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没落令嬢セレスティーナ様の冒険者生活  作者: TAC


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第14話

 泥を跳ね上げ、一番近いゴブリンが飛びかかってきました。

 わたくしは、ショートソードを横に薙ぎ、その一撃を受け流します。

 重い。

 身体が、悲鳴を上げている。

 腕の筋肉が、引きちぎられそうなほどの衝撃に震えています。


 わたくしは、歯を食いしばって踏ん張りました。

 足元の泥が、ズブズブとブーツを飲み込んでいきます。

 自由が利かない。

 この足場の悪さ、手間以外の何物でもありませんわね。


 背後から、もう一匹が回り込もうとしているのが分かりました。

 『索敵』が、殺意を色濃く伝えてきます。

 わたくしは、正面のゴブリンを蹴り飛ばそうとしましたが、短い足では届かず、逆にバランスを崩しかけました。


「あ……っ!!」


 そこを、別のゴブリンが見逃しません。

 横から、不恰好な棍棒がわたくしの脇腹を目掛けて振り下ろされました。


 ドカッ!!


 「……あ、ぐっ……!!」


 肺の中の空気が、無理やり押し出されるような衝撃。

 わたくしの小さな身体は、木の根っこが露出した地面へと転がされました。

 泥が口の中に入り、銀髪が地面の枯れ葉と土で汚れていく……。


 (……痛い。……痛いですわ。……わたくしの、身体が……!)


 「ギャハハッ!」


 ゴブリンたちが、勝ち誇ったように笑い声を上げました。

 汚い足音が、すぐそばまで迫ってきます。

 わたくしは、激痛に震える身体を無理やり押し上げました。

 脇腹がジリジリと熱い。

 おそらく、大きな痣になっているでしょう。


(……っ、……この、……ゴミ屑がぁっ!!)


 立ち上がろうとしましたが、膝がガクガクと震えて、思うように力が入りません。

 脇腹の痛みが増して、呼吸をするたびに、ナイフで刺されるような鋭い苦しみが走ります。


 わたくしは、自分の中にある【見習い聖職者】の力を呼び出しました。

 傷を治すのではありません。

 そんな余裕、どこにもありませんもの。

 ただ、自分の痛覚を、魔力で無理やり「麻痺」させる。

 一時的な、自分への誤魔化し。


 (……痛く……ない。わたくしは、無敵。わたくしは、ダイヤモンド……!)


 感覚が、すう、と遠のいていく。

 それと同時に、視界が異様なほど鮮明になりました。

 正面から棍棒を振り上げるゴブリン。

 右から回り込もうとする、ナイフを持ったヤツ。

 そして、左の茂みに隠れようとする、投石を狙う三人目。


 (……連携? あら。本当に、ネズミさんとは比べ物になりませんわね)


 正面のゴブリンが、棍棒を振り下ろしました。

 わたくしは、それを避けるのではありません。

 あえて、一歩踏み込み、自分の左肩を差し出しました。


 ドカッ!!


 「……っ、……あ、はは……っ!」


 バリッ、という嫌な音がしました。

 昨日、スライムの酸で弱くなっていた部分ですわ。

 肩の骨が軋み、ミシリと嫌な音がしました。

 けれど、麻痺させた感覚のおかげで、わたくしは笑うことができました。

 ゴブリンが、自分の攻撃が直撃したにも関わらず、わたくしが倒れないことに一瞬、怯みました。


 (……捕まえましたわよ――ゴミ屑がぁっ!)


 わたくしは、空いている右手で、ゴブリンの腕を掴みました。

 【見習いモンク】の握力。

 そして、零距離から、右手に持ったショートソードをヤツの腹部に突き立てました。


 ズブ、ズブブッ!!


 「……ガハッ……!?」


 二匹目。

 崩れ落ちるゴブリンを盾にするようにして、わたくしは右からのナイフを凌ぎました。

 キィィィンッ、と火花が散り、わたくしの頬を熱い鉄の粉が掠めます。


 (……熱いですわ。……わたくしの、綺麗な顔に傷がついたら、どう責任を取ってくださるの?)


 わたくしは、盾にしていたゴブリンを思い切り蹴り飛ばしました。

 その隙に、左の茂みから石が飛んできました。


 パカッ!!


 「……っ、……あ……」


 わたくしの頭に、石が直撃しました。

 サファイアのような瞳のすぐ上で、赤い血が溢れ出し、視界を赤く染めていきます。

 ぬるりとした、嫌な感触。

 それが頬を伝い、顎から滴り落ちます。


 (……あら。……あらあら、まあまあ。……わたくしの、自慢の肌を……。……ここまで汚したこと、後悔させて差し上げますわ)


 わたくしは、自分の中にある【見習い魔導士】の残りの魔力を、すべて「声」に乗せました。


 「……燃えなさいな、不潔な皆様!!」


 ドォォォンッ!!


 わたくしの周囲に、小さな、けれど激しい炎が渦巻きました。

 ゴブリンたちが、驚愕の声を上げて後ろに飛び退きます。

 その隙を、わたくしは逃しません。


 身体が、悲鳴を上げている。

 肩は上がらない。

 脇腹は折れているかもしれない。

 頭からは血が止まらない。

 出血で、目が回りそう。


 けれど、わたくしのショートソードは、まだ死んでなどいませんわ。


 わたくしは、最後の一歩を。

 地面を這うような、泥臭い一歩を踏み出しました。

 上品さなんて、どこにもありません。

 ただ、生き残るためだけの、執念の突撃。


 「……てぇぇぇいっ!!」


 わたくしの剣が、霧を切り裂くようにして、逃げようとした二匹目の背中を捉えました。

 ザシュッ、という鈍い音。


 …………。


 ……はぁ、……はぁ、……はぁ……。


 返り血で、わたくしの視界が赤く染まっております。

 残りは一匹。

 奴らは、これまでの獲物とは違う、目の前の「小さな悪魔」の姿に、明らかに恐怖を感じ始めておりましたわ。

 後ずさり、逃げ場を探すようなその卑屈な目。


「あら。……逃げるおつもり? ……わたくしの美肌を汚しておいて、そのままで済むとお思いになって?」


 わたくしは、泥まみれのブーツを一歩、踏み出しました。

 その足取りは、先ほどよりもずっと重く、けれどずっと確実な殺意に満ちて。

 全身の筋肉が痙攣し始めております。

 魔力も、もう底を尽きかけている。

 けれど、わたくしの目は、まだ一瞬たりとも「勝利」を疑っておりません。


 一匹が、堪らずに背を向け、森の奥へと走り出しました。

 斥候。

 逃がせば、さらに多くの仲間を連れて戻ってくる。

 そんな手間、わたくしのスケジュールには組み込まれておりませんの。


「逃がしませんわよ」


 わたくしは、最後の一本となった火花を纏えるナイフを、震える手で構えました。

 全神経を、逃げる背中に集中させます。

 視界が、一瞬だけ白く光りました。


 放たれたナイフは、空気を切り裂き、逃げるゴブリンの背中の真ん中に、吸い込まれるように突き刺さりました。

 ギャァッ、という短い叫びと共に、奴は前のめりに転倒し、二度と動かなくなりましたわ。


 最後の一匹が泥の中に沈むのを、わたくしは冷めた瞳で見届けていました。


【全職業:Lv.5 → Lv.6】


 脳内に響く、心地よいはずのレベルアップの音。

 けれど、今のわたくしには、それが遠い異国の鐘の音のように聞こえました。


 「……はぁ、……はぁ、……はぁ……。……あら、まあ。なんて、醜い姿なのかしら……わたくし」


 わたくしは、その場に膝を突きました。

 シュートソードが重たく、手から滑り落ち、地面の泥の中に沈みます。

 麻痺させていた感覚が、魔力の枯渇と共に、一気に戻ってきました。


 「……っ、……あ、あ、あああぁぁぁ……っ!!」


 激痛。

 肩を、脇腹を、頭を、千本のナイフで刺し続けられているような苦しみ。

 わたくしは、泥だらけの地面に顔を伏せて、荒い呼吸を繰り返しました。

 土の匂い。

 血の匂い。

 そして、わたくし自身の、惨めなほどに震える生命の音。


 (……痛いですわ。……助けて、なんて……誰が言うものですか。……わたくしは、セレスティーナ……。……泥の中でも、輝く……ダイヤモンド、ですもの……)


 わたくしは、震える手で、自分のスカートの端をちぎりました。

 そして、それを額にきつく巻き付け、血を止めようと試みます。

 指先が、自分の血で真っ赤に染まって。


 (……あらあら、まあまあ。……ネイルアートどころではありませんわね。……真っ赤な、最悪の……装飾ですわ)


 わたくしは、どうにか立ち上がろうとしましたが、視界がぐらりと揺れました。

 出血。

 そして、魔力の使い過ぎ。

 六歳の身体は、もう限界をとうに超えていました。


 けれど、わたくしの目は、まだ獲物を探していました。


 (……あ、ら……。……あそこに、一匹……生き残って……)


 茂みの奥で、もう一匹の、さらに小柄なゴブリンが震えてこちらを見ていました。

 子供のゴブリンかしら。

 ヤツは、仲間が全員殺されたのを見て、恐怖に動けなくなっているようでした。


 「……おいでなさいな。……わたくしの、経験値の……最後の、仕上げに……」


 わたくしは、泥の中からショートソードを拾い上げました。

 重い。

 信じられないほどに、重い。

 けれど、わたくしは笑いました。

 血まみれの顔で、サファイアの瞳をギラつかせて。


 一歩。

 また、一歩。

 わたくしは、死神のような足取りで、小さなゴブリンへと歩み寄りました。

 足の裏の靴は、もう泥で重くなり、新品の輝きなんてどこにもありません。


 ゴブリンは、何かを喚きながら、這いつくばって命乞いをするような仕草を見せました。


「……汚らわしい。……貴方たちの命に、わたくしに乞うほどの価値なんてありませんわよ」


 振り下ろされる刃。

 それが、最後の。


 ………………。


 静寂が、森を支配しました。

 そして、わたくしの視界は真っ暗になりました。

 身体の力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちていきます。


(……あら……まあ……。……地面……意外と……温かい……ですわね……)


 ***


 …………。


 ………………。


「—―おい、 ……おい、 起きろ。……お嬢ちゃん、 死んでんのか?」


 暗闇の向こう側から、聞き慣れた不機嫌な声が聞こえてきました。

 身体が、 ふわりと持ち上がる感覚。

 鉄錆の匂いと、安っぽい煙草の匂い。

 ガレス様。

 どうして、こんなところに……。

 わたくしは、何かを言おうとしましたが、重たい瞼は一ミリも動きませんでした。


「……チッ、 ……世話の焼けるガキだ。あんな泥の中で昼寝してんじゃねえよ……」


 乱暴な言葉とは裏腹に、わたくしを運ぶその背中は、不思議と安心できる温かさでした。

 揺れに身を任せ、わたくしは再び深い眠りの底へと沈んでいきましたわ。


 ***


 …………。


 ………………。


 鼻を突く、 いつものカビ臭さ。

 そして、どこからか漂ってくる、暴力的なまでに豊かなお肉の香り。

 わたくしは、ゆっくりと瞼を押し上げました。


 視界に飛び込んできたのは、 ひび割れた茶色の天井。

 わたくしの「城」である、あの物置部屋の景色でしたわ。

 身体を動かそうとすると、全身にズキズキとした激痛が走り、わたくしは「ひぅっ」と情けない声を漏らしてしまいました。


「……っ、 ……あ、 痛たた……。わたくし、 ……生きて、 いらっしゃるのかしら……?」


 右肩と脇腹、そして頭に触れると、丁寧な包帯が巻かれておりました。

 衣服も、泥だらけだった冒険者服から、着古したボロ布の寝巻きに着替えさせられています。

 わたくしは、頬を僅かに朱に染めました。

 あの不器用なガレス様が、わたくしをここまで運んで、手当をしてくださったのかしら。


「……あらあら、 まあまあ。……レディをこんな風に扱うなんて、 ……後でたっぷり、 慰謝料を請求しなくては……なりませんわね」


 口から出たのは、いつもの毒舌。

 ですが、その声は掠れており、自分の未熟さを突きつけられたような、そんな苦い後味が残りました。

 わたくしは、這いずるようにして上半身を起こし、部屋の扉を僅かに開けました。


 カウンターの向こうで、ガレス様が不機嫌そうな顔で大鍋をかき混ぜていましたわ。

 わたくしの視線に気づいたのか、彼は一瞥もせずに、ぶっきらぼうに言い放ちました。


「……目が覚めたか、 死に損ないのナマコ令嬢。……あんな泥の中で行き倒れてる奴を拾い上げる俺の身にもなってみやがれ」


「あら。……行き倒れだなんて、 人聞きの悪い。……わたくし、 ……五匹の害獣を、 ……完璧に、 ……お片付けしてきたところでしたのよ……」


 言い返そうとして、お腹がぐぅ、 と盛大に鳴り響きました。


「へっ。……その元気がありゃ、 まだ死にゃしねえな。ほら、 食え。手間かけさせやがって」


 差し出されたのは、昨日よりもずっと具沢山の、琥珀色のスープ。

 わたくしは震える手でそれを受け取り、一口、その熱い液体を口に含みました。


「…………っ、 !!」


 旨い。

 五臓六腑に染み渡るような、生命の味ですわ。

 一噛みごとに、全職レベル6の身体が、少しずつ熱を取り戻していく。

 わたくしは夢中でスープを啜り、ボロボロになった身体を潤していきました。


(……ふぅ。……生き返りましたわ……)


 食べ終えた後、 わたくしは再びボロ布の布団に身を沈めました。

 肩の痛みは、まだズキズキと脈打っています。

 ですが、わたくしのサファイアの瞳は、暗い天井を真っ直ぐに見据えておりました。


(……ゴブリン五匹で、これほどの失態。……わたくし、 ……まだまだ、 ……積み重ねが足りませんわね……)


 全職レベル6。

 この痛み、この屈辱、すべてを将来のティータイムのための「必要経費」として、わたくしの記憶に刻み込んで差し上げますわ。


 扉の向こうから、ガレス様の低い声が聞こえてきました。


「お嬢ちゃん。無理すんのは勝手だが、 死んだらお終いだ。次からは、 もう少し手のかからねえ方法を考えろ」


 わたくしは、カウンターの端っこにちょこんと座ったまま、その不機嫌そうな横顔をじっと見つめました。


(……あら。……あらあら、まあまあ。……心配してくださっているのかしら? この岩石のようなおじ様が、可憐な幼女の身を案じているだなんて……。……そんなことより、鼻をくすぐるこの鉄錆の匂い、どうにかしていただきたいものですわね)


 わたくしは、短い自分の足をぶらぶらさせながら、わざとらしく溜息をついて差し上げました。


「あら、ガレス様。そんなに怖がっていては、幸せが逃げていってしまいますわよ。わたくし、浮かれているわけではありませんわ。……ただ、自分の努力がこうして美味しいお肉に変わったことが、この上なく喜ばしいだけ。……そう、これは『正当な報い』というものですわ」


「……努力、ね。……まあ、いい。お前が今日、ゴブリンを仕留めたってのは、間違いねえからな。……だがな、お嬢ちゃん。……森の入り口でうろついてるような、斥候を倒したくらいで、自分を英雄だと思い込むなよ」


「あらあら、 まあまあ。ご忠告、痛み入りますわ。でも、……お断り、ですわ。わたくしの未来を整えるには、 ぬるま湯に浸かっている……時間なんて、 一秒もありませんもの。……さて。……そろそろわたくしの『お城』へ戻って、明日のための準備を整えさせていただきますわね」


 わたくしは、カウンターからひらりと飛び降りました。


 皮のブーツが、木の床をトントンと叩きます。この音。この確かな感触。泥水の中を裸足で歩いていたあの夜の屈辱に比べれば、今の身体の痛みなんて、心地よいマッサージのようなものですわ。


 ガレス様の横を通り抜け、店の奥にある物置部屋……わたくしの寝床へと向かいます。


 扉を開けると、そこにはカビと埃の匂いが充満していました。けれど、数日かけてわたくしがこっそり積み上げた、使い物にならないボロ布の山は、今やこの世界で唯一の、わたくしのための「避難所」なのです。


(……ふぅ。……あら、まあ。……ここに戻ってくると、自分の身分の低さを痛感しますわね。でも、いつか必ず、最高級のシルクで編まれたベッドに、この身体を投げ出してみせますわ。それまでは、このカビ臭い空気さえも、わたくしのハングリー精神を養うスパイスですわよ。……オホホホ!)


ガレス様の横を通り抜け、店の奥にある物置部屋――わたくしの城へと向かいます。


 扉を開けると、そこにはカビと埃の匂いが充満していました。

 けれど、数日かけてわたくしがこっそり積み上げた、使い物にならないボロ布の山は、今やこの世界で唯一の、わたくしのための避難所なのですわ。


(……ふぅ。……あら、まあ。ここに戻ってくると、自分の身分の低さを痛感しますわね。でも、いつか必ず、最高級のシルクで編まれたベッドに、この身体を投げ出してみせますわ。それまでは、このカビ臭い空気さえも、わたくしのハングリー精神を養うための香辛料ですわよ。……オホホホ!)


 わたくしは扉を静かに閉め、月明かりが細く差し込む闇の中に身を沈めました。

 枕元には、泥を拭き取られ、丹念に研ぎ直されたショートソードが置かれていましたわ。


(わざわざ研いでくれたのですね、ガレス様。……わたくしの身体も、今はまだ、この欠けた剣と同じ。でも、毎日毎日、磨き続ければ、いつかどんな宝石よりも鋭く、美しく光り輝くはずですわ)


 ですが、その前に。

 このボロボロの身体を、少しでもマシな状態に整えなくてはなりませんわ。

 ゴブリンに抉られた肩の傷や、打撲で青黒く腫れた脇腹が、拍動に合わせてドクンドクンと嫌な熱を放っております。

 わたくしは痛む身体を宥めながら、ボロ布の山の上で、慣れない座禅を組みました。


 まずは【見習いモンク】の修練ですわ。

 深く、深く、泥を吐き出すように息を吐き、静かに吸い込みます。

 身体の奥底、へその下あたりにある熱い塊を意識して、それを一本の細い糸のように全身へ巡らせていきますの。

 スー、ハー……。

 

 荒れ狂っていた神経の波が、凪のように静まっていきます。

 血の巡りがじわりと良くなり、滞っていた「生命の力」が傷口に集まってくるのを感じますわ。

 この呼吸を繰り返すことで、わたくしの小さな肉体が本来持っている「立ち上がる力」を無理やり呼び覚ますのです。


 続いて、【見習い聖職者】の『癒し』の技。

 

「……光よ。……わたくしの、この……不細工な傷を、少しだけ……宥めなさいな」


 囁きと共に、手のひらから淡い、ほんのりとした温かさが溢れ出しました。

 それは、聖職者の高位な魔法のような、眩い光ではありません。

 まるで、日向ぼっこをしている時の、微かな日差しのような弱々しさ。

 けれど、その光がわたくしの肩や脇腹に触れた瞬間。

 刺すような激痛が、じわり、と痒み混じりの熱に変化していくのが分かりましたわ。


「…………っ、……あ……、……ん……っ」


 奥歯を噛み締めます。

 傷口が塞がる際の、むず痒いような、神経を直接撫でられるような感覚。

 それは痛みとは別の意味で、わたくしの精神を摩耗させていきます。

 頭の傷から、じわじわと血が止まり、カサブタが形成されていく感触。

 全職業レベル6の魔力をすべて注ぎ込んでも、治せるのは表面の傷の、ほんの一部に過ぎません。

 身体の芯に残る倦怠感や、折れかけた骨の鈍痛までは、今のわたくしの力では届かないのです。


「……ふぅ。……これ、手間ばかりかかって、……本当に割に合いませんわね。……聖職者なんて、もっと楽に奇跡を起こすものだと思っていましたのに……」


 魔力を使い果たしたわたくしは、額に薄っすらと汗を浮かべました。

 額に滲んだ汗を手の甲で拭い、わたくしは脳内のスロットを呼び出しました。


五位一体クインテット・スロット

 ・スロット1:【見習い剣士(Common)】Lv.6

 ・スロット2:【見習いモンク(Common)】Lv.6

 ・スロット3:【見習いシーフ(Common)】Lv.6

 ・スロット4:【見習い魔導士(Common)】Lv.6

 ・スロット5:【見習い聖職者(Common)】Lv.6


 キラキラと輝く「Lv.6」の文字。

 

 昨日よりも、明らかに自分の中の魔力の流れがスムーズになっています。

 指先に意識を集中させれば、小さな火種が、以前よりもずっと熱く、激しく燃え上がるのを感じる。

 けれど、それと同時に、自分の中の器の小ささも実感せずにはいられませんでした。


(……空っぽですわ。今のわたくしは、底に穴の開いたバケツのようなもの。どんなに力を溜めても、この小さな身体が耐えきれずに溢れ出してしまう。もっと、もっと、この器を広げなくては。身体の節々を、もっと強く、もっとしなやかに作り変えなくては……!)


 床の硬さが、直接骨に伝わります。

 けれど、わたくしはもう、それを不快とは感じませんでした。

 この硬さこそが、今のわたくしの現在地。

 この冷たさこそが、わたくしが這い上がるための足場。


 わたくしは、重たい瞼を閉じました。

 次に立ち上がる時には、わたくしは今よりもずっと強く、美しく、狡猾になってみせますわ。

 今はただ、この泥臭い疲れを癒すといたしましょう。

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