現実と妄想の狭間で
ゆっくり吸って息を止め、ゆっくり煙を吐き出す…
その行動を3度繰り返し、火を消した。
時間がだんだんスローになる。
車のフロントガラスの向こうに広がる夜空の星が、左から右へ動き始める。
プラネタリウムに来ている感覚になり、シートに身体をだらしなく横たえ康弘は星空を眺め続けた。
この星空は、麻衣の住むアパートから見えるものと同じだろうか?
フとそんな事を思った。
麻衣も今、この星空を見ていればいいのに。
麻衣が大学に入る前は会うのは夜がほとんどだったから、よく一緒に星空を見たなぁ。
これから先…またあの時みたいに「あの星の光は何万年前に光った光なんだろうね」なんて寄り添って甘い時間を過ごす事ができる日がまた来るのだろうか?
気付けば麻衣の事ばかり考えていた。
この先の事はきっと自分次第だろう。
麻衣は俺が許すのをきっと待っている。
小さな嘘さえ許せば、また幸せな日々が送れるはずだ。
そしていつか一緒に住んで、結婚して…
大麻の力を借りて、康弘はいつになくプラス思考になっていた。
「結婚か…」
そう呟き目を閉じると、康弘の意識が遠のいた。
寝ているようで寝ていない、脳は起きているが身体が寝ているような状態だ。
大麻を吸うと、効きのピークが過ぎた頃によくある現象だ。
そこへボンヤリと麻衣の顔が浮かぶ。
嬉しそうに笑っている。
「どうして笑ってるの?」
と聞くと麻衣は
「幸せだから」
と答え、手を握ってきた。
気付けば何故か周りにはたくさんの人がいる。
見た事のある顔、見た事のない顔、全部で100人近くいるんじゃないだろうか?
そんな100人近くの顔がみんなこっちを見ている。
どこからか緩やかな音楽が流れ、とても心地良い。
心の深い所から幸せな気持ちが溢れ出てくる。
麻衣が好きだ。
大好きだ。
愛している。
自分を支えてくれるのは麻衣しかいないし、自分が麻衣を支えたい。
一生一緒に居て欲しい。
気付けば涙がとめど無く流れていた。
辛いだとか悲しい気持ちは無い。
これは大きな幸せを感じた時に流れる嬉し涙である。
…相変わらず車のシートにだらしなく身体を委ねた康弘は、現実か妄想かわからなくなっていた。
ただひとつ確かな事は、流れ続ける涙。
大量の涙を拭おうと子供のように服の袖を顔にやる。
するとおかしな事に気付いた。
家を出る時に着ていた服と違う。
そういえば麻衣も見た事の無いような豪華な服に身を包んでいる。
「麻衣…訳がわかんないよ」
そう言った康弘に、麻衣は優しく微笑んで答えた。
「何言ってるの(笑)さっき入場して司会者の挨拶が終ったから、次は指輪の交換だよ。しっかりしてよね、旦那様♪」
………!?
その時、司会者と思わしき男がマイクの前に立った。
「それでは、新郎、康弘さんより誓いの言葉、並びに新郎新婦による指輪の交換を行います。カメラをお持ちの方は、どうぞお近くで二人の幸せな姿をお収め下さい」
司会者らしき男がそう言い終わると、カメラを持った康弘の幼馴染がニヤニヤしながら近付いて来た。
「美男美女に撮ってやるからな、まかせとけ」
その幼馴染に続き、数名がカメラを持って近付いて来た。
「それでは新郎、康弘さん。誓いの言葉をお願いします」
司会者の男がそう言うと、前髪をビシッと整えた黒ぶちメガネの男が康弘と麻衣の立つ前に素早くマイクを持って来た。
マイクを持って来られても、康弘は何を言っていいのかわからない。
誓いの言葉とは何だ?
指輪の交換を披露宴会場でやるって事は、人前式か。
いや、そんな事はどうだっていい。
俺は夜中に港に止めた車の中で大麻を吸っていたはずだ…。
何がどうなっているんだ?
いくら考えても訳がわからない。
康弘はマイクの前に立って黙り込んでしまった。
1分…2分…
沈黙の時間が流れる。
ニヤニヤしていた幼馴染が真顔になり首をかしげている。
何か言わなくては。
康弘は意を決して口を開いた。
「えー…皆さん。今日は僕と麻衣の為に集まっていただきありがとうございます。
ただ、正直に言うと、自分が何故この場にいるのかわかりません」
会場が俄かにざわつき始めた。
周りを見回すと、皆、一様に目が点になっている。
ヤバい、変な雰囲気だ。
康弘はその空気を変えるべくとにかく話さなくては、と頭をフル回転させたが、現状を理解していないのに何を言えばいいのかなんてわかる筈もない。
でも何か話さなければ。
………
「えー…皆さん。
僕は…
そう、車で大麻を吸って………
バチン!!
…!?
突然大きな音が鳴った。




