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望み通りの事実

 その日の夜。


「腹減ったな」


 空腹で目が覚めた。時間を確認すると22時を回っていた。

 昼過ぎに弁当を食べ、パソコンで調べ物をしているうち寝落ちしていた。

 断片的な記憶を辿り、寝たのが15時頃だとして約7時間。昨日は夜中の3時くらいに記憶を無くして目が覚めたら11時過ぎ。土曜日だけで総合計15時間も寝ていた事になる。もし家族が居たら「どれだけ疲れてるんだよ!」と総ツッコミが入りそうである。

 電話も鳴らない。メールも来ない。好きなだけ爆睡出来るのは幸せなのかそうではないのか。

 数少ない休日の貴重な1日を無駄に過ごした順平は、冷蔵庫を開けた。中身は飲み物類だけで食料は皆無。キッチン下にストックしているカップ麺も底を付いていた。唯一の食べ物は、2年前の期限切れサバ缶だけだった。

 独身男性の日常がそこにあった。


「コンビニへ行くか」


 寝起きスウェットのままコンビニへ向かった。


 男の一人暮らしと深夜のコンビニは切っても切れない関係にある。もはや我が家の冷蔵庫と言っても過言ではない。特に自堕落な生活を送った日は、三食ともお世話になる。

 ほぼ毎日のように通っているため店員もみな顔なじみだった。特に夜勤シフトのバイト君は、トイレに貼られたカレンダーくらい顔を合わせている。


「こんばんわっス」

「おう。こんばんわ」

「新商品の唐揚げ弁当入ったっスよ」

「そうか。じゃあ今日はそれにするかな」


 軽い挨拶をした後、手慣れた調子で店内を物色した。

 先ほどおススメされた唐揚げ弁当に缶酎ハイを2~3本。酒の肴にポテチ。中年に差し掛かった体を癒すため、大盛りサラダときんぴらごぼうマヨネーズ和えを買い物カゴに放り込んだ。

 夜中に目覚めて腹が減った場合、再びコンビニを訪れるのは面倒臭い。万が一のためのストック用として大盛りカップ焼きそばを追加してレジへ向かった。


「今日もご苦労様だね」

「まあ。でもこの時間は客が少ないんで意外に楽っスから」

「そうか」

「ところでお兄さん……」


 若いバイト君がニヤニヤしながら尋ねてきた。


「自己中ババァって知ってます?」

「知ってるも何も今朝絡まれたばっかりだよ」

「そうっスか。それは災難でしたね」

「で、どうしたの?」

「大怪我したらしいっス」

「え? マジで!?」


 彼の話によると。


 コンビニを出た女性はその足で地下鉄へと向かった。駅入り口でエレベーターに乗ろうと思ったが、その日は点検作業中で使えなかった。

 この出入口にはエスカレーターが設置されていなかった。設置されている出入口は、片側二車線の道路を渡った向こう側にある。さすがに合計四車線の道を渡るのは面倒臭い。エレベーターが使えない時は、みな階段を利用していた。

 しかし女性は使えない事に納得いかなかった……。


「早く動かしなさい」

「無理です」

「そんなのそっちの都合でしょ」

「階段を下りるのがイヤなら道を渡って下さい」

「面倒じゃない。私の為だけに動かしなさい」

「それは出来ません」

「まったく。あんたらって自己中ね」

「どっちがですか」

「どこの会社よ。クレーム入れてやるわ」

「クレームを入れられても出来ないものは出来ないんです」

「出来ないじゃなく、やりなさい!」

「ダメです!」


 烈火の如く怒り出して作業員を罵倒したという。通りすがりの人々もあきれ果てていたが、彼女の怒りは収まらなかった。

 いくら騒いでもどうにもなるモノではないのは明らかである。

 完全否定された女性は、手に持っていたお茶を作業員にぶちまけ、ペットボトルを投げつけて階段を降りて行った。

 数秒後。地下構内に響き渡る悲鳴と共に、日常生活では絶対に聞く事が出来ないバキメキ異音が辺りを包んだ。


「頂点から下まで転がったらしいっスよ」

「あそこって下まで結構距離あるよね」

「直線階段をノンストップで」

「……それ、ヤバくね?」


 その後、警察や救急車が駆けつけ、辺り一帯が騒然となった。人命救助が最優先のため片側一車線が規制され、コンビニ周りも大渋滞に巻き込まれた。


「配送トラックが間に合わなくて弁当の品出しが遅れたみたいっスよ」

「それは災難だな」

「客にクレーム言われて大変だったって昼の奴が泣いてたっス」

「店も被害を被った訳か」

「まったく。どこまで迷惑かければ気が済むんスかね」

「本当だな。ところでその人はどうなったんだ?」

「意識不明の重体らしいっスね」

「……」


 バイト君は笑いながら仕事へ戻った。

 人の不幸を笑うのは抵抗があったものの、話を聞く限りでは自業自得感が否めなかった。


 女性はこの界隈では有名なクレーマーで、色んな場所で難癖を繰り返し、商店街の人たちから「自己中ババァ」と呼ばれていた。

 自分の意見が通らなければ騒ぎ立てる。注意されたら逆切れする。反抗期の中学男子よりタチが悪かった。

 パン屋を出禁になったという逸話は、商店街で伝説となっている。

 近所にあるパン屋の中でも美味しいと評判で、特にクリームパンが絶品だった。お土産として持って行っても喜ばれる濃厚な味わい。順平も何かしらの折には利用していた。

 ある日、パン屋に訪れた女性は、名物であるクリームパンを購入した。

 しばらくすると、「パンに虫が入っていた」とかで文句を言ってきた。店主が確認すると、9割方食べつくした後の欠片を持って来たんだとか。実は予想以上に美味しかったのでクレームを入れて「もう一個貰おう作戦」だったらしい。

 頭に来た店主は店先に張り紙をした。


『犬と自己中ババア 入店お断り』


 これが話題となり、商店街の標語になったとか。

 そんな彼女が階段から転げ落ちて意識不明で病院へ運ばれた。その噂は瞬く間に広がった。日頃から各店舗で嫌がらせ紛いの行動をし、注意すると逆切れする狂乱女の不幸な出来事。中には歓喜の声を上げる者もいた。

 散々迷惑を被っていた商店街や店員からしたら、ザマー案件なのかも知れない。


 一連の話を聞き、順平は不思議な気分に包まれていた。

 やった事は帰って来るの見本みたいな話で、戒め教育にはうってつけの教材である。ただ何て言うのだろう。魚の骨が喉の奥に刺さったような違和感を覚える。

 コンビニから帰った順平は、冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出し、唐揚げ弁当をつまみに一杯やった。動画を観て笑いながら飲み進めるうち、昼間の事などすっかり忘れて連休初日を満喫した。




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