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現実に起こる不思議な現象

 日曜日。


 今日も朝から快晴だった。

 連休二日目にして既にやる事が無くなった順平は、天井のシミを見ながらボーっとしていた。

 こういう時は部屋を掃除して日頃の不摂生を改善すれば良縁に恵まれる。誰かがそんな事を言っていた気がする。整理整頓は、実は部屋ではなく心を掃除する行為であるとか。

 順平は部屋を見渡した。ベッド周りには、クローゼットにあと一歩届かなかった洗濯物の山。カーテンレールにぶら下げられた洗濯ピンチから直接着替えるため、クローゼットに収まるのは数か月先だろう。

 キッチン横は、空き缶とペットボトルと弁当の容器でカオスと化していて、ゴミ収集日カレンダーを覆い隠している。トイレと風呂場は見なかった事にする。

 嫁が先か、片付けが先か。


「うーむ。片付けだな」


 この状況を打破する方法は分かっている。分かってはいるが、外は晴天である。折角の休日を掃除に費やすのは勿体ない。こんな日にゴミと戯れるのは、給湯室で社内の悪口ばかり言う女子社員並みにゲンナリする。


「よし。気分転換にドライブでも行くか」


 目の前にある問題点を先送りし、出掛ける準備を始めた。


 順平の唯一の趣味はバイクに乗る事だった。青い空と太陽を背負って自由な風になる。乗った者にしか分からない心の解放感が好きだった。

 仕事でイヤな思いをした時。嬉しくて堪らない時。何もする事がない時。

 何かある度に乗って来た。

 昨日は自己中ババァに因縁をつけられて折角の休日を台無しにされてしまった。こんな時こそストレス発散が必要である。

 会社の理不尽な要求に耐え、無理難題に歯を食いしばって対応してきた。熱が出たからといって休む訳にはいかない。夕方5時を過ぎたからといって退社出来るとは限らない。時間を切り売りして手に入れた愛車CB1300 SUPER FOURにまたがって、いざ忘却の彼方へ。



 空は雲一つなかった。ドライブ日和には最適である。


「海まで行くか」


 風を切り裂き風になり。頭上には青空と太陽。左には乱反射した海。アクセルをひねると、マフラーが高音で鳴き出す。その瞬間、全ての幸せを手に入れた感覚になる。

 重厚感溢れるエキゾーストノートに合わせてお気に入りの歌を口ずさみ、海岸線をひたすら突っ走った。

 自分とバイクだけの世界。この2つの組み合わせに陶酔しながら軽快に飛ばしていると、後方からエンジンを唸らせ、鼓膜が千切れるくらいのボリュームで音楽を鳴らした黒のミニバンが迫ってきた。そのスピードは尋常ではない。法定速度の倍は出ていると思われる。右のミラーに映ったミニバンは、あっという間にバイクの真後ろに張り付いた。

 順平もある程度スピードを出していて決して遅くはない。相手が速過ぎるのだ。ここは片側一車線でガードレールと側道の隙間はほんの僅かだけ。ほぼ逃げ場はない。

 しかしミニバンは執拗なパッシングを繰り返し、クラクションをギャン鳴きさせ、あろう事かケツにピッタリ寄せて煽ってきた。

 車と違いバイクは不安定な乗り物だ。ちょっとした事でもバランスを崩して転倒する恐れがある。特に相手が大型クラスのミニバンは威圧感が半端ない。


「あぶねぇな」


 自己中ババァの時もそうだが、バカに構うと己が惨めになる。アクセルを緩めてガードレールギリギリまで寄った。そして右手で「先に行け」と合図した。

 何が気に入らなかったのだろう。幅寄せしてきたかと思うと、助手席の窓が開いて純度100%のヤンキーが顔を出した。

 金髪に対角線眉毛。安っぽい鋭角のサングラスにくわえ煙草。そして定番のジャージ上下。昭和全開のマイルド小僧だった。


「調子に乗ってんじゃねぇよ。この田舎モンがぁ!」


 そう叫ぶと、くわえ煙草を投げ付けてバイクの前へ躍り出た。左右に蛇行運転し、急ブレーキと急アクセルを繰り返して威嚇してきた。

 この手の輩はニュースなど観ないのだろう。煽り運転がどういう結末を迎えるのか。今までの輩たちがどうなったのか。SNSで顔やナンバーを晒される事もある。全世界にそのバカさ加減を露見する。残クレ最強の頭ハッピーセットな彼らは知る由もない。

 地方ナンバーのDQNに田舎者と言われ脱力した順平は、スピードを極端に緩めて距離を取った。ヤンキーたちは車内でギャハハハ!とバカ笑いをし、ペットボトルを投げ捨てて物凄い加速で立ち去った。

 行動の全てが意味不明だった。彼らの望みは何なのだろうか。一体何がしたいのか。仮に今の一連の行動が楽しい時間なのだとすれば、思考回路を読み取る事は不可能である。

 せっかくのドライブを台無しにされ、不満と怒りだけが残る。


「あんなバカ共は海の藻屑になれ!」


 心の中でそう呟くと、左手首がほんのり輝いた。


「えっ!?」


 驚いて二度見した。

 コンビニでは薄ぼんやりしか確認出来なかった。気のせいかとやり過ごしたが、今回はフルフェイス越しでも確実に光を捉えた。

 腕に巻かれているのは単なる麻紐である。光を放つ要素は一つもない。

 首筋から背中へ気持ちの悪い冷気が走り抜けた。

 このまま運転して事故ったら大変である。この先にいつも立寄る道の駅がある。そこでターンして帰るのが賢明であろう。

 不安を覚えた順平は再びスピードを上げた。


 この辺りは見通しの良い直線道路だ。左手には輝く海と青い空が広がり、ドライブには最適な場所である。ほとんどの人が浮かれ気分で無意識にアクセルを上げる。ただ、1か所だけ気を付けなければいけないポイントがあった。

 道の駅に入る途中、直線から急に緩やかな下りカーブが現れる箇所がある。慣れた人なら手前で速度を緩めて進入するのだが、初めて通る人は突然出現するカーブに瞬間ドキッとする。スピードの出し過ぎで曲がり切れず、年に数回程度の割合で事故が起こる場所だった。

 手慣れた道とはいえ、先ほどの件もあり調子に乗るのは禁物。ここで事故ったら海の藻屑は決定である。安全運転を心がけてカーブに差し掛かった時だった。

 海側のガードレールが突如途切れ、グチャグチャに歪んで大破していた。傷跡が新鮮で最近起こった事故だと思われる。

 バイク乗りとしては、この手の事故が一番怖い。こんな崖っぷちで事故ったら弾き飛ばされ、「あれぇ~」と叫びながら漫画のように空中を舞うだろう。


「くわばら、くわばら」


 事故現場を横目に安全運転をさらに強化して、何事もなく道の駅へ到着した。

 トイレで用を済ませ、売店を一通り冷やかし、缶コーヒーで心を落ち着かせてしばらく海を眺めてボーっとしていた。

 フルフェイス越しに見る海も最高だが、一息ついて眺める景色も味がある。青い空とどこまでも広がる水平線はクタクタの心に染み渡る。


「さて。帰りも安全運転」


 けたたましいサイレンが鳴り響く中、再びバイクにまたがった。

 通って来た道を引き返すと、ひしゃげたガードレール付近は片道通行になっており、救急車やレスキュー隊が必死の作業を試みていた。

 事故はついさっきの出来事らしい。

 生々しい事後現場を見て、順平の頭の中を先ほどのミニバンが過った。


「まさか、ね」


 現場処理をしている警察やレスキュー隊員に「ご苦労様」と会釈をして帰途についた。




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