪魔する者が存在する。
バチリ——と己の背が何かを弾いた。
飛んで来た羽虫を殺したか?
——違う。
バチリ——バチッ——バチッ——
何度も何度も、何かが己の周囲を飛び回っている。
怪物はふと、足元の虫ケラから視線を外し、己の餌場の様子を確認しようと振り向いた。
バシュン——
それは偶然だった。
振り向きざまに、羽虫のひとつが己の瞳に突き刺さり、気がつけば怪物は咆哮を上げていた。
痛みなどない。
だが、不味い。
極上の甘美な餌とは違う、空気中に漂うそれとも違う、偽物の餌を無理矢理喰らわされたような屈辱。
見れば、小さな虫ケラがもう一匹、よりにもよって己の餌場の上に仁王立ち、己の頭よりも高い場所から己のことを見下ろしていた。
羽虫だからといって、それは怪物にとって許されないことだった。
「ようやく僕を見たな、怪物」
楓は笑みを浮かべてライフルを構え、弾を打ち続ける。
「バッテリーのエネルギーが尽きる前に気づいてくれてありがとよ」
怪物は何度も、咆哮をあの長ったらしい咆哮を上げながらドスンドスンと大地震を起こしながらまるで猪のように真っ直ぐに楓の立つ崩れかけの岩山へと向かってくる。
これでは怪物に近づく前に岩山の方が持ちそうにない。
バシュ——キュゥゥゥン————
エネルギー切れ。
EERを捨てる。
EERとともにはじめに拾っていたハンドガンへと持ち替える。
パンパンパンパンッ————
両手で構えたハンドガンから撃ち込まれた弾は、怪物に届く前に蒸発して煙になって消えていく。
それでいい。
その音が、煙が、怪物の目障りになり続けていればいい。
「殺したいだろ、殺したいと思え、思いこめ、僕がお前の塒を荒らす敵だと思い込んで殺しに来い!」
怪物が楓のことをどう思っているかなど知らないが、どうせ楓が思う虫程以下の存在としか認識されていないだろう。
ただ、ただ、このひと時だけ、一瞬だけ、
「思い込め」
僕とお前は敵なのだと。
「そして殺しに来い」
最下級の最底辺の虫ケラを。
「ガァォォォォォ——————————」
再びの長い咆哮、三、いや二百メートルくらいか、離れた場所だというのにその巨大な怪物の口から放たれる爆発的な息と熱だけで呼吸が困難になる。
エーテル素材の運動着がなければ既に全身が火傷を負っていたかもしれない。
怪物の咆哮中に呼吸をしようと試みれば肺が焼かれるかもしれない。
だが、既に怪物はその鰐のような顎を大きく開けたまま、巨大な四足で一直線に突き進んでくる。
限界点。
「——!」
楓は最後の銃弾を足元へと撃ち込んだ。
KA——Boooom‼︎!
足元の助手席のドアの下に敷き詰められた爆薬が一斉に爆発を起こし、岩山を吹き飛ばして、楓の体は下から跳ね上がってきたドアに叩きつけられるようにして宙に跳ね上げられる。
手からハンドガンが零れ落ちる。
思えば、あの銃は最初に楓の左脚を撃ったものなのではないか?
衝撃で朦朧とする意識の中で何故かそんなことが思い浮かぶ。
——『うるせえよクソガキが』
そうか、死んだのは僕を撃ってきた冒険者たちの方か。
「ハハッ」
最下級の最底辺以下のクソ野郎。
「僕の方が長生きしたぞ」
カラビナと作業用のロープで括り付けられた助手席のドアは爆風に煽られて怪物の大きく開いた顎を避けて怪物の顔の横を紙切れのように舞っていた。
必死にロープを手繰り寄せて助手席のドアを盾にするようにして怪物の発する熱から身を守りながら、壊れたウィンドウの隙間から怪物の青紫色の巨大な蛇のような瞳と楓の青色の光が交錯する。
怪物と羽虫の瞳が、確かに互いの存在を認識した——
「ごぶっ」
——それと同時、振るわれた怪物の巨大な腕が楓を薙ぎ払い、怪物は青い羽虫が赤い体液を撒き散らして消えたのを見て、その存在のことを忘れ、自らの餌場に散らかった邪魔な岩を吹き飛ばす為に一度大きく尾を振って己の周囲の邪魔なものを全て吹き消した。
◇
——『こちら——繰り返す——至急——再度——届いて——祈る——発見——遂行——以上——不能』
荒れ狂うエーテルリンクネットワークの中に紛れ込むノイズ。
百数十メートルの超大型のモンスターが暴れ回るせいで空気中に舞い散るエーテル粒子がサイバーガーディアンの閉ざされた車内でエーテル次元へと接続するティウィの視覚と聴覚を掻き乱す中に、突如混ざり込んできた異物。
それは、誰かが誰かに宛てたはずのメッセージ。
企業用の回線ではあるが、周囲のありとあらゆる情報を集約し解析することが可能なティウィの耳だけはそのメッセージをはっきりと拾った。
どこかの馬鹿が、今も自分たちを殺そうと暴れ回っているこの超大型モンスターに命懸けで挑もうとしている。
敵うはずがない。
叶うはずがない。
これから無駄死にしようとしている馬鹿の遺言をこの忙しいときに聞かされてたまったものではない、ティウィは苛立ちを覚えながらも「次、右に避けてっ!」サイバーガーディアンを運転するイナに指示を飛ばす。
ティウィは鋼鉄の装甲に覆われたサイバーガーディアンの窓ひとつない後部車両に立っているが、車両に搭載された複数のカメラからの映像からモンスターの動きを解析し、イナだけでなく、ミスティックのミヅキ、クラッチモンスターのリュウにも情報を流し続けている。
天災のように空から振ってくる隕石のような巨大な岩、突然切り裂かれ深い渓谷を作り出す地割れ、怪物の腕、長い尻尾、強大な顎の逃亡。
乱暴な指示に、乱暴な運転、毎秒、毎瞬、いつ命が散ってもおかしくない戦場からの離脱作戦……作戦とは呼べないような場当たり的な指示のもと、チームの全員が命懸けで車を走らせている。
異界二区を通過して最短で一区へ抜ける方法を必死に探る最中、車載カメラに搭載されたセンサーに反応あり。
「え、ちょっと何!? どこかから撃たれてる!」
慌てながらもイナは上手く怪物の体を盾にするようにして斜線を切る。
「子供……?」
bang——
助手席の窓に腰掛けるようにして狙いを定めたアンナの放った銃弾が空気を切り裂き、アンナがスコープから目を外すと、白い服の子供は土の上に倒れ込んで見えなくなった。
「いったいなんだったのよもう! 藤宮のやつらの生き残り!?」
不機嫌そうにイナが怒鳴り、ハンドルを切る。
アンナが仕留めてくれたとしても、たかが馬鹿一人死んだところで怪物に追われ続けているという絶体絶命の状況に変わりはない。
それからもしばらく、グレイブの逃走は続いた。
その中でティウィにはなんとなく怪物の行動の予測がつくようになってきた。
「あの怪物は最初に眠ってた場所にあーしらを近づけないようにしてる。その上で、あーしらをこの場で始末したくてたまらないみたい」
「アレが最初に眠ってたとこっつったらあの崩れかけた岩山の方角だろう。んじゃあ、二区方面への脱出は諦めて一度三区方面へと引くかい?」
ティウィの通信に応えたのはミヅキだ。
「多分意味ない。あいつが怒ってる理由、多分餌場に手を出されただけだから追いかけてくる」
「何だそりゃあ、どういう意味だ?」
ティウィの答えにリュウが訳がわからないからさっさと説明しろとでも言いたげな圧をかけてくる。
それはリュウに限らず、サイバーガーディアンに同乗しているイナとアンナからもだ。
ティウィは逡巡する。
さっき拾った無線通信、信憑性は薄いが、あの通信では『流体エーテル脈』が存在すると言っていた。
それを今メンバーに共有すれば……彼らはどうするだろうか。
まさか、あんな怪物を相手に流体エーテル脈の確保をしようだなんて言い出す程の馬鹿でなければいいのだが……
ティウィが返答に困っていたその時だった。
シュルルル——パン、パン、パン——
眩い光が空を染める。
『SOS』
「救難信号?」
サイバーガーディアンを運転していたイナが一番にその光の意味に気がついた。
『総攻撃開始』
「今度は攻撃開始の合図? なんだ、俺らの他に誰かいるのか? まさか別の冒険者か企業の応援?」
華麗なドライブテクニックで障害物を交わしながら、ミヅキがフロントガラス越しに空を見上げる。
「おい、ティウィ。おめえなんか隠してねーだろうな」
「……」
リュウからの通信にティウィの返答が遅れる。
「あ、あの岩山!」
「あれはさっきサイガを撃ってきた子供!? 生きてたの!?」
イナとアンナがそれを見つけてしまった。
ティウィは少し前から気づいていた、大馬鹿野郎の存在に。
「はあ……あーしはできないことをできるなんて言いたくない。だから、できないことをできるなんて思ってるやつが大嫌い。だけど、気になるってんなら教えてあげる。通信データ送信。各自確認して」
ティウィは諦めて、グレイブのメンバーに先ほど傍受した通信の内容を共有する。
——『こちら新日本ヤマト第一区画エーテル採掘工場所属、異界第四区現地調査隊、凪冷 楓。現在第四区にて推定百メートル級の超大型魔法生物と交戦中。隊員三名死亡。繰り返す。こちら新日本ヤマト第一区画エーテル採掘工場所属、異界第四区現地調査隊、凪冷 楓。現在第四区にて推定百メートル級の超大型魔法生物と交戦中。隊員三名死亡。第一区及び、本部に緊急事態を通達。繰り返す。緊急事態を通達。至急退避、もしくは特戦隊への応援を要請されたし。こちらはこれより、怪物の足止めのために再度交戦に向かう。恐らくは数秒も稼げない。この通信が届いていることを、皆が生き延びることを祈る。……ああ、そうだ。敵超大型魔法生物の塒に流体エーテル脈を発見。これにて企業への調査業務の遂行を報告する。以上、以降通信不能』
いつ命を散らすかもしれない戦場において、耳を傾けるには長すぎるメッセージ。
ティウィが耳障りだと感じたように、そのメッセージは怪物からの攻撃に対応している仲間たちの思考にもノイズになってしまうであろう。
しかし、そのメッセージは届いてしまった。
既にメンバー全員に聞かれてしまった。
「調査隊の生き残りって……あの時藤宮に撃たれてのたうち回ってたガキかよ。生きてたのか」
「こんな緊急事態で、他人の心配をしてあの化け物相手に時間稼ぎをしようだって?」
リュウの、ミヅキの呆れた声。
「ちょっと、じゃああそこに立ってる白いのが私たちの車撃ってきたってこと!?」
「……イナ、今はそれはどうでもいいでしょ」
「どうでもいいって、アンナあの子のこと殺そうとしてたじゃん」
「……」
頬を膨らませて怒っているイナを宥めようとして、逆に刺されてしまうアンナ。
「ほう、つまりあのガキにとって、俺たちゃ戦いの邪魔だったっていうことかァ?」
感情の読めない乾いた笑いに怒りの籠った声を上げるリュウ。
グレイブのメンバーが怪物から必死に逃れようと虫のように這いずり回っているのを見下ろしながら、崩落しかけた岩山の上で超巨大な怪物に目掛けて射撃を続ける少年の姿を、グレイブのメンバーの誰もがはっきりと認識した。
「リュウ、対抗意識なんて出さないでよ。自分から囮になってくれるっていうならそれでいいじゃない。あのガキが何をしようとアタシらはその隙をついてここから離脱すればいい。違う?」
「ハッ! 違ぇねーな」
アンダーボスのアンナの言葉に、リュウも納得する。
ボスとアンダーボスがそう決定したのであればチームの方針はもう変わらない。
白い服を来た子供が何度も怪物に銃で狙いながら、爆発物で自分が立つ岩山を崩し、流体エーテル脈が存在するという怪物の餌場を荒らし、怒り狂った怪物の矛先が少年へ向かう。
グレイブのメンバーは一時的に怪物の狙いからは逸れた。
それでも、怪物が駆け回る度に天変地異のような災害が巻き起こるのには変わりはない。
「あのガキが囮になっている間にこの区域を離脱する」
リュウの指示が出れば、全員がそれを了承して状況が開始される。
それはチームとして当然のことだった。
「あの子は、どうするの?」
次々に「了解」と帰ってくる通信の中、イナだけが疑問を呈した。
「どうするって何がだよ」
「私たちのために、皆を逃すために戦ってるあの子をこのまま見殺しにしていいのかなって……」
「見殺しも何も助ける方法なんざねーだろうが。俺たちの武器は全部あの怪物にゃ効果がねぇ。これを逃せば、もう俺たちにはここから逃げるチャンスだって来ないかもしれねーんだぞ。それくらいわかんだろ。それともイナ、お前あのガキに惚れたのかよ」
「そんな訳ないじゃない! なんていうか、なんていうか……」
「もういい、とにかく俺たちゃ離脱だ。あのガキが本気で何か作戦でもあるんだったら勝手に助かるだろうよ! 通信が届いてんなら特戦隊のやつらが出張ってくる可能性だってある! 切りかえろ! イナ!」
「……了解」
そうして、グレイブのメンバーたちは超大型モンスターが少年に向かって遠ざかっていく隙に、迂回をしながらひとつ遠いルートからの二区、そして一区を目指してアクセルを踏み込む。
全速力で戦場から遠ざかっていく。
ベタ踏みしたアクセルは順調にスピードを上げてモンスターから距離を取っていく。
KA——Boooom‼︎!
その時、後方からこれまでで最大の爆発音が轟いた。
崩れ落ちる巨大な岩山。
岩山ごと噛み砕こうと開かれた巨大な怪物のアギトが灼熱の暴風を撒き散らし、岩山を木っ端微塵に噛み砕き、嵐が巻き起こり、キラリと鈍い光が青紫色の光を反射させ、怪物の腕に殴り飛ばされて、まるで凧のように吹き上げられたそれに、人型をした物体が吊り下げられながら宙を舞っていた。
「あれ! あの子だ! ティウィっ! 確認して!」
「チッ——頭と手足はまだくっついてる。だけど、あのままの速度で何処かに衝突すれば多分ミンチ」
サイバーガーディアンを走らせながら、後方の様子を確認していたイナが急いでティウィに確認をとれば、やはりあの少年はあの怪物の巨大な口に呑み込まれることなく、逃げることに成功——と言っていいのかはわからないが、まだ生きている望みがあるかもしれないという。
「リュウ! ミヅキ! 私たちはもう十分距離は取れたでしょう!? どうにかならない!?」
「イナ、お前本気で言ってんのかよ」
「だってあの子、私らのことも逃がそうとして命を賭けたんでしょう!?」
「……おい、ミヅキ、お前イナにまた変な旧時代の映画でも見せたんじゃねーだろうな」
「まさか。イナもそういう年頃になったっていうだけなのでは?」
イナの叫びに、リュウは呆れながら、ミヅキはどこか嬉しそうに。
「ティウィ。サポートを頼めるかい? リュウ、クラッチモンスターの制御は俺がする。リュウはイナの王子様を受け止めてやって」
「あれが王子様だぁ!? つーかミヅキ、このクソみてえな足場で二台分の運転ができんのかよ」
「ティウィの情報があれば楽勝さ。なんたって俺はニュージャパンのナンバーワンドライバーだぜ?」
「そうかよっ!」
そう言って、リュウはハンドルから手を離し、窓から身を乗り出して車両の上に立つ。
「アンナ……あーし、手伝うって言ってないよね?」
「火をつけた原因はアンタでしょ。ケリつけてやんなよ」
「ちぇっ。本当に耳障りなもの聞かされちゃったせいで無駄な仕事が増えた」
ティウィはカメラから得たデータをリアルタイムでミヅキの搭乗するミスティックに流し、ミヅキはミスティックと同時にリュウのクラッチモンスターの運転を遠隔で行う。
「ミヅキ、軌道修正。あの凧のせいで着地予想地点が読めない。アンナ、あの凧と繋がってるロープ打ち抜けない?」
「さすがに無理」
「そ、じゃあデータは更新し続けるからあとはそっちの気合いでなんとかして」
ティウィは面倒くさそうにしながらも、真剣に飛来する生死不明の少年の落下予測地点を割り出し、データをミヅキに送り続ける。
「私に何かできることは?」
「怪物の攻撃にも余波にも絶対に当たらないこと」
「わかった!」
少年を助けようと言い出した手前、何か協力しようとするも、ティウィにすげなく断られる。
しかし、実際、他のメンバーが意識を少年に向けている現状では、怪物の行動を最も警戒しなければいけないのは間違いなくイナの役目である。
少年を助けられたところで、怪物にやられて全滅しましたでは意味がない。
「落下予測地点! きた! ミヅキ、速度を送ったデータに合わせて! 地形は最悪だけどあんたならどうにかなるでしょ!」
ミスティックに送られてきた地形データと落下地点のデータを確認し、ミヅキはたった一人で速度も重量も異なる二台の車両を精密に操作してみせる。
そして。
「おうらぁっ!!」
見事に助手席のドアの落下地点に先回りしたリュウがその筋骨隆々の肉体で、怪物に吹き飛ばされて凄まじい速度で飛び込んできたドアを太い両腕で受け止め、衝撃にクラッチモンスターの天井が悲鳴を上げ、リュウの体ごと再び吹き飛ばしてしまいそうな程の衝撃に合わせて、ミヅキのコントロールするクラッチモンスターが速度を調整し、リュウがバランスを崩して落車しないようにサポートし、リュウがずしりと天井の上で足を踏ん張り、遂にドアと、それにぶら下がって吹き飛んできた白服の少年を確保する。
「おいガキ、生きてるか? ……心臓は動いてるな。 ……全員、ガキの確保は完了だ。意識はねぇがとりあえず生きてるはずだ。今度こそ撤退するぞ。ミヅキ、俺が中に戻ったらコントロールをこっちに戻せ。お疲れさん。アンナは怪物から目を離すな、イナはガキのことは一旦忘れて運転に集中しろ。ティウィ、キツイとは思うがルート取りは任せるぞ!」
「了解」と全員の声が返ってくる。
リュウはナイフで白服のロープを切り捨て、助手席に放り込んで運転席に戻りハンドルを握る。
背後で再び凄まじい轟音が鳴り響き、大地が揺れて舞い上がった砂煙りが怪物の姿を覆い隠す程に広がり、空まで登っていた。
◇
「ォォォォ————」
超巨大な魔法生物が発する怒号は人間の身にはあまりにも長く、長く続いたあと、再び周囲の熱と空気をある分だけ吸い込み我が物としようとする怪物に奪われていく。
「息を吐けば爆発的な熱風を生み出して、息を吸えば熱も酸素も奪い去って取り込むのか。あれのそばに居たら焼けて灰になるか窒息死かな?」
「そうなるところまで近づく前に死ぬでしょうね」
冒険者チームグレイブの車は背後で継続する世界の終焉かのような災害級の暴力から逃れようと全力でアクセルを踏み続ける。
怪物は獲物を喰らう寸前で大量の不味い爆発物を食わされたことに怒っているのか、良質な流体エーテルの源を大量の岩石に蓋されたことに怒っているのかは知らないが、今は冒険者たちのことよりも、餌場を再び掘り起こして自分の縄張りを整えようとしているらしい。
おかげで余裕の生まれたミヅキの冗談にアンナが呆れていると、クラッチモンスターがサイバーガーディアンに横付けするように並走してくる。
「どうしたの? リュウ」
「お届けもんだよ」
「あ、ちょっと」
横付けされたクラッチモンスターの窓から放り出されたのは白い服——学生の運動用のような——を着たボロボロの少年。
その頭から放り出された少年をアンナはかろうじて捕まえて、サイバーガーディアンの中に引き摺り込む。
「うわっ、急にせまっ!」
「テメーが助けたいつったから拾ったんだろうが。テメーが面倒見ろよイナ」
アンナが引き摺り込んだことで圧迫された運転席で呻いたイナにリュウは知ったことかと押し付ければ、イナも蒔い種である自覚はあったので言い返せない。
「だけど、こんな忙しいときじゃなくたっていいのに!」
「うるせえ、こっちは人手が余っちゃいねーんだよ。本気で助けたいならそっちでどうにかしろ。じゃなけりゃそいつ、もう死ぬぜ」
「え?」
「じゃあな」
「……はあ」
リュウはイナの抗議を全く無視して車両を離していく。
イナはリュウから言われた一瞬わからず、少年を見てそれに気づき、アンナも「そういうことか」と溜め息をこぼした。
「運転代わりなさい」
「……うん、ごめんアンナ」
「別に、アタシはガキの世話なんてしたくないだけよ」
「げぇっ!?」
イナに気を遣った訳ではないと言いながら、改造された後部車両と繋がるドアを開いてアンナはガキを放り込む。
後部車両でエーテルリンクに繋がり逃走を補助するために作業していたティウィのすぐそばに転がってきた死体のようなガキに思わずティウィが苦渋を露わにして、イナは運転が乱れぬように直様にハンドルごと席を渡して後部車両に転がり込む。
「顔と手足に酷い火傷と裂傷。服の下は——これ、学校の運動着じゃない。このコ学生?」
「んなこたぁどーでもいーっしょ。それより、多分そいつ服脱がさない方がいい。その服の性能のおかげで人間の形を保ってるけど、中身ぐちゃぐちゃだよ。応急用の治療薬じゃ気休めにもならない」
「それでも、このままにしてたら死んじゃう……よね?」
「そうね。だからリュウもサイガに寄越したんだろうし、薬を使っても怒らないんじゃない? ま、あの怪物から逃げ切って元の雇い主のとこに連れかえれば再生医療を受けられるかもね」
「そっか、見た目は学生だけど、一応ヤマトの人なんだもんね」
「そーゆーこと。ま、どっちみち怪物から逃げられなかったらあーしらも死ぬけどね!」
ティウィの活動基地となっているサイバーガーディアンの車両後部は座席などが取っ払われて高度な精密機器が乱雑に押し込められてはいるが、同時に主にサイバーガーディアンを使用するグレイブの女性メンバー向けの装備も保管されており、着替えなどにも利用されるのでそれなりのスペースがある。
イナは楓の体を空いたスペース——とはいっても、揺れる鋼鉄の床の上だが——に寝かせて緊急用の医療キットを漁り、治療薬を見つけ出して注射器を楓の首に突き刺し、目に見える範囲の熱傷裂傷には軟膏を塗布して止血と皮膚再生のためのシートを乱雑にペタペタと貼り付けていく。
見栄えよりも、命を繋ぐこと、生き残る可能性に縋りつくための処置である。
「ティウィ」
「今忙しいんだけど、なに」
「助けられるかな」
「他人の心配なんてしてる余裕なんかないっつーの……ッチ、一応生きてるよ。相変わらず肉も骨もぐちゃぐちゃでサチュレーションも死人同然だけどね」
「じゃあ、助けないとね」
「なに、イナ、マジで惚れてんの?」
「違うよ。近くで見たら、本当に私と変わらないような年齢っぽいし……負けてられないじゃない」
「はっ、じゃあさっさと自分の仕事に戻んなよ」
「うんっ!」
白い服の男の応急手当てを終えたイナが車輌前部に戻っていき、金属の扉が固く閉められる音がして、ティウィはちらりと床に寝転がる男を見る。
厄介者。
見た目は“中級国民”の学生、何故か“下級国民”の仕事現場に現れて、“最下級”の冒険者のような無茶をして戦場をかき乱した謎の子供。
どう考えても厄介だ。
イナにはああ言ったが、この子供の素性がわからない。
少なくとも、こんな異界の現地調査なんてさせられている“下級”なら雇い主のところまで届けたところで再生医療を受ける金なんてなくそのまま死ぬだろう。
けれど、この子供はティウィでさえ見逃した流体エーテル脈を発見し、さらにはまるで新日本国の礎となった五十年前の英雄たちのように怪物に立ち向かい人命を救おうとした。
この賽子の目はどこにどう転ぶのかわからない。
全ての情報を精査し、仲間を正しく生存に導くのがティウィの役目である。
だから、厄介だ。
こんな不確定要素の存在が助けを求める声を聞いて、仲間に、特にイナがそれを知ればどういう考えをして、イナに求められた形で自分が手を貸せば“ティウィがやれると判断したならばやれる”のだと仲間たちが動くことを正しく理解して、そうなるように誘導した。
「チッ。あーしのガラじゃねーよ、本当によ」
だから、全ての通信に乗らないようにマイクをオフにして、眼前に転がる少年を見下ろして舌を打つ。
「戻った!」
「そのままアンタは周囲の警戒!」
「了解」
サイバーガーディアンの助手席に戻ってきたイナは急ぎアンナに報告し、指示を受ける。
運転を代わる手間を省いて、イナはそのまま助手席でシートベルトをキツく締め、銃を手に取る。
「進行方向にモンスターの気配なし、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、イナ」
「ありがとうミヅキ、でも別にモンスターくらいだったら心配はいらないわ」
イナの役割は退路を邪魔する存在への警戒だ。
既に随分離れたはずなのに未だに小さくならない背景の光る山のような怪物への警戒ではない。
あれはもう、警戒したところでどうにもならない存在だ。
だからこそ、ミヅキは同じ戦闘員として一番経験の浅いイナのメンタルケアのために声をかけたが、どうやら要らない心配だったようで安堵する。
ミヅキは戦闘力はもちろん、何よりもドライブテクニックを買われてこのチームに加入しているが、実際にはミヅキの勧誘に成功したからこそ、リュウとアンナはチームを結成することができた。
チーム結成時からのメンバーであるミヅキはリュウとアンナは勿論、後輩の二人のこともよく見ている。
暴走しがちなリュウを頭にしてチームが動いているのはティウィの天才性があるからというのは否定できないが、ティウィ加入前からアンナと共にリュウを支えてきたのだ。
この未曾有の危機でも、リュウは比較的落ち着いて行動ができている。
流体エーテル脈に釣られることなく、撤退の判断ができた。
アンナはいつも通り安定しているし、ティウィは判断を間違わない。
イナは少し心配だったが、今話した限りは大丈夫そうだ。
「なら俺は俺で生き残るために全力を尽くさないとな」
チームは機能している。
危機に瀕しても諦めていない、しっかりと脱出のために必要な判断を下して行動に移せている。
間も無く、異界四区も抜けられるだろう。
そのまま二区を抜けて一区に辿り着いた後にすんなんりゲートを抜けさせて貰えるかはわからないが、少なくともあそこには戦力がある。
新日本国軍・特務戦略部隊——通称・特戦隊——ゲート内の脅威であるモンスターに対応するために最高のエーテル技術を用いた装備を身につけたこの国で、もしくはこの惑星で最強の軍隊。
そこまで、どうにかして逃げなければとミヅキが、チームの誰もが想いを同じくして異界を全力で駆けていた。
その、時が止まる。
「っ!!」
突如として襲い来るそれに、声も出せず、反射的に死を覚悟した肉体が慄き、ハンドルを握る手が勝手にあらぬ方向へと向いたのを、ミヅキは歯を食いしばり、必死の形相で持ち直した。
進路を外れ、岩壁へと向かいかけた車体が正しい進路を取り戻す。
ガンッ——
サイバーガーディアンはブレーキを踏んでしまったのか、横滑りした車体の後部が岩壁にぶつかって止まっていた。
クラッチモンスターはぐらぐらとふらつきながらも進んでいたが、サイバーガーディアンの様子を確かめるためか、それとも自らの限界に達したのか、動きを止める。
ミヅキもまたチームの元へと一人前に出過ぎた車を引き換えそうとして
「ミヅキ、戻るな! 全員マスク装着! 空気が枯れてる! 進行を止めないで!」
ティウィからの通信に止められる。
「ぷぁっ! さ、酸素が消えた!?」
酸素マスクをつけたイナがおかしな声で悲鳴を上げる。
「クソっ。一体なんだってんだこりゃあ」
同じく、リュウがクラクラと頭を揺らす感覚に愚痴をこぼす。
「とにかく、まずはティウィの言う通りに」
苦しそうに片手で胸を抑えて、息を荒げながらもアンナが再びアクセルを踏む。
「ティウィ?」
ミヅキもまた皆と同じように、突然息が吸えなくなったことでパニックに陥りかけた肉体の苦しさを無視して何が起こったのかを問う。
そして、答えが返ってくる。
「あの怪物が息を吸った。とんでもなく大きくね」
「は?」
「え?」
「あ?」
「ん?」
どれが、誰の声だったか、けれど、それは全て同じ疑問だった。
「たった、それだけ……?」
イナが驚き、窓の外に身を乗り出してもう数キロメートルは離れているはずのその存在を見やり
「ねえ、なんかやばそうな気がする」
天に向かって伸びていく無数の極太の稲妻の根本、巨大な両腕で岩山の上にのしかかるようにして身を預けてこちらを睨みつける、超大型魔法生物の体から漲る臨界したエーテルの光が怪物の肉を焦がしながら全身から、特に歪な結晶のように突き出した巨大な背鰭から放たれるその膨大なエネルギーにぞっとする。
「全員、窓を閉めて! 鏡も閉じて光を直視しないように、全速離脱っ!!」
これまでで一番必死さを感じさせるティウィの叫びに、誰もが「何処に?」という疑問を抱きながら、とにかく言われた通りに死から逃れるために、リュウは、アンナは、ミヅキは、必死に前だけを睨みつけるように。
イナは目を瞑り全身を固定するように体を強張らせながら祈るように。
ティウィは車載カメラ越しに投影される怪物の挙動から目を離さずに。
その傍で無造作に酸素マスクを装着された少年は意識を失ったまま。
その瞬間を迎えた。
————————————!!
音は無かった。
猛烈な光が迸った。
高層マンションのような太さの青白い光が一直線に、線上の全てを焼き消す。
大地は溶けてマグマのように液状化し、岩山は消し飛び、根本は辛うじて大地と共に炎上し、どこまでも、どこまでも、どこまでも遠くまで続くかのような長い長い一本の太い光の終わりは見えない。
少なくとも、グレイブの者たちが知る異界四区などとうに通り過ぎ、二区を超えて、そしてゲートのある一区をも焼き貫くのではないかという馬鹿げた威力の光線が超巨大魔法生物の顎から吐き出されるように、下から上へと向かって薙ぎ払われたのだ。
そして、世界を一瞬にして縦に二分にした光の奔流が収まるのと同時。
破壊が齎した衝動と衝撃が爆炎となり、爆風となり、悲鳴のように異界に鳴り響き、異界の空を穿った光線は天に巨大な穴を開け、異界の天上という未だ人類の誰も見たことがない時空へと接続する。
「————ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン」
終焉の光の後、いまさらに怪物の咆哮が轟いた。
◇
「——全車両コントロール権限強制掌握! シールドウィンドウ展開! ドローン全機ガーディアンモード移行、兵装変更、エーテルフィールド展開!! 全員っ! 目ぇ瞑れーっ!!」
泣き言のように上擦ったティウィの絶叫がサイバーガーディアンの鋼鉄の装甲の中で響く。
グレイブのメンバーを乗せた三台の車両の操縦権限がドライバーからティウィに強制的に移譲されて離れる。
全車両の窓に蓋をするように鉄のシャッターが降りて外部からの光りを遮る——が、車というものの構造上どうしようもない僅かな隙間からほんの少しだけ差し込む明かりが車内を薄暗くさせる。
突然、ハンドルを奪われたメンバーは言うことを効かなくなったことに僅かに驚くも、尋常ではないティウィの声にすぐさま判断を下して瞼を強く閉じ、姿勢を低く丸めて衝撃に備えた。
どこから、なにが迫り、どうなるかは分からないが、冒険者としての経験がそう判断させた。
一転、車両の外ではサイバーガーディアンに接続されていた武装たちが離れ、ティウィのコントロール下で岸壁にぴたりと沿うように縦列に停止させられた三台の車の最後尾の後部に展開していた。
普段はサイバーガーディアンの車体に収まり、カメラやセンサーとして、或いは銃として搭載されていたそれらは全てがエーテル動力で稼働し、ティウィとリンクした小型ドローンである。
それらがサイバーガーディアンを守る盾を作るように等間隔で浮遊し、本来であれば弾丸として射出するための銃の機構をエーテルエネルギーを放出するガーディアンモードを起動、互いの放出するエーテルエネルギー同士を結合させてエーテル粒子でシールドを生成する。
それは、たった一人だけドローンから送られてくる怪物のリアルタイムの状況を見続けていたティウィの必死の抵抗だった。
逃げ切るつもりだった。
車を止めればお終いだと思っていた。
違った。
既にもう終わっていた。
あの怪物の一呼吸の間に数キロメートルも離れた自分たちにも影響が出るほどの膨大な空間のエネルギーがあの怪物の体内に収集され、開かれた巨大な顎の奥深くから漏れる収束した莫大なエネルギーが青い光を漏らし、怪物自身の肉体さえ焼いていた。
あれが放たれれば、全て無駄だ。
終わる。
出来うる限り射線から逸れることを願って車を停めた。
最後尾は最も頑丈なサイバーガーディアンにした。
全ての車両の防備もできるだけした。
数ヶ月前に買い替えたばかりのそれなりに値の張ったドローンを全機投入してエーテルフィールドを展開した。
それでも、怪物から計測されるエネルギーの量を見れば全てが無駄だとティウィにはわかってしまった。
あれは人間がどうにかできる次元を超えた怪物。
仲間内やネットワーク上でいくら"天才"だと持て囃されていたティウィにもどうにもならない、"人間如きの天才の脆弱さ"に体が震える。
怪物の顎が開き、光が世界を貫いた。
「ぐっあぅ!」
輝いた、そう思った時には既に光線は遥か遠く、ティウィにさえ認識出来ない程の距離まで届いていた。
その光の奔流はほんの僅かに、けれどしっかりとその極太の線の一部が掠めるようにエーテルフィールドに直撃していた。
幾つかのカメラとセンサーが潰れた。
故障したのか、蒸発したのか。
世界の情報が減っていく。
しかし、それ以上にエーテルネットワークに自身の一部を接続しているティウィの体には怪物によって放たれた莫大なエーテルエネルギーの嵐が遅い掛かっていた。
精神を蝕み、脳の許容量を超えて頭を破裂させるような痛みが死への警鐘を鳴らす。
「……」
「な、に、?」
それでも死の際に立とうと、足掻くことを止めないティウィを背後から襲う何かがあった。
集中と痛みから碌に声も出せず、朦朧とした肉体はティウィの背中にそれがしがみ付くことに気づかず、抵抗することもできなかった。
「……か?」
「だから、な、に?」
ただそれが、人間で、何かを問いかけて来ていたことだけはわかった。
わかったが、今はそれどころではない。
ドローンに内蔵されたエーテル動力だけではもう賄いきれない程のダメージをエーテルフィールドは受け止めている。
肉体と精神の狭間にある中で、ティウィは自身のエーテル適応により得たエネルギーをドローンに流し込み辛うじてこの刹那の死に際を維持している。
「戦っているのか?」
耳元で男の声が聞こえた。
はっきりと聞き取れたそれに思わず、襲い掛かる怪物からの攻撃から意識が逸れる。
床に転がっていたはずの死体がない。
いや、ぎりぎり死んではいなかったか。
けれど、意識もなく、動けるような状態ではなかったはずだ。
「……だったらどーだって? あんた助けてくれんの?」
どんな返事が返って来たって意味なんてありもしないのに、何故かそんなことが勝手に口から漏れていた。
「どうせ……死ぬなら……僕の全てを使、え。リンカー、なんだろ、? 僕も下級だけど適応者だ。力も、頭も……好きにして……い」
するりと僅かな衣擦れの音がティウィの体にしがみついて辛うじて立っていたであろう男が限界を迎えたことを知らせ、ゴンと無様な音がそれを改めて実感させる。
「ヒトの身体に勝手に触ったんだ、死んでも恨むんじゃねーぞバカヤロ」
死の間際、孤独に鋼鉄の壁に囲われて一人で死を覚悟していたティウィにはその温もりは暖かすぎて、失笑する。
そしてティウィは人生で生まれて初めての精神体となった自身を他人の身体に重ね、その体と脳にティウィを襲うノイズの嵐の一部を逃すことで自身の処理能力を維持し、更にその男の肉体から本当にカスのような弱々しいエネルギーの全てを搾り取り、エーテルフィールドへと注ぎ込んだ。
◇
【異界四区/フェイルノート】
その女が通信を拾ったのは偶然だった。
異界八区での探索を終え、単車に跨りゲートを超えて街へと戻ろうと移動していた途中、二区と四区の境界に程近いところを走行していた際に耳に入った異界四区での"百メートル級の超大型魔法生物と流体エーテル脈の発見"という、あんな岩山しか存在しない場所から送られて来たメッセージ。
普通の人間や冒険者ならばまず本気にしない、したところで自ら近づこうとなど思わない内容のそれに、女は興味を抱いた。
そして、異界四区に近づくほどに荒れ狂う空、揺れる大地、熱風と衝撃波の連続。
その中に紛れ込む小さな蛍火のような救難信号と特攻を意味する点滅。
女は久しぶりに笑った。
そして、遠巻きから怪物の姿を目視したときには、怪物は岩山の瓦礫を必死に掘っては邪魔な瓦礫をその長い尾で振り払うという間抜けな行動に躍起になっていたのだ。
「タイラント種がこんなところで眠りこけていたことにこれまで誰も気づかなかっただなんて、おかしな話ですね」
くすくすっと手で口元を隠して笑う女の振袖が風に靡く。
深い紫紺の長髪、それに似合わせたような旧時代の着物を現代風に着崩した女は着物の袖を靡かせながら単車のアクセルを握り込み、岩山によじ登ろうとする怪物の頭を目掛けてアクロバティックにバイクを岩の上で跳ねさせてあっという間に駆け上がっていく。
「未確認の"擬態"の性質を持ったストームタイラントですか。生きたタイラントに出遭えたこと、先ほどの通信を送って来た者に感謝しなければなりませんね」
そう言って、単車を降りて女はゆっくりとストームタイラントへと向かって歩を進める。
ストームタイラントは余程気に入らないことがあったのか、異界の大気を飲み込む程のエネルギーを蓄え、膨大な熱量に自らの肉体の一部を炭化させ自壊しながらもその咆哮を放とうと二区、そして一区の方角を睨みつけている。
女はそんな灼熱と稲妻の嵐の中を平気な顔ですたすたと軽やかに進み、怪物の顔のすぐ傍までやって来たというのに、ストームタイラントはその女には見向きもしないどころか気付いてすらいなかった。
「タイラント種をただの人間がここまで苛立たせるとは、一体何があったのでしょうね?」
ストームタイラントと呼称される異界最強のモンスターが、自身の発する高熱と真空に近い異常な空間をものともせず迫り来る存在に気づいていない。
己が強者であるという驕り昂ぶりが、今にもその命を奪い去ろうとしているというのに。
「白刃無垢島桜」
女は腰の帯に差した一本の刀を抜く。
真っ白な鞘に収められたままの刀の柄を強く握りしめ、一瞬の間にストームタイラントの顎の下へと潜り込むのと同時、遂に異界を貫く滅びの光が放たれ——白無垢の鞘に収められたまま振り上げられた刀により、太さだけでも数十メートルあるその巨大な首を跳ね上げられて顎から放たれた極太の光線は、その進路を放たれて間も無くして異界を切り裂くように天へと向かって薙ぎ払う。
「抜刀・島桜——日輪」
そして、遂に鞘から抜き放たれた白刃が青く光を放ちながら百メートルを優に超える長さのエーテルの刃を生み出し、岩の上から飛び上がった紫紺の女が宙で円を描くように舞うと同時に怪物の首を刎ねた。
一刀両断。
一筋の青い剣閃は新日本国の国旗に描かれた青い円と全く同じ軌道を描いて、ストームタイラント首を一太刀で切り落とす。
血飛沫の代わりに大穴を開けた怪物の体から行き場を失った光が肉体を突き破って放出され自壊していく。
こうして異界を滅ぼす程の存在は呆気なくその長い生を断ち切られ、崩れ落ちた。
◇
プスプスと体内のガスに引火した残り火がストームタイラントの亡骸を焦がす音が響き渡る中、女は空を見上げていた。
「これでは暫くはどの通信も繋がりそうにありませんね。仕方がありません。誰かのチームが到着するまで……この怪物を殺し直すのは私がやるしかありませんね」
首と胴が分かれた怪物の肉体は残り火に焼かれながらも、ぶくぶくと泡立つように細胞が元の形に復元しようと気色の悪い動きを繰り返している。
ストームタイラント。
異界の深部に棲息し、その存在は国家により秘されているが、発見されている魔法生物としては最大にして最も脅威度の高いモンスター。
それは頑強で超巨大な肉体、全てを消滅させる超密度エーテル光線、そして頭を落とされた程度では蘇る厄介な再生能力を持つ最強生物。
その存在を一太刀で沈めた女は、ストームタイラントの背の上で時折り刀を抜いてはストームタイラントに致命的なダメージを与え、繰り返しの死を与えていた。
何故ならば
「空を穿った光線のエネルギーが行き場を失って地上に降り注いでしまっていますね。ゲートを守る為に蹴り上げてしまいましたけれど、まさか穴まで開けて余剰エネルギーは霧散もせずに実体化して落ちてくるとは……空の穴のせいで穴の向こうの闇から降り注ぐ放射線量も上昇していますね。さて、空気は焼けて流体エーテルの雨とこの線量……応援はいつ来てくれるのでしょう」
恐らくはここに己以外の人間が近寄れるのは数時間は経過しなければ難しいだろう。
新日本国"最上級冒険者ギルド"フェイルノートのアンダーボス、泉静蘭は怪物の背鰭の一つを玉座のように背を預けて座り、空から降り注ぐ光線の残滓が美しい死の光をぼとりぼとりと地上に落ちていく様を優雅に眺めることにした。
◇
【異界二区/グレイブ】
「マジかよ……生き残った」
チームメンバーの誰よりも先に死ぬことを覚悟していたティウィは疲れ果ててエーテルリンクの接続を解除して自らの肉体で椅子の背にもたれ掛かりぐったりとしていた。
ほぼ全てのドローンと死にかけの男とティウィ自身の体内エーテルを使い切ったのと同時、突然怪物の光線の射線が上に跳ね上がったことで被害から逃れた。
「こちらリュウ。全員無事か?」
「アンナ。生きてるわ」
「イナ、い、生きてますっ!」
「今回はヤバかったねー、ミヅキ、無事だ」
リュウの呼びかけに全員がしっかりと応答している。
どうやら本当に死者は出なかったらしい。
一旦は。
「とりあえず全員生きてて良かったよ。そんじゃー悪いお知らせだけど、空にぶつかった光線が跳ね散らかって落ちてくる。当たったら車ごと溶けて死ぬ。あと、多分一時的に線量が爆上がりするから全員抑制剤を飲んでおいて。で、最後の悪い知らせだけど、あーしはもうすっからかんでなんもサポートできないから、あーしのことを絶対に生きて連れて帰れ。オーバー」
ティウィは疲れ切った顔で汗を拭いながら最後の指示を出す。
すでに疲弊しきっていて、自分の分の抑制剤を探すことすら億劫だ。
「防護服に着替えた方がいいか? ティウィ」
「いや、怪物の周囲の汚染からさっさと離れたほうがいい。着替える時間が勿体無い。すぐに移動して」
「全員聞いてたな? 抑制剤は移動しながら打ち込め。全力で離脱するぞ」
リュウはティウィの様子がいつにも増して消耗していることに気づきながらもこの場では慰めることもなく全員に指示を飛ばし、三台の車が走り出す。
すでにここは異界二区に入っている。
ゲートのある異界一区までは後少しだ。
グレイブの車両は怪物の光線が残したどこまでも続く破壊の痕跡を辿るように異界を走る。
「アタシとイナは抑制剤摂取完了。ミヅキとリュウは問題ない? 特にリュウ」
「俺は問題ないよ」
「なんで俺だけ特別扱いなんだ?」
「アンタは放っておくと用法要領なんて守りもしないで適当に薬使うからでしょ。まさかビール飲んじゃいないわよね?」
「ガキみたいな心配してんじゃねーよ。俺に水なんて飲めってのか? てめえの体のことはてめえが一番わかってるよ心配すんな。ま、ありがたいけどな」
「ラリって迷子にならないか心配してるだけでアンタの体なんて心配してないわよ、もう」
「さすがアンナは俺のことはなんでもわかってんじゃねーか」
「お二人さん。イチャつくのは帰ってからにしてくれよ。イナが想像しちゃうだろ」
「はぁ!? し、してないから!! ていうかそれを言うならミヅキの普段のアレの方が教育に悪いしっ!」
辛うじて近距離通信だけは生きているらしい。
車の外は光線の残り滓が降り注いで地面を焼き炎が広がって中々に凄惨な状況だというのに、メンバーの話を聞いていればまるでなんでもない時間が流れているように錯覚する。
ティウィは朦朧とした意識を必死に手放さないように歯を強く食い締めて震える手で薬品箱を漁り抑制剤を自分と死体もどきに無理矢理飲み込ませてなるべく放射線の影響を避ける為に複数の金属繊維で編み込まれたシートを掛け布団のようにして死体もどきとともにその下に潜り込む。
やがてグレイブの車は二区の草原地帯を抜けて、第一区採掘工場エリアへと辿り着いた。
「こりゃあ悲惨だな」
無事に異界一区へと辿り着いたチームグレイブの面々の目に飛び込んできたのは怪物の放った光線に貫かれた第一区採掘工場の一部とゲートを囲うように設営された金属製の門とその設備の一部が蒸発したかのように吹き飛び、更には崩れた建物の瓦礫によって死傷した工場で働いていた作業員たちやゲートを守護していた軍の特戦隊たちの呻き声や、救助を求める声、そして工場のエーテル汚染を抑えるために忙しなく動き回る新日本ヤマトの職員や、救護に駆けつけた軍の医療部隊に、何処から情報を仕入れていつの間に集まったのか大量のドローンを飛ばすマスコミ連中の姿だった。
平時であれば特戦隊に守られ魔物の襲撃さえ起こらないような第一区での——事情を知らない者たちにとっては——原因不明のエーテル採掘工場で発生した事故現場とも呼べる景色である。
「あの光線、本当にこんなところまで届いてたのか」
ミスティックに寄りかかりながらその様を眺めつつ、漸くのひと息をつくミヅキにビール瓶を二つ持ったリュウが近づいてくる。
「現場がこれじゃあ報酬の交渉はどうすりゃいいもんかね」
「それはリュウとアンナに任せるよ」
酒瓶を受け取り二人並んで片手には煙を、片手では酒を煽る男二人。
「好き勝手面倒事おしつけてくれるんじゃないよ」
そこにやってきたアンナが苦言を呈しながらも、自らもタバコを取り出して火をつけて煙を深く吸い込んで吐き出す。
「とは言っても、どうにかして話のできそうな相手探すしかないか。まさかこれだけの目に遭って報酬なしじゃ堪ったもんじゃない」
「そりゃそうだな」
疲れを感じさせるアンナのため息を労うようにリュウもそれに同意する。
とはいえ、この状況で自分たちの話を聞く余裕のある相手を探すというのは手間がかかりそうだ。
「ティウィ! ねえ、ゲートに着いたよ! 大丈夫っ!? そっちのコは生きてるっ!?」
「うっさいなぁ……多分死んじゃいねーよ。オイ、リュウ! 報酬の話すんならこのガキ連れてけ! ヤマトのガキ生きて連れ帰ったんだ、ちょっとは役に立たせろ!」
大人組三人が煙を吹かしながら散々な状態の採掘現場を眺めていると、サイバーガーディアンの後部車両を開けたイナとティウィの騒々しい声が聞こえてくる。
慌ただしい逃亡劇の中、その少年のことをイナとティウィ以外は殆ど忘れ去っていたが、確かにティウィの言う通り、グレイブの手中にはヤマトと繋ぐのにちょうどいいとっかかりを手に入れていたことを思い出す。
イナの頼みから仕方なく助けることになった名も知らないヤマトの調査員。
エーテル脈の存在も、怪物の存在も証明し、交渉材料になるかもしれない小さな拾い物。
「ガキは俺が背負う。アンナ、ミヅキ、工場の責任者っぽいやつを探すぞ。イナお姫様のお気に入りだ、さっさと治療させて報酬と一緒に連れて帰るぞ」
「ちょ、ちょっと! リュウ! そんな言い方してないわよ!」
「慌てんなよお姫様、きっとお前にお似合いだぜ? てめえの意地のために命捨てるような大バカはうちのチームにゃすぐ馴染む」
「そういうこと言ってるんじゃないの!」と頬を膨らませるイナを無視してリュウたちは工場へと向かう。
イナは未だサイバーガーディアンの中で横になったままのティウィを気にかけながら、少年の行く末を案じ、ティウィはもうやるべきことは済んだと投げやりにシートの中に潜り込んで身を隠す。
そうして楓はリュウの肩に乗せられて第一区採掘工場への帰還に成功し、特別な治療の後にチームグレイブへと合流することになる。
こうして楓と冒険者は出会い、壊れた世界で生き残るために手を取り合う。
新日本国"最上級冒険者ギルド"フェイルノートに目をつけられたとも……彼らにはストームタイラントとの遭遇以上に狂った運命が待ち構えているとも知らずに……。
完
数ある作品の中から本作を手に取って頂きまして誠にありがとうございます。
一生懸命心を込めて執筆しておりますので
レビューやブックマーク、評価欄の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」を「★★★★★」などにして頂けると嬉しく思います。
本作は現在連載中の『初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜』制作前に書いたパイロット版です。
どちらを先に投稿するかということで、現在は上記の作品から投稿をしていますので、しばらくは公開する機会がないため、【短編版】として第一章を改稿したものです。
いつか最終章まで書く機会があればと思いつつ、この場をお借りして発表させて頂きました。




