01 忌子
見切り発車しましたが、何処かにある終着点まで頑張って書きます
僕は体が異常に丈夫だった。
怪我を負っても次の日には完治しているという特殊な体質をしていた。
その所為で家族からは気味悪がられ、鬱憤晴らしに暴力を振るわれるようになった。
――あの時、侯爵令嬢を助けなければこうならなかっただろうか。
貧民に触られたからか、お嬢さんも嫌そうな顔をしていたし。
1年前、僕が5歳の時、同じ年ごろのキラキラしたお姫様みたいな子が馬車から下りて来て、物珍しそうにきょろきょろと周りを見渡しながら平民街を歩いていたのだ。
其処に、違う馬車が通り掛かり、お姫様を轢きそうになった。
「あぶない!!」
僕は慌ててお姫様を突き飛ばし、代わりに馬車に轢かれた。
馬車はそのまま轢き逃げし、僕は四肢が有り得ない方向へ捻じ曲がった状態で血を吐いて横たわることになった。
助けたお姫様は恐怖と嫌悪の入り混じったような目でこちらを見て、突き飛ばされた時に擦りむいた膝を気にしながらドレスについた泥を忌々し気に払っていた。
従者らしき人がこちらに駆け寄って、礼を言ってポーションを飲ませてくれる。
とはいえ、貧民に高級ポーションを使う者など居ない。
下級ポーションでは擦り傷などを治すのがせいぜいである。
だが僕はそれを飲むなり全身の傷が殆ど癒えた。
従者の顔が驚きに彩られ、何度もポーション瓶と僕を交互に見比べている。
するとお姫様が癇癪を起した。
「サーチウェル!そんな貧民どうでもいいでしょう!私は膝を擦りむいたのですよ!」
お姫様は、童話のような優しい少女ではなかった。
立ち上がろうとした僕を蹴り飛ばし、従者に詰め寄る。
「は、はいどうぞ!」
――ああ、助けなければ良かったかな。
でもそうしたらこのお姫様は死んでしまっていたかも知れない。
どうすれば一番良かったのかは解らないが、僕は今無事だし、お姫様も助かったし、これで良かったに違いない。
千切れかけた腕だけがまだ戻らない。
僕はとぼとぼと家に戻った。
「デリス!どうしたのその腕!あぁ…痛いでしょう…可哀そうに…何があったの…?」
この日までは家族は皆優しかった。
父も母も妹も僕を心配して、ありあわせの布で傷を巻いて、その日は寝かせてくれた。
そして次の日、綺麗に痕もなく治った僕の腕を見て、妹が悲鳴を上げた。
「いやぁああああ!!化け物ー!!」
騒ぎを聞きつけた父母が駆け付け、僕の腕を見て絶句する。
「あ…悪魔…?デリスあんた…悪魔の子だったのかい…?」
「異常だ!化け物か悪魔に違いない!うちのデリスを何処へやった!?」
「そ…そうよ、いつ入れ替わったか知らないけど、お兄ちゃんを返してよ!」
「デリスを返して!」
ガンガンと言い立てる家族の誤解を解こうと、僕は必至で言い立てた。
「僕は!デリスだよ!!化け物じゃないよ!!悪魔でもない!僕はずっとこの家で育って来たデリスだよ!」
「嘘つけ悪魔!デリスは普通の可愛い子だった!」
「ぼ…僕は普通の子だよ!父さんと母さんの可愛い子だよ!」
「五月蠅い化け物!」
ドカっと蹴りつけられ、壁に激突する。
頭を打って血が垂れてきたが、その傷が見る間に癒えていく。
「ひぃっ」
「気持ち悪い…!」
「待って、子供を殺したって近所で噂されたら…」
「チッ…」
「デリスはもう居ないのね…貴方の名は今日からイジャルよ」
イジャル…忌子に付けられる仇名だ。
そう呼ばれるようになってから、僕の生活は一変した。
物置が僕の部屋になった。服はシンプルな上下が一着のみ。
ごはんはない。
ベッドもなかったが、廃棄所から藁を搔き集めてその上で眠った。
布は頼んだけれど貰えなかった。
ただ、物置には歯の欠けた錆びた短剣があった。
昼の間は森へ入ってウサギやラットを狩り、皮を剥いで火を熾して焼いて食べた。
野草や野イチゴ、桑の実、ムカゴ、長芋。
思ったより森は恵みに満ちていた。
貧乏だった僕の家では、こんなにご馳走を食べる事はそうはない。
これはナイショにしようと思った。
採れた皮はギルドという場所で売れた。
毎日皮を持ってくる僕に、来年は登録に来いよ、と言われた。
6歳からギルド員として登録出来るらしいが、12歳までは限られた範囲の依頼しか受けられないらしい。
夕方になると両親や妹が物置にやってくる。
その日の鬱憤を僕を殴ったり蹴ったり、酷いときは短剣で刺されたりした。
その傷が治っていくのを忌々しそうに眺め、『早くデリスと入れ替われ』と言うのだ。
むしろこの生活になってから肉付きが良くなり健康的な体形になっている。
それすらも気持ち悪がられ、折檻は酷くなる一方だ。
だが、疲れた父母や妹が戻る頃にはほぼ傷は癒えている。
この体はどうなっているのだろう。
お金がある程度溜まった。
ナイフを買い替えたい。
もういつ折れてもおかしくない。
明日は僕の誕生日だ。
やっと6歳になる。
藁の中に隠したお金を握り、僕は狩りに行く前に武器屋へ寄った。
持っていたお金で選べるのは3本の短剣だけだった。
一番厚みがあって折れにくそうな1本を選ぶ。
少し重いけれど、動きに支障が出る程じゃない。
余ったお金でナイフベルトをギリギリで購入し、腰に下げた。
いつもの森で、獲物を探す。
穴ウサギの巣を見つけ、中のウサギを引きずり出して首を斬っていく。
3匹も居た。これで3食の肉になる。
が、食べきって帰らないと置いておく場所がない。
見つかったらどんな目に合うか解らない。
皮を剥いで血抜きの為に枝にぶら下げる。
この間、獲物を他の動物に盗られないよう傍を離れる訳に行かない。
近くにあったムカゴを、細い枝で作った籠に採り入れていく。
それとほんの少し離れた場所の野イチゴを摘みながら肉を見張る。
血抜きの終わった肉は、熟成なんてさせる余裕も有る訳がないのでそのまま焼いて頂く。
肉を毎日食べられるだけで今までと比べられない程贅沢だ。
家族は何故今まで森で狩りをしなかったのだろう。
その答えが今、僕の前に現れていた。
モンスターだ。
半身がトカゲ、半身が狼の姿をしている。
逃げたいが、多分子供の足よりこいつの方が早いだろう。
背後から襲い掛かられるのが一番まずい。
躊躇している間に、狼の顎が僕の左肩に食い込む。
すぐに食いちぎられそうなものだが、何故か嚙み切れないようだ。
その隙に狼の目に、買ったばかりのナイフを奥まで押し込む。
びくん!と一瞬モンスターの体が跳ねて、ずるりと左肩からずり落ちた。
もしもの為に固い皮に苦心しながら首を落とし、皮を剥ぐ。
服は破れ、自分の血と返り血で見事に汚れている。
けれど、自分の傷は少しづつ癒えているのが解った。
いつものようにギルドに皮を売りに行くと、血塗れの僕を心配したマスターが心配して上着を脱がせて手当をしようとしてくれる。
僕は焦ったが、マスターの目が見開かれた。
まだ残っていた傷口が、じわじわとくっついて治っていくのを目にしたのだ。
「ぼ…僕は化け物じゃありません…!」
「…何を言ってるんだ。これは…君、高位癒術師の特徴だ…。君は自分も他人も癒す力を持っているんだよ」
「ゆ、じゅつ、し?」
マスターはナイフを手に取ると、自分の腕に傷をつける。
「っ…。この傷に、治れ、と念じながらヒール、と唱えなさい」
「………ひーる」
ふわっと辺りに光が満ち、マスターの傷は癒えていた。
「自分が傷を負った時も、自然治癒もするけれど、ヒールを使った方が早く治るからね。…こいつか…一人で仕留めたのか?」
「あ…はい」
「でも無茶はいけないよ。癒術師は非常に貴重なんだ…失ってしまっては国の損失になる」
「え…でも家ではお前は悪魔の子だって…忌子だって…」
ぼろ、と涙がつたう。
いつも同じ服で汚い恰好をしている僕を見て大体の事を察したのか、ギルドマスターは提案してくれる。
「明日で6歳だと言っていただろう?1日早いが冒険者として登録してやろう。そうすれば寮に入れる。少しばかり家賃は頂くが、君がいつも持って来ている素材を考えると問題ないはずだ。今日のはもっと高く売れるぞ。モンスター素材だからな」
そう言って僕の手にいつもより数倍多いお金を握らせ、僕の手を引いて寮という所に連れて行かれる。
置かれている家具も実家のものより数段上質だ。ベッドもあって、湯浴み所もついている。
竈も立派なものだ。
魔石の嵌め込まれたそれらは、魔力を流すことで湯を出したり火を調整したり出来るのだと言う。
ただ、フライパンなどの調理器具と服は先に買って来いと言われて街へ行く。
もう、殴られに戻らなくても良いんだろうか。
いきなり居なくなっていいんだろうか。
一言位話した方がいいんじゃないだろうか。
ぐるぐると頭の中を家族の事が過る。
僕は文字を辛うじて読む事が出来るが、書けない。
置手紙出来るならそうしたかったが、いつも通り物置に入り、母屋に入ると母がいた。
ぺこりと頭を下げ、僕は言う。
「今までお世話になりました。今日で家を出ます。もう僕の事は気にしないでください」
「なっそんな勝手な…デリスを返してよ!大体なんでそんな血塗れなの!?何処かで人でも食べたんじゃないでしょうね!?」
「何度も言います。僕がデリスです。それでは」
殴りかかってきた母の拳を頬に受けてよろめきながらも、その場を後にする。
流石に街の路上では暴力を振るわないだろうという僕の予想を裏切って、母は街路まで追いかけて来て僕を引き倒した。
マウントポジションを取り、殴られるままになっている僕に、街の人々の視線が突き刺さる。
「何をしている!」
母の手を止めたのは、通りすがった女騎士だった。
「放して!この子には悪魔が憑いているんだ!!私の可愛い子を返して貰う為にしてるの!邪魔するな!!」
「悪霊や悪魔に取り憑かれた者は見た事がある。こんなに大人しいもんじゃない。その子は普通の子だ」
「嘘だ!この血塗れの服だって、人を食ったに違いないんだ!」
「違う…モンスターに噛まれた血とモンスターの返り血…です」
「モンスターに!?傷は大丈夫か少年!?」
母を僕から引き剝がしながら女騎士が心配そうに問うてくる。
「もう、治ってます、大丈夫、です」
母から殴られて出来た青あざもすうっと消えていく。
それを見た母がそれ見た事かと更に暴れ、女騎士は僕の体に何の傷もない事に感心したように言う。
「癒術師だったのか君は…」
「はい、ギルドでもそう言われました」
「ゆ…じゅつ…?」
「体中に癒しの魔法を秘めており、自分や他人の傷を癒す能力を持った希少な人材だ。虐げるなんて何を考えてるんだ!この子は王宮魔法省で保護する」
「あ、僕はギルドの寮に誘われていまして…」
母は呆然としながらそのやりとりを聞いている。
「いや、本当に希少なんだ、癒術師は。しかも自然に傷が塞がるほどの能力があるとなると、魔法省で更に能力を磨いて国の為に貢献して欲しいんだ」
「…あくま、じゃない…?」
「国の為…ギルド登録はしてもいいですか?」
「うーん…危険な場所には行って欲しくないんだけどな。こちらからPTメンバーを斡旋するので、その者達と一緒なら構わない」
「解りました、ありがとうございます」
「いやいや、実践で実力も磨かれるだろうからね」
女騎士は呆然としたままの母をその場に放置し、僕を連れてギルドへ向かった。
母や家族はどう感情の整理をするのでしょうね




