第二話 殺生石と九尾の爆笑
「今月は、栃木の殺生石で高座をやるぞ!」
牛鬼からの連絡に、公平は思わず声を上げた。
「殺生石って、あの九尾の狐の化身で、触れると毒ガスで死ぬって言われてる石ですよね!?」
「うむ! だが心配いらん! お主は人間だからな、ワシらが結界を張ってやれば、毒気など通らぬわ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
深夜。人っ子一人いない那須の殺生石の前に、公平は立っていた。
周りには、牛鬼を始め、提灯お化け、一つ目小僧、ぬらりひょん……いつもの面々に加え、東北からは雪女、九州からは山童など、全国からよりすぐりの大妖怪たちが集結していた。
今日の高座は、いつもと趣が違う。公平は殺生石の頂上に座って噺をする、という大役を仰せつかっていた。
「さあ、こんぺい様! 高座へ!」
牛鬼の言葉に促され、公平は恐る恐る殺生石によじ登った。硫黄の匂いが鼻をつく。座ってみると、ひんやりと冷たい。
「えー、本日は、この殺生石までお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
公平は、いつものように口上を述べた。
「今夜は、この殺生石にちなんだ噺を……いや、殺生石そのものをネタにした、『九尾の狐のストレス解消法』を一席、お付き合いください!」
公平は、殺生石に座ったまま、深呼吸をした。
(人間にとっての恐怖を、逆手に取るんだ……!)
(「おい九尾、お前も大変だな。何百年もこの石の中に閉じ込められて、ストレス溜まらねえのか?」
「溜まるさ。そりゃもう、人間どもが想像もつかないくらいにね」
「そりゃそうだろうよ。で、どうやってストレス解消してんだ?」
九尾の狐は、にやりと笑って言った。
「簡単さ。暇つぶしに、人間が最も大切にしているものを、一つずつ、心ゆくまで壊していくのさ」
「……え?」
「例えば、人間が血と汗と涙を流して築き上げた信頼関係を、ちょっとした噂話一つで粉々にする。あるいは、将来への希望を、理不尽な現実で打ち砕く。極めつけは、家族の絆を、些細な誤解で引き裂いてみせる……ああ、なんて気持ちいいんだろうねぇ」
九尾の狐は、恍惚とした表情で続けた。
「だって、それが一番、人間に毒が回るんだろ? フフフフ……あ、やだ、私ってば、最高にイタズラ好き!」
その言葉を聞いた瞬間、隣にいた鬼が、震えながら言った。
「おい……それ、ただの悪魔じゃねぇか!」)
公平が噺のオチを告げた瞬間、夜の那須岳に、爆発的な笑い声が轟いた。
「アッハッハッハッハッハッ!! 最高じゃ!!!」
牛鬼が腹を抱えて転げ回り、地面が揺れる。雪女は、冷気を噴き出しながら大笑いし、周囲に雪が舞い始めた。山童は、手を叩いて奇声を発し、山の木々を揺らす。
「人間の最も脆い部分を突くとは!」
「心が壊れていく様を見るのが最高のエンターテイメント!」
「まさに外道! 素晴らしきかな、人間社会の闇!」
妖怪たちは狂喜乱舞し、殺生石の周りは、異様な熱気に包まれた。
公平は、妖怪たちの爆笑を聞きながら、高座を降りた。
その時だった。
ゴオォォォォォ……!!
公平が殺生石から降りた瞬間、石の表面に、ひび割れが走った。
その割れ目は、みるみるうちに広がり、石の奥から、禍々しい金色の光が漏れ出した。
「な、なんだ!?」公平は驚いた。
「おお! こんぺい様! やはりお主は天才じゃ!」牛鬼が、興奮して叫んだ。「九尾の狐が、お主の噺に腹の底から笑いすぎたのじゃ!」
「え? 僕の噺で、殺生石が割れたってことですか!?」
「うむ! 長い年月、人間の怨念と毒気を吸い続けて凝り固まった九尾の呪いが、お主の噺のあまりの『悪辣さ』に腹筋が崩壊して、結界が緩んだのじゃ!」
殺生石から漏れ出す金色の光は、徐々に勢いを増し、夜空を照らし出した。
その光の中を、ゆらゆらと、巨大な九つの尾が揺れているのが見えた。
「これは……九尾の狐が、喜んでるってことですか?」公平は呆然と尋ねた。
「うむ! お主の噺は、あの九尾の狐さえも、封印を破って笑い転げさせるほど、極悪非道で、人間社会を破壊するような最高の闇落語だったのじゃ!」
牛鬼は、公平の肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「さあ、こんぺい様。次の巡業は、京都の羅生門じゃ! そこには、鬼の茨木童子が、お主の噺を心待ちにしておるぞ!」
殺生石が、九尾の狐の爆笑によってひび割れた夜。
前座見習い・目黒亭こんぺいの、妖怪アイドルとしての名声は、また一つ、「人間にとっての危険度」を上げていくのだった。




