パニック
突然の「バチン!!」という大きな音と共に会場の照明が全て消え、マイクのスイッチも切られたようだ。
「あの、違うんです…。
えっと、その……」
マイクの影響を受けないその小さな声は、静まり返った会場でさえも響かなかった。
照明が落とされて真っ暗になった中、康弘は助けを求めようと必死に麻衣を探した。
手を伸ばして自分の周りを探るが、誰もいない。
「麻衣?麻衣、いないの?」
康弘のその声に返事は無かった。
麻衣の気配はおろか、会場にいたはずの100人近い人の気配すら無い。
みんな何処へ行ってしまったのか。
真っ暗で静まり返る会場の中に、自分一人しかいない事に康弘は気付いた。
「とにかくここを出よう。確か出入り口はあっちだ」
そう呟き、手探りで会場の出口を探す。
しかし、歩いても歩いても出口に辿り着けない。
右も左もわからなくなり、誰の気配もなく、誰の声も聞こえない暗闇に康弘は次第に恐怖を覚え始めた。
そしてとうとう耐え切れずに叫んだ。
「誰か…
おい、誰かー!!
俺をここから出してくれ!」
するとボンヤリと頭上に明かりが灯った。
真っ暗な中にひとつ、丸くて黄色い柔らかな明かりが康弘を照らしている。
それに見惚れていると、ひとつ、またひとつ…とその明かりは増えていった。
よく見ると、それは水銀灯だった。
康弘は大麻の効果で寝ているのか起きているのかわからない酩酊状態から抜け出したのだ。
現実には結婚式など挙げてもいない。
全ては大麻の効果による過剰な妄想だった。
現在地は家から車で10分程走った所にある港に停めた車の中である。
シラフに戻りつつはあるが、頭の中はまだ軽く現実と妄想が入り混じっていた。
「とりあえず、頭の整理しなきゃな…」
どこらが現実でどこからが妄想なのか、康弘はまだまどろむ頭で順を追って考えた。
まず…
俺は水族館で働いていて、麻衣に出会った。
そして紆余曲折いろいろあったが、なんとか結婚にまで辿り着いた…
………?
いや待て。
麻衣って誰だ?
今までにそんな名前の女の子と付き合った記憶は無い。
大学生と遠距離恋愛なんてもちろんした事はない。
数ヶ月前に離婚して彼女が欲しいと思っていたのは確かだが、今は好きな人もいなければ彼女もいない。
毎日水族館で働き、家に帰ると大麻を吸う、そんな日常を送っていた筈だ。
「誰だよ、麻衣って。
何だよ、結婚って」
どんどん康弘の頭は混乱した。
離婚問題と職場でのストレス、それから逃れるように縋った大麻だが、もともと持っている妄想癖に加え、毎日吸うようになっていつしか現実と妄想の境目がわからなくなってしまったのだろう。
「落ち着け、今日は何月何日だ?」
康弘はそう独り言を言いながら携帯電話を開いた。
見るとそこには「2008・5・25・SUNDAY」とデジタル表記されている。
今日は仕事中に意見の食い違いから館長と揉め、いつものように心が落ち着く港に来て大麻を吸った、それは間違いない。
俺は今、29歳。
でもさっきまで34歳にして迎えた麻衣という子との結婚式の最中だった。
5年分も妄想したんだろうか?
自分でも何がなんだか訳がわからない。
しかし現実は携帯電話の示す通り、2008年5月25日の日曜日である。
………。
康弘は気分を落ち着かせようと、一旦車から降りることにした。




