第10話_すれ違うシャッター
火曜の夕方六時。審査会まであと十日と迫ったこの日、智哉は出版社のロビーに立っていた。
新しく調整したカメラを肩に掛け、愛乃を待っていたが、予定時刻を過ぎても姿が見えない。
その時、エレベーターが開き、ジェレミーと一緒に出てくる愛乃の姿が目に入った。二人は何やら親しげに資料を見比べている。
智哉の胸に、小さな棘が刺さったような感覚が走る。
「智哉さん!」
愛乃が気づき、駆け寄る。しかし智哉は表情を崩さなかった。
「ジェレミーと打ち合わせ?」
「はい。海外メディア用のプレゼンの準備で……」
「それって、今やらなきゃいけないの?」
声が少し強くなったことに、自分でも驚いた。愛乃は戸惑い、言葉を選ぶ。
「だって、任された以上、ちゃんとやりたくて。智哉さんの撮影に影響が出ないように時間を調整してるんです」
「でも、今日も取材スケジュールずらすことになったよね?」
愛乃の顔に影が落ちる。
「……ごめんなさい。でも、どっちも大事なんです。私、今まで逃げてばかりだったから……」
「だからって、全部背負う必要ある?」
言葉がぶつかり、短い沈黙が落ちた。愛乃は視線を逸らし、小さくつぶやいた。
「今日は……一人で取材してください。私、プレゼンの資料を仕上げます」
そう言って、愛乃は踵を返し、ロビーを後にした。
残された智哉は拳を握りしめ、深呼吸する。
自分が嫉妬しているだけなのか、それとも本当にチームのバランスが崩れているのか——答えは出なかった。
外に出ると、冷たい風が頬を打つ。智哉はカメラを構え、街のネオンを無言で切り取った。
ファインダー越しの光は、いつもより少し滲んで見えた。