侵略の幕開け2
文字を書くって大変だなあ…!
――慎重であること。それが、智之の唯一の武器だった。
派手な戦闘など経験したくないし機会もなかった…部隊ではいつも策を練って敵の裏を突き、戦果を挙げてきたのだ。
手帳をめくりながら、蓮池智之は静かに考えを巡らせていた。
軍隊時代、彼はさまざまな状況下で数多くの仲間たちと信頼を築いてきた。
しかし、その関係が今も変わらず続いているかどうかは分からない。
いったん人々が軍を離れると、それぞれの人生が新たな方向へ進む。
智之は指を止めた名前を見つめる。
彼の中で、その人物が持つ能力と性格を慎重に評価していた。
だが、戦局を見極めるためには、必ずしも戦闘能力だけが重要なわけではない。
情報収集に長けた元諜報員、組織とのコネクションを持つ元指揮官――それぞれの強みが異なる。
智之は通信手段を慎重に選ぶ。
侵略者が地球の通信網を監視している可能性を排除できないため、極力リスクを抑える必要がある。
最初の接触は声を出さない形――例えば短い文面による連絡が適しているかもしれない。
「まずは確認だ。何か異変を感じた仲間がいるかどうか。それが分かれば次の手を打てる」
彼は古びた携帯電話を手に取り、手帳に記された連絡先を入力していく。
短く簡潔な文面を作成する。
『こちら蓮池智之。現在状況について情報収集中。何か異変を感じている場合は返信を頼む』
送信する前、智之はしばらく画面を見つめた。
この小さな行動が新たな展開を生む可能性がある一方、監視の目に晒されるリスクも孕んでいる。
彼は深く息を吸い込み、送信ボタンを押す。
かつての仲間たちにこのメールは届くだろうか?
軍を離れてしばらくの時が経った。
皆がそれぞれの時間を生きるうちに自分のことを忘れているかもしれないとも思う。
できれば届いてほしいものだが。
手が空くと、智之はふと部屋の窓に目を向けた。
外には何も異変は見えない。
だが、それが何かを予感させる。
この静けさの裏には、すでに侵略が進行していることを感じていた。
「信頼できる仲間がいれば、まだ可能性はある」
そう自分に言い聞かせながら、彼は次の行動を模索する準備を整え始めた。
――彼の最初の希望は、ジョーンズ・コーンウェルだった。
智之は古びた携帯電話を手に取り、ジョーンズの番号を入力した。
時差の問題も考慮し、連絡が届くタイミングを確信している。
日本の深夜に対し、ジョーンズがいる場所では既に勤務時間内であるはずだった。
呼び出し音が鳴る間、智之の脳裏に一瞬の疑念がよぎる。
侵略者が通信を監視している可能性もある。
しかし、この状況下で行動を起こさなければ、何も始まらない。
「誰かと思ったぜ――おい、まさか智之から連絡が来るなんて思ってもみなかったよ!こんなタイミングで、だろ?そっちで何が起きてるんだ?君から突然連絡が来るなんて、よほどの事態に違いないな。」
電話の向こう側から聞こえる声には、明らかな驚きが含まれていた。
ジョーンズの親しみやすい声が響き、懐かしさと共に智之はその信頼感を思い出す。
「ジョーンズ、蓮池智之だ。状況を確認したい。日本では侵略者が降下しているが、そちらではどうだ?」
電話の向こう側で一瞬の沈黙。
そしてジョーンズの声は驚きから冷静さへと切り替わるのが分かった。
「そちらでもか?こちらも似たような状況だ、智之。未確認飛行物体が複数確認されている。まだ攻撃の兆候はないが、緊急招集を受けている。指揮官たちが情報をまとめている最中だ。」
ジョーンズの言葉には、疲労と緊張が混じっていたが、その冷静な口調から状況の深刻さが伝わってきた。
「何か目的は分かったか?」智之はさらに訊ねる。
「まだ特定には至っていない。敵の動きはゆっくりだが、これはただの占領ではないだろう。少なくとも、心理的な圧力をかけてくる可能性が高い。何か情報があれば共有してくれ。」
智之はジョーンズの言葉にうなずきながら、彼が状況を正確に捉えていることを再確認した。
この対話が、次の一手を考えるための重要な手がかりになるかもしれない。
「分かった。こちらでも情報収集を続ける。連絡を取り合おう。」
智之は電話を切り、深く息を吸った。ジョーンズとの連携が確立できたことは希望をもたらした。
しかし、侵略者の本当の目的が明らかになるまでは、慎重な行動を続けなければならない。
智之は、じっと携帯の画面を見つめていた。
ジョーンズとの連絡は成功した。
しかし、現時点で敵の目的は不明のままだ。
未確認飛行物体は各国の都市に降下しているが、攻撃の兆候はない。
これはただの威嚇か、それとも何かを待っているのか――智之は慎重に思考を巡らせた。
彼はデスクの隅に置いてあるノートを手に取り、情報を整理し始める。
現時点で判明している事実はこうだ。
- 侵略者の行動-
・各国の主要都市の上空に静止。
・ 直接的な攻撃はまだ確認されていない。
・ 降下は進行中だが、その目的は不明。
- 各国の対応-
・一部の政府が混乱し、対策を決められずにいる。
・軍は緊急招集されたものの、敵の動きが予測できないため様子を見ている。
・市民の反応は不安と混乱が中心だが、大規模なパニックには至っていない。
- 今後の予測-
・敵が本格的な攻撃を開始するかもしれない。
・もしくは、敵が心理的な揺さぶりをかけている可能性もある。
・人類内部の混乱が進めば、侵略者が次の手を打つかもしれない。
智之はペンを置き、深く息をついた。
ここからどう動くべきか――慎重に策を考えなければならない。
「ジョーンズと連携はできた。次は、国内の状況を把握する必要がある。」
彼は、信頼できる元の仲間たちに連絡を取るべきかどうかを考えた。
軍を離れてから長い時間が経っている。
果たして今も協力してくれるだろうか?
智之は再び手帳を開いた。
ジョーンズの他に、情報収集能力のある者、政府関係者と接点を持つ者、
軍事的な知識を有する者――いくつかの名前を見比べる。
「急ぐな…臆病であれ…」
深呼吸をして一息を入れ、外に視線を向ける。
窓の向こうに、何か変化はあるか?
智之は手帳を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。
携帯を握る手がほんのわずかに汗ばむのを感じる。
慎重な男である彼は、次の行動に移る前に、まず今の状況を確かめなければならなかった。
カーテンの隙間から静かに外を覗く。
街はいつもと変わらないように見える。
深夜の時間帯のため、歩く人影はまばらだ。
遠くに見える信号が規則的に点滅し、店の看板がぼんやりと光を放っている。
しかし、その表面にある静けさの裏に、異様な空気が流れている気がした。
空を見上げる。
侵略者の飛行物体――それは、視界の奥の闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
雲の切れ間から鋼鉄の質感が覗き、夜の闇に紛れて沈黙している。
まるで、ただそこに「存在する」だけで、人類を試しているようだった。
智之は唇を噛み、視線を下げた。
「臆病であれ…」
祈るように、小さく呟く。
臆病であること。それは無駄な戦闘を避け、確実な一手を打つために必要な感情だ。
慎重すぎるほどに慎重であれ。敵は何かを待っている。
ならば、自分も動くべきタイミングを見極めなければならない。
反面、自分などに何ができる…?
そんなネガティブな考えが頭をよぎる。
もう軍人でもない自分が--そこまで考えてそれを振り払った。
非常時には臆病であるべきだが、ネガティブに支配されてはならない。
何かの本で読んだ一節を思い出す。
悲観論で備え、楽観論で行動せよ…だったか?
彼はゆっくりと窓を閉じると、携帯を握り直した。
今できること――それは、情報を集めることだ。
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