最終手段
月曜日(祝日)。
気付いたらスズメが鳴いていた。
本日も力強い日差しが部屋の中へ差し込み、気持ちの良い日になりそうである。晴天に恵まれた三連休。皆は家族と出かけ、思い出作りに精を出している頃だろう。独身者は、布団から一歩も出ずに英気を養っている。本来なら順平の休日もリフレッシュで終わるはずだったが……。
昨夜から続く切断作業で心がバキバキに折れていた。
カッター、ナイフ、ニッパーとあらゆる刃物を使った。ライターで燃やそうとしたが火は付かなかった。終いには深夜営業の格安店へ行き、ワイヤーカッターを入手した。「これならば切れるはず」意気揚々と振り下ろした。ガキッという音と共に刃が欠けた。
考え得る全ての事を試したが、麻紐は切れるどころか編みたてツヤツヤに輝いていた。
順平は、床に散らばった刃物系を恨めし気に眺めた。もはや己の力ではどうする事も出来なかった。
物質の根本を否定する事態に、どう対処すればいいのだろう。弱く切れやすい紐が強靭な力を持ち、鋭利な刃物が弱者に変わる。宇宙の法則すら無視している。
しかも、楽しい三連休は今日で終わる。明日からは通常運転で出勤しなくてはいけない。気持ちは焦り、頭はパニック。心の奥に漬物石を乗せられたように重い。このままの状態で会社へ行っても仕事は手につかないだろう。
それどころか、逆に致命的なミスを連発して大損害を与えるかも知れない。当然会社はクビ。被害額によっては損害賠償請求もあり得る。
焦れば焦るほど不安が増す。起こってもいない出来事を想像して恐怖に苛まれ、己の思考回路に脅かされる。焼き付けた不安は消える事無く、さらなる増幅を繰り返して肥大化していく。そして精神を病む。
何ともバカバカしい精神状態に陥る。
これは幸せになるブレスレットではない。不平不満が現実になり、相手を奈落の底に突き落とす不幸のアイテムだ。その証拠に、自己中ババァは生死を彷徨っている。ヤンキー小僧は未だ行方不明である。
相手に非があるのは明らかだったとしても、引き金を引いたのは自分。どちらも怒りからくる心の叫びで、しかも憎悪が生んだ結果でもある。
宇宙の法則に従い、やった事は帰って来る。そう思うとやり切れなくなる。
まるで死神からラブレターを貰ったような……。
パニックになりそうな心を抑え、薄ぼんやりした頭で天井を見上げた時だった。順平の頭上を黒っぽい影がスゥ~っと横切った。横切ったという表現は正確ではない。黒っぽい何かが風のように通り過ぎただけで実態は見えていなかった。ただ、その影に占い師の気配を感じた。
「おい、ちょっと待て!」
順平は立ち上がって呼んだ。反応はなかった。反応はなかったのだが、人間には第六感という能力が備わっている。彼女の放つ独特の雰囲気というかニオイというか。目に見えるモノが全てではない。
黒づくめの占い師から麻のブレスを貰った。その日から表現し難い不幸が続いた。簡単に切れるはずの麻紐がどうやっても取れない。
これを説明するのは不可能である。
「くそぉ~」
悔し紛れにテーブルを叩いた。彼女に会えば真実が明らかになる。同時にとめどなく溢れて来る不安を解消出来る。だが相手は神出鬼没の占い師。コンタクトを取る方法が……。
握られた拳を見つめた。腕に巻かれているのは願いが叶うアイテム。順平は意を決した。変則的に脈打つ心臓を右手で押さえ、左手をかざして叫んだ。
「占い師に会わせてくれ!」
ブレスは黄金色の眩しい光を放ち、次の瞬間パーンと音立てて弾け飛んだ。
「あっ」と短い声を上げたかと思うと、視界がグルグルと回り出し、辺りが急激に暗くなった。室内が紙屑のようにクシャっと潰れ、建物全体が歪み始めた。
いや、建物が歪んだのではない。視界が回っているのだ。
助けを求めたくても声が出ず、順平は口を半開きにして天井を見上げた。
そして、何も見えなくなった。何も聞こえなくなった。暗いトンネルを永遠に落ちて行く感覚だけが鮮明に残った。