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現実逃避

適当な服を選んで着替え、車に乗り込む。

無意識のうちに康弘は家から車で10分ほどの港に向かっていた。

何かに悩んだ時、くじけそうな時、一人になりたい時、そんな時によく行く静かな港だ。


港に着くと点在するボンヤリと黄色い古びた水銀灯の下に車を停め、エンジンを切った。

暗過ぎず、明る過ぎない程良い光が落ち着く。

目の前には穏やかな波に揺れる漁船。

漁船の船首には大きなグレーの翼を持つサギが立ち、水面下の得物を狙っている。

対面の防波堤には、水面に浮かぶ電気ウキの赤い光をタバコを燻らせながら見つめる釣り人がいた。

少し離れた水銀灯の下には、自転車で来ていたカップルが愛しげに寄り添っている。

この場所のいつもの光景だった。


「やっぱいつ来ても落ち着くな」

ポツリと言い、波の音を聞きながら色とりどりの光を写し揺れる水面を見ていると、康弘は昔を思い出した。

麻衣と出会う前、酒を飲めない康弘はこの場所でよく大麻を吸っていた。

嫌な事があった時や心が折れそうな時、自分の力ではどうしようもなく、この港のロケーションと大麻に助けを求めていたのだ。

ヤケ酒ならぬ、ヤケ大麻といったところか。


しかし麻衣と出会ってからはパッタリとやめていた。

麻衣との幸せな時間は現実逃避する必要がなかったので、大麻の存在自体を忘れていたのだ。

康弘は常になにかに「頼る」癖がある。

支えが無いと歩いていけない弱い人間だ。

それは自分でよくわかっていた。


康弘はおもむろに携帯電話を手に取り、久しく連絡をとっていなかった知人の電話番号を表示させた。

そして躊躇う事なく発信ボタンを押した。


………


「どしたのー、久しぶりだね」

数コール待つと知人が出た。


「あ、お久しぶりです。今…ありますか?」


「あるよ、いるなら取りにおいで」


「わかりました。今から行きます」


そんな短い会話を済ませ、電話を切った。

康弘は支えが無くなってよろける心を大麻で支えようとしていたのだ。

良くない事はわかっていた。

でも自分の恋愛事を他人に相談するのはカッコ悪いという変なポリシーを持った康弘は、友達に麻衣の事を相談するという選択肢は無く、他の何かに頼らずにいられなかった。


話がつくや否や「よし、行こう」とため息に似た大きな呼吸をひとつして、知人宅へ向かった。

そこでお金と引き換えに大麻を受け取り、久しぶりの再会となる知人と世間話を少しした後、康弘は再び港へ戻った。


港に戻ると自転車のカップルはいなかった。

釣り人もちょうど帰る支度をしている。

好都合だ。

康弘は持っていたタバコのフィルターをちぎり、ほぐしてタバコの葉を半分抜いた。

そこに先ほど買った大麻を詰める。

そうやって簡易ジョイントを作り、釣り人が帰るのを待った。


10分も待てば釣り人は車に乗り込み帰って行った。

それを見送ると、周りを見回して自分以外に人がいないか確認する。

遠くに数台エンジンをかけたままの車が停まっているが、向こうからこちらの車内は見えないだろう。


康弘は周りを確認すると大麻の入ったタバコに火をつけ、ゆっくり、大きく煙を吸い込んだ。







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