第17話_ガラス越しの沈黙
月曜の朝九時。出版社ビルのエレベーターホールは、いつもより騒がしかった。
ジェレミーが編集長に詰め寄られている。その声はガラス越しにロビーにまで響いていた。
「投票結果を操作したって噂があるが、本当なのか?」
編集長の低い声に、ジェレミーは眉をひそめる。
「そんなこと、するわけないだろ! 僕は正々堂々とやった!」
しかし、SNSでの不自然な投票増加が指摘されており、関係者の目は冷たかった。
愛乃は通訳役として隣に立ち、落ち着いた声で説明を補足する。
「ジェレミーさんは投票を呼びかけただけで、不正操作の証拠はありません。ただ、一部で誤解が広がっているようです」
編集長は腕を組み、短くうなずいた。
「とにかく、今は冷静に対応しろ。最終発表は予定通り明日だ」
ジェレミーは悔しそうに顔を背けた。
その様子を少し離れた場所から見ていた智哉は、複雑な気持ちを抱いていた。
勝負相手ではあるが、同じく地域を取材した仲間でもある。
勝ち負けだけでは割り切れないものが胸に残った。
愛乃がこちらに気づき、歩み寄る。
「智哉さん……」
「……大丈夫ですか? あの人、かなり落ち込んでるみたいで」
「ええ。でも、彼なりにこの町を伝えようとしていたのは本当です」
二人はしばし黙って立ち尽くした。
ガラス越しに見えるジェレミーの背中は、孤独に揺れていた。
その夜、智哉は写真のデータを見返しながら思った。
誰かと競うためではなく、何を伝えたいか——そこに自分の答えがあると。