08 精霊
どうせなら、皆が楽しめるダンジョンに突入です。
新しい超級癒術を覚えたからなのか、ベヒモスを倒したからなのか、今度は左手首に透明な虹色に光る腕輪が現れた。
心なしか、光輪も少し濃さを増している。
光の加減でうっすらと見える。
これ、まだ増えるんだろうか。
いくつまで増えるんだろうか…左手に出たって事は右にも出ると思った方が良さそうだ。
其処で終わるだろうか?…なんだか終わる気がしない。
ビゼットの視線も痛い。
神子の印だと気づいているんだろう。
「そう…ダンジョンのレベル関係なくボスは一定レベルなのね…大変だけど、女神様の試練だから、どうにもできないわ…頑張ってね、デリル。嫌になったなら、ダンジョンに入りさえしなければいいのよ?」
「いえ…ダンジョンには行きたいです。癒術も思いつきますし」
「あぁ…エクスカリバーより少しレベルの下がる超級魔法を思いついたのだったわねぇ。助かるわぁ」
「あの!俺も!思いつきましたから、癒術!エクストラマインシールド!」
「自分の身をどんな攻撃からも守る魔法だったわね。凄いわビゼット。出来れば盾役の人にも掛けられるように改善出来るようにして欲しいんだけど、出来そうかしら…?」
「や…やれます!!」
そこで僕は手を上げた。メルドラーナ様がこちらを見る。
「…、あの、メルドラーナ様。僕はダンジョンで思いつく魔法が有る所為か、授業で悩んでも特に思いつく魔法がなくて…思いついたら報告しますので、勉学に時間を割いてはいけませんか?」
ふ、とメルドラーナ様が笑う。
「ええ、もう十分なくらいデリル君は貢献してくれているわ。ダンジョンでの成果だけで大丈夫よぉ。今のデリル君には勉強の方が大事だものね」
「ありがとうございます!」
「は!目障りなのが消えて自分の研鑽に集中出来て喜ばしい事だ!」
課程を全てこなした僕が鬱陶しい存在なのだろう。
こちらを睨む目が暗い。
その目つきにぞくっと背を震わせながら、僕は部屋を辞した。
お爺ちゃん先生と一緒に勉強をする時間が増えた事で、僕は完全に文字を読み書きすることが出来るようになった。
計算はまだまだだけど、文字が書けて読めるのは、冒険者として依頼を把握するのに大事な事だ。
お爺ちゃん先生は顔を綻ばせて頭を撫でてくれた。あったかい。
2桁の足し算までは出来るようになったのだけど、掛け算や割り算が出来ない。
これは報酬を分けるときに必要な知識だ。
まだまだ皆に任せる事しか出来ない。
歴史は名前は全然頭に入らなかった。
ただ、友好国が3つ、敵対国が2つあるというのは解った。
友好国はティルザニア・アユント・メルラロリル。
敵対国はアッサーナ・デイスラニア。
友好国は隣接した周辺にその土地を展開させている。
だが、敵対国も、アッサーナが隣接、その隣にデイスラニアがある。
友好国と固まって、敵対国と対峙しているような配置だ。
「ここ50年程は戦争はないんじゃがな。それまではガチガチに戦争しておったよ。酷い有様じゃった」
「せんそう…実感は沸かないのですけれど、皆が酷い目に合うのですね…」
少ししょんぼりした雰囲気になったが、今度はモンスターの生態などの授業に変わった。
お昼になって食事処で美味しい食事を頬張ってにこにこしてたら、ミルさんがトレイを持って隣にやってきた。
「やほー!あのさー、ダンジョンの事なんだけど。何処行ってもボス勝手に決められちゃうじゃん?だからもう、私らのレベル相応くらいのダンジョンに行きたいかなって話してたんだよ。最悪ボス部屋の扉、フィーがこじ開けられるし。あれからも試合の時の扉何度も借りて、かなりタイム縮まったらしいし!今最短で15分らしいよ!」
「フィーさん凄い!」
「まあ当人は其処で女の子ナンパしてるけどね」
胸の大きな美人さんを、フィーさんが親密そうに体を寄せてナンパしているのが見える。
「ん~…でもあれでこそフィーさんって感じがします」
「あぁ…解る気がする…ちゃんと斥候の仕事はするからいいんだけどね」
僕達に気づいたフィーさんが、お姉さんにバイバイしてこちらにやってくる。
「今週は炎洞行こうってレンドが言ってたけど~オケ?」
「あら懐かしい。慣らしから行こうっていうのがレンドらしいわ。いいわよ」
「炎洞って言うからには暑いんですか?」
「あ、そうね。でもバリアでそこそこ防げるかも」
「…ヒートシャットアウト」
ふわんとミルさんの体に赤いエフェクトが掛かる。
「多分これで暑いのを感じなくなると思う。炎が直撃しても熱さも感じないはずだよ」
「まじで!溶岩なんかで暑いから凄く助かる!週末、楽しみにしてるよ!」
「俺ちゃんも助かるわ~!あそこ、稼ぎは良いけど暑くってさ~!」
「あら、そっちは炎洞行くの?羨ましいわ。こっちは初心者ダンジョンに毛が生えたようなとこばかりなのよ」
ビゼットのPTメンバーが唇を尖らせながら会話に入ってくる。
「そりゃあね、癒術師は希少よ?でもどう考えてもオーバースペックの私達が居るのに!ヒールの一つも掛ける必要もないとこになんて、ねえ?」
「ボスが変わったりはしないの?」
「こっちは今まで通りのボスしか出ないわね。だから余計に鬱憤が溜まるんだけど」
「でもビゼットさんはダンジョン初心者だから、ゆっくり付き合ってあげて欲しいとも思うんですけど」
「――まあ、ね。でもそれを言ったら貴方もダンジョン初心者でしょ?」
「僕の方が使える支援魔法とか魔力が多いので、一緒にするのはどうかと思います」
「ああ、あのお坊ちゃん後輩に抜かされてんのね。何が才能は俺の方が上だ、よ。ま、もう暫くは付き合って様子見てみるわ」
ひらひらと手を振ったフェルティーナさんは、言いたいだけ言うと行ってしまう。
ビゼットさんは大丈夫なんだろうか。
週末、皆と炎洞と呼ばれるダンジョンに向かう。
ダンジョンに入る前に、全員にヒートシャットアウトを掛ける。
如何にも暑そうな道の下に溶岩の流れるフィールドだったけど、魔法のお陰で全く暑さは感じない。
「エリアバリア! リフレクトマジック!ハードプロテクション!体力強化。力増加。速度増加。魔攻増加!」
適正レベル、というだけあって、それなりに歯ごたえのあるチームワークを見せて貰った。
「飛び散る炎で火傷が絶えない狩場だったけど、熱を遮断してくれるから楽勝だね!」
「しかも支援魔法でサクサク敵が斬れる。有難い」
「助かる」
下の溶岩から飛び出す翼の生えた魚をどんどん仕留めていく。
それらは全て僕の拡張鞄に入っていく。
「鱗と羽が高く売れるんだ」
「そうなんだ」
道の先、フレイムゴーレムが待ち構える。
「崩れろ!ブレイクロック!」
ガラガラと崩れるゴーレムから、赤い宝玉を僕の鞄に入れる。
「これも高く売れるの!」
フレイムリザードは皮が高価らしく、傷つけないよう頭を刈り取っていくレンドさん。
これも僕の鞄に入る。
皆が楽しそうに狩りをしている間、僕は付いていくだけだ。
バリアもあってか、誰も怪我を負わない。
誰もが僕を庇う様に動くので、僕に攻撃をしてくる敵は居ない。
階層を降りる毎に敵が大きくなっていくが、慣れたダンジョンのようで、PTメンバーに焦りはない。
「お。レア敵!ドラゴニアリザードだ!逃さないぞ!」
「…ソードシャープネス!」
「お。新支援か。助かる!」
レンドさんの剣は、スパッとその大きな蜥蜴の首を飛ばした。
「なんて切れ味だ…助かるぜ!」
蜥蜴は全身余すことなく使えるらしく、頭も体も僕の鞄に入った。
ただの燃える岩のようなものはハズレ敵らしく、ミルが砕いて回って何も回収はなかった。
最終層までぽいぽいと沢山の素材を僕の鞄に放り込んで、ボス部屋の前に到着した。
「…炎だろうね。フレイムドラゴンかイフリートか…その辺りかな」
「そうだろうな。気を引き締めよう」
「…エクストラシールド!」
「…助かる」
アズさんに新魔法のシールド魔法を掛けると、フィーさんがボス部屋の扉を開く。罠は無かったようだ。
フロアの奥に居たのは。
「イフリートね。予感が当たったわ…」
「物理攻撃は通らないな…聖剣にして貰えるか?」
「属性変換、聖」
「我に苦難を耐える力を!ストロングディフェンシブストレングス!」
「ハイスロウリー!アンチストレングス!アンチマジックディフェンス!」
ふわりと寄ってきたイフリートに弱体魔法を掛ける。
アズさんが接近を受け止める。
本来盾も融けだす温度だそうだが、ヒートシャットアウトが盾にも掛かっている。
しっかりとイフリートを受け止め、其処へレンドさんが切りかかる。
ざくりと傷を与えるが、すぐにその傷を炎がかき消してしまう。
常に炎を身に纏い、辺りへ火球を浮かばせ、あちらこちらにばら撒いて来る。
「爆ぜよ滅せ我が敵を!エクスプロージョンロック!!」
ミルさんの魔法がイフリートの体のあちこちに大きな穴を開けて回るが、ゴオッという音と共に炎が立ち上り、全ての傷が癒える。
「なによこれ、どうしろっていうのよ!」
流石に全員が焦った顔になる。
ふわり、と僕にいつもの感覚が降りて来た。
「精霊の力よ我に戻れ、還元され、汝を苛む力と化せ スティールマインドブラスト!」
ゴオッとイフリートの体から炎が噴き出し、透明な魔力と化して僕に吸収される。
吸収された魔力は熱と相反する凍気となって僕の体から噴き出してイフリートに向かっていった。
凍気を防ぐ炎を産もうとイフリートが足掻いているのが解るが、その炎は全て僕に吸収される。
暫くすると、イフリートは炎を失い、イフリートより3回りほど小さい赤い結晶のようなものが残った。
少し凍っているけれど、そのまま鞄に仕舞う。
「な…なんとかなりましたね」
ああ。腕輪が増えて両手に嵌まっている。
「怪我はないですか?」
「熱を防いでくれたからないよ」
「今回の新魔法も凄かったわねえ…精霊相手にはもう敵なしじゃないの!」
「はは…そうみたいですね」
全員でハイタッチしてダンジョンから抜ける。
冒険者ギルドへと戻った。
「イフリート、か。素晴らしい…これを持ち帰れた者はこれまでに数える程しか居ない。氷魔法が使えても炎で相殺されて魔力量で押し負けた話は良く聞くんだがな。誰も怪我もないし、癒術師君は相当有能なのだな」
じっと見つめられながらそんな風に言われると照れてしまう。
「白金3000だ。これ以上は予算的にも出せん。オークションに掛けてもいいが、まあ余り値段は変わらないだろうな」
「それでいいです。あと雑魚敵ですが…」
ザバザバと僕の鞄から雑魚敵やその素材が溢れるように出てくる。
「ふむ…綺麗に倒してあるな。ドラゴニアリザードが大きいな。白金2だ」
「はいっ!私らで白金600づつ、デリル君が602で良いと思う!」
「俺もそれでいい」
「えっまた僕だけ多くていいんですか?」
「そもそもイフリートはデリルでなければ倒せなかった。俺たちが貰い過ぎだ」
お金を受け取ってから、またギルド酒場で打ち上げだ。
かなり豪華な食事が並ぶこちらのテーブルをじっと見る視線がある。
ビゼットだ。メンバーの士気は低く、酒以外には摘まみ程度しか置かれていない。
初級ダンジョンの賃金だけならばあんなものだろう。
それでも良いものが食べたいなら、侯爵だと言うのだからポケットマネーで良いものを食べさせてあげればいいのに。
そのじとっとした目をなるべく気にしないようにしながら、僕はPTメンバーと楽しく打ち上げをし、メルと帰途に就いた。
次の日、メルドラーナ様に新魔法を説明していると、メルドラーナ様は喜んでくれた。
「これが使えれば精霊には無敵ね!凄いわデリル君」
「チッ。そんな魔法、どうせ直ぐに俺も使いこなしてみせる」
そんな事より、少し勇気を出して少し難易度が高めのダンジョンに入ってあげるのが先決じゃないだろうか。
「…あのね、ちょっとだけ難易度上げたダンジョンに行ってあげないと皆退屈がってたよ」
「俺に傷がついたらどうするんだ!」
「ヒール、使えるでしょ?」
「怪我すること自体が論外だ!」
「PTメンバーさんが守ってくれるでしょ?」
「それは…そうだが…」
ぐぐ、と顔を赤くしてビゼットは沈黙する。
少しでも考え直してあげて欲しいけど、僕にはこれ以上の事は出来ない。
ビゼットのPTを少し気にしながら、僕は訓練室を後にした。
ビゼットのPTはギスギスしてそうですね。なんとかなるといいですね。




