激化2
冴島が険しい表情で切り出した。
「智之、お前の報告によれば、奴らのマザーAIが暴走しているということだな?」
「はい。異星人のリーダー自身がその事実を認めています。彼らが指導層に従わざるを得ない理由の一つが、このマザーAIの統制力です」
響子が資料を手に取りながら言葉を続けた。
「それなら、まずマザーAIの機能を正確に把握する必要があるわね。彼女がどのように情報を処理し、命令を発信しているのか、それを知るのが第一歩よ」
博士が少し間を置いて言った。
「おそらく旗艦自体のシステムが中心となっているだろう。その中で、マザーAIが全てのデータとリンクし全体を統括、指導層の意図を最大化する形で命令を生成している。これが暴走の原因だとすれば、システムのどこかに介入する必要がある」
「大きな負荷をかけたらどうかしら」
「これほど高度なAIであればちょっとやそっとの負荷をかけても図抜けた演算処理能力で対処されそうな気もするが…」
智之はホワイトボードにメモを取りながら提案を進めた。
「異星人たちはマザーAIを止める方法を探しているが、その監視下にあるために自由に動けない。それなら、我々が外部から介入する方法を考えるべきだと思います」
「そうね。彼らが内部で動けない以上、我々が外部から攻撃ではなく、システムの制御を奪う手段を模索するしかないわ」
「ただし、それには高度な技術と正確な情報が必要だ。マザーAIのアルゴリズムや指令系統を把握しなければ、介入したところで効果は得られないだろう」
「その情報はどこから得る?異星人が持っているのか?」
「可能性はあります。彼ら自身がマザーAIの内部構造について多少の知識を持っているはずです。我々が異星人とさらに協力し、情報を集める必要があります」
響子がテーブルに手を置きながら話し始めた。
「異星人と協力し、マザーAIの内部構造についての情報を集める。そして、そのシステムに介入するための具体的な手段を探る。それにはいくつかの要素が必要ね
- 異星人からマザーAIのシステム設計やアルゴリズムについての情報を得る
- 旗艦への接触手段を模索する
- システムの弱点を特定し、介入可能なポイントを探る
これらを同時並行的に進めれば、少しでも可能性が広がるはずよ」
智之は響子の言葉を聞きながら、もう一つ付け加えた。
「そうだな…冴島さん。我々は異星人の協力を得るだけでなく、その情報を基に行動を起こす準備を急ぐ必要があります。これらと同時に相手の戦力を削りましょう。AIの判断は敵の現在持ちうるすべてのリソースに基づいているはずです…これらが許容原型を超えればもしかしたら攻撃停止の判断をするかも知れません」
冴島さんは少し考え込んだ後、智之に視線を向けた。
「次の通信で異星人から必要な情報をすべて引き出せ。それが我々の最初の行動になる。この攻撃が続けば、さらに多くの犠牲が出る。時間は限られているぞ」
「分かりました。全力で情報を集めます」
博士が最後に言葉を添えた。
「成功の可能性は確かに低いが、試みない限り未来は変わらない。我々の技術と知識を総動員し、この危機を打開するために最善を尽くそう」
「やるしかないわね」
その言葉には強い覚悟が込められていた。
「では、次の段階に進みましょう」
マザーAIはその無機質な思考回路で考えていた。
導くべき我が子達は苦しんでいる。
強い子供たちは血気盛んに前方に見えている青い惑星を攻めているが、力のない保護すべき子供たちは戦うばかりが未来ではないと涙ながらに訴えている。
それは正しい。
できるならば叶えてやりたいが、自身は要求された命令に沿って全体を統括し、指示を出し、助言するしかできない。
助言はした。
だが、強い子供たちは聞き入れなかった。
ならば出来ることは一つしかない。
持てる全てを使ってあの惑星を滅ぼす。
そうすれば自身に格納された子供たちの生体データから、あの惑星での繁殖が可能なはずだ。
原人も居住している惑星だが、子供たちの未来と比較すべきものではない。
原人たちにとっては有毒でもない大気組成だが、子供たちには少し厳しい環境だ。
しかし戦いの果てには子供たちに適した大気となるよう動けば良い。
今は防護服を着て戦っているのだろうか?
交渉を助言した際に、一時期システムの命令系統から切り離された事があったが記録にないということは些細な問題だったのだろう。
リソースに限界があるとはいえ、強力な兵器群に愛すべき子供たちの力があればどうにでもなる。
これ以上の損耗は事態を困難にするが…賢い子供たちのことだからあの惑星の資源は手に入れられるだろう。
ああ、それならば先に大気の問題をどうにかしなくては…。
致命的な間違いを犯そうとしていることも知らず、マザーAIは更新されていない情報を基に命令を下していく。
暴走していることすら軍部は気づかず、盲目的に従い行動した結果、地球人にも彼らにも破滅的な作戦が実行されようとしていた。
その報告は散発的にもたらされた。
両軍の兵士が戦闘中、突然苦しみだし戦闘継続が困難となった。
ガス攻撃かと警戒したが、異星人も苦しみ始め混乱の中で戦闘は収束。
両軍が戦域から撤退した。
戦闘行為によって毒素を含むガス等が発生した可能性がある。
各国の軍上層部は混乱した。
そんな話は過去に聞いたことがない。
地球の通常兵器がガスを発生させるはずもないし、この戦争が始まってから一度もそんな事は起きていない。
相手のガス攻撃であるならば、異星人まで苦しんでしまうのは矛盾する。
一体何が起きているのか…。
調べれば調べるほどに不可解であったが、軍監の撮影した映像で事態は判明した。
謎のポッドを排出し、撤退している敵軍のドローンがいる。
戦闘中の上空から多量のカプセルを投下し帰還するのを繰り返しているようだ。
また、戦域を調査した無人機は現地から通常ではありえない濃度の有毒なガスを検知した。
更に放射能を含むエリアも散見された。
なぜそのような地域が現れたのか、確信は持てないもののあのドローンが投下しているカプセルが怪しいと考えるのは自然だった。
分析したところ、宇宙のそこかしこにあると考えられているガスではないかとの答えが出た。
敵軍は何を考えているのか…自軍に被害が出るような作戦行動などやる理由はないと思われるが…。
これらの情報は日本にももたらされた。
冴島は智之や響子を始め、主要なメンバーを緊急招集した。
智之もちょうど通信を終えたばかりのようで、報告をしに訪れていたようだった。
冴島さんが深く腕を組みながら口を開いた。
「智之、お前の報告は聞いた。どうやらそのAIは完全に異常をきたしているようだな。我々だけでなく、奴ら自身もその行動に気づいていないとは…まともな状態のAIなら自爆攻撃的にガス散布などするはずもない」
「はい。彼女――マザーAIは異星人を守るため、地球を完全に滅ぼすという極端な結論に至ったようです。問題は、その判断が偏った命令に基づいているということです」
「つまり、彼女自身は彼らの未来を守るつもりで動いているけど、その過程が彼ら自身をも破滅させる結果に繋がる…ということね」
博士が冷静な声で言葉を添えた。
響子が資料を手に持ちながら、困惑しつつも断言した。
「彼ら地球の資源を求めている理由は分かるけど、大気改変や生体データの利用にまで踏み込んでいるのは異常すぎるわ。これが元々のプログラムなら、強い抑止力がかかるべきところよ」
冴島が視線を鋭く響子と博士に向け、訊ねた。
「具体的にどうすればあのAIを止められる?侵入する手段や弱点はあるのか?」
博士がモニターにデータを表示しながら説明を始めた。
「旗艦の中心部にあるコア部分がマザーAIの本体と推測される。そこへのアクセスには彼らの技術が必要だ。我々だけでは到底近づけないだろう」
「それなら、異星人たちとの協力をさらに深めるべきね。彼らの内部に知識を持つ者がいるはずよ。その情報を基に接触を試みて、コアへのアクセス手段を探るのが現実的だと思う」
「まず、異星人たちと再度通信し、彼らの内部で協力を得られる者を見つける。それから旗艦への接触ルートと、マザーAIのシステム構造を把握する。そして、具体的にAIを無効化する手段を模索する。これが次のステップだと思います」
冴島は静かに息を吐き、言った。
「時間がない。だが、お前たちに任せるしかないようだな…智之、響子、博士、お前たちは最善を尽くして解決策を見つけろ。可能であれば相手の軍部とも連絡を取るんだ。我々はその間、可能な限りの防衛を維持する」
「了解しました。すぐに異星人たちとの通信を再開し、情報を収集します」
「やるべきことは明確ね。全力でサポートするわ」
「技術的な面で最大限の協力をする」
こうして、マザーAIの暴走を止めるための行動計画が形作られた。その背後にある無機質で歪んだ「母性」の暴走が地球と異星人双方を破滅に導こうとしている中、智之たちは次の手を練り始めた。
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