第15話_審査会の開幕
日曜の午前十時。日本橋ホールの入口前は、人の波で賑わっていた。
公開審査会の初日、全国から集まった写真家や報道関係者が、熱気に包まれた空気を作り出している。
智哉と愛乃は作品展示ブースの前に立っていた。
パネルに並んだのは、町工場で働く人々の笑顔や、下町の日常の一コマ。
ただの風景ではなく、そこに息づく人々の物語が詰まっている。
「……やっぱり派手さはないですね」
愛乃が小さく呟く。
「派手じゃなくていい。俺たちは、ここにあるものを伝えたいんだから」
智哉はカメラを胸に抱き、会場を見回した。
その先にあるのは、ジェレミーのブースだった。
外国人観光客で溢れる華やかな写真群、洗練されたデザイン、SNS映えを意識した演出。
観客たちは次々と足を止め、スマホで撮影している。
「ジェレミーの作品……やっぱりすごいですね」
愛乃は少し不安そうに言う。
「分かってる。でも、勝ち負けだけじゃない。これは俺たちの物語だから」
開会のアナウンスが流れ、審査員と一般来場者が作品を巡り始めた。
来場者は作品を見ながら投票を行う仕組みだ。
午後になり、智哉と愛乃のブースにも少しずつ人が集まり始めた。
展示された町工場の写真に足を止める年配客がいた。
「これ、私の家の近くの工場だわ」
「え、本当ですか?」
愛乃が笑顔で応じると、その人は投票用紙に名前を書き込んだ。
やがて、子供を連れた家族や若者たちも足を止める。
大きな反響ではないが、一つ一つの反応が温かかった。
会場の隅でジェレミーがこちらを見ていた。
その表情には余裕があったが、どこか挑むような光も宿っている。
「負けませんよ」
智哉が小さく呟くと、愛乃も頷いた。
審査会の第一日目が、静かな緊張感を残して終わろうとしていた。