第11話_肩越しの温度
翌朝七時、東京駅のホームに立つ愛乃は、スーツケースを引きながら不安げに周囲を見回していた。
今日は莉菜に強引に誘われ、温泉地のロケハンに同行することになっている。
「ほら、行くよ!」
ホームの端から手を振る莉菜の声が響く。彼女は既に旅行モード全開の格好で、笑顔がまぶしい。
「でも、こんな時期に温泉ロケって……」
「いいの、いいの! あんた最近、顔が暗すぎる。こういう時はリフレッシュでしょ」
莉菜は容赦なく愛乃の背中を押し、特急列車に乗り込ませた。車内に入ると、窓際の席には偶然乗り合わせたアリヤもいた。
「二人ともおはよう。偶然じゃないけどね、莉菜に呼ばれたの」
「アリヤさんまで……」
愛乃はため息をつきつつも、どこか救われる気がした。車内が動き出し、都会の景色が流れていく。
一方その頃、智哉は一人で取材先を回っていた。カメラを構える彼の肩に、悠大が軽く手を置く。
「大丈夫? なんか昨日から元気ないよ」
「……ちょっとね。愛乃さんと意見がぶつかって」
「君らしいな。でも、それって信頼してるからぶつかれるんじゃない?」
智哉は苦笑し、ファインダーを覗いた。
目の前の被写体は、変わらずそこにある。だがシャッターを切る指先に、ほんの少し迷いがあった。
温泉街に到着した愛乃は、思いきり伸びをした。硫黄の匂いと湯けむりが漂い、非日常感が身体を包み込む。
「ね、どう? 少しは気分変わった?」
莉菜が笑顔で尋ねる。愛乃は少し考えてから、うなずいた。
「……うん、ありがとう。こうしてると、またちゃんと向き合おうって思えます」
温泉街の路地を歩く二人の背後で、アリヤがにこにこしながら写真を撮っていた。
その笑顔に、愛乃もようやく肩の力を抜いた。