あの日、あの時
5年前…
俺は希望を持たずに、時間に流されるような日々を送ってたっけ。
遡る事1年前には離婚を経験し、本当の幸せなんて自分には掴めないと思っていた。
無論、誰かを幸せにする事すら無理だと思っていた。
「どうせ俺は誰も幸せにする事はできないのだから」と自分に言い訳して、特定の彼女を作るでもなく、かなり適当な付き合いをしていた。
暇があれば出会い系サイトで見つけた女の子と会ってみたり、悪友と散々ナンパもした。
「離婚の過去を消し去りたい」という想いがあったにせよ、今思えば世間一般に言う「サイテーな男」だったな…。
仕事といえば、幼い頃からの夢が叶い水族館勤務の仕事に就いたものの、就職から6年経ち、これといってやり甲斐を見出せなくなっていて、似たような事ばかり繰り返す毎日だった。
社長の家族が職員という家族経営の小さな水族館だから、遅刻しようが無断欠勤しようが何のお咎めも無い。
それに甘えて自分をますます仕事に対して甘い人間にしてしまったように思う。
身体は健康なのにヤル気も向上心も無い社会人特有の合言葉「しんどいなぁ…」を連呼していていた。
適当に仕事をして、余った時間はケータイでメールばっかりしていたり、ボケーっと来館者や道行く人を観察する暇つぶしが日課だった。
そうだ…
あの時も…
俺は仕事もそこそこに、いつもの「人間観察」をしていた。
水族館とあって、老若男女、その日もいろいろな人が訪れた。
若いカップルやヤクザ風の男、中学生軍団や毎週のように来てくれるおじさん…
そして女子高生が二人。
あれ?
あの女子高生…
前にも来てたな…。
二人のうち一人は全く顔を覚えていなかったが、もう一人は確実に何回か見ている顔だ。
今時の女子高生は当たり前に派手なメイクをしたり、やたら短いスカートをはいていたりするが、この二人はいたって普通と言うか、本当に普通。
おそらくノーメイク、そしてスカートの丈も標準で、今風のギャルが苦手な俺にとっては好印象だった。
…が、好印象だからといって何をするでもない。
女子高生という事は俺との歳の差はおそらく10以上なわけで、女子高生から見た俺はただのオッサンでしかないだろう。
この水族館と全く関係無い事で話しかけても、気味悪がられて終わるのは目に見えている。
そう思った俺は、とりあえず挨拶ぐらいはしようと女子高生に近付いた。
「いらっしゃい、こんにちは」
そう女子高生に声をかけた俺の顔は、少し引きつっていたかもしれない。
普段ナンパは平気でできるのに、自分の職場に訪れた「お客さん」に緊張するなんてのはおかしな話しだが、自分好みだったうえに相手が女子高生だったせいだろう、とにかく俺の作り笑顔は不自然だったはずだ。
「あ、こんにちは♪」
そんな笑顔を引きつらせたオッサンに女子高生は明るく応えてくれた。
俺はそれに安心し、頭をフル回転させて次の話題を考えた。
制服からしてこの子たちが通っている高校は、この近くにあるS高校なのは間違い無い。
偶然にも少し前にこの高校の生物部がなんだか面白いらしいという噂を小耳に入れていた事を思い出した俺は、早速それをネタに会話を続けてみた。
「生物部でイモリを繁殖させて、文化祭で金魚掬い…ならぬ、イモリ掬いをしてるんだってね?」
「そうなんですよー。でも今年はやってませんよ♪」
「そうなの?でもS高校の生物部って楽しそうだね」
「はい、私、先生に推されて半分無理矢理今年から生物部に入れられたんです♪」
「へぇー、そうなんだ?」
「はい、家では熱帯魚も飼ってます♪」
確かそんなたわいもないやりとりだったと思うが、たったこれだけ会話をしただけでも俺は満足感で一杯だった。
人懐っこい性格に笑顔。
照れながらもしっかり目を見て話してくれたというのも嬉しかった。
ありがとう。
こんなオッサンに、一時の幸せをありがとう。
そんな事を思いつつ、帰って行く女子高生の背中を見送りながら俺は仕事に戻った。




