あり得ない偶然
昨日は自己中ババアに絡まれ、気分転換に出掛けたドライブで狂った輩に煽り運転を喰らった。これだけでもお腹いっぱいの所へ事故現場まで目撃したのだからもうご馳走様である。
自宅へ帰った順平は疲労困憊でベッドに倒れ込んだ。そのまま深い眠りにつき、気付いたら22時を越えていた。
朝食兼昼食を食べ、お昼過ぎに出掛けて夕方に帰宅して爆睡。その間、道の駅で缶コーヒーを飲んだだけである。冷蔵庫には缶ビールと酎ハイと、昨日食べきれなかったきんぴらごぼうマヨネーズ和えの残りが少々。キッチン下の収納スペースには、相変わらず2年前のサバ缶が鎮座していた。
別に今更始まった事ではないが、今日みたいに体力が摩耗している日はなるべく出かけたくはない。しかし腹が減っている以上、我慢するのは無理だ。
「コンビニへ行くか」
もはや中毒である。もしこの世にコンビニが無かったら、独身男性はみな飢え死にするであろう。
「こんばんわっス」
「お疲れさん」
「今日は超ボリューミーすき焼き弁当がおススメっス」
「そうか。じゃあそれにするかな」
「そういえば、今日の昼にパン屋のオヤジが来たみたいっスね」
「へっ~。そうなの」
「例の自己中ババァの事でテンション爆上ってたみたいっス」
「よほど嬉しかったのかな」
「祭りだ。神輿の準備だ!って商店街を駆け回ったみたいっスよ」
「ハハハ! すげぇー盛り上がり方だな」
「オヤジにしてみたらザマー案件じゃないっスかね」
今まで相当イヤな目に遭ったのだろうか。ケガをして病院に緊急搬送されたというのに、悲しむどころか商店街中が大盛り上がりだという。
営業という職業柄、様々な人と出会ってきた順平だが、ここまで嫌われる人物は珍しい。日頃の行いが如何に大切かを学ぶには良い教材である。
バイト君おススメの超ボリューミーすき焼き弁当とツナサラダと、レジ横のフードケースで唐揚げを買い、まんまと企業戦略にハマって自宅へ戻った。
昨日といい、今日といい、何となく気分は晴れなかった。自己中ババァの一件もそうだが、薄暗い霧の中を彷徨っている感覚だった。
腕に巻かれた麻紐が金色に輝く。直後に不可解な事件が起こる。偶然の一致とも捉える事ができ、両者の関連を証明するのは難しいと思われる。
「何だかなぁ~」
モヤっとした頭でビールを片手にすき焼き弁当を頬張りながらネットを閲覧していると、ニュース記事に1枚の気になる画像が掲載されていた。
黒のミニバンがレッカーで引き上げられている場面だった。
ガードレールを突き破る速度からの落下である。フロントは原形をとどめておらず、ガラスは粉々に砕け散っていた。事故の悲惨さが伝わる一枚だった。
順平は見た瞬間にゾクッとした。口の中に含んだご飯が喉の奥に一気に流れ込んだ。むせ返りながらビールで流し込み、改めて画像を凝視した。
破壊されたガードレール。その向こうに見える青く光を放つ海と離れ小島。カーブ手前に設置された「スピードを落としましょう」の看板。何度も通っている道で見間違えるはずはない。
ビールをもう一口飲み、気持ちを落ち着けて記事を読んだ。
時間、場所共に間違いなかった。ただ、画面に映っている車が煽り運転の輩かどうかは分からない。他の車という可能性もある。
「ナンバーを確認出来れば……」
その時、ハッと気付いた。
万が一のために取り付けてあるドライブレコーダー。最近は安全面と証拠確保の観点からほぼ必須のアイテムである。
慌てて駐輪場へ行き、マイクロSDを取り出した。部屋へ戻ってパソコンへ繋いで動画を確認すると、ナンバーがバッチリ写っていた。
金メッキのホイールとヤンキー御用達の特徴的なステッカーまで。車種特定が可能な装飾品まで鮮明だった。レコーダーの前で傍若無人な振る舞いをしていたのだから映っていて当然である。
後は掲載画像との確認作業だけである。汗ばんだ手でマウスを掴み、ネット画像を取り込んで拡大した。画質が荒く、吊り上げられた状態でハッキリとは映っていないが、初めの数字は読み取れる。
画面の数字は77……。レコーダーの画像は77ー77。ホイールは金メッキ使用。リアガラスの左隅には特殊ステッカー。
日本中に同じ車種は何十万台も走っているだろう。しかしメッキホイールに同ステッカーはそう何台もいない。仮にいたとしても、事故現場付近で遭遇する確率は極めて低い。そして定番の7が羅列するナンバーである。
背中にイヤ~な汗が伝った。順平はさらに記事を読み込んだ。
22~23歳の若者2人が海岸線を走行中、スピードの出し過ぎでハンドル操作を誤り、カーブを曲がり切れなかったのが原因。車はガードレールを突き破って海へ落下した。乗っていた2人の姿は確認出来なかった。
専門家の話によれば、砕けたフロントガラスから海へ放り出された可能性が高いという。
現在、懸命な捜索が続けられているが2人の安否は不明である。
そんな記事だった。
ゴクリと生唾を飲んだ。
そして左腕に付けられているブレスレットを凝視した。
「こ、これは……」
自己中ババァに暴走運転。偶然にしては出来過ぎている。
彼らの傍若無人な行動に腹が立ち、心の中で呟いた。すると麻のブレスが僅かな光を放った。
その後の結末。さらに謎の占い師が言った願いが叶うアイテム……。
これら情報を元に推測すると、このブレスが何らかの作用を引き起こしている。そう考えるのが妥当である。
「何者なんだ。あの占い師は」
背筋に薄ら寒い何かを感じた。同時に彼女の姿が浮かんだ。
もう一度会えばハッキリする。彼女の正体を見極めれば、この未知なる不安から解消される。
悠長にご飯を食べてる場合ではなかった。順平は慌てて家を飛び出し、出会った場所まで全力疾走した。
……だが、占い師の姿はどこにもなかった。
世の中そう上手くはいかない。心にある「もしかして」という僅かな期待は打ち砕かれた。
重い足取りで自宅へと戻った順平は、ハサミを取り出した。
これがあるから恐怖を感じる。無ければ平穏無事で全てが解決する。
ブレスに刃を当て力を込めた。まったく歯が立たなかった。
見た目は麻で編まれた紐。通常ハサミで切って終わりである。しかし、渾身の力を込めてもビクともしなかった。
あり得ない。柔らかい物と硬い物。紐と鋭利な金属。物質としてあり得ない。
「マジかよ」
何度も切断を試みたが、切れるどころか刃が欠けてハサミがボロボロになった。
体の奥底から静かに湧き上がってくる戦慄が、ゆっくりだが確実に全身を飲み込もうとしている。
このまま負のループに陥りそうな。そんな予感が脳を支配した。