表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話_見えない綻び

 火曜の午後一時、墨田区商工会議所のホールには、地元の経営者たちが集まっていた。補助金説明会という地味な催しのはずだが、意外と参加者は多い。

  航平はスーツのネクタイを緩め、資料を小脇に抱えて席に着く。智哉の兄代わりであり、工場経営の実務を担う彼の顔には疲労が滲んでいた。

  隣に座った悠大が声をかける。

 「航平さん、大丈夫ですか? 最近ずっと寝不足ですよね」

 「平気だ。今は数字と格闘する時期だからな」

  悠大は苦笑する。彼は経営コンサルタントで、智哉たちの工場再建を手伝っている。

  説明会の壇上では、補助金担当者が書類申請の条件を説明していたが、航平の視線はどこか遠い。資金繰りが限界に近いことを、彼だけが知っていた。

  その時、背後から明るい声が響く。

 「Hey, everyone! この街は本当に面白いですね!」

  振り向くと、金髪碧眼の男性がホールに入ってきた。ジェレミー——大手出版社から派遣された編集者で、外国人視点で下町を紹介する特集を企画している人物だ。

  彼は場の空気を意に介さず、スライドを表示した。そこには「Tokyo Downtown Spirit」と大きく書かれている。

 「この街の魅力を、もっと世界に伝えたいんです。特にこの工場群——技術は世界トップレベルなのに、知られていない。だから特集を組むんです!」

  拍手が起こったが、航平は苦い表情を浮かべる。

  智哉もその場にいた。ジェレミーの話に耳を傾けながらも、航平がやけに口数少ないことに気づく。

 「航平さん、何かあったんですか?」

 「いや……別に。お前は写真を頑張ってくれ」

  その返しはどこかぎこちない。智哉は眉をひそめた。

  説明会が終わった後、悠大が耳打ちする。

 「智哉くんの写真、展示会に出してみないかって話が来てる。でも……正直、今は経営が厳しいから出展費用は……」

  その言葉を遮るように航平が言った。

 「後で考えよう。まずは今日の申請が先だ」

  智哉は小さく頷きながらも、胸の奥に小さな違和感が残った。自分は工場の窮状を全く知らされていなかったのではないか——。

  ホールの外に出た時、ジェレミーが声をかけてきた。

 「あなたが智哉? 聞いてますよ、面白い写真を撮る人だって」

 「ええ、まあ、趣味ですけど」

 「今度、一緒に取材しませんか? 外国人目線で見ると、もっと違う景色が見えるかもしれない」

  ジェレミーは人懐っこい笑みを見せたが、その奥に競争心のようなものを感じた。智哉は曖昧に笑い、心のどこかで波風の予感を覚えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ