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加速の予感

その頃康弘はソファーに寝転んでテレビを見ていた。


人気の若手お笑い芸人が何かネタをやっているのだが、内容が全く頭に入っこない。

それもそのはず…

目はテレビを眺めてはいるが、脳は「あの子」の事しか考えていなかった。

耳から入ってくるテレビの中の芸人の声はもはや雑音にしか聞こえず、脳に何を伝えるでも無く右から左へ速やかに通り抜けていく。


落ち着かない。


雑音に苛立ちを感じてテレビを消し、今度は雑誌を手に取り、おもむろにパラパラめくってみる。

最後まで見ては、また最初から…。

パラパラ、パラパラ、何度繰り返しただろう。

同じ雑誌を何度も見ているのに、内容はほとんど頭に入ってなかった。

テレビと一緒だ。


何をしても落ち着かない。


雑誌を見る事も諦め、何か飲もうとソファーから腰を上げたと同時に、着信音量を最大にした携帯電話がけたたましく鳴った。

「…………!!」

雑音ではない。

求めていたのはそう、この音だ。

サッと携帯電話を手に取り、ディスプレイに目をやると、そこには「新着メール」という表示と共に半角英数字が並んでいた。

登録してないアドレス…つまり「あの子」に間違いないだろう。

もう飲み物なんてどうでもいい。

すぐさまソファーに座り直し、上がる心拍数を抑えるように深呼吸をひとつしてメールを開いた。



『こんばんは。お昼はありがとうございました。S高校の麻衣です。名刺貰えて嬉しかったです。康弘さんっていうんですね。また水族館に寄らせてもらいます♪お仕事頑張ってください\(^o^)/』



来た。

あの子からメールが来た。

名前は麻衣っていうのか。

とりあえずギャル文字ではなかった事にホッとする。

ギャル文字は読むだけでイライラするから苦手だ。

文も丁寧でいい。

これはオッサン相手の配慮なのか、それともしっかりした性格なのか?

この『康弘さんっていうんですね』という一文が、なんだかやけに嬉しい。

俺が「あの子」…いや、麻衣の事を知りたいと思っているように、麻衣も俺の事を知りたいと思ってくれてるんだろうか?


たった一通のメールからありとあらゆる想像をし、康弘のテンションは上がっていた。


『お仕事頑張ってください\(^o^)/』…か。

頑張りますとも。

毒のある魚に刺されようが、アシカに指を噛みちぎられようが、休まず頑張りますとも。

麻衣に頑張る姿を見て欲しい。

そして、そんな俺に惚れて欲しい。

そしていつか…


あ………

そういえば…


大事な事を思い出し、テンションは急降下を始める。

「麻衣には彼氏がいるんだろうか?」


彼氏がいるかいないか。

友達になりたいというだけの感情ならそれは大した問題ではないが、恋をしてしまっていた康弘にとってそれは大問題だった。


このメールの内容からではとてもそこまでは読み取れない。

若い女の子にありがちな、彼氏の名前をアドレスにしているような感じも無い。

もし……

もし麻衣に彼氏がいるなら、この恋は伝えぬまま無かった事にせざるを得ないだろう。

略奪愛なんてガラじゃないし、そもそも略奪できるほど自分に自信が無い。

今すぐ返信して彼氏がいるのか聞けば済む話だが、初めてのメールの返事でいきなり「彼氏いるの?」って聞くのもどうか。

ガッついてるように見られたくもないし…。


携帯電話を手に天井を見上げながら色々と悩んだ末、康弘は何気ないメールのやり取りの中からその真実を伺おうという結論を出した。

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